【38】REAL MIRACLE
第4エンジンを燃やしながら飛行するAn-124の姿は、ヴォヤージュ航空宇宙基地周辺に展開していたディルテ・チームからも確認できていた。
「ちょっとレガリア! エンジンが炎上してるけど大丈夫なの!?」
異様な光景に驚いたチルドはすかさずレガリアへ通信を入れる。
「今から火元を断とうとしているのよ! ディルテ・チームはα滑走路をクリアにしなさい!」
「α滑走路!? あそこにはさっき不時着したストライクイーグルが残ってるんだよ!」
先程の戦闘で垂直尾翼を破壊されたF-15Eは本来の基地まで戻ることができず、やむを得ずヴォヤージュ航空宇宙基地へ不時着していたのだ。
それ自体は仕方ないのだが、よりによってAn-124が着陸する予定のα滑走路に降りているとは想定外だった。
本来なら着陸を中止し別の滑走路へアプローチするべきだが、エンジンが1基使用できないAn-124にそこまでの余裕は無い。
「機体の撤去作業はまだ終わっていないの?」
「搭乗員と消防隊は既に機体から離れています。現在は機体を移動させるための作業が行われていますが、数分で終わりそうにはありませんね」
メイヤの状況報告を聞いたレガリアは少し悩んだが、すぐに決断を下す。
「……撤去作業中の人たちを退かしなさい。サウバーにはこのまま着陸進入を続けさせるわ」
「はぁ!? あんた……マジで言ってるの!?」
「時間が無い! 急ぎなさいっ!!」
レガリアが本気だと悟ったチルドはメイヤへ指示を出し、彼女と共にα滑走路へと向かうのだった。
一方、An-124の第4エンジンを斬り落とす大役を背負ったエレナは炎を掻き分け、火元のすぐ近くまでは何とか辿り着いた。
「(くっ……こいつの表面温度は9000まで保証するらしいが……)」
いくら耐熱性の高いコンバットスーツを着ているとはいえ、間近で火を受けると相応の熱さに晒される。
だが、熱さに参ってもたもたしていたら誘爆であの世逝きだ。
「エレナ! これを使うでござる!」
「……ドラオガ!? こいつは……お前の機体の武器じゃないか!」
「誘爆を避けるためには発熱量が低い武器を使うべきでござる。つまり、加熱を行わないヒートダートが適任ということであろう」
まず、射撃武装はエンジンと主翼を繋ぐパイロンを正確に狙える保証が無いため使えない。
万が一主翼内の燃料タンクに当たったら、取り返しのつかない事態となる。
そして、高熱で対象を溶断するビーム刀剣類も周囲への発熱で燃料を発火させる可能性がある。
イギリスから遠路はるばる飛行してきたことを考慮すれば残る燃料は決して多くないだろうが、緊急事態においてリスクの高い行動は避けなければならない。
「……ありがとう、お前は今すぐ離れろ。ここから先は私一人でやる」
「ファファファ、幸運を祈るでござる!」
そう言うとドラオガは敬礼をしながら貨物機の主翼から離れていった。
「機長、聞こえるか! 今から第4エンジンを斬り落とす! 挙動の変化に気を付けてくれ!」
「こちらサウバー、了解した! いつでもいいぞ!」
機長の返答を確認したエレナは颯爽と機体を主翼裏側へ滑り込ませ、燃え盛るエンジンと主翼を繋ぎとめているパイロンを非加熱状態のヒートダートで一閃した。
「……おお、やったよ! 第4エンジンの切断とスラッガーフェイスの離脱を確認!」
状況を確認していたブランデルが仲間や国防空軍のドライバーたちに向かって叫んだ。
だが、サニーズとレガリアは未だに険しい表情を浮かべている。
「ダメだ……風で機体が流されている! やはり推力が足りないんだ!」
「機長、バンク角が付きすぎています! もっと水平に保たないと……!」
冷静にAn-124の挙動を観察していた二人は明らかに不安定なことを見抜いていた。
「……! みんな! 右の主翼が!」
フェンケの悲鳴のような声が上がった次の瞬間、An-124の右主翼の大部分が真っ赤な炎と共に吹き飛んでいった。
「機長! 機長! 応答してっ!!」
「操縦系統に異常発生! 制御がほとんど効かない!」
「そんな……敵に協力してもらってまで頑張った結果がこれなの……!?」
これまでの努力―敵でありながら協力してくれた国防空軍の面々の行動が全て無に帰す瞬間を、レガリアは項垂れる様に見守るしかなかった。
「どんな時でも、決して諦めるな! 本当の奇跡を見せてやろうじゃないか!」
聞き覚えのある声が耳に入った時、それとほぼ同時に一条の蒼い光が燃え盛るAn-124へと奔っていく。
「こちらアルフェ・チーム、これより本隊へ合流する!」
「ライガ!? 何をするつもりなの!?」
ライガの機体をよく見るとフライングスイーパーに乗っていない。
一体何処で乗り捨てたのだろうか。
それはともかく、墜落しつつあるAn-124へ突撃する彼の行動が気掛かりだ。
「俺が機体の下に潜り込んで安定させる! こいつの最大推力でルスラーンぐらいは支えてやる!」
「あなた、無茶苦茶よっ!! 接地する直前で離れ損ねたらミンチにされるのよ!?」
もし、総重量405tのAn-124に押し潰されたりしたら、流石のスパイラルでも耐えることはできない。
当然、ライガはミンチより酷い状態になる。
「確信を持てるまでやる! それが俺たちオリエント人のやり方だろうがっ!!」
「いい加減にしてっ! 私の指示に従いなさい!!」
「……拒否する」
周囲が気圧されるほどの言い争いを繰り広げながらも、ライガは機体をAn-124の右主翼へ接近させていた。
エレナでさえ火を掻き分けるのを少し躊躇したというのに、彼は全く怖じ気付く事無くポジション調整を開始する。
「お前が『積み荷』を手に入れるために色んな準備を徹夜してまで整えてくれたのを見たからな……それを航空事故如きに邪魔されてたまるかって話だ」
「どうしてそこまで……」
「親友の為に命を張るのが可笑しいか? 軍にいた時、お前だって俺を助けるため命を懸けてくれただろ?」
その言葉を最後にライガは通信回線をシャットアウトしてしまった。
「ライガ……!」
「信じてみようぜ、あいつの奇跡をな」
An-124の姿を呆然と見つめるレガリアに対し、ルミアは静かに告げるのだった。
「機長、聞こえるか! 俺の機体で右主翼を支える! あんたは常に理想的な姿勢を維持できるよう制御しろ!」
An-124の残された右主翼へ取り付いたライガは無線で機長に指示を出す。
「そうは言っても……ああ、クソっ! 電気系統にもガタが来てやがる!」
「自分の感覚を信じろ! 俺をエルロンだと思って操縦するんだ!」
エルロンとは飛行機の傾き―バンク角を制御するための補助翼で、一般的には主翼の外端に取り付けられている。
つまり、右主翼の大半を失っているAn-124は右側のエルロンが無い状態で飛行しているのと同じなのだ。
そして、デジタル化が進んだ現代の飛行機において電気系統のトラブルは致命的な事態を招く可能性が高い。
おそらく、機長はまともに制御できない機体や映らない航空計器と格闘しているに違いない。
「もう距離が無い! 一気に水平まで戻すぞ!」
そう叫ぶと同時にスパイラル2号機は全てのスラスターをフル稼働し、800倍以上の重量を持つAn-124のバンク角を凄い勢いで水平へと戻していく。
滑走路は目と鼻の先に迫っていた。
何とか姿勢を整え一息ついたのも束の間、ライガの目の前で出力を絞り出していた第3エンジンが突然嫌な音を立てる。
機体右側の推力を支えていた第3エンジンもとうとう息絶えてしまったのだ。
「第3エンジン停止!」
「第1、第2エンジンの推力を落とせ!」
機長の指示を受けて副機長はスロットルレバーを後ろへ引くが、操作が反映されている気配は感じられない。
「ダメです! 推力が落ちません!」
「姿勢制御ができないうえに減速も足りないのか……どうやら、ここまでのようだ」
このままでは水平には程遠い姿勢で滑走路へ高速で叩き付けられ、An-124は粉々に爆発炎上してしまうだろう。
「……だが、砕け散る瞬間までは運命に抗ってやる!」
絶望的な状況の中、機長は操舵輪を強く握り締めるのだった。
一方、相変わらずAn-124に取り付いていたライガはある秘策を思い付き、胴体前部―コックピットに近い場所へとスパイラル2号機を移動させる。
「(400、300、200……よし、ここだ!)」
滑走路まで高度60mを切ったところでスパイラル2号機は脚部を前へ投げ出し、推進剤を全て使い切る勢いでスラスターを噴射した。
今張り付いている位置で前方向にスラスターを噴射すれば、これ以上のロールを抑えつつ減速できると判断したからだ。
「ディルテ・チーム、機首に張り付いて減速させろ!」
「りょ、了解!」
α滑走路付近で待機していたチルドとメイヤがAn-124に追い付き、機首へ取り付くと同時に彼女らの機体もスラスターを全力噴射する。
ディルテ・チームの加勢により速度は目に見えて落ちてきたが、姿勢は相変わらず傾いたままだ。
だが、水平に戻す猶予はもう残されていない。
「機長! いっそのこと90度に傾けろっ!!」
「言われなくても勝手に傾いている!」
彼女の言う通りAn-124はほとんど滑走路と直角になっていた。
スパイラル2号機はちょうど貨物機と滑走路に挟まれる格好である。
「スパイラル、最後の一押しだ! お前の全推力を使い切ってやる!」
マニピュレータをAn-124の表面へ食い込ませ、今度は持ち上げるようにスラスターを下方向へ噴射した。
まず、右水平尾翼が滑走路へ叩き付けられ一瞬でもぎ取られる。
次に、わずかに残っていた右主翼が接地することで巨大な火花が発生する。
そして、最後までスパイラル2号機に支えられていた機首部分は何とか上向きを保っている。
滑走路上に放置されていたF-15Eを粉々に粉砕した末、An-124はようやく「墜落」したのだった。
「ライガ!! 無事だったら返事して!!」
「ライガさん! ご無事ですか!?」
大役を果たしたチルドとメイヤは押し潰されたかもしれない同僚の安否を確かめる。
何回か名前を叫んでいるとAn-124の下から小柄な人影が姿を現し、チルドたちへ手を振り始める。
次の瞬間、彼が乗っていた機体はグシャリという音と共に405tの金属の塊に潰されてしまうのだった。
命からがら脱出に成功したライガはAn-124のコックピットを何度も指差す。
それから程無くして救急車と消防車が到着し、救助活動及び消火活動が即座に開始された。
脱出の際に軽いケガを負ったライガは基地併設の医務室で手当てを受けていた。
包帯が巻かれた部分をさすりながら医務室を出ると、レガリアやサニーズといった仲間たちだけでなくエレナとドラオガも待ち構えていた。
「……! 悪いな、心配掛けちまって」
「もう……! 本当に奇跡を見せてくれるなんて……あなたは……」
「おいおい、何も泣く必要は無いだろう?」
感極まったレガリアの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
「あの瞬間、誰もが貴様の死を覚悟したからな。女を泣かせるとは悪い奴だ」
「いやー、俺自身は確実に脱出できるって踏んでたんだけどなぁ」
サニーズとライガがそんなやり取りをしていると、少し離れた位置で眺めていたエレナが右手を差し出した。
ライガは意外なほど小さな右手で彼女と握手を交わす。
「ライガさん、貴男の勇気ある行動に心から敬意を払います」
「それはこっちの台詞だ。君が第4エンジンを斬り落としたおかげで空中爆発だけは免れた。正式な軍事作戦だったら勲章ものだったのにな」
「……我々は墜とされた部下を拾いに行かなくてはなりません。今後スターライガと敵対しないことを願っています」
そう告げるとエレナはドラオガを引き連れ、その場を立ち去ろうとする。
「基地へ帰ったら母さん―レティ空軍総司令官に伝えてくれ。『これが貴女のやり方なら、僕たちも然るべき対応を取らせてもらう』とな」
スターライガの面々に背を向けて歩いていたエレナの動きが止まる。
「……頼むぜ、『マイスター』。息子から母親への伝言ぐらいはできるよな?」
「Ja,ich verstehe」
現代オリエント語ではない言葉を呟き、彼女は今度こそ通路の曲がり角へと消えていった。
「あの娘、今なんて言ったの?」
チルドの素朴な疑問を前に皆首を傾げたり肩をすくめたりしていたが、レガリアだけは内容を理解していたらしい。
「ドイツ語で『はい、分かりました』ってとこかしら」
「お前、ドイツ語話せたのかよ?」
「話せるも何も『シャルラハロート』ってドイツ系のファミリーネームよ。そもそも貴女の『オズヴァルト』だってドイツ人みたいな名前じゃない」
シャルラハロートはドイツ語で緋色―英語のスカーレットに相当する言葉だ。
一方、ルミアのファミリーネームのオズヴァルトもドイツ語圏で見られる名前である。
オリエント人の名前には統一性が無く、ラテン文字では同じスペルでも実際は発音が違うということも珍しくない。
逆に「発音は同じだがラテン文字表記時のスペルが違う」というパターンも多い。
ただ、ロシア系のファミリーネームは性別関わらず女性名詞に統一する、日系の名前なら英語圏風にファーストネームを先に表記するといったルールは存在している。
「少し前に調べたんだけど、エレナ少佐はオリエント人とドイツ人のハーフなのよ」
「なるほど、だから親の影響でドイツ語が出てしまうのか」
生物学的な意味でのオリエント人(及び周辺国の住人)である「ホモ・ステッラ・トランスウォランス」と地球上で大多数を占める「ホモ・サピエンス・サピエンス」は同じヒト属の別種であり、かつては混血不可能と考えられていた。
現在でも種を越えた混血はあまり例が無く、国によっては遺伝子汚染を危惧しホモ・ステッラ・トランスウォランスとの間に子を生すことを禁止している場合さえある。
……とにかく、現在の地球はヒト属の2つの種が共存する奇妙な状況を100年近く続けているのだ。
An-124の派手な不時着は当然ニュースで「スターライナー32便墜落事故」として取り上げられたが、レガリアや国防空軍の裏工作によって表向きには「機体トラブルに起因する不幸な事故」として処理された。
最大の懸念であった「積み荷」も無事回収され、ヴワル市のスターライガ本部へと無事に運ばれた。
「……しかし、これで俺が乗る機体が無くなっちまったな」
An-124に押し潰されたスパイラル2号機は残念ながら修理不可能な程のダメージを受けており、使える部品を取り外して解体することが決まっている。
「そんなあなたにグッドニュースよ。以前一緒に見た専用機がロールアウトしたってロサノヴァちゃんから連絡があったわ」
「おお、ついにあの機体へファイアアップする時が来たのか!」
出撃やトレーニングの合間を縫ってライガはワークショップへ足を運び、彼自身の搭乗を前提に開発された機体の設計に携わっていた。
基本設計が若干古いスパイラルではいずれ限界が訪れると予想したレガリアは早い段階から強力な技術部門を編成し、より高性能な機体の設計開発を行わせている。
旧世紀の戦争で日本軍が零式艦上戦闘機の高性能に慢心せず、紫電改二や烈風といった「何年も先を見据えた機体」を開発していた戦訓に倣ったカタチだ。
スターライガ初の完全自主設計機は現状の技術力を測るうえで大きな指標になるだろう。
本格的な反攻作戦の準備は着々と進みつつある。
今度はスターライガのペイバックタイムが始まるのだ。
ビーム刀剣類
ビームソードやビームサーベルなどビーム(≠レーザー)で刀身を形成する武装を指す。
ヒートダートは金属製の刀身を持つ「ソリッド刀剣類」に分類される。




