【48】風よ、星をも呑み込め
オリオン隊が壊滅的な被害を被る中、エレナは敵エースとの一騎打ちを続けていた。
彼女の機体は戦闘を開始したあたりから無線の調子が芳しくなく、僚機の状況が分からない。
一つ言えるとするなら、戦況は非常に厳しい。
スラッガーフェイスとシルフウィングの機体性能を比較した場合、防御力や中距離以上への対応力を除くと全体的に後者の方が優れている。
特に運動性の差は如何ともし難く、マドックス製MF最高と評されるスラッガーフェイスをもってしても背後を奪うことができない。
対するシルフウィングは残像が見える程の高機動で全ての攻撃をかわしつつ、的確に反撃を行ってくる。
避けて当てる―。
言葉だけなら簡単な話だが、これを実現できるのは高機動機と優秀なドライバーの組み合わせに限られる。
そして、シルフウィングとサニーズ・コンチェルトは相性が完璧なのだろう。
数か月前にヴォヤージュで戦った時でさえ強烈な機動に苦戦したのに、新型機へ乗り換えてきた今回はハッキリ言って手が付けられない。
むしろ、エレナはこれだけの強敵相手に長時間粘っていることへ自分でも驚いていた。
訓練生時代に教官が言っていた「格上の相手と戦う時、神経を極限まで研ぎ澄ませることができたらお前はエースの素質がある」という言葉の意味……今なら分かる!
「(結果や生死など関係無い……全力を尽くすまでだ! 頼むぞ、スラッガーフェイス!)」
消えかかっていたエレナの闘志に再び炎が宿る。
終わりの無いディフェンスを変えるべく、彼女はついにオフェンスへと転じた。
「(なるほど……さらにできるようになったな。ヴォヤージュの時よりも確かに上手くなっている)」
一方、サニーズも若いエースドライバーの実力をようやく認めるようになっていた。
かつて「奇跡の世代」と評された自分やライガ、レガリアに匹敵し得る才能を持つドライバーが育っていたことに一種の安心感を覚える。
……だが、それは生き残り続けることができたらの話だ。
もう少し。
もう少しだけ場数を踏むことができたら奴は大化けする。
きっと、スターライガの名立たるエースたちと互角に戦えるほどに。
ライガやレガリアも初めから上手かったワケではない、ある日突然エースの素質を開花させた。
しかし、敵に幸運を恵んでやるほどサニーズも寛容ではない。
脅威として育つ可能性のある芽は早めに摘んでおかなければならないのだ。
それを怠った時、呑み込まれるのは自分たちなのだから。
「(エレナ・トムツェックだったか……貴様の出世の踏み台になるほど、私の腕は落ちぶれていないぞ!)」
シルフウィングも推進剤の残量が半分を切り始めた。
久々の心躍るドッグファイトに笑みを浮かべつつ、サニーズはスロットルペダルを踏み込むのだった。
先に動きを見せたのはスラッガーフェイス。
回避重視の機動を大きく変化させ、レーザーライフルによる牽制射撃からビームソードでの一閃を狙う。
この戦法が通用するとは思っていないが、馬鹿正直に突撃するよりは遥かにマシだろう。
隠れる場所が無い雪原を蛇行しながら照準を敵機の未来位置へと定める。
シルフウィングもレーザーアサルトライフルを構えており、西部劇の決闘シーンのような緊迫感が張り詰める。
はやる気持ちを抑え、右操縦桿のトリガーへ指を掛ける。
「(素早いな……! 照準内に捉えるだけでも精一杯だ……)」
運動性の高い敵機を捕捉するのはただでさえ難しいのに、雪煙により視界が遮られるせいで条件はさらに厳しくなる。
だが、相手はそんなことなど御構い無しのようだ。
擬似スコープ越しにレーザーの弾幕が迫ってくるのが見えた。
エレナは反射的にスロットルペダルを蹴り、回避運動へと入る。
しかし、攻撃は極めて正確であり数発の光弾を食らってしまった。
幸い四肢に被弾したおかげで致命傷は負わなかったものの、負荷を蓄積させたら何かしらのメカニカルトラブルが起こるかもしれない。
ならば、こちらが力尽きる前に相手を倒せばいい話だ。
一瞬だけシルフウィングの機動が鈍った。
この機は逃さない!
「……っ!」
考えるよりも早くエレナはトリガーを引いた。
一撃当ててやった……彼女は確信していた。
ところが、シルフウィングは命中する直前にこれまで見たことの無い急上昇で攻撃を回避していく。
「ええっ!?」
予想外の光景に思わず変な声が出てしまったが、すぐに敵機がどこに行ったのかを確認する。
どうやら、相手はまだ機体性能を隠していたらしい。
上空を見上げると細身のMFがレーザーアサルトライフルの銃口をこちらへ向け、今まさに襲い掛からんとしていた。
一方、サニーズは積極的な攻めに出ず、相手のスタミナ切れを狙い一撃で決める作戦を取っていた。
彼女は攻撃的な戦い方を得意とするドライバーだが、必要に応じて守りを重視した戦法へシフトできる技量を持っている。
臨機応変に立ち回れるクレバーさとそれを実行できる高度な操縦技術がサニーズの強みといえるだろう。
大学時代に医学生として勉学に励んでいただけのことはある。
そして、エレナが反射的に放った一撃をかわした時点で主導権はサニーズへ移っていた。
敵機の上を取った彼女はトリガーを引きつつ機関砲ボタンを押し、レーザーと小口径弾の雨を降らせる。
攻撃にすぐ反応したスラッガーフェイスはステップで回避しつつビームソードへ持ち替え、着地する瞬間の硬直を狙い斬りかかった。
エレナとスラッガーフェイスの全力を込めた一撃であったが、サニーズは冷静に左操縦桿を操作しビームレイピアを取り出す。
ビームソードとビームレイピアの鍔迫り合いが発生することで、周囲は蒼い閃光に包まれる。
シルフウィングはシールドをオミットしたため盾にできるものが無いが、その代わり左腕の自由度が高い。
実用的なサイズのシールドを装備すると左腕が覆われてしまうため、ほとんどの機体は「攻撃の右」と「防御の左」に役割分担している。
防具を持たないということは両腕で武装を扱えることを意味し、重火器を装備できないシルフウィングが手数で攻めるのに一役買っているのだ。
無論、唯一無二のテクニカルな機体を駆るサニーズは愛機の性能を十二分に理解していた。
左腕で攻撃を受け止めつつ右腕に構えたレーザーアサルトライフルを敵機のシールドへ突き付け、躊躇無くトリガーを引く。
大気圏内だと減衰を避けられない光学兵器だが、零距離で撃ち込めば影響を大きく軽減することができる。
「(シールドがっ!? こうなったら投棄するしか!)」
スラッガーフェイスのシールドは設計仕様通りの防御力を発揮し、零距離射撃のダメージを抑え切った。
その代償として表面が融解してしまい、高熱により穴まで開いてしまう。
この状態ではもはや盾として役に立たない。
デッドウェイトを無くすため、機体を後退させながらエレナは左操縦桿のスイッチを操作し、シールドをパージさせる。
敵機の方向へパージすることでかく乱を狙ったが、シルフウィングはそれを避けてしつこく喰らい付いてきた。
「(シールドを捨てたか……もったいないな。戦場では鉄屑でさえ使いようはいくらでもあるのに)」
エレナの判断に不満を抱きつつも、サニーズは決着を付けるための準備を開始する。
まあ、チルドとメルリンを呼び寄せて3機で袋叩きにするのが一番楽なのだが、これでは一騎打ちに応じてくれた若いドライバーが可哀想だ。
その点に関しては礼節を持って相手してやらねばなるまい。
鍔迫り合いと射撃の応酬を繰り返しながら周囲を見渡していると、雪原の中に気になる物を見つけた。
「(あれは……そうだな、シールドを捨てたことを後悔させてやるか)」
敵機との間合いが離れるタイミングを見計らい、サニーズはスロットルペダルを踏み込む。
軽量な機体に強力なスラスターを与えられたシルフウィングは加速力に優れ、スラッガーフェイスとの距離があっという間に広がっていく。
そして、「気になる物」に近付いたところで速度を緩め、ビームレイピアを構えた。
トドメでは「気になる物」を利用し、テクニカルな戦い方をエレナにその身を以って教えてやるつもりだ。
2機の間合いが一気に縮まる。
次の瞬間、シルフウィングは華奢な右脚で雪原を蹴った。
当然、これは無意味な動作ではない。
蹴りと同時に雪の中に埋まっていた板状の物体―スラッガーフェイスのシールドが宙を舞い、エレナの視界を塞ぐ。
彼女が視界を確保しようと首を動かした時、凄まじい衝撃が身体を襲う。
6点式シートベルトのおかげで前方には飛ばされなかったが、最初は何が起きたか分からなかった。
だが、衝撃の原因はすぐに判明する。
シルフウィングのビームレイピアがスラッガーフェイスの腹部を貫いていたのだ。
「やられた!? プライベーター如きに……!?」
サニーズの技量ならば敵機のコックピットを正確に狙うこともできたであろう。
それを敢えて外していたのは彼女なりの情けだったのかもしれない。
……あるいは、心の奥底にあった「甘さ」か。
ビームレイピアを右へ斬り抜くと、胴体と脚部の接合を失ったスラッガーフェイスがその場に崩れ落ちる。
フラフラとコックピットから這い出てきたエレナを横目に、サニーズは別働機と戦っているはずのチルドたちへ通信を送った。
「こちらシルフウィング、隊長機を仕留めた。……才能があるヤツだからな、命だけは見逃してやったよ。ま、生き残ることも実力の内さ」
「良かった、こっちも敵機は全滅させたよ。……一人殺しちゃったかもしれないけど、戦場だから多少はね……」
いつものような元気が無いチルドの声を聞き、サニーズは眉をひそめる。
「ベイルアウトは確認できなかったのか?」
「いや、死なせた―って断言するのは良くないんだけど、その機体を墜としたのはメルリン先輩なの」
「なるほど、初戦果で早速人殺しをしてしまったというワケか……これ、彼女には聞こえていないだろうな?」
「大丈夫、この通信はあたしとサニーズの間でしか繋がっていないから」
エレナとの戦闘に集中していたためチルドたちの様子は分からなかったが、あちらはあちらで色々あったらしい。
同様に彼女らもサニーズの戦いぶりをあまり把握していないはずだ。
「……ドライバーが一皮剥けるうえでは必ず通る道だ。あの人が手を血染めにする覚悟があるかどうか、これから量っていけばいい」
「そうね……もしかしたら、長い付き合いの戦友になるかもしれないからね」
「ふっ……オロルクリフ3姉妹にリリーか。ライガも大した奴だな」
元はと言えばライガの誘いをキッカケにサニーズはMFのコックピットへ戻った。
教師としてティーンエイジャーと触れ合う人生も素晴らしかったが、やはり自分には戦場の空気が性に合っているらしい。
「『ブツ』を回収する地上部隊が来るまで周辺警戒だ。帰ったらホットウイスキーでもしゃれ込むか」
激闘を繰り広げながら傷一つ付かなったシルフウィングが雪の舞う空へ飛び立つ。
悠々と飛ぶその姿をエレナは忌々しそうに睨み付けるのだった。
オリオン隊がたった3機のプライベーターに壊滅させられたニュースは、その日のうちに国防空軍全体へ広がっていた。
機体は全機大破、隊員のうち一人が人事不省で戦線離脱―結果だけ言えば惨敗もいいところだ。
救難ヘリコプターに拾われたエレナはラッツェンベルグ基地へ帰って早々本部に召喚され、休む暇も無くヴワル空軍基地へ飛んだ。
今、彼女は司令室でレティ空軍総司令官の前に座らされている。
「……総司令部直属部隊の名に泥を塗ってしまい、本当に申し訳ございません」
「相手の挑発に乗せられた挙句、部隊を壊滅させ部下を人事不省に追い込んだ……エリートが聞いて呆れるわね」
オリエント国防軍において部隊全滅は厳罰ものである。
敵戦力が遥かに強大だったのならともかく、プライベーター3機相手に全滅では擁護のしようが無い。
しかも、通信記録の解析からエレナが挑発に乗せられたことも判明している。
降級ならまだ温情なほうで、レティの機嫌次第では部隊長解任や地上勤務への異動さえありえる。
軍法会議へ出席させられた日には経歴を傷付けるのが確実だろう。
だが、エレナにとって苦痛だったのは部下を全く守れなかったことだ。
左脚に後遺症が残りかねない程の重傷を負ったマルキは二度と復帰できないかもしれない。
もし、そうなってしまったら……それは彼女の人生を滅茶苦茶にしてしまったのと同然なのだ。
たった一回の敗北が全てを狂わせてしまった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
俯いて謝罪の言葉を呟き続けるエレナをレティは静かに見つめていた。
「(小さい頃のライガみたい……あの子もすぐに謝るクセがあったわ。あと、涙脆いところもね)」
彼女は総司令官用の椅子から立ち上がると、エレナへ優しく声を掛ける。
「貴女の部隊が戦ったのはサニーズ・コンチェルトとチルド・トゥルーリ、あと詳細不明のドライバーが一人だったわね?」
そっと頷いたのを確認すると、レティは窓の外に広がるヴワル市の夜景を眺めながら昔話を始める。
「サニーズもチルドも私がここの基地司令をしていた時の部下だったの。類稀な才能の持ち主でね、ライガやレガリアと一緒だったら最強のエース部隊になっていたと思う。結局4人とも軍人としての出世は望まなかったけど……運命って皮肉なのよ。スターライガはかつて国防空軍が欲しがっていた最高のカードを全て揃え、バイオロイドへ立ち向かおうとしている。おそらく、今回歴史を動かすのは彼らの役目なのかもしれない」
21世紀最大の事件といわれるフロリア星人との戦いに2回も関わったレティ。
最初は当事者として、2回目は若者たちを見守る立場から。
バイオロイドとそれに関連する一連の出来事は22世紀の歴史に大きな影響を与える―彼女の直感がそう囁いていた。
「スターライガは確かに強い。だけど、これから先はさらに強大な敵と戦うことになる可能性も否定できないわ」
そう言うとレティはエレナの方へ振り返った。
「エレナ・トムツェック少佐……貴女には宇宙へ上がってもらいます」
「え?」
予想外の異動先を伝えられたエレナは思わず生返事をしてしまう。
視線を上げた先にある総司令官の横顔は笑っていた。
「個人的な意見になるのだけれど、バイオロイド事変の黒幕―ライラック・ラヴェンツァリは何としてもスターライガに討たせたいの」
「それは……我々国防軍人の実力が足りないからですか?」
「率直に言えばそれもある……でも、スターライガにはライラックと関係の深い人がいるからよ。彼らに野望を潰えさせられたら、あの娘も諦めがつくんじゃないかなと思ってね」
レティはライラックのことをよく知っている。
おそらく、彼女の性格を最も理解していると自負している。
高圧的な態度で意図的に他人を見下すライラックだが、2人の娘など身内には甘い傾向がある。
さすがのライラックも娘に説得されれば自らの過ちに気付いてくれるだろう。
仮に日本やアメリカが本格的に介入し始めたら、事態は非常にややこしくなる。
そうなる前にスターライガがこの戦いを終わらせてくれることを期待しているのだ。
残念だが、オリオン隊と国家戦略室にはスターライガの踏み台となってもらう。
「今回は宇宙行き以外の処罰は下しません。ただし、2度も同じ相手に負けたら貴女の処遇は考えさせてもらいます……分かったわね?」
「……了解!」
一番期待している部下の力強い敬礼に対し、レティも現役時代と変わらない敬礼で答える。
数日後、エレナとレムリーズはヴォヤージュ航空宇宙基地からSSTOに乗り込み星の海へと向かった。
奇跡の世代
オリエント国防空軍のエースドライバーは特定の世代に集中している傾向がある。
公式にエースとして認定されている人物のうち、過半数以上が2005年と2032年及びそれらの前後に生まれている。
2005年はレティ、2032年はライガが生まれた年である。
ステップ
MF戦の世界では「横跳び」をこう呼ぶ。




