【50】BROKEN ARROW(前編)
すっかり日が暮れたオリエント連邦の夜空を翔けるルミアたち。
彼女らから見て西の方角に所属不明機と思わしき光跡が視認できる。
「核弾頭を抱えているのはあいつらか?」
ルミアはHISのズーム機能を用いて敵機影を確認した。
機種はお馴染みとなったRFA-20 ユーケディウム。
よく見ると両腕で何かを抱え込んでいるような気がする。
「大事そうに持っているのが核弾頭みたいだな」
「どうする、ルミア? 僕たちから捕捉できているのなら、相手もこちらが見えているかもしれない」
以前ロサノヴァがまとめ上げた「Eレポート」にてユーケディウムはスターライガ製MFと同じホーエンシュタインの機上レーダーを搭載していたことが分かっている。
つまり、大まかな探知距離は敵味方であまり変わらないということだ。
「安心しろ、私のエクスタミネーターはステルス機だ。探知され辛い後方から忍び寄って仕留める」
今回投入される新型機のうち、ルミアが搭乗するXRUM-5 エクスタミネーターは高いステルス性を誇る強襲夜間格闘機として開発された。
スパイラル7号機が使用していたADVP「Esステルスパック」の運用データを基に開発されており、赤外線放射抑制と運動性向上を両立する可動式スラスターカバーや最先端の電波吸収体といったステルス技術を取り入れている。
無論、形状制御技術やウェポンベイ、赤外線迷彩といった戦闘機などで実証済みの既存技術も採用されている。
その機体形状と暗色系フェリス迷彩のカラーリングはエクスタミネーターの唯一無二の特徴といえる。
ちなみに、ステルス性の追求はドライバーの装備にまで及んでおり、ルミアが着用するコンバットスーツやヘルメットも機体へ溶け込むカモフラージュを新たに施された。
一方、リゲルが駆るXWRI-4 リグエルはステルス性を重視していない重格闘機である。
オリエント神話における剛腕の女神の名を冠したこの機体は、主兵装の「徒手空拳」を最大限活用するため極めて柔軟な駆動系と広い関節可動域を持つ。
マニピュレータはスパイラル6号機と同じく大型化され、殴る蹴るといった原始的な攻撃ですらユーケディウムの装甲を抉り取る。
補助兵装としてスパイラルと同じ固定式機関砲やビームソードを装備しているが、これらは緊急時にしか使うことは無い。
リグエルの機体設計はあくまでも「徒手空拳」に特化しており、実用機というよりも概念実証機に近い。
もっとも、「人間ができる格闘技ならほとんど再現可能」と評される四肢の制御技術は先進的なものであり、ドライバーの発想次第で無限の可能性を秘めた機体といえる。
エクスタミネーターとリグエルに共通しているのは「高出力・高推力・重装甲・低運動性」というスーパーロボット的な特性であり、防御力で耐え忍ぶ持久戦や一撃離脱戦法に適している。
今回のような「目標を追跡して撃墜する」という作戦内容にはある程度対応可能と思われる。
「私が奥のをやる、リゲルは手前の奴を追いかけろ! ミノリカは敵増援が来ないか警戒だ!」
「リグエル、了解」
「スパイラル07了解!」
「敵機と会敵したらドロップタンクを切り離し、フライングスイーパーから降りろ! 絶対に振り切られるんじゃないぞ!」
ルミアの指示と同時にリグエルとスパイラル7号機がフライングスイーパーから離脱し、ドロップタンクも切り離す。
それに続いてエクスタミネーターも余分なものを全て排除、可能な限り軽量な状態で臨戦態勢を整える。
「よし、作戦開始だ! 全機、散開!」
3機のMFは編隊を解き、それぞれに与えられた役割を果たすべく行動を開始した。
大きな「荷物」を抱えているユーケディウムは本来の動力性能を発揮できず、エクスタミネーターとリグエルの接近を許した。
だが、それでも運動性は2機を上回っており、後方に張り付く敵機を振り切ろうと鋭い回避機動を繰り返す。
パルトナやシルフウィングなら余裕で食らい付ける程度の機動だが、彼らには今回頼れないのだ。
誘爆のリスクを考慮すると射撃武装はあまり使いたくない。
つまり、安全策を取るなら接近して殴り、核弾頭を奪う必要がある。
「(クソっ、推力はこっちが上なんだがな! 旋回で振り切られそうだ!)」
ルミアは全身を襲うGに耐えながら敵機を追いかけ続けているが、攻撃チャンスはなかなか巡って来ない。
彼女の高い技量のおかげでドッグファイトの体裁を成しているものの、並のドライバーだったらあっさり振り切られるのがオチだろう。
筋肉質ゆえに若干体重が重いリゲルのほうが体力的に苦しいはずだ。
自分ばかりが弱音を吐くわけにはいかない。
「指令室、何か打開策は無いのか!?」
期待はせずにそう叫んでいると、意外にもオペレーターから返答があった。
「たった今、国防空軍のレティ総司令官から通信が来た。回線を繋いでやろうか?」
唐突に出されたレティの名前にルミアは驚きを隠せない。
軍にいた頃は一応彼女の部下だったからだ。
「レティさんが直接だと? これで激励の言葉だけだったらガッカリだぜ」
「どうやら、あんたの欲しがっていた打開策みたいだぞ」
通信回線に10秒ほどノイズが混じった後、国防軍人なら知らぬ者はいない声が耳に入ってきた。
「―ルミア、まさか貴女がMFのコックピットに戻るとは思っていなかったわ。まあ、昔話は置いといて……私が5分で立案した作戦を聞きなさい」
MFが運用する武装の一つとして「スナイパーライフル」がある。
超長距離からの精密攻撃を誘導装置無しで可能とする狙撃はMF戦においても有効とされており、オリエント国防空軍が制式採用しているMF用スナイパーライフルの有効射程は8000mに達するという。
専門課程を履修したドライバーであれば敵機の特定部位だけを正確に撃ち抜けるとも言われ、国防空軍はMF戦における狙撃を重視している。
その技量は日本軍やアメリカ軍との合同演習で「目視する前に決着が付いた」「護衛対象を真っ先に落とされて終わった」と評されるほどだ。
レティが立案した作戦ではこのスナイパーたちが活躍する。
彼女らが搭乗する狙撃仕様のスターブレイズをヴワル市郊外の平原や森林などにカモフラージュして配置し、スナイパーライフルの射程圏内までスターライガが追い込む。
国防空軍が敵機だけを狙撃で仕留めた後、落下するであろう核弾頭をスターライガが地面へ落ちる前に回収するという作戦だ。
安全対策は施されているので拾い損ねて大爆発という事態は考えにくいが、場合によっては放射能汚染が起こるかもしれない。
放射能に汚染された土地は数十年ものあいだ毒を撒き散らし、人間の立ち入りを許さないのだ。
「―なるほど、それでスナイパーはどこにいるんです?」
基本的にタメ口で話すことが多いルミアが珍しく敬語を使っている。
彼女が畏まるほどレティは偉大な存在なのである。
「今から貴女たちのHISにデータを割り込ませる。表示された範囲内に敵機を追い込めばスナイパーが仕事をしてくれるはずよ」
「データ受信を確認した。これより転送するぞ」
オペレーターがそう言った直後、ルミアたちの機体のHISが更新されレーダーディスプレイに青い円のような模様が表示された。
「なにこれ、故障したの? レーダーに青い円が出てきたんだけど」
正規の訓練を受けた者なら青い円はデータリンクにより受信した情報だと分かっている。
しかし、ミノリカにはそこまで教育が行き届いておらず、青い円の意味を知らなかったらしい。
「それは仕様だよ。国防空軍機の攻撃可能範囲を僕たちと共有してくれているんだ。本来は軍事機密なのだけれど、今はそうも言ってられないか」
「へぇー、MFって思ってた以上にハイテクなのね」
リゲルの丁寧且つ簡潔な説明のおかげでミノリカはまた一つ賢くなった。
確かに、才能がある者は一定のレベルまではトントン拍子に上達していく。
だが、一定のレベル以上から先は論理的に改善点を見つけなければ腕を上げることはできない。
才能と頭脳……そして壁に当たった時に乗り越えられる精神力を全て兼ね備える者だけが一流のドライバーを目指せるのだ。
「ルミア、リゲル……それからミノリカさん。貴女たちなら必ず良い結果をもたらしてくれると信じているから……生きて帰れたら息子によろしくね」
その言葉を最後にレティからの通信は途絶してしまった。
あくまでも空軍総司令官として対応した彼女だったが、最後の一言だけは一人息子を気遣う母親の声であった。
「……なんで私の名前を知ってたんだろう」
ミノリカの素朴な疑問に答える者は誰もいなかった。
オリエント国防空軍の協力を得たことでスターライガは戦法を一新。
闇雲に敵機を追いかけるのを止め、スナイパーの攻撃範囲内へ追い込むように追尾する作戦へ移行する。
気分はハンターさながらだ。
獲物の追い立て役と待ち伏せ役が分かれている点は完全にハンティングそのものと言える。
ただし、獲物が抱えているイチモツはかなり危険な代物であるが。
「いいぞ、そのまま逃げ惑え! その先に待っているのは地獄だがな!」
ルミアは順調に敵機を追い詰めており、もうそろそろスナイパーの間合いへ入ろうとしていた。
「こちらスターライガ、獲物をお前たちの間合いに送り込んでやったぞ。ヘマをして核弾頭ごと撃ち抜くなよ」
「……シャサール2、了解。野犬狩りなら任せておけ」
その頃、地上に展開していた国防空軍のスナイパーチームは武器を構え、攻撃可能範囲へ何も知らず入ってきたユーケディウムを捕捉していた。
国防空軍のスナイパーライフルは実体弾タイプを採用している。
これは光を発するレーザーの被発見率が高いことに加え、大気圏内では減衰し射程が安定しないためだ。
また、特殊な事例ではあるが高い熱エネルギーが核弾頭へ何かしらの作用を及ぼす可能性も否定できない。
一方、歩兵の狙撃銃から発展した実体弾タイプは弾速及び破壊力こそレーザーに劣るが、被発見率の低さと信頼性の高さを強みとしている。
熱エネルギーをあまり帯びていない点も今回の狙撃では好都合だ。
「クロタラス3よりシャサール2へ、サーチライトによる支援は必要か?」
「いや、ナイトビジョンで敵は丸見えだ。このまま撃ち抜いてやる」
シャサール2が搭乗するスターブレイズはスナイパーライフルの銃口を夜空へ向けた。
擬似スコープ越しに2機のMFの姿が見える。
狙うのは逃げている白いヤツだ。
トリガーへ人差し指を掛け、攻撃の瞬間を待つ。
元々狙撃に失敗は許されないが、今回の緊張感は専門課程の卒業試験と比べ物にならない。
英雄になれるか核爆発を起こすか……結末は二つに一つである。
「……っ!」
震える手を押さえつけ、ここぞというタイミングでシャサール2がトリガーを引く。
専用弾は大気を切り裂きながら夜空の向こうへと放たれた。
攻撃を受けたユーケディウムは発砲した瞬間のマズルフラッシュに気付き、即座に回避運動へ入ったが時すでに遅し。
「放たれた矢」はユーケディウムのコックピットブロックだけを正確に吹き飛ばす。
敵機の後方に着けていたエクスタミネーターへ細かな破片と……バイオロイドの肉片と思わしき赤い物体がぶつかる。
ルミアがヘルメットのティアオフシールドを剥がしていると、核弾頭が機体から離れ落下していく様子が見えた。
「よくやった! この距離なら回収できるぞ!」
彼女はスロットルペダルを踏み込み最大推力で機体を加速させる。
核弾頭との距離がどんどん縮まり、両腕を広げて抱える態勢を整える。
操縦桿とスロットルペダルを慎重に操作し、核弾頭へゆっくりと近付く。
さすがのルミアといえど、今回ばかりは嫌な汗が滲み出ているのを自覚していた。
機体の操縦に全神経を集中。
周囲の雑音はかき消され、自らの呼吸音だけが聞こえる。
マニピュレータの中へ「荷物」が収まったのを確認すると、先程まで敵機がやっていたのと同じように胸部へと抱え込んだ。
「エクスタミネーターからリグエルへ、こっちは核弾頭の奪取に成功した! 今から空軍へ引き渡しに行くから、残りは頼んだぜ!」
「了解、あとは僕とミノリカに任せろ!」
自分の仕事を終え胸を撫で下ろすルミアだったが、彼女はとても重要な事を思い出す。
「(……待てよ、目と鼻の先に核弾頭があったら放射能を浴びるんじゃないのか?)」
……それは帰ってから考えるとして、とりあえずエクスタミネーターは空軍との合流を目指すのであった。
残る核弾頭は一つ。
往復に掛かる時間を考慮すると、ルミアはおそらく間に合わない。
ここから先はリゲルの頑張りとミノリカのサポート、そして国防空軍の狙撃技術に託された。




