【40】GUS BUSTERS(前編)
ヴワル市の最北端にあたるルドヴィレ区は学園都市として知られており、ライガやレガリアの母校である国立オリエント学園大学が存在している。
いつもなら落ち着いた雰囲気のこの地区も、現在は化学兵器を用いたテロによって地獄と化していた。
今回使用されたとみられる「GX-AXガス」はサリンやVXガスと同じ神経ガスに属し、致死性こそ決して高くないが無味・無臭・無色且つ常温では気化することから発見が極めて難しい。
事実、警察や軍へ連絡が行き渡った時には既にルドヴィレ区の大部分にガスが広がり、被害者が発生していた。
発生時刻はおよそ15時から16時と予想されているが、この時間帯はちょうど下校ラッシュにあたる。
傍受したニュースによると被害者の多くは高校生や大学生であると報じられている。
「……バイオロイドめ! ヒトでないのなら、人の道を逸れても良いとでもいうのか!」
テロ事件の内容を聞いたルナールは憤りを感じていた。
オロルクリフ4姉妹もまたオリエント学園大学の卒業生であり、青春時代を過ごした思い出の地を蹂躙されたことが許せないからだ。
ライガやリリカも同様の怒りを抱いていたが、あくまでも冷静に目の前に事態へ対処するよう心掛けていた。
「さて、ロサノヴァの指示通りGX-AXを検出可能なシステムをアビオニクスに組み込んだが、ちゃんと機能するかな?」
「機能してくれないと困りますね。さもないと何のために俺たちはやって来たんだって話になる」
肉眼での発見はほぼ不可能なGX-AXガスだが、含有成分を発見すれば存在自体は捉えることができる。
GX-AXガスに毒性をもたらしている成分「ミホニウム」は自然界に存在せず、これを観測できればガスの発生箇所が絞り込めるのだ。
だが、見えざる凶器を確認できたとしてもスターライガにはそれ以上打つ手が無い。
ミホニウムを中和するためには同じく人工的に生成された「マホニウム」が必要なのだが、困ったことにこちらも危険物扱いであるため中和剤製造用に調達することができなかった。
つまり、GX-AXガスを発見したところでライガたちは空気が汚染されるのを指をくわえて眺めるしかないのだ。
「ライガ、君は何か打つ手を用意しているのか?」
「ええ、俺が用意したワケじゃないんですけど、今回も空軍の連中に協力してもらいます」
ルドヴィレに最も近いヴワル空軍基地からは中和剤を充填した低高度用無誘導爆弾を装備するAH-64E アパッチ・グラディエーター攻撃ヘリとMFが出撃し、ガスの発生箇所を探しながら右往左往しているのがライガたちからも見て取れる。
「……なるほど、場所は分かるが中和する手段を持たない私たちと、中和を行えるけど場所を絞り込めない空軍が連携すれば良いのね」
頭が良いリリカは簡単な説明だけで作戦内容を理解できたらしい。
「その通り、まずは俺たちが上空を回り発生箇所を全て割り出しましょう。一通り確認したらデータを空軍機とリンクさせ、彼女らに中和処理を任せます。ルナール先輩は西部、リリカ先輩は東部、俺が最初に確認された南部……でいいですか?」
立場上責任者はライガだが、相手が先輩であるため一応彼女らに確認を取る。
「隊長の君に判断を任せる」
「私たちは素人だからね……ここは『プロフェッショナル』な後輩の指示に従うよ」
ルナールとリリカの返答を聞き、ライガは先輩たちへ「隊長」として初めて指示を出した。
「よし、全機散開! 墜落のリスクを避けるため極端な低空飛行は禁ずる!」
「01了解!」
「05、了解」
それと同時に3機のMFは空中で三方向へと散開するのだった。
「(しかし、パルトナの初陣が毒ガス中和とはちょっと拍子抜けだな……まあ、一般市民の命に関わる重要な仕事だから、手抜きは絶対できないがな)」
そんなことを考えながらライガは国防空軍のヘリ及びMF部隊へ通信回線を開く。
「……こちらオリエント国防空軍―って、誰かと思えばライガ殿ではないか。総司令官に言われて手伝いに来たのでござるか?」
見覚えのある機体だったのでまさかとは思っていたが、どうやら国家戦略室も非常事態を受け動いていたらしい。
「まあ、そうなるな。しかしニンジャって本来は毒ガスを使う立場じゃないのか」
オリエント人のほとんどは「フィクションの中の忍者」しか知らないため、おそらくライガは煙玉の中身を勘違いしているのであろう。
「いや、いくらニンジャといえど今回の件は無視できぬ。一般市民を巻き込む戦いが外道のやり方であることなど、ライガ殿も十分理解しているであろう」
ニンジャマニア扱いされがちなドラオガだが、彼女も誇り高きオリエント国防軍の一員だ。
職業軍人としての最低限のモラルは叩き込まれているはずである。
「……安心したぜ、ニンジャマニア。軍人として為すべき事を分かっている君にならGX-AXガスの観測データを渡せるよ」
「かたじけない。ガスの出所が分かれば中和処理に取り掛かることができる」
「情報が更新されたら随時最新版のデータをリンクさせてやるから、君たちは中和剤を投下するのに集中しろ。ヘリ部隊にもすぐにデータを送信する」
ライガはそう言いながら別の空域へ移動しようとしたが、それを眺めていたドラオガは重大な情報を提供してくれた。
「……実は防空司令部から聞いた情報ですが、ラッツェンベルグ国際空港がバイオロイドの歩兵部隊に襲撃されているそうです」
普段ニンジャ気取りのドラオガが素に戻ってしまうあたり、彼女も内心信じられないといった様子だ。
「何だって!? その空港は空軍基地の目と鼻の先じゃねえか!」
そこまでは想定していなかったライガも流石にヘルメットの中で叫んでいた。
ライガが母親から受けた電話の内容は「ルドヴィレで化学兵器テロ、ラッツェンベルグで所属不明機の飛来が同時発生して少々困っている。小隊規模で良いから戦力を抽出して援護に回ってほしい」というものだった。
新型機の実戦テストも兼ねてライガとレガリアが出撃することになり、レガリアはメイヤとルミアを従えた小隊でラッツェンベルグ国際空港へ向かっている。
ラッツェンベルグ国際空港とラッツェンベルグ空軍基地は日本の新千歳空港及び千歳空軍基地と同じように両飛行場が隣接しており、当初の予想では空軍基地の方が攻撃対象にされているとみられていた。
ところが、防空司令部によると実際に攻撃を受けたのは民間空港側のターミナルビルだという。
今は空港が最も忙しい時間帯のはずであり、特に平和ボケしている外国人観光客は相当混乱しているに違いない。
一応サニーズ、チルド、リゲルで編成された小隊を本部に待機させているが、連絡が行き渡っているのなら既に出撃しているだろう。
……とにかく、今はルドヴィレ区の化学兵器テロを鎮静化させるのに集中しなければならない。
攻撃ヘリ部隊と国家戦略室が中和剤の投下を行っていた頃、スターライガは二手に分かれて行動していた。
ガスの発生箇所が分かってもピンポイントで投下するのは難しいため、ライガが着弾地点を目視確認しながら空軍へ指示を出している。
一方、弾着観測が行えるほどの技量を持たないオロルクリフ姉妹は周辺空域の哨戒を任されていた。
「なあ、リリカ」
「何? 姉さん」
沈黙に耐えかねたのか、ルナールは一対一の無線通信で妹へ話し掛ける。
彼女らの会話はライガのヘルメットには届いていない。
「このコンバットスーツとやらは本当に毒ガスから守ってくれるんだろうな?」
「GX-AXは致死性は低いけど、即効性は比較的高いよ。今、気分が悪くないならちゃんと機能していると思うけど」
コンバットスーツは「フェムトファイバー」というオリエント連邦のみが生産技術を有する再生繊維で作られており、地上から宇宙まで行き来するMFのコックピットという過酷な環境においてもドライバーの身を守ってくれる極めて重要な装備だ。
小口径弾程度なら容易に防げる耐久性を持つだけでなく、ヘルメットを着用すれば短時間ながら化学防護服としても機能する。
GX-AXガスであれば長時間吸引しなければ大丈夫なはずだ。
「そう、なら心配いらないか」
「まあ、過信は禁物だね。少し高度を上げたほうが―ん? レーダーに反応?」
その時、リリカ機のレーダーディスプレイが新たな機影を捉えた。
緑色で表示されていた複数の光点はやがて赤色へ変わり、隣に「RFA-20」という型式番号が追加される。
それを見たリリカはすぐに無線通信をオープンチャンネルへ切り替え、周辺空域の全機に敵襲を告げた。
「け、警告! レーダーに新たな敵機影を確認! 機種はユーケディウム……バイオロイドよ!」
「おのれ! 拙者たちが攻撃手段を持たぬと分かって攻めてきたか!」
AH-64Eとシャドウブラッタは固定武装を除いた全武装を中和剤に換装しているため、敵機に対しては基本的に手も足も出ない。
シャドウブラッタなら徒手空拳で殴り合いができないこともないが、近接攻撃手段を持たないAH-64Eなどヘリコプター全般はMFに近付かれると無抵抗のまま撃墜される恐れがある。
さらに言えば国家戦略室は負傷したドレイクが出撃していないため、敵機を引き付ける囮役を割く余裕は無い。
「隊長、まずは敵機を迎撃しましょう! このままではヘリ部隊に危険が及びます!」
フェンケの意見具申は戦術的判断としては間違っていない。
毒ガスは発生箇所から動かないが、敵機はそんなこと御構い無しに攻撃してくるからだ。
そもそも、毒ガスをばら撒いた連中が差し向けた戦力である以上、目的は中和処理の妨害で間違いないだろう。
「いや、我々は中和処理を続行する!」
だが、ドラオガは「スターライガ」という強力な友軍に着目し、あえて部下の意見具申を跳ね除けた。
「隊長!?」
「スターライガ! 敵機の相手はそちらに任せた! 我々は我々にしかできない仕事をやる……それでいいだろう、防空司令部?」
ここまで言われてしまっては防空司令部も彼女の判断を認めるしかない。
「こちら防空司令部、了解した。貴官の部隊にはヘリコプターの護衛及びスターライガへの協力を命じる」
「了解、周辺空域の情報を逐一報告してくれると助かるでござる」
ドラオガと防空司令部の通信を最後まで聞いていたライガもルナールたちへ新たな指示を下した。
「……先輩、俺たちは幸運にも長距離任務用のフル装備で出撃しています。中和処理が終わるまでとにかく敵機を引き付けましょう。ドロップタンクのおかげで帰り道の燃料と推進剤は残せるはずです」
「それは分かっているが、ドロップタンクはどこで落とせばいい?」
そう言われるとライガは眼下に広がる市街地を見渡した。
ルナールの言う通り、何も考えずにドロップタンクを投棄したら市街地へ被害を与えるかもしれない。
どこか広い場所があれば良いのだが……。
「うーん、そうだな……おい、ドラオガ! ルドヴィレ区内でドロップタンクを捨てても大丈夫な場所って分かるか?」
若い頃の記憶を頼りにルドヴィレの風景を思い出してみたが、50年前の記憶など簡単には蘇らない。
現在の地理に詳しいはずであるドラオガに頼るのが確実だろう。
「方位3-2-0、ライガ殿の小隊から2~3kmの距離に建て替えのため閉鎖されたスタジアムがあるでござる。中心部を狙って投棄すれば周囲への影響は無いとみた」
彼女が指しているスタジアムはライガたちからも視認できている。
今日はたまたま休業日なのかと思っていたが、どうやら毎日が休業日だったらしい。
「ありがとよ、ドラオガ。ドロップタンクの残骸は煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「……『ドーラ』、両親や妹からはそう呼ばれている」
「ドーラ、君の部隊が中和処理に集中できるよう最善を尽くすぜ」
「協力に感謝するでござる」
その言葉を最後にドラオガは通信回線を切る。
「(スターライガ……今回は共闘しているが、次は敵かもしれないな)」
彼女の脳裏にそんな考えがよぎるが、首を横に振り与えられた仕事へ集中するのだった。
ドロップタンクを投棄したスターライガは最も距離が近い敵編隊へ向かっていた。
本当なら空域東側の敵編隊にも戦力を割きたいのだが、経験が少ないオロルクリフ姉妹を単独行動させるのはリスクが高すぎるし、かと言ってライガが離れてしまうともしもの時の援護が間に合わない可能性もある。
結局、ここは3機まとまって行動するのが確実だと判断した。
「いいですか、先輩。今の貴女たちの技量では単独行動は危険すぎます。必ず俺の機体を視認できる範囲で戦闘を行ってください。そして、ピンチになったらすぐに援護を要請するように。先輩たちを守るために俺がいるんですから」
「うん、今日は君が『先輩』だからね。頼りにさせてもらうよ」
現在時刻は16時19分。
日没まではもう少し時間があるが、高緯度に位置するオリエント連邦では既に夕暮れ時を迎えている。
10月も終わりに差し掛かっていることを考慮すれば当然だろう。
昼間でさえMFを飛ばした経験がほとんど無いオロルクリフ姉妹に夜間飛行など無理な話だ。
完全に日が暮れる前に戦闘と中和処理を終わらせ、本部まで帰投するのが理想的といえる。
ライガは計器飛行ができるので視界ゼロの状況下でも問題無いが、オロルクリフ姉妹に同じことは要求できない。
「……方位2-8-0、ヘッドオン! 二人は15ft高度を下げて正面に集中攻撃! 敵の攻撃は俺が引き寄せる!」
「01、了解!」
「05了解!」
スターライガは若干不揃いな編隊を維持しながら方向を変え、西日を背にする敵編隊へ突撃していくのだった。
国立オリエント学園大学
オリエント連邦随一の名門校として有名な国立大学で、通称「学園大学」。
補助制度があるとはいえ私立大学並みに学費が高いため、ライガやシャルラハロート姉妹、オロルクリフ4姉妹のような名家の子息子女が学生の大半を占めている。
外国人留学生も受け付けているが、高額な学費と入学試験の凶悪な難度から挫折する人も多い。
ミホニウム、マホニウム
21世紀になってから発見された俗に「センチュリーシリーズ」と呼ばれる新元素。
隕石災害で日本・熊本県に落下した隕石から採取され、発見者の娘たちの名前から命名された。
単体では強い毒性を発生させるが、化学反応を起こすと無害化する特徴を持つ。
本文中での中和処理にはこの化学反応を利用している。
フェムトファイバー
精錬したリモネシウムに加熱処理を施すことで生まれる繊維。
栖歴2101年時点ではオリエント連邦のみが生産技術を有しているが、天然物は宇宙空間でたまに採取される。
炭素繊維(カーボンファイバー)に代わる素材としても研究が進められている。




