【42】シルクの海の中
「ふわぁ~あぁ~……いくら偵察とはいえ、ここまで刺激が無いとねえ……」
大あくびをしているブランデルは運が良ければ今回ほとんど働かずに済む可能性がある。
「……そうですね、人の機体を飛行支援機代わりにしていればさぞかし退屈でしょう」
一方、自動航行装置があるとはいえ機体の操縦を行っているメイヤは真顔でこう返す。
「そ、そんなに機嫌を悪くしないでよ! お願いだから海上で落とすのだけは勘弁して!」
新型機へ乗り換えたブランデルとメイヤはオリエント連邦南部のペレス海上空にいた。
ルドヴィレでの化学兵器テロとラッツェンベルグ国際空港襲撃事件が鎮静化した後、両戦闘のデータを照らし合わせた結果気になるところがあった。
交戦したユーケディウムのペイロードである。
まず、ドロップタンクを装備していなかった時点で長時間戦闘を想定しない作戦だったことが分かる。
そして、長時間戦闘を想定していないということは航続距離が短く、戦闘空域に比較的近い場所からしか出撃できないことを意味する。
MFは基本的に「空中給油」を行わないため、一度出撃すると航続距離を延長することはできないのだ。
つまり、今回戦ったユーケディウムは意外に近い場所から出撃していた可能性が高い。
今後の作戦で足元を掬われることを避けるべく、スターライガは広域偵察作戦「サイウン作戦」を発動した。
ヴワル市やラッツェンベルグ市が位置する所謂「中部地域」に対し重点的な航空偵察を行い、不審な施設が無いかを探る作戦である。
本部で待機するライガ、ルナール、リリカと搭乗機の割り当てが決まっていない面々以外は全員出撃するが、スパイラルに代わる新型機を得たブランデルとメイヤは本土から離れたエリアへ向かう。
隕石災害の影響により誕生したペレス海は島が存在しない珍しい海だが、中央付近にポツンと人工島が建設されている。
「グティエレス島」と呼ばれるこの人工島は80年ほど昔に海洋研究を目的として建設され、役目を終えた後は撤去されること無く海上に佇んでいるという。
一時期はここをベースに軌道エレベータを建設する計画もあったが、最終的にボツとなったのは言うまでもない。
……これはオリエント国防海軍からの情報筋なのだが、誰もいないはずのグティエレス島の施設が最近小綺麗になったらしい。
軍や政府は長らく放置しているし、立ち入り自体が禁止されているため民間人が手を付けるとは考えにくい。
ここまでの情報から考証を重ねた結果、レガリアは「グティエレス島が怪しい」と判断し少数ながら戦力を割いたのである。
本土で行われる「サイウン作戦」に対し、ペレス海への強行偵察は「ドラゴンレディ作戦」と命名された。
ドラゴンレディ作戦に合わせたワケではないものの、今回は新たにXFRS-800 ガミルスとXJAS-3 ヒポグリフが投入された。
ブランデルが搭乗するガミルスは重装甲の格闘機で、元々はシュピールベルクと共通のフレームを使用する可変機として設計されていた。
しかし、重装甲化とE-OSドライヴの大型化によって可変機構はオミットされ、最終的に非可変型重格闘機として完成を見た。
腰部にはスパイラル3号機のADVPのようなフレキシブルアームが装備され、格闘戦における「隠し腕」として機能する。
一方、メイヤが駆るヒポグリフは小型軽量な可変型汎用機であり、全高・重量共にパルトナ以下に仕上がっている。
小型機とはいえ可変機らしい巡航能力はしっかり持ち合わせ、ファイター形態では自身より重いガミルスを胴体上面に乗せて飛行可能な大推力を発生する。
今回の偵察作戦ではヒポグリフがメインを担当し、ハードポイントには国防空軍での採用実績があるアナベラル・GDVA-33戦術偵察ポッドを装備している。
なお、ガミルスは弾を装填していないアサルトライフルのガンカメラで補助を行う予定だ。
「メイヤ、自動航行装置って凄いよね。こんな霧の中でも安定して飛んでくれるんだから」
「ええ、20世紀のパイロットは悪天候でも自ら操縦桿を握っていたといいますからね」
「しかし……本当に真っ白だ。まるでシルクの海だよ」
11月に入ると高緯度に位置するオリエント連邦は長く厳しい冬を迎える。
今日は11月上旬にしては朝9時であることを考慮してもかなり寒く、海上には深い霧がどこまでも立ち込めている。
陸上と海上という違いはあれど、数か月前の研究施設跡地の戦闘と似たような状況だ。
だが、この気象状況に関しては完全にドラゴンレディ作戦の想定内である。
万が一グティエレス島に敵が駐留している可能性を考慮し、被発見率を下げるため当初から今日を作戦決行日としていた。
また、対空レーダーが設置されている場合に備えて海面ギリギリの低空飛行を行っている。
当然、視界がゼロに近い状況での低空飛行は相当の技量が要求される。
自動航行装置が良い働きをしているものの、いざという時に備えメイヤは常に操縦桿を握っている。
巡航そのものの困難さと偵察作戦という目的を考え、今回は技量の高いドライバーが駆る2機だけで出撃した。
発着用に借りたナズール海軍基地のヘリポートにスパイラルを譲り受けたリリーとシズハを待機させているが、余程の事が起きない限り彼女らの出番は無いだろう。
「お嬢様、間もなく作戦空域へ到達します。準備をお願いします」
「グティエレス島らしき影を確認、こっちはいつでも行けるよ!」
「機体をしっかり掴まらせてください……まずは視認できる距離まで近付きます!」
そう言うとメイヤは自動航行を解除し、スロットルペダルを踏み込みヒポグリフを加速させるのだった。
ブランデルたちはグティエレス島の周囲を低空飛行していたが、濃霧のおかげで意外なほど見つからない。
仮に霧が晴れていたらあっさり発見され、対空砲が火を噴く距離にも関わらずである。
「メイヤ、もっと高度を上げないと。ここからじゃ対空火器や施設の配置が分からない」
デジタル化されたガンカメラの映像を見た限り、海洋研究には不適切な物がいくつか設置されているのを確認できる。
対空砲でクジラでも撃ち殺すつもりなのだろうか?
……とにかく、今はグティエレス島の全体像を把握したい。
「これ以上の高度上昇は発見される可能性がありますが……よろしいのですか?」
「構わないよ。島の全体が分かる写真を撮ったら急いで撤退しよう」
「そうですね、今の我々は丸腰も同然ですので」
ガミルスを乗せたヒポグリフは少しずつ高度を上げ、やがて濃霧の中から蒼い空へ飛び出した。
どこまでも広がる霧の海は筆舌に尽くしがたい絶景であったが、今は観光をしている場合ではない。
重要なのは運良く霧が晴れ始めたことである。
「よーし、霧が晴れた! このタイミングで撮れるモノは全部撮っちゃおう!」
「了解! 島上空から降下します!」
旋回しながらグティエレス島の位置を目視確認し、ヒポグリフは島の中央付近をめがけて急降下を行う。
ガンカメラと戦術偵察ポッドがしっかり働き、重要そうな施設や対空火器の配置を鮮明に残してくれる。
「うん? あれは滑走路かな? 長さを見た感じだとハーキュリーズを運用するためのものだけど―」
ブランデルがそう言いかけた時、ヘルメットの中にミサイルアラートの音が鳴り響く。
どうやら、対空火器の中に地対空ミサイルが混じっているらしい。
おまけに高射砲の弾幕も彼女らを丁重に出迎えてくれた。
「いやいや、この島のハリネズミみたいな対空陣地は何なの!?」
高射砲が放つ砲弾の近接信管が作動し、機体を激しく揺さぶる。
これが対地攻撃任務だったら対空陣地の制圧を行うところだが、あいにく今回は有効な武装が無いため回避に徹するしかない。
「お嬢様、これ以上の偵察行動は被撃墜の危険を伴います! 撤退を提案します!」
メイヤの言う通り、今回の目的は十分達成しただろう。
グティエレス島の上空に長居する必要性は薄い。
「そうね! 方位3-5-9に向かってひたすら飛んで!」
「了解、全速力で戦闘空域より離脱します!」
加速したヒポグリフは未だ晴れていない霧の海へ再突入し、その中で機体を引き起こすと針路を北へ変え低空飛行でグティエレス島から離れていく。
後方では迎撃機と思わしきユーケディウムの離陸を数機確認できたが、濃霧による視界不良でやがて見えなくなった。
レーダーディスプレイ上ではしばらく追尾してきたものの、すぐに追っ手は引き返していく。
おそらく、速度差があるため追い付くことができないと判断したのだろう。
今はガミルスを乗せているため不可能だが、本来ヒポグリフのファイター形態は水平飛行でギリギリ音速突破が可能なスペックを誇っている。
無論、大きな空気抵抗の素を乗せている状態でも速度性能は非常に高い。
飛行を続けていると深い霧が徐々に薄れていき、視界が開けた先には蒼い海と空が広がっていた。
そして、水平線上にはナズール市沿岸部も見えている。
ようやく一息ついたところでブランデルはふと後方へ視線を移す。
グティエレス島のある海域は未だ霧に包まれており、そこだけがまるで別世界のようだった。
「(さしずめ『龍の巣』と言ったところだね。少し不気味だけど、ずっと見ていたい気もするな)」
彼女たちがナズール海軍基地へ戻った時、ペレス海の中心部を覆っていた霧は完全に消え去っていた。
その日の夜、ライガとレガリアはドラゴンレディ作戦で得た情報の分析に取り掛かった。
ブリーフィングルームの机にはオリエント連邦南沿岸部が描かれた巨大な地図が広げられ、所々の矢印やメモは赤文字で書かれている。
「……少なくとも、グティエレス島が知らないうちにバイオロイドに占領されているのは分かったな」
「そうね、写真を見る限りでは比較的高度な要塞化が施されているわ」
写真から判明しただけでもグティエレス島には1500m級の滑走路と大き目のハンガー、地対空ミサイルや高射砲で構成された対空陣地、夜間の際に上空を照らすサーチライト、小規模なレーダーサイト、殺風景な居住区域の存在が確認できる。
周囲を海に囲まれた絶海の孤島であることを考えれば、空からしか侵入できないグティエレス島は鉄壁のディフェンスを誇っていると言える。
「凄いな、国防軍だって平時はここまで要塞化した施設なんて無いぜ」
「サイウン作戦であまり成果が挙がらなかった以上、どうやら本命はこっちだったみたいね」
本土の限られた地域を中心に行ったサイウン作戦では明らかに新しい掩体壕がいくつか確認されたが、それら以外に目立った発見は無かった。
やはり、本当に重要な施設は都市部から遠く離れた場所に設置しているのだろう。
あるいは……「黒幕」は宇宙から地上を見下ろしているのかもしれない。
「どうする、レガリア? グティエレス島の扱いについてだが……」
「うーん……あくまでも私の意見だけど、攻撃を行うべきだと思う」
レガリアの言い分はこうだ。
まず、グティエレス島を放置しているとペレス海沿岸部の市街地が今後攻撃目標にされる可能性があり、当該地域の住民を不安にするだけでなく、迎撃にあたるだろう国防軍の負担にもなりかねない。
次に、むしろこちらの方が本音なのだが、サレナ救出作戦の攻撃目標となっているクビアト島も要塞化されているため、要塞攻略の練習に適切な教材としてグティエレス島攻撃が有意義だと判断したのだ。
元々軍にいたライガたちはともかく、ドライバーになったばかりのオロルクリフ姉妹などは実戦で対地攻撃を行ったことが無い。
技量のある者を対地攻撃、それ以外を制空権確保に回すという考え方もあるが、絶対的な戦力が少ないスターライガにはあらゆる任務をこなせるオールラウンダーが欲しい。
そのための経験値獲得という観点からレガリアはグティエレス島の攻略作戦を望んでいる。
また、運用の目途が立ったスターライガ専用母艦の処女航海兼初実戦の舞台とすることも目論んでいた。
「おいおい、ここで護衛空母を投入するのか?」
スターライガの母艦はまだ名前が決まっていないため、便宜上「護衛空母」と呼ばれている。
「ええ、効果的な対地攻撃が可能なほど重装備にした機体は航続距離が落ちるし、場合によっては戦闘中の補給も必要になるかもしれない。それに、護衛空母自体の攻撃も微力ながら役立つかもしれないわ。実戦投入には大きな意味があると思うけど」
ドラゴンレディ作戦では偵察行動に必要な最低限の装備且つ巡航能力が高い可変機だったからこそ往復ができたのであり、重装備のスパイラルではグティエレス島まで到着しても長時間戦闘は行えず、帰ることも叶わない片道切符となるのがオチだろう。
護衛空母を投入すればスパイラルの戦闘行動半径に収まるまで接近することができ、現状可能な全力出撃によるグティエレス島の制圧を狙える。
主目的はルーキーたちに対地攻撃の経験を積ませることだが、どうせなら島を壊滅させてバイオロイドの戦力を削ぎ落としたいところだ。
「……分かった、本部からペレス海までの航海については俺が軍に話を付けてやる。少なくとも不審船だからって威嚇射撃を受けることは無いと思うぜ」
「ありがとう、軍を説得する時は本当にあなたが役に立つわね」
「好きで母さんの息子として生まれたワケじゃないが、必要であれば恵まれた境遇を活かすべきだ」
レガリアのなかなか際どい皮肉に対し、ライガは飄々とした態度で返した。
世襲制の意識が根強く残るオリエント人にはよくあることだ。
……とにかく、次の作戦では単艦とはいえ初めて航空戦力と海上戦力の同時展開を行うことが決まったのだった。
数日後、「OESCV-1」という仮の名を脱ぎ捨てた全領域護衛空母「インフィニティブルー」が本部のドックより抜錨。
彼女は雪が舞うオリエント連邦の空へついに飛び立つ。
アナベラル
エソテリア市に本社を置くカメラメーカー。
厳密には撮影から現像までの一連の流れに関わる製品も多数開発している。
GDVA-33戦術偵察ポッドに関しては主に内部の開発を担当した。
ナズール海軍基地
オリエント国防海軍が所有する最南端の軍事基地。
海軍基地としては北極海の守りを担うチルノイル基地、海軍本部が存在するヴワル基地に次ぐ規模を誇る。
ナズールを母港とする第2艦隊や第5艦隊はいずれも精鋭機動部隊として知られている。
ハーキュリーズ
C-130 ハーキュリーズ戦術輸送機のこと。
栖歴1954年の初飛行以来、ハーキュリーズファミリーは戦術輸送機のベストセラーとして150年近くを経ても世界の空を飛び続けている。
2101年現在の最新型はC-130L ハイパーハーキュリーズである。
戦闘行動半径
オリエント国防軍では「兵器が特定の地点から出撃し、戦闘を行ったあと同じ地点まで帰って来られる距離」的な意味合いで用いられる。
艦艇や固定翼機は非常に長く、MFは比較的短い傾向にある。




