【46】白銀エクスプレス(前編)
11月19日、この日のオリエント連邦は全国的な大寒波に見舞われ、各地で今年一番の積雪量が観測されている。
「オリエント人は大雪が降ったら家に閉じこもる」と冗談めいて語られることもあるが、公共交通機関が麻痺するほどの降雪では休むのも致し方あるまい。
だが、残念なことにスターライガの一部メンバーはクソ寒い日に限って出撃させられている。
「―来たな、目標の貨物列車だ。こんな大雪の日にご苦労なことだ」
雪景色に染まる森林の中で3機のMFが鎮座する。
そのうち1機は白っぽい塗装へ塗り替えられたスパイラル9号機だが、残る2機は今回初実戦の新型機だ。
双眼鏡による偵察を行っていたサニーズは目標を確認すると、新たな愛機のコックピットへ乗り込み機体を慎重に立ち上がらせる。
「チルド、メルリン先輩! お喋りの時間は終わりだ! 吹雪になる前にカタを付けるぞ!」
「へーきへーき、雪上戦闘はアタシの得意分野だから! メルリンさんこそ足を引っ張らないでよ?」
待望の新型機を得たチルドはいつも以上にやる気に満ち溢れている。
「た、多分大丈夫よ! この時の為に訓練を受けてきたわけだから……!」
一方、メルリンも怖気づいてその場から動けないということは無さそうだ。
全機の起動を確認したサニーズは小隊長として指示を下す。
「よし、全機地表を高速移動し目標へ接近しろ! 行くぞ!」
彼女の号令と同時に3機のMFが森林を飛び出し、銀世界の雪原を駆け抜けるのだった。
今回の作戦は簡単に言えば「極秘裏に宇宙へ運び出される資源の奪取または破壊」だ。
スターライガと警察の合同調査の結果、オリエント連邦北東部の工業都市ジェラースにバイオロイドのダミー会社が存在していることが判明した。
バイオロイドはこの会社を利用して「合法的に」資源を入手し、貨物列車と軌道エレベータを経由し宇宙まで輸送していると考えられる。
先日、ジェラース市警察がダミー会社への捜索を行ったが、それを察知していたのか建物は既にもぬけの殻となっていた。
だが、ダミー会社から最後に送り出された資源は11月19日にカモネギー-ステルヴィオ間の貨物列車で輸送されることが分かっている。
本来であれば列車自体の運行を停止することで対策を打ちたかったが、情報伝達が遅れたため鉄道会社は当該列車を発車させてしまった。
そこで、目的の車両が最後尾にまとまっていることを利用し、MFの精密攻撃によってこの部分だけを破壊する。
当然ながら無関係な貨物や鉄道施設に対するダメージは好ましくないため、作戦へ参加するドライバーたちには慎重な行動が要求される。
貨物列車への攻撃は技量が高いサニーズ、その間の周辺警戒はチルドとメルリンが担当する。
なお、サニーズとチルドには新型機「XSCR-9000 シルフウィング」と「XCR-7 スティーリア」がそれぞれ与えられ、余ったスパイラル9号機がメルリンの搭乗機となる。
ジェラース市とヴワル市の間に広がる平地は「オリシア平原」と呼ばれており、春から秋にかけては緑豊かな草原が大地を彩る。
しかし、長く厳しい冬が訪れると広大な雪原へ姿を変える。
オリエント連邦の冬は曇り空が圧倒的に多く、それに真っ白な雪原という条件が重なると空間識失調―所謂バーティゴを引き起こすことがある。
現代のMFはドライバーがバーティゴを起こした場合に備え、機体姿勢を安全な状態へ回復させる機能を標準装備している。
経験豊富なサニーズとチルドは対処法を十分理解しているが、初実戦のメルリンは特に注意して操縦へ臨む必要がある。
未熟なドライバーほど混乱状態に陥ると誤った操作をしてしまいがちだからだ。
「少し吹雪いてきたな……こういった天候の時は落ち着いて計器を見ろ。自己判断を信じ込むなよ」
サニーズは2人のウィングマン―特にメルリンへ事細かに言い聞かせる。
電子技術が飛躍的に発達した結果、現代の航空計器は100%へ限り無く近い精度と信頼性を誇る。
明らかに計器が不調だと分かる場合を除き、自分の感覚より計器類の表示を信じたほうが良い。
「ねえ、サニーズって意外と世話焼きなところがあるよね? 私が訓練をしていた時も結構付き合ってくれたし」
「まあ、こう見えても元高校教師ですから。人材育成を蔑ろにしたツケはいずれ自分に返ってきますからね……子育てでも同じ事です」
スターライガの新人教育は主にライガとサニーズが担当しているが、後者は教員資格を持っているだけあって指導力が非常に高い。
傑出した技術と豊富な経験、そして優れた指導力を持つサニーズは教官役にうってつけだと言える。
ライガも決して指導力不足というワケではないが、彼は前線指揮官として戦っているほうが役に立つ。
「……あれが目標の貨物列車か。一番後ろの3両が目的の『ブツ』を載せているようだな」
雪原をホバー移動していると攻撃目標の貨物列車の姿が確認できた。
対象のコンテナ車は他の車両と区別が付け辛いため、目視を頼りに破壊する必要がある。
「よし、チルドとメルリン先輩は周辺警戒に回れ! まずは攻撃目標を列車から切り離す!」
慎重派のサニーズはともかく、他の2人は今回の作戦を完全に楽観視していた。
その予想が覆されることも知らずに……。
「―へぇ、レムの実家ってスワのほうでしょ? あそこは結構雪が降るもんね」
「ええ、妹は『庭で雪だるまを作れる』ってはしゃいでいたよ。でも、私たち公務員はこんな日でも出勤だからさあ……」
同じ頃、スターライガから南西に100kmほど離れた場所でオリオン隊が哨戒任務に当たっていた。
これは手が空いていたから駆り出されただけで、スターライガの近くにいるのは単なる偶然である。
事実、任務中にもかかわらずマルキとレムリーズが私語を交わすほど気が緩む環境なのだ。
「(こいつらは気付かないのか……? 暇な部隊なら他にあったはずなのに、私たちがここに送り込まれた意味を……!」
だが、エレナだけは明確な違和感を抱いていた。
オリオン隊に出撃命令が下った時、既に準備を済ませた他の部隊がいたのだ。
にもかかわらず、防空司令部はオリオン隊をさほど重要でない地域の哨戒任務へ向かわせた。
……普通に考えれば妙な話である。
「―こちらオリオン1……何だと!?」
考え事をしていると防空司令部から緊急通信が送られてきた。
「……了解、状況次第では交戦を避けられないかもしれんな。大丈夫だ、誇り高き国防軍人がバイオロイドに遅れなど取るものか」
緊急通信の内容は「オリオン隊から北東100km付近で所属不明機の信号を捉えたので偵察してこい」というものであった。
やはり、エレナの違和感は杞憂ではなかったのだ。
「オリオン1から各機へ、お喋りの時間は終わりだ。これより我々は防空司令部が捉えた信号を調査し行くぞ」
「北東100kmって……そこ、何も無い場所じゃないですか?」
マルキの言う通り、オリシア平原に人の手が加えられた場所はほとんど存在しない。
強いて挙げるなら鉄道施設とハイウェイぐらいだろうか。
オリエント連邦は気候が比較的穏やかな地域や沿岸部に都市が集中しており、それ以外は野生動植物の宝庫と化している。
「何も無いからこそ却って怪しいだろう。とにかく、戦術データリンクを頼りに発信源を探るぞ」
「オリオン2、了解」
「オリオン3了解」
3機のスラッガーフェイスは編隊を維持したまま方角を変え、雪が舞う空を翔け抜けるのだった。
目標のコンテナ車へ機体を取り付かせたサニーズはブリーフィングで教えられた通り、連結器を機械的に解除していく。
単に切り離すだけならビームレイピアを連結器へ突き立てるのが手っ取り早いが、高熱で溶断してしまうと連結器に修理不可能なダメージを与えてしまう恐れがある。
外部からの操作で連結を解けば、車両へのダメージは抑えられるはずだ。
コンテナ車が外れた時、貨物列車の方は少し驚いた様子を見せていたが、警笛を数回鳴らすとそのまま走り去ってしまった。
「ふぅ……あの貨物列車の運転手は事前に知らされていたらしいな」
迅速な作業で目標の切り離しに成功し、まずはコンテナ車の中身を確認しようとする。
だが、開けたところで自分たちだけではどうしようもないため、とりあえずコンテナ車だけは線路外へ移動させることにした。
このまま放置したら後続車両と衝突するかもしれないからだ。
「メルリン先輩、コンテナ車の逆側を持ち上げてくれ!」
重量的にはシルフウィングの出力でも軽々と持ち上げられるが、単独ではバランスが取りづらいためスパイラル9号機に手伝いをさせる。
「よし……そのまま真っ直ぐ持ち上げろ。次はスラスターを吹かして少しだけ上昇、ゆっくりと右へ平行移動……ここで車両を置け。ゆっくりと下ろすんだ」
「ふふっ、サニーズってなんだかお母さんみたいね」
引っ越し業者が家具を運ぶのと同じ要領で2機のMFはコンテナ車を線路外へ移動させていく。
その間の警戒はチルドに任せていたが、スティーリアのレーダーは既に機影を捉えていた。
「ん? レーダーに反応……でも、国防空軍の機体だ」
「空軍だと? チルド、無線で何か言ってやれ」
仮にバイオロイドだったらすぐに攻撃してやるところだが、国防空軍相手に先制攻撃を仕掛けたら大問題へ発展しかねない。
「ええっと……あー、こちらスターライガ。国防空軍機へ告ぐ、貴機の目的を述べよ」
しかし、国防空軍機からの応答は無かった。
「……そこの国防空軍機! 聞こえてるなら返事の一つや二つ返しなさいよ!」
チルドが騒いでいるのは聞こえたのか、3機の国防空軍機が無言でスターライガの目の前へ着地する。
「密輸業者に名乗る名前は無い」
国防空軍機の隊長―エレナは冷徹にそう答える。
「密輸ぅ? アンタたち、先輩軍人を犯罪者呼ばわりとは良い度胸しているじゃない」
「いや……コンテナ車が脱線しているうえにコンテナを運び出そうとしている様子を見たら、誰もが疑うと思うんですが」
エレナが言っていることは確かに正論なのだが、それをチルドに並べ立てても却って顰蹙を買うのがオチだ。
このままでは一触即発になりかねないため、様子を見かねたサニーズは作業を中断し両者の間へ割って入った。
「誰かと思えばいつぞやの青二才か。貴様の言い分も理解できるが……人の女を犯罪者扱いするのは良くないな!」
別にエレナに対し怒っているワケではないが、彼女へ釘を刺すためあえて厳しい口調でサニーズは対応する。
「そもそもだ! 退役軍人で元エースドライバーとはいえ、プライベーターがMFを保有するのは危険すぎる!」
「隊長、少し冷静に―」
「うるさいっ! 私はあっちと話しているんだ!」
レムリーズの気遣いを邪険にあしらい、エレナはどんどんヒートアップしていく。
その姿を見たサニーズは一つの結論に至った。
―彼女はあまりに若く、熱くなりがちであると。
「おいおい、部下に対してその言い方は無いだろう。そんなんじゃ嫌われ者になるぞ」
サニーズだって人間だ、頭に血が上ることはある。
だが、間違っても周囲の人間に当たるのはいけない。
そういう上官はいずれ人望を失い、助けが必要な時に誰もいないという結末を迎えるかもしれない。
いくら敵対関係とはいえ、後輩には一言言っておきたかったのだ。
「……っ!? すまん、レム。私が少し熱くなり過ぎだったな……」
「いえ……まさか謝られるなんて」
敵を諭すというのも変な話だが、こうしている間にもチルドとメルリンがコンテナ車を移動してくれている。
簡単な時間稼ぎにさえ引っ掛かるあたり、オリオン隊の面々はまだまだ未熟だ。
「って、話を逸らすな! とにかく、あのコンテナから信号が発信されているから、それを調査させてほしいのですが……」
残念、時間稼ぎはここまでのようだ。
しかし、無抵抗に軍の検問を受け入れるほどサニーズは優しくない。
これ以上スターライガの脅威とならないよう、「力の差」というモノをキッチリ叩き込むべきだ。
あと、新型機の性能を確かめたいというドライバーならではの欲望もある。
「そうだな……私たちを全滅させられたら自由に調査してもいい」
常識的に考えて無茶な要求に対し、当然エレナは眉をひそめる。
職務質問される側が「自分を倒したら答えてやる」とほざいているようなものだからだ。
「何だって? いくら空軍の先輩とはいえ、それには応じられませんよ」
「ほぅ……誇り高き国防空軍の佐官が決闘の申し込みを断るか。どうやら私の見込み違いだったようだな、貴様が『臆病者』だったとは……」
「決闘……? ふんっ、それを行う意図が理解できないな……」
口ではこう強がるエレナであったが、内心では言葉にできない不安と怒りを感じていた。
オリエント人とドイツ人のハーフとして生まれた彼女は、その出自にコンプレックスを抱いている。
地理的条件により外部との交流が少ないオリエント連邦は純血主義―オリエント語風に言えば「純化主義」が根強く、20世紀頃までは同じオリエント系の民族同士でさえ混血することは「穢れ」として忌み嫌われていた。
幸いオリエント人には「いじめ」という行動が存在せず、嫌がらせを受けたりすることは無かったが、コンプレックスを振り払うため両親の反対を押し切りエレナは軍へ入隊する。
天才的資質を持っていた彼女は若くして佐官まで上り詰め、今や国防空軍トップクラスのMFドライバーとなった。
技術以外で自分に取り柄があるとしたら、傑出した勇気だろう。
オープンコックピットという特異な構造のMFで戦うことは度胸が試されるが、エレナは自身より格上の相手へ果敢に挑み、スターライナー32便の一件では危険を顧みずエンジンを斬り落とした。
彼女を臆病だと罵る者などいないはずだ。
……だからこそ、エレナは自らの数少ない長所を否定されるのを恐れている。
そして、それを踏み躙ろうとするサニーズに明確な怒りを感じ始めていた。
私は臆病者でも腰抜けでも無い、あなたに何が分かるのよ……!
「……臆病者だと言われたら黙っていられないな。その勝負、受けて立つ」
相手の返答を待たずにエレナ機はビームソードを抜刀していた。
その様子を見たレムリーズとマルキは驚く一方、サニーズはヘルメットの中で笑みを浮かべていた。
挑発して奮い立たせた甲斐があったというものだ。
「オリオン1から各機へ、交戦を許可する。遠慮はいらん……相手を全滅させてやれ!」
隊長の指示が下るとレムリーズたちも武装の安全装置を解除し、戦闘態勢へ移行する。
「全滅するのは貴様らだ! スターライガ、全機交戦!」
一方、チルドとメルリンも乗機の射撃武装を構え、倒すべき敵を睨み付けていた。
そこには立場や大義名分など存在しない。
エースドライバーたちのプライドを賭けた戦いが幕を開ける。
カモネギー
ジェラース市を構成する区の一つ。
リモネシウムやコバヤシウムといった希少金属の鉱床を多数抱えている。
ステルヴィオ
ヴワル市を構成する区の一つで、同名軌道エレベータの建設に伴い開発された地区。
軌道エレベータ完成以前は「ステルヴィア」という地域だった。
オリエント系の民族
オリエント連邦は元々多民族国家であり、オリエント語圏の国々を興したのはかつて連邦領内で暮らしていた少数民族である。




