【43】WEIGH ANCHOR
スターライガの母艦「インフィニティブルー」はオリエント連邦本土を抜け、ペレス海の洋上に浮かんでいた。
全領域艦は高速巡航を要求されない場合、エネルギー節約のため水上を航行することが多い。
「艦長! この艦の乗り心地はどうかしら?」
ブリッジ内部へ入ってきたレガリアは、艦長席に座る女性へ声を掛ける。
「悪くないですね。海軍にいた時はアズナブール級に乗っていましたが、それより小型な分扱いやすいかもしれません」
「そう、なら良かったわ。目標海域への到達予想時間は?」
「海上をこのペースで航行し続けた場合、遅くとも90分以内には到達するでしょう」
それを聞いたレガリアはスマートフォンを取り出し、現在時刻を確認する。
「90分か……そろそろブリーフィングを行ってもいい時間ね。艦長は念の為に対空監視を怠らないように」
「了解、初陣でこいつに傷を付けさせはしませんよ」
艦長の威勢の良い返事に満足し、レガリアはブリッジをあとにするのだった。
グティエレス島攻略作戦は2つのフェイズによって構成される。
フェイズ1ではMF用対レーダーミサイル及び対地攻撃兵装を装備した機体、そしてインフィニティブルーの艦対地ミサイルによる敵防空網制圧を行う。
この任務には重装備を施せるペイロードと一撃離脱戦法を取れる機動力が求められるため、レガリアのシュピールベルクを指揮官機としてヒポグリフ、スパイラル7号機及び9号機を随伴させる。
残る機体はライガの指揮下に入り、フェイズ1終了まで上空の制空権確保を担う。
敵防空網の制圧完了後、フェイズ2へ移行し敵施設の直接攻撃を行う。
対地攻撃において脅威となり得る対空兵器は既に沈黙しているはずなので、こちらではルナール、リリカ、リリー、シズハを中心に対地攻撃の基礎を実戦で学ばせる。
彼女らのフォローとしてライガを付けるため、フェイズ2ではレガリア指揮下の小隊が周辺警戒を担当する。
今回はこれまでに無い長時間戦闘となる可能性が高く、各機は必要に応じて補給のためインフィニティブルーへ帰艦することが求められる。
艦載機乗りの基礎技術の一つである「カタパルト発艦」「グライディング着艦」をルナールたちへ覚えさせることも今回の作戦の目的だ。
最終的な部隊編成はレガリア、メイヤ、ルミア、チルドで構成される「アルフェ・チーム」とライガ、サニーズ、ルナール、リリカ、リリー、シズハの「ヴィルタ・チーム」に分けられ、ここに含まれていないブランデルとリゲルは直掩機として母艦を守る。
なお、作戦終了後は地上部隊がグティエレス島へ上陸し、施設の調査を行う予定となっている。
ブリーフィングを終えたヴィルタ・チームの面々は更衣室でコンバットスーツに着替えていた。
ロッカーは一人一個用意されており、扉には分かり易いよう「Raiga」「Regalia」「Renard」「Lily」などと表記されている。
インフィニティブルーに限った話ではないが、性別比が極端に偏っているオリエント系の国は更衣室を分けないことが多い。
外国人観光客向けの施設では男女別に分けられているものの、オリエント人以外の利用を想定していない場合はコスト削減と省スペース化を目的に更衣室を男女共通としている。
オリエント人男性は生まれた時から女性ばかりの環境で育つため、異性の一挙一動には耐性を持っているのだ。
オリエント人同士なら性別に由来する羞恥心を抱くことはあまり無い。
だが、ライガのロッカーをルナールとリリーの間に置いた人物は相当の悪意を抱いていたに違いない。
「なあ、リリー」
ライガは左隣のルナールに聞こえないような小声でリリーへ問い掛ける。
「何?」
「自分と同じ顔の相手と戦うって、どんな気持ちだ?」
リリーの着替えの動作が止まった。
バイオロイドが彼女と瓜二つの容姿をしていることは、スターライガ内では公然の秘密である。
「……変な感じがする。鏡の中の自分自身とサレナを見せられているような……でも、私たちとは何かが違う。あの娘たちの表情と行動には『心』が感じられない」
「あくまでも僕の予想……いや、これは二人きりの時に話そう。みんながいる時に言うべき事では無い」
ライガは前々から思っていたことが喉まで出てきていたが、それを呑み込み明言を避ける。
彼の顔をリリーは蒼い瞳で見つめるが、心配そうな表情はすぐに微笑みへと変わる。
「うん、そうだね。君の予想は正解かもしれないけど、今すぐ答え合わせをする必要は無いから」
二人の様子をルナールは隣で着替えながら静かに見守っていた。
その頃、飛行甲板上ではアルフェ・チームの発艦作業が行われていた。
インフィニティブルーはMF用の小型電磁式カタパルトを飛行甲板先端部に3基設置しており、3機同時にカタパルト発艦させることができる。
同艦のカタパルトはフライングスイーパーの運用にも対応し、これにMFを乗せた状態で発艦可能だ。
ちなみに、電磁式カタパルトを世界で初めて実用化したのはオリエント国防海軍であり、研究開発で先行していたアメリカ海軍より半年ほど早かった。
フライングスイーパーに乗った2機のスパイラルが先にカタパルトへセットされ、電磁式特有のスムーズな加速により発艦してゆく。
射出準備が整った1基へヒポグリフが誘導されていく様子をレガリアはシュピールベルクのコックピット内で各種チェックを行いながら眺めていた。
「1番カタパルト、電力量グリーンゾーンです」
1番カタパルトは左舷側の物を指す。
「シュピールベルクを1番カタパルトへ!」
ファイター形態で待機しているシュピールベルクはメインスラスターを噴射し、ゆっくりとカタパルトへ向かう。
一応全備重量は1800kg程度なので頑張れば人力で押せるが、出撃するというのにそんな悠長なことをしている場合ではない。
「ヒポグリフ、発艦スタンバイ」
「了解。ヒポグリフ、発艦します!」
2番カタパルトにセットされていたヒポグリフが勢い良く射出され、曇天の空へと上昇していく。
「こちら3番カタパルト、次の機体は何!?」
「スパイラル8号機、兵装パターンは制空戦闘」
適切な射出速度は機種や搭載兵装量によって異なるため、各部署は連携を図りカタパルトの設定を調整する。
1番カタパルトへシュピールベルクが到着すると、作業員が機体とカタパルトを繋ぐ作業を開始した。
「1番カタパルト、セット完了!」
「こちらシュピールベルク、スタンバイ完了」
そう宣言するとレガリアは手順通りに操縦桿から手を放し、補助計器盤の上にあるグリップを握る。
操縦桿はノーマル形態では腕部の制御に用いるが、ファイター形態では戦闘機と同じく全体的な姿勢制御へ役割が変わる。
機能自体は同じなので左右どちらでも操縦可能だが、安全性を考慮し基本的にはF-16 ファイティングファルコンに倣い右側のみを使用する。
「ディフレクターを上げろ!」
「シュピールベルク、発艦スタンバイ」
先程まで機体の周囲にいた作業員たちが撤収し、後方ではスラスター噴流を安全な方向へ逃がすためのディフレクターが展開される。
周囲の安全確認を終え、レガリアはスロットルペダルを踏み込み推力を最大まで上昇させる。
「シュピールベルク、行きます!」
次の瞬間、先程のヒポグリフと同じようにシュピールベルクも曇天の空へと射出された。
強烈な加速度に耐えながらレガリアは操縦桿へ手を移すが、その前に手元のスイッチを操作しランディングギアを格納する。
一通りチェックした感じは何も問題無い。
E-OSドライヴの出力と各部のスラスター推力は安定しているし、アビオニクスや無線も機能している。
兵装も事前に伝えた物が全て装備されていた。
「アルフェ・チーム、全機発艦したわね? ブリーフィングで言った通りのフォーメーションへ変えるわよ」
アルフェ・チームは対レーダーミサイルを装備するシュピールベルクとヒポグリフ、重火器を装備する2機のスパイラルで役割分担を行っている。
先行するレガリアたちが敵のレーダー網に穴を開け、追行のルミアたちが対空兵器を攻撃するという魂胆だ。
2機×2のフォーメーションへ切り替えたアルフェ・チームは曇天模様の空を奔っていくのだった。
「ほほぅ、ブランデルの言ってたことはあながち大袈裟じゃなかったな」
「ハリネズミ的な防空網ね……これに穴を開けるのはしんどそうじゃない?」
グティエレス島の対空陣地を見たルミアとチルドは率直な感想を述べていた。
「私とメイヤで今からこじ開けようとしているのよ……メイヤ、手筈通り貴女には『ワイルド・ウィーゼル』をやってもらうわ」
ワイルド・ウィーゼルとは本来は敵防空網制圧任務を課せられたアメリカ空軍機の通称であるが、時代が進むうちに所属関係無く「敵防空網へ率先して飛び込み、脅威となる対象を優先的に破壊する機体」を指すようになった。
アメリカ空軍では改修したF-15Eをこの任務に充てているが、オリエント国防空軍はF-15EだけでなくMFを使用することもある。
当然だが分厚い防空網へ突入するのはかなりの危険を伴い、パイロットやドライバーには高い技量と傑出した勇気が求められる。
ワイルド・ウィーゼルではまず敵のレーダーの発信源を特定する必要があるため、レーダーを照射させるように1機が囮としてワザと目立つ動きをしなければならない。
分かり易く例えるなら、夜の艦隊戦でサーチライトを用いて敵艦を照らし出すようなものだ。
相手の位置を正確に把握することができるが、同時に自分自身の場所も知られてしまうため、状況によっては攻撃するよりも先に撃破される可能性がある。
メイヤはこの危険な役割を自ら引き受けてくれた。
「こちらアルフェ2、高度を上げます」
「了解、気を付けてね」
「大丈夫ですよ。与えられた役割は果たしますから」
彼女のヒポグリフは上昇し、敵のレーダー波を惹き付けるようにその身を晒す。
「(さて、どこに配置されているかしら? SAMにだけは気を付けないとね)」
そう自分に言い聞かせていると、HIS上のPPIスコープにレーダー波の発信源が次々と表示される。
これはレーダー波を必要とする対空兵器がヒポグリフに狙いを定めていることを意味する。
攻撃を避けるため一旦高度を落とし、発信源の位置情報を戦術データリンクシステムで他の3機と共有させる。
「……なるほど、合理的というか真面目な配置をしてやがるな」
レーダーディスプレイを見つめながらルミアは唸った。
彼女の言う「真面目な配置」とは幾何学的に設置されているSAM陣地のことを指す。
変な場所には設置されていないが、確実に潰しておかないと手痛い反撃を喰らうかもしれない。
「メイヤさん、もっと詳しい位置情報が欲しい。もう一度行ってもらえるか?」
「分かりました。今度は移動パターンを変えてみましょう」
シュピールベルクとヒポグリフは敵対空兵器の射程に入り込む空域を周回飛行しており、先程は比較的遠い位置で高度を上げていた。
今度は完全に敵の射程圏内となるところで上昇し、新たなレーダー波の探知を目論む。
ある程度の高度まで上がると、早速ロックオンされていることを警告するアラートがコックピット内に鳴り響いた。
「(よし、これだけ発信源を突き止めれば防衛網の脆い部分が分かるわ)」
これ以上の深追いは危険であるため、ヒポグリフは高度を下げレーダー範囲から逃れようとする。
アラートがミサイルの接近を警告する音へ変わるが、メイヤは冷静に機体を急降下させることで回避を行う。
「メイヤ! ミサイルに狙われているわよ!」
「このぐらいっ……かわせます!」
その言葉通り彼女は鋭い機動でミサイルを全て回避してみせた。
「やるねぇ! あの人、どこで操縦を学んだんだろう?」
ヒポグリフのエッジの利いたマニューバを見ていたチルドは感嘆の声を上げる。
「それ、私も前から疑問に思ってたんだよ。仮に彼女が軍人だとしたら、私たちの2つ年上だからほぼ同期だろ? だが、あれだけ腕が立つなら模擬戦で1回ぐらい当たってもいいのに、一度も見たこと無いんだぜ」
容姿からは分かり辛いが、じつはメイヤはオロルクリフ3姉妹と同い年である。
ルミアが言うようにMFの操縦技術を習得できるのは空軍だけなので、メイヤに軍属経験が無いのだとしたら彼女の経歴に疑問符が浮かぶ。
「……あなたたち、作戦中の私語は慎みなさい。お喋りしているということは、当然準備できているのでしょう?」
メイヤの経歴の詮索はレガリアの言葉で遮られてしまった。
「ふふんっ! このチルド、命令が下ればいつでも戦えるわよ!」
鼻息を荒くするチルドをよそにレガリアはアルフェ・チーム全機へ攻撃指示を出す。
「私とアルフェ2の攻撃でレーダー施設を破壊するから、アルフェ3と4は対空兵器本体を狙って」
コールサインはアルフェ3がルミア、アルフェ4がチルドである。
「アルフェ2、了解」
「アルフェ3、了解!」
「アルフェ4了解!」
フォーメーションを整え直したアルフェ・チームはグティエレス島へと一気に肉薄するのだった。
先行するシュピールベルクとヒポグリフは対レーダーミサイルを射程に入った瞬間発射した。
メイヤがリスクを冒して得たデータをもとにミサイルは飛翔し、地上に設置されているレーダー施設へ一直線に向かう。
MF用ミサイルはペイロードの制約により弾頭内の爆薬を多くできないため、高い飛翔速度を活かした直接攻撃がダメージの大部分を担う。
飛翔速度の速さは副次効果として命中率の高さに繋がっており、運動性が低い航空機や艦艇へ連続発射すればほぼ確実に命中させることができる。
装甲を施されている兵器に対しては連続発射という手数で勝負することになるが、装甲の無い施設であれば一撃で破壊できるだけの攻撃力は持たされている。
連続発射を行うためハードポイントには数発1セットで装備されることが多く、対レーダーミサイルも4発1セットで運用されている。
シュピールベルクは1セット、ヒポグリフは2セット装備しているので部隊全体では12発を使用できる。
敵防空網に穴を開けるだけなら12発も使うことはあまり無いが、万が一の場合に備え用心に越したことはない。
「こちらアルフェ2、命中を確認」
「こっちも1基破壊したわ! 私たちはこの調子でレーダーを潰していくわよ!」
本格的に敵地上空へ侵入したレガリアたちは引き続きレーダーの破壊を行う。
一方、後続のルミアたちも満載した対地兵装をばら撒き始め、レーダー施設の近くにある対空兵器を次々と潰していく。
「さぁて、『素敵なパーティ』を始めるとするか!」
「アタシたちに目を付けられたのが運の尽きだってこと、タップリと教えてあげる!」
たった4機のMFによる地獄のような攻撃が幕を開けた。
アズナブール級
オリエント国防海軍の主力軽空母艦級。
2051年にネームシップのアズナブールが就役して以来、50年にわたり国防海軍の空母機動艦隊を支えてきた傑作兵器である。
設計の陳腐化が目立ってきたため、後継艦としてフロンタル級が建造されている。
カタパルト発艦
言葉通りカタパルトを用いて発艦すること。
推進剤は速度ゼロから加速する時が最も効率が悪くなるため、緊急時を除きカタパルトを用いることで節約する。
オリエント国防海軍では軽巡洋艦以上の艦にMF用カタパルトを標準装備している。
グライディング着艦
日本語訳すると「滑空着艦」の意。
推進剤の残量に余裕が無い場合は航空機と同じように着艦を行う。
カタパルト発艦よりも実践例は少ないが、オリエント国防海軍は練度維持を目的に平時からグライディング着艦を義務化している。




