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【3】ファーストフライト(前編)

サンリゼ市―。

オリエント連邦最東端に位置する都市で、真夏のバカンス期間以外は静かな田舎町である。

億万長者であるレガリアはサンリゼ郊外に別荘用の広大な敷地を所有しており、彼女らはそこを利用してMFの運用テストを行う。

スターライガで運用する9機のスパイラルのうち4機が臨時演習場へ持ち込まれ、ライガやRMロックフォードの技術者たちもテスト前日には現地へ到着した。

今回使用しない5機(3~9号機)はレガリアの自宅地下で厳重に保管されているとのことだ。


運用テストで最初に行うのは不具合の有無を確認する「シェイクダウン」である。

レガリアの1号機、続いてライガの2号機がMFの動力部となる「E-OSドライヴ」を起動させる。

「ソプラノサウンド」と評されるE-OSドライヴ特有の美しい駆動音が仮設ハンガー内部に響き渡る。

「いい音ね……20000rpmぐらいまで回せるのかしら」

久々に聴くE-OSドライヴの駆動音にウットリとしているレガリア。

着用しているのは高校時代のジャージだが、ヘルメットは空軍時代のパーソナルカラーに彩られた物を持ってきているあたり、彼女の気合の入り様がうかがえる。

「スペック表には20000rpmでリミッターが掛かるとあったから、実用回転数は-2000ぐらいだろう」

一方のライガは私服でMFのコックピットに収まっている。

ヘルメットは近所のバイクショップで急いで買ってきたスクーター用の物だ。

彼のMF用コンバットスーツとヘルメットは軍の博物館に寄贈してあり、すぐに返してもらうことはできなかったらしい。


ちなみに、彼らが言う「回転数」とはE-OSドライヴ内部の「シャフト」と呼ばれる部分の回転速度を指している。

回転数が変化するとドライヴの出力特性も変化し、一般的には回転数が高いほど軽量級の機体に向くとされている。

重量級の機体の場合は逆に低回転でパワーが出る特性のE-OSドライヴを採用することが多い。

スパイラルの20000rpmという最大回転数はバランスの良い、マイルドな特性になる。


アビオニクスや無線の動作確認を済ませ、レガリア機が一歩前へと踏み出す。

「ガタン」というMF特有の軽快な接地音を響かせながら外へと進む。

大型機でも全高4m程度に収まるMFの総重量は大体550kg程度しかなく、人間が乗る兵器としては異常なまでに軽い。

これはMFの装甲材などに用いられている「リモネシウム・コバヤシウム合金(RK合金)」が極めて軽量且つ頑丈なためであり、この軽さと防御力こそがMFの最大の武器となる。

成牛の体重より若干軽い機体に搭載されるE-OSドライヴは数人で持ち運べるサイズながら核融合炉以上の出力を発生し、従来の兵器では困難だった光学兵器の使用を可能とする。

また、人型の形状を採用したことは緻密な作業を楽々とこなすことができることを意味し、従来の兵器に対する大きなアドバンテージとしてMFの戦術的価値を大きく高めた。


そして、MFがMFと定義される最大の特徴はコックピットの構造である。

航空機の場合はパイロットの搭乗スペースがキャノピーで覆われているが、MFは原型となったプロトタイプマシン(PM)と同じくドライバーの頭部が機外へ露出しており、これがモビルフォーミュラの「フォーミュラ」たる所以(ゆえん)である。

抵抗軽減のためカウルでドライバーを覆う可変機のファイター形態を除き、全てのMFはオープンコックピットとなっている。

黎明期にはクローズドコックピット(密閉式)を採用した試作機もあったが、緊急時の脱出や重量過多の観点から実用機では主流とならなかった。


なお、一般人からは「RK合金やE-OSドライヴをMF以外の兵器にも使えばいいのでは?」という意見が聞かれるが、どちらも加工や製造にかなりの手間とコストが掛かることに加え、「E-OSドライヴの能力を最も効率良く引き出せるのはRK合金で構成された人型フレームである」という研究データが存在することから、現状では軍艦の重要区画へRK合金が用いられる程度にとどまっている。


技術的な難しい話はともかく、臨時演習場ではレガリアたちが機体の歩行動作確認を行っていた。

スパイラルの場合は平坦な地面を時速65km/h程度で走ることができ、駆動系のセッティングを突き詰めれば80km/hは容易いと思われる。

もっとも、そんな事をすると関節部への負荷が無視できないものになるため、地上では足裏に装備されたローラーによる走行やスラスターを吹かしての低空飛行で移動することが多い。

「こちら02、本機の歩行動作に支障無し。これより空中機動確認を行う」

2号機に乗るライガはスロットルペダルを最後まで踏み抜き、最大推力で機体を宙へと浮かせる。

「01了解。あまり高高度には上がらないでよ?」

空へ飛び立つライガに対しレガリアが注意を促す。

今回のテストは機密保持のため自治体へ届け出を出しておらず、勝手にウロチョロされると面倒くさい事態を招く可能性がある。

「分かってるって。久々に高機動マニューバを試すだけだ」

そう言うとライガは通信を切り、機体の操縦へ全神経を集中させる。

「(この感触だ……懐かしいな。年甲斐もなく熱くなってきたぜ……!)」

久々にあるべき場所へ帰ってきた―。

その事実はある意味怠惰な生活を送っていたライガを燃え上がらせるのに十分であった。

「レガリア! 無人機(ドローン)を射出してくれ!」

「待って! 今日は武装のテストはしないのよ!?」

今回、臨時演習場に搬入されている無人機は元々標的機として武装のテストで用いるための物だ。

本来の予定なら初日最後のテストとして固定式機関砲とビームソードの動作確認を行うはずだったが、レガリアのスケジュールの都合上武装だけ後日へまわすこととなっていた。

「無人機なんて素手で叩き落としてやる!」

どうやらライガは空を飛び回る無人機を武装無しで落とすつもりらしい。

よほどのバカか腕に自信があるのか―恐らく後者だとは思われるが、レガリアは特に反論もせず無人機の射出指示を出していた。


臨時演習場の外れに設置されている射出機から2機の無人機が音も無く飛来してくる。

レガリアが用意した無人機「RQ-170B」は本来オリエント国防空軍が運用する偵察機で、老朽化した機体の一部が標的機へと改造されている。

今回用いられているRQ-170Bは諸事情により空軍から民間へ放出された機体である。

「こちら02、前に出ている無人機をやる!」

「……本当に素手で落とすつもり?」

呆れたように最終確認を行うレガリア。

ハッキリ言ってしまえば彼女も無人機を容易く処理できるほどの技量は持っているが、今日はそこまで無茶をする気にはなれなかった。

「そうだ、肩慣らしにすらならない相手だがな」

「別に止めるつもりは無いけど、暴れすぎて地面とキスだけは勘弁してよ」

一応ライガがそこまで愚かではないことを知りつつ、レガリアは最低限の注意を促しておく。

もっとも、彼女が全て言い終わる時には既に上空へ飛び去っていたが。


高度300mまで上昇したライガは無人機の進行方向へ陣取る。

彼はすれ違いざまに無人機のセンサー部分を破壊し、一撃で飛行能力を奪うつもりであった。

心の中でタイミングをカウントし、スロットルペダルを思いっ切り踏み込む。

強烈な加速度が全身を襲い、スパイラルは蒼い光跡を残しながら空を駆ける。

MFの飛行速度は最大推力時でおよそ970km/hに達する。

急降下を併用すれば音速突破もほとんどの機体が可能であり、スペック上は空力加熱へ耐え大気圏突入を行える機体も少なくない。

ライガがスピードメーターへ視線を向けた時、数値は水平飛行での限界に近い時速962km/hを指していた。

いくら無人機がノロノロと飛行しているとはいえ、相対速度はかなりのものになるはずだ。


「(よし……ここだっ!)」

機体の姿勢を素早く変え、渾身の貫手(ぬきて)で無人機のセンサー部分を正確に砕いた―はずだった。

実際には命中直前に無人機が回避運動を取っており、目的の場所にはかすりもしていない。

しかし、機体その物へは確かにダメージを与えている点から、ライガの攻撃自体は正確だったことが分かる。

「おいおい、本当に無人機なのかよ? あの運動性は!」

機体を180度反転させ、水平飛行へ戻る無人機を確認しながらライガは悔しそうに叫び、それを聞いていたレガリアが通信へと割り込んでくる。

「ノーマルの無人機じゃ勝負にならないから、動力性能をチューニングしてるって言おうと思ってたのに」

「マジかよ、それを早く言ってほしかったな」

「言う前に飛び出していったのはそっちでしょう?」

珍しく嫌味を口にするレガリアの話を聞いていないのか、ライガは明後日の方向を見つめている。

「……レガリア、広域レーダーに切り替えろ。IFF(敵味方識別装置)も作動させておけ」

先程までとは打って変わって真面目な口調で指示を出すライガ。

その姿にレガリアは悪い予感を覚え、IFFを操作しつつレーダーの画面をすぐに確認する。


2機のスパイラルのレーダーには所属不明機を示す2つの光点が浮かび上がっていたのだ。

E-OSドライヴ

21世紀後半からMFの動力として用いられている機関。

地球上の高高度や宇宙空間に存在する「E-OS粒子」を燃料としているためこう呼ばれている。

MFのバックパックに収まるほど軽量且つ小型でありながら核融合炉並みの出力を発生し、光学兵器を使用する際のエネルギーやアビオニクス用の電力も賄っている。

フルパワーで稼働させ続けると燃費が極端に悪くなる傾向があり、

そのためMFの実用的な戦闘可能時間は20~30分程度と非常に短い。


リモネシウム・コバヤシウム合金

MFの装甲材などに用いられている新合金。通称はRK合金。

リモネシウムは100年前の隕石災害で地球へ落ちてきた隕石から発見された金属であり、オリエント連邦全土で採掘されチタン合金の完全上位互換のような特性を持つ。また、耐腐食性が異常に高いことも明らかとなっている。

一方のコバヤシウムは元々地球上に存在していた金属だが、

流通量の70%はオリエント連邦で採掘されている。

こちらはリモネシウムを凌駕する耐熱性が特徴となっており、

RK合金は両者の長所を組み合わせた極めて優秀な素材である。


ファイター形態

可変型MFの巡航形態はこう呼ばれている。

この場合の「ファイター」とは戦士ではなく「戦闘機」を指す。


コンバットスーツ

MFドライバーが着用するパイロットスーツの正式名称。

生命維持の観点から機体搭乗時は着用が推奨されているが、

未着用でも操縦自体は可能。

オリエント国防空軍指定の物は胸と尻の部分にプロテクターが付くのが特徴。

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