【47】白銀エクスプレス(後編)
「チルドたちは後方で火力支援だ! 前衛は私だけでいい!」
「「了解!」」
最初に動きを見せたのはサニーズの駆るシルフウィングだ。
シルフウィングは徹底的な軽量化と姿勢制御能力の向上によって破格の運動性を手に入れた軽高機動機であり、その俊敏性は同じ高機動機のパルトナさえ凌駕する。
高い運動性と加速力を以って全攻撃を回避することを前提としているこの機体はシールドを装備せず、装甲厚もスターライガ製MFの中で最も薄い。
さすがに一撃なら耐えられる程度の防御力は残されているが、基本的に被弾は許されないテクニカルな機体である。
また、安定性を切り捨てていることから操縦特性も極端にピーキーとなり、サニーズにしか乗りこなせない事実上の専用機となった。
武装はスパイラル8号機から受け継いだビームレイピアとレーザーアサルトライフルを主兵装に据え、固定式機関砲は軽量化を図ったM10-Bリヴォルバーカノンへ換装されている。
犠牲の下に築き上げられた動力性能は言葉にするなら「風」であり、動体視力が一般人より高いはずのオリオン隊でさえシルフウィングの初動を捉えることができなかった。
「ウソっ!? 消えた!?」
「レム、お前だっ!! 回避しろっ!」
エレナが必死に叫んだ時、シルフウィングは既にレムリーズ機の目の前に迫っていた。
レムリーズは咄嗟に防御姿勢を取り、後退しながらビームレイピアの連続攻撃をやり過ごそうとする。
だが、サニーズの卓越した技量から繰り出される鋭い刺突はシールド以外の部分を正確無比に狙っており、スラッガーフェイスの脚部へ執拗にダメージを与えてくる。
残像が見えるほどの素早い攻撃を行いながら特定のポイントを狙うのは非常に繊細な操作が要求され、サニーズだからこそできる技といえる。
「隊長、助けて!」
そう言われるまでもなくエレナとマルキは援護に入ろうとした。
しかし、2人の行動をスターライガ側の火力支援が遮る。
スティーリアが放つ大量のマイクロミサイルを回避するのが精一杯で、ピンチに陥るレムリーズへ近付くことができない。
やむを得ずエレナは散開を指示し、まずは全滅という最悪の事態を避けることを優先する。
「クソっ! 落ちろ!」
マイクロミサイルの弾幕が収まるのと同時にマルキ機は一気にシルフウィングへ肉薄し、回避運動中に持ち替えていたショットガンのトリガーを引く。
雪煙の中から突然放たれた散弾に反応して交わすのはエースドライバーでも難しいが、サニーズはあくまでも冷静に操縦桿とスロットルペダルを操作する。
次の瞬間、シルフウィングは後方へ一気に加速しショットガンの射程外へと姿を消す。
スラスター噴流が巻き上げる雪煙で敵機の姿が目視できない。
一方、サニーズのほうはスラッガーフェイスの位置を完全に把握しているらしく、レーザーの雨がマルキに襲い掛かった。
「ああっ、レーダーでは捉えているのに! どこ行ったんだ!?」
「深追いするな! 火力支援を先に潰すぞ!」
「オリオン2から3へ、私たちは一騎打ちじゃ敵わない! 一旦態勢を立て直そう!」
オリオン隊の3機は互いの位置が分かる距離まで接近する。
レムリーズ機が脚部にダメージを負っているのを除くと、大きな損害はまだ出ていない。
だが、基地からここまで来るまでに燃料と推進剤を消耗しているため、長時間戦闘を強いられると帰還できない可能性がある。
このまま戦闘を継続するか、それとも思い切って撤退するか―。
エレナは変に意地を張ってしまったことを内心後悔していた。
相手はたかがプライベーター、しかも現時点で邪魔をすると逆に戦略的に不利に働く可能性がある。
ゲームで例えるなら「一応倒せるが、滅茶苦茶強いので手を出さないほうが良い敵」といった感じだ。
どうやら、オリオン隊は鬼教官よりもヤバい相手のケンカを買ってしまったらしい。
「(まずいな……勝つためのビジョンが浮かばないぞ。なんで挑発に乗ったんだ、私は……!)」
エレナの不安感が操縦にも影響し始める。
仮にヘルメットを被っていなかったら、父親譲りの金髪を掻き毟っていたかもしれない。
そうしている間にも推進剤は減り、敵の遠距離攻撃が延々と続いている。
「……隊長、私とマルキで敵の後衛の撃破を試みます」
隊長の心情を察したのか、自機のダメージを気にしていたレムリーズが意見具申を行う。
互いの機数が同じであるため、確かに1機でも数を減らせれば戦況は優勢へ一気に傾くだろう。
「その間に隊長は敵のエースと一騎打ちに持ち込んでください。火力支援を断てば多少は戦いやすくなるはずです」
レムリーズの提案は理に適っている。
だが、スターライガは一騎当千の実力者揃いなのだ。
20代前半のドライバーだけで相手が務まるのかという疑問は残る。
「……頼む。ただし、無理だけはするなよ。どうしようもない時は迷わず脱出しろ」
一瞬気の迷いはあったが、ここは部下の実力を信じてみることとする。
「……オリオン2、了解!」
「オリオン3了解!」
オリオン隊は再びフォーメーションを崩し、強力な敵に対する反撃を試みるのだった。
「シルフウィングからスティーリアへ、敵が2機そちらに向かっている。近距離戦になるかもしれん、メルリン先輩をしっかりサポートしてやれ」
「オーケー、こんなところで仲間を喪うワケにはいかないからね!」
オリオン隊の動きは当然ながらスターライガ側もレーダーで把握しており、最初は全員合流しスパイラル9号機をフォローしながら戦おうとも考えた。
しかし、指揮官機を墜とすことによる統率の乱れを期待し、サニーズは敵エースの排除に集中することとした。
彼女の基準で言わせてもらうと、オリオン隊のうち隊長機以外はエースと呼べるレベルに至っていない。
そういった相手の血ではサニーズとシルフウィングは満足させられないのだ。
「メルリン先輩、敵が来るわよ! 中距離戦闘へ移行して!」
「了解! 中距離戦闘なら……この武装ね!」
スパイラル9号機は今まで使用していた無反動砲に代わり、最低射程がより短いレーザーライフルへ持ち替える。
スティーリアとスパイラル9号機はどちらも遠距離戦に向いた機体であり、中距離以下を得意とするスラッガーフェイスを相手取る場合は如何に近付かれないかが大事だ。
最低限の格闘戦をこなせる武装を持っているとはいえ、安定性重視のため動きが重い機体での格闘戦は相応の技量が要求される。
他の兵器で例えるなら攻撃機で制空戦闘機へ挑むようなものだ。
射撃機一筋のチルドはともかく、ルーキーのメルリンは敵機に張り付かれたら対応できないかもしれない。
つまり、可能ならば接近される前に撃墜してしまいたい。
「こういう悪天候だとレーザーは減衰しやすくなるから、シミュレータの時と同じ射程が出るとは思わないように。対応できる距離まで引き寄せてから撃ちなさい」
「そんなに落ちるモノなの?」
「ええ、大気中の水分とかゴミが影響しているらしいけど……科学の話は後! 今は目の前のあいつらをやっつけるわよ!」
そう叫ぶと同時にチルドはスティーリア専用の高出力レーザーライフルを構えていた。
これまでは狙い撃ちされないよう雪原を滑るように移動していたが、スピードを調節し射撃体勢を整える。
両手持ちが必要なほど大型なライフルの銃口を敵機の未来位置へ向け、回避運動が一瞬だけ緩む瞬間を見逃さずにトリガーを引いた。
従来のレーザーライフルとは異なる蒼く太い光線はスラッガーフェイスへ吸い込まれる―ことなく、咄嗟に構えられたシールドごと左腕を破壊するにとどまった。
「オリオン3、被弾した! あのレーザーライフル、なんて火力なのよ!?」
直撃を受けたマルキは戦慄を覚えた。
シールドが上手く機能してくれたおかげで弾道を辛うじて逸らすことはできたが、その代償として左肩以降の腕部を完全に失った。
腕部以外の部分にもダメージが及んだのか、HIS上には多数の警告メッセージが表示されている。
「あの新型機……図体のわりに素早いな! でも、攻撃直後の硬直を狙えば!」
戦闘続行が困難なマルキに代わり、彼女を庇うようにレムリーズ機が前進しスティーリアへ襲い掛かる。
全高約4600mm・全備重量2000kg以上に達するスティーリアは過去のMFと比べてかなりヘビー級な機体であり、見た目より軽快に動くもののスラッガーフェイスには敵わない。
数コンタクトで敵機の特性を看破したレムリーズはすぐに攻撃へ移行する。
スラッガーフェイスのレーザーライフルから放たれた光線は正確にスティーリアへと向かっていく。
だが、次の瞬間起こった出来事に彼女は思わず目を疑った。
「やった、めいちゅ―って弾かれた!?」
確かに、レムリーズ機の攻撃はスティーリアへ真っ直ぐ飛んで行った。
ドライバーの射撃精度に何ら問題は無かったのだ。
ところが、スティーリアは左腕のシールドでレーザーを完全に弾いていた。
本来オリエント国防軍が制式採用するレーザーライフルはユーケディウムにダメージを与え得るほどの出力を持っているのだが、このヘビー級MFにはおそらく効いていない。
シールド表面に焦げ目が付いているものの、これだけでは内部までダメージが及んでいない。
光学兵器に対する防御力を高めるには、装甲を厚くするよりもエネルギーを拡散させたほうが効率的なため、スティーリアに限らずスターライガ製MFは高度なレーザー・ビーム拡散処理を行っていることが分かる。
「ふふんっ、そんな攻撃じゃスティーリアは沈まないよ!」
生半可な攻撃を防いだチルドの反撃が始まった。
前述したようにスティーリアはMFの歴史において屈指のヘビー級である。
これは複数の光学射撃兵器の同時使用による火力支援を想定したためであり、重量増加の主な原因は大型・高出力なE-OSドライヴの採用に加え、稼働時間を延長するためのコンフォーマルタンクを標準装備しているためだ。
そして、両肩に固定装備されたレーザーキャノンも重量と重心位置の観点から動力性能を落とす原因となっている。
ただし、動力性能を犠牲にしてまで手に入れた火力と防御力は凄まじく、チルドの操縦技術が組み合わさることで高い戦闘力を発揮する。
なお、火力支援で多用したマイクロミサイルはオプション装備となっているが、射撃が苦手なチルドは誘導兵器を好んで用いているため実質標準装備扱いされている。
そして、スティーリアはシールド裏面に「隠し武装」を持っていた。
「貰った! グレネード発射!」
シールド裏面には2発だけだがグレネードが装備されており、主兵装の取り回しが難しいスティーリアにとって最も隙が少ない武装の一つである。
弾速は決して速くないものの、不意打ち気味に放たれるとさすがに反応が遅れてしまう。
だが、グレネードが飛んでくるのを確認したレムリーズは反射的に回避運動へ移り、何とか爆発から逃れる。
「ミサイルパーティよ! 全弾持っていきなさい!」
次の瞬間、スティーリアは必殺技といえるマイクロミサイル一斉発射を行い、弾を使い果たしたミサイルポッドを腰部ハードポイントからパージした。
これだけで最低でも200kg程度の軽量化が期待でき、多少は運動性を取り戻せる。
地上での平面的な機動ではかわせないと判断し、レムリーズはスロットルペダルを一気に踏み込み機体を宙へ浮かせた。
空中だからこそ可能な立体的機動で攻撃を回避しつつ、制空権を奪い有利なポジションから反撃を試みるつもりだ。
回避運動中も敵機からは決して目を離さないが、今は回避に専念する。
「(頑張れスラッガーフェイス……何とか振り切ってくれ!)」
強烈なGに耐えながらレムリーズは祈る。
しかし、彼女の必死の抵抗もここまでだった。
レムリーズのスラッガーフェイスに蓄積していたダメージ。
それは確実に機体の内部構造を蝕んでおり、ついに恐れていたことが起きてしまった。
総推力のおよそ20%を賄う左脚のスラスターが黒煙を吐き出し、安定性を一気に失う。
必死に左ペダルを踏み直すが、うんともすんとも言ってくれない。
残るスラスターを全て駆使して回避運動を続けるものの、ミサイルアラートの音が止む気配は一向に無い。
チャフとフレアはほとんど搭載していなかったため、この時点で使い切ってしまっていた。
「(せめて数を……数さえ減らせれば!)」
回避運動だけでかわせそうにないミサイルは固定式機関砲による迎撃で排除していたが、それをくぐり抜けた数発が目前まで迫ってくる。
レムリーズは被弾を覚悟した。
最後の抵抗として機関砲を撃ち尽くしながら両腕を構え、コックピットまでダメージが及ばないよう全力を尽くす。
その直後、全身を揺さぶるほどの衝撃が彼女に襲い掛かった。
ミサイルが直撃する瞬間に思わず目を閉じてしまったが、すぐに開いて状況確認を行う。
両腕は完全に破壊され、胸部装甲はめくれ上がっている。
これらが盾となったおかげでコックピットの損傷を免れたのは言うまでもない。
とにかく、内部構造を破壊されるほどのダメージを受けてしまったら戦闘続行は不可能だ。
基地へ戻るまで機体が持つとも思えないため、レムリーズはベイルアウトを決心した。
「ごめん、みんな……! オリオン2、脱出します!」
シートのすぐ前にある射出座席のハンドルを力の限り引っ張ると、ロケットモーターに点火したコックピットブロックが大空へ飛び出し、すぐにパラシュートが展開されることで安全な降下へ移行する。
乗り手を失ったスラッガーフェイスは黒煙を曳きながら雪原へ墜落し、バラバラに砕け散った。
これが実戦にて初めて損失したスラッガーフェイスであった。
その頃、手負いの機体を駆るマルキは集中攻撃を何とか凌ぎ続けていた。
「レム……!? クソっ、機体性能はこっちも負けてないのに!」
自機のダメージが嵩んできたうえに僚機を失い、彼女の精神的余裕は徐々に失われつつある。
外気温が10℃にすら達していないほど寒いのに、ヘルメットの中で冷や汗をかいているのが分かる。
操縦桿を握る手には汗が滲み出ていた。
速攻でスティーリアを攻め落とせば勝てる戦いだったにもかかわらず、逆に翻弄され攻撃チャンスを奪われ続けたのが敗因だった。
スパイラル9号機はルーキーが操縦しているため、真っ向勝負なら絶対に負けないはずなのだ。
「(隊長は無線の調子が悪いみたいだし……こうなったら、刺し違えてでも1機は仕留めてやる!)」
こういった状況の場合、本来なら味方機と合流し態勢を整えるべきだ。
だが、追い込まれた若いドライバーは完全に冷静さを欠いていた。
彼女は意地でも目の前の敵を倒すことしか考えていない。
それこそ相手の思う壺であると判断できなかったのだ。
才能に対し経験が追い付いていないドライバーにありがちなミスである。
「(あの白い奴、まだ素人だな! 動きが鈍いぞ!)」
マルキは自身と距離を置きながら戦っているスパイラル9号機へ目を付けた。
ぎこちない操縦から相手の技量を察すると、回避運動を止め一気に攻撃へと転ずる。
残された右腕でビームソードを構えて推力全開。
敵機の攻撃を掻い潜って喉元へ刃を突きつける作戦だ。
意図に気付いたスパイラル9号機が回避運動を開始するが、もう遅い。
スロットルペダルを限界まで踏み切り、強烈な加速Gには歯を食いしばって耐える。
突き出されたビームソードは機体ではなく、乗り手であるメルリンを捉えていた。
「あっ……ああっ!」
凄まじい速度で突撃してくるスラッガーフェイスの姿がどんどん大きくなり、メルリンは恐怖心に支配される。
しかし、訓練中にライガが教えてくれた「怖くなったら身体へ動くよう言い聞かせろ。戦場では動けない奴とノロい奴、せっかちな奴が早死にする」という言葉を思い出し、反射的に右操縦桿のトリガーを引くのだった。
スパイラル9号機のレーザーライフルから放たれた蒼い光はスラッガーフェイスの胴体左部分を貫いていく。
その光はコックピットブロックを守るフェムトファイバー製の内張りさえ突破し、マルキの左脚を一瞬で炭化させた。
「……っ!?」
激痛や熱傷といった言葉では表現し難い感覚が彼女を襲い、同時に意識を遠のかせる。
操縦系統にダメージが及んだことで制御を失ったスラッガーフェイスはヘッドスライディングのように雪原へ倒れ込んだ末、全く動かなくなった。
外部からは搭乗者の安否を確認できない。
「やだ……私……殺しちゃったの……?」
無我夢中で機体を動かしていたメルリンが操縦桿から手を離すと、それと連動するかの如くスパイラル9号機も構えていたレーザーライフルを雪上へ落とした。
コックピットに座っていなかったらその場でへたり込んでいただろう。
争いとは程遠い世界で生きてきた、心優しいお嬢様。
彼女が手を血で染めたのは生まれて初めてなのかもしれない。
そして、一度付いてしまった血は永遠に消えることは無い。
「メルリン先輩……」
チルドは何か慰めの言葉を掛けようとしたが、適切な言い回しが全く思い付かなかった。
……こういう時、ライガなら何か気の利いたことが言えたのだろうか?
マイクロミサイル
MFは機体規模の都合上従来型のミサイルを使用できなかったため、新たに開発された超小型ミサイルがマイクロミサイルである。
一発の破壊力よりも飛翔速度及び連装数を活かした高命中率を特徴としている。




