【36】トライデント(前編)
「ふわぁぁぁ……予想よりも国防軍の反応が鈍いね、姉さん?」
大きな欠伸をしながらブランデルが姉へ話を振る。
彼女とレガリアが護衛するAn-124「サウバー」こそ本命の機体であり、「積み荷」を載せているのだ。
アルフェ・チームやグンマ・チームが守っている「マナー」と「ハース」は特に重要な荷物は載せていない。
「こちらサウバー、いつもの貨物便を運航する時よりも気楽なフライトだ。天気も良いし、最高のフライト日和だな」
An-124の搭乗員たちはスターライガ専属というわけではなく、普段は貨物航空会社で働いている人たちである。
つまり、彼女らは「空戦」というモノを体験したことが無い。
変に不安感を煽らないよう、戦闘が発生する可能性はあくまでも「やんわりと」伝えている。
「……ヴィルタ1よりサウバーへ、どうやらフライト日和は終わりみたいね。レーダーで戦闘機と思わしき機影を確認したわ」
HIS上のレーダーにはMFよりも大きな光点が映し出されていた。
スターライガの大規模作戦についてはオリエント国防軍もある程度察知していた。
ポーツマスで撃墜されたユーケディウムの残骸の引き渡しを要求したところ、イギリス軍から「先客が持っていった」と連絡を受けたからだ。
バイオロイドの機体を欲しがる組織などスターライガ以外に考えられない。
同じ頃、イギリスのサウサンプトン空港を出発しヴォヤージュ航空宇宙基地へ向かう民間貨物機のフライトプランが国防空軍へ提出されていた。
国防空軍総司令官のレティは直感的にこの民間貨物機が怪しいと判断し、目的地のヴォヤージュ航空宇宙基地ではなく少し遠いハインツ=ハラルド空軍基地へ対応を命じていたのだ。
そして、かつての部下であるレガリアの性格を考慮した結果、彼女が守っている貨物機こそ本命である可能性が高いと予想していた。
ハインツ=ハラルド空軍基地からは6機のF-15E ストライクイーグルが発進し貨物機とコンタクトする予定だが、万が一交戦状態へ陥った場合は機体だけでなく搭乗員も失う可能性がある。
2人乗りのF-15Eは人材を失った時の痛手が特に大きい。
スターライガ並みの技量なら兵器としての特性の違いを活かし、MFで戦闘機を落とすことも可能だからだ。
「目には目を、歯には歯を、MFにはMFを」という言葉があるように、MFの相手をするのなら同じMFをぶつけるのが一番手っ取り早い。
今から出撃させればまだ間に合うと判断し、レティは総司令部直属のオリオン隊と国家戦略室のMFドライバー兼エージェントであるドラオガたちを緊急招集した。
「―ったく、どうしてニンジャマニアと一緒に戦わなくちゃいかんのだ!」
「おっと? 自信が無いのなら別に降りてもいいでござるよ?」
「降りん!」
共に20代後半の若さで国防空軍少佐へ上り詰めたエレナとドラオガは険悪とまではいかないまでも、決して仲が良いわけではない。
まあ、格納庫へ向かう途中で走りながら舌戦をするあたり、ケンカ仲間という表現が近いかもしれない。
本当に仲が悪いのなら互いを無視し、存在にさえ触れないだろう。
どちらかというとライバル視しているのはエレナのほうであり、ドラオガは彼女の存在をさほど意識していないようにも見える。
「……隊長たちってさ、なんて言うか面倒臭い関係性だよねー」
「そうね、同族嫌悪って感じだわ」
火花を散らす上官たちの後ろ姿をマルキとフェンケは呆れたように眺めるのだった。
「機種照合……確認! ストライクイーグルを持ち出してきたよ!」
スパイラル3号機の観測記録は戦術データリンクシステムによってスパイラル1号機へ送信され、HIS上に敵機の情報が投影される。
「随分と古典的な機種ね。まあ、どうなるか見てみましょう」
かつての隕石災害により世界の軍事バランスが様変わりした結果、兵器の新規開発を行う必要性が薄くなったため、20世紀末に開発された兵器が近代化改修を受けながら運用されているのは決して珍しくない。
どう対応するか一瞬悩んだレガリアだったが、ここは相手の出方を窺うことにする。
An-124の乱気流を受けない距離でランデブー飛行していると、F-15Eのパイロットと思わしき人物の通信を傍受した。
「飛行中の民間貨物機に告ぐ。我々の誘導に従い、ヴォヤージュ航空宇宙基地へ着陸せよ」
「こちらスターライナー32便、フライトプランは提出しているはずだ。我々のフライトに不審な点は存在しない」
「……周囲にMFを侍らせる貨物機など、不審以外の何物でもないと思うが?」
「くっ……!」
こう言われてしまってはAn-124の機長も反論できない。
機長を助けるためレガリアはすかさずオープンチャンネルの無線でフォローに入る。
「昨今の情勢を憂慮し、重要な貨物を積載するスターライナー32便にはMFの護衛を付けています。重武装の戦闘機で飛来してきたあなた方の行動が正しいとは思えません」
彼女の声を聞いたF-15Eのパイロットは口を噤む。
オリエント国防空軍の将兵にとってレガリア・シャルハラロートという人物は実力と人格を兼ね備えた伝説的エースであり、空軍軍人が目標にすべき存在として頻繁に名が挙がる。
生ける伝説たるレガリアと対面できるのは本来喜ばしいことなのだが、不幸にもここは戦場である。
「……我々も好き好んで攻撃したいわけではありません。互いの安全のためにも、勧告に従ってもらうと助かるのですが」
この通信を聞いたことでレガリアの決心は固まった。
押し問答を続けたところで状況は改善しないと判断したからだ。
「貴女の勧告を拒否します。私たちには退けない理由がある……だから、国防空軍といえど力ずくで排除させてもらうわ!」
通信を一方的に切断すると、彼女はレーザーライフルをF-15Eの上面を掠めるように発射した。
「ブラン! もう1機の相手をしなさい! ただし、戦闘力だけを奪う範囲に止めるのよ!」
「オッケー! ヴィルタ2、交戦!」
交戦許可が出るとブランデルは早速主兵装のバスタードソードを構え、初動が遅れたF-15Eの背後に襲い掛かる。
短距離の加速力なら戦闘機よりもMFのほうが遥かに優れており、反応速度の違いもありスパイラル3号機はあっさりとF-15Eの真後ろへ接近できた。
後方乱気流で姿勢を乱さないよう慎重にフライングスイーパーを操作し、安定した一瞬のタイミングを逃さずスパイラル3号機はバスタードソードを振りかざした。
その気になればエンジンを直接狙うこともできたが、姉の言いつけを守りブランデルは右垂直尾翼だけを斬り落としてみせる。
安定性の高いF-15Eなら垂直尾翼を片方失っても飛行自体は可能なはずだ。
「ガゼル6! もういい、後退しろ!」
僚機の損傷を視認したF-15Eのパイロット―ガゼル5は後退を促す。
「まだだ! まだ飛べる!」
「自由に飛べるうちに戻るんだ! 無理をしたら基地まで戻る前に堕ちるぞ!」
いくら飛行可能とはいえ、垂直尾翼が健在な状態と比べると明らかに操縦は難しくなる。
そのような状況でMFと戦うなど自殺行為に等しい。
「……ここからは私がガゼル1たちを呼び寄せて対処する。こんなところで命を投げ捨てるようなマネはするな」
ここまで説得を行ったことで、ようやくガゼル6と呼ばれたパイロットは戦闘空域からの離脱を決断した。
「了解……ガゼル6、後退します」
フラフラしながらも離れていく僚機を確認しながら、ガゼル5は隊長機を駆るガゼル1へ応援を要請する。
懐へ飛び込まれると運動性の低い戦闘機では勝ち目が無いため、2機のスパイラルとの距離を空けながら応答を待つ。
だが、返ってきたのはある意味最悪の答えだった。
「ネガティヴ、こちらも直掩についていたMFと戦闘中だ。まさかと思うが、君が対処している貨物機が本命なのか?」
「そうだと断定はできませんが……相手の対応を見る限り可能性は高いかと」
他のAn-124のところへ向かった戦闘機部隊も交戦を開始したらしく、運動性で撹乱してくるMF相手に苦戦を強いられているようだ。
つまり、援軍は期待できないということである。
ガゼル5は通信を切ると操縦桿を握り直し、敵機の位置を再確認する。
「(せめて1機だけでも減らせればいいんだが……)」
そんなことを考えていると、正面方向から敵機―スパイラル1号機が迫っていた。
これが数少ない攻撃チャンスになると踏んだガゼル5はトリガーを引き、航空機関砲を全弾撃ち尽くすつもりで発射する。
だが、両機が空中ですれ違った後に炎を噴き出していたのはF-15Eの方であった。
コックピット内ではエンジントラブルを知らせるアラートがけたたましく鳴り響いている。
スパイラル1号機は航空機関砲の弾幕を全てシールドで受け止め、ビームジャベリンでF-15Eの右エアインテークからエンジンを綺麗に切り裂いていたのだ。
位置取り的にはコックピットを直接狙えたはずだが、それを避けたのはレガリアのせめてもの情けだろう。
もし、エンジンが火を噴いている状態で燃料に引火したら……どういった結末が待っているかは想像に難くない。
それに、コックピットを意図的に避けて見逃してくれたのは「もっと腕を上げてこい」というメッセージであろう。
ガゼル5は後席の兵装システム士官へベイルアウトを促すと、彼女自身もシートの横にあるレバーを引き機体から放り出されていく。
制御を完全に失ったF-15Eは真っ赤な火の玉へと変わり、地上へ墜落する前に爆発四散したのであった。
「ちょっと姉さん……今のは殺っちゃったんじゃない?」
「大丈夫、パイロットの脱出は確認したから。無抵抗な相手を撃つほど私も鬼ではなくてよ」
航空機から脱出した搭乗員を攻撃することは条約によって原則禁止となっている。
いくらスターライガが民間軍事会社といえど、戦闘行為における最低限のルールは守らねばならない。
「こちらサウバー。一時はどうなるかと思ったが、何とかピンチは切り抜けたな。本機はこれより着陸態勢に入るが、最後までエスコートをよろしく頼む」
着陸に備え低空を飛行していたAn-124はフラップとランディングギアを展開し、ヴォヤージュ航空宇宙基地のα滑走路へと着陸進入を開始する。
5000mの全長を有するα滑走路は元々スペースプレーンやSSTOの運用を想定して建設されており、かなり大型なAn-124であっても余裕を持って着陸できるのだ。
「いやー、今回の仕事は意外と楽に終わりそうだねえ」
ブランデルは暢気に構えているが、レガリアにはどうも引っ掛かることがあった。
「(本当にこれだけなのかしら……今回の空軍の行動にレティさんも関わっているとしたら……)」
MFと戦闘機の特性の違い、それにスターライガの技量をレティは十分理解しているはずだ。
彼女が戦闘機部隊に様子見だけさせて手を引くとは考えにくい。
おそらくだが、An-124の着陸後を狙って行動を起こすのだろう。
「……ブラン、機体を降りるまで気を抜かないで。何だか悪い予感がするわ」
「うーん、姉さんの『悪い予感』って昔から意外に侮れないし……分かった、アルフェ・チームとグンマ・チームをこっちに呼ぼうか」
「ええ、それとディルテ・チームにはヴォヤージュ基地付近の警戒を行わせて」
「了解」
アルフェ・チームもグンマ・チームも320km離れた別のAn-124を護衛しているため、今から呼び出しても間に合わない可能性が高い。
それでも何も手を打たないよりはマシだろう。
いざとなったらディルテ・チームに応援要請をすればいい。
「(気を付けてねブラン……何となくだけど、胸騒ぎがするの)」
フライングスイーパーに乗る妹の機体を眺めながら、レガリアは胸中でそう呟くのだった。
そのシックスセンスが「人類の革新」にして「ヒト属の進化の過程で生まれた特別なチカラ」であることを当時の地球人類は知る由も無かった。
……理論を提唱したライラック・ラヴェンツァリ博士その人を除いて。
ハインツ=ハラルド空軍基地
オリエント連邦南部のスワ市ハインツ=ハラルド区に存在する国防空軍最南端の空軍基地。
ハインツ=ハラルド区が合併により誕生する2094年以前は「ハインツ空軍基地」という名称だった。
スターライナー
ラッツェンベルグ市に本社を置く国内唯一にして世界規模の貨物航空会社。
本社近くのラッツェンベルグ国際空港を拠点に世界中へ貨物便を運航している。
主な機材はAn-124やB-777Fなど。




