【33】約束の秋(後編)
「よいしょ……よいしょっと……」
「ねえ、リリー。その掛け声には意味があるのかい?」
リリカとリリーが実際にMFを運用するのは今日が初めてとなる。
この日のためにスパイラル2号機と3号機をわざわざ借りてきたのだ。
事前訓練のデータを考慮した結果、姿勢制御が得意なリリカを2号機、格闘戦の素養が見られたリリーを3号機に乗せている。
「意味は……まあ、気分かなぁ? 『MFとの人機一体を目指すのが重要だぞ』ってライガが言ってたから」
リリカたちの初仕事は土砂崩れで落ちてきた岩を広い場所まで持っていく作業だ。
オータムリンク邸で土砂崩れが発生したポイントは斜面がきついうえに狭く、何十トンもある重機を入れることはできない。
だが、フル装備でも1000kg(1t)に満たないMFなら土砂に足を取られること無く作業を行えるのである。
「そんなことより、リリカさんはどうしてMFに乗ろうと思ったんですか?」
本来MFという兵器は民間人が短期間の慣熟で扱える代物では無い。
純粋な才能と強靭な肉体はもちろん、「どうやったら機体性能を引き出せるか」「こういう状況ではどう動くべきか」などを理論的に考えられる頭脳も必要となる。
オリエント国防空軍のドライバーに大卒のエリートが多いのもそういった理由であり、従軍経験の無い民間人がMFに搭乗した事例はまだ存在していない。
つまり、リリカとリリーはMF戦の歴史に新たなページを刻もうとしているのだ。
「……自分より2歳も年下の子たちが命を張っているのに、年上の私が安全な後方にいるのが許せないからだ……誇り高きオロルクリフ家の人間として」
上に立つ者は模範的強者としてチカラを正しく振るい、未来を切り拓くべし―。
オリエント神話に記されたこの言葉は遥か昔から上流階級が貫徹すべき行動指針とされ、彼女らがそれを実行してきたことで今のオリエント連邦があると言っても過言では無い。
リリカがMFに乗るのは「家族と友と仲間を守る」という当たり前のことを実行するためだ。
「誇りとかプライドのために生きるんですか? それらを貫き通すために命を懸けるなんて、リリーには理解できません」
「そうだな、表現として少々大袈裟だったかもしれない。とにかく、私は本気でライガやレガリアに付いていくつもりだと言いたかった。姉さんたちも同じような事を考えていると思うよ……逆に聞くが、君はなぜMFに乗ろうと思った?」
今回は戦闘を考慮していないため二人はヘルメットを被っておらず、リリカのダークブラウンの瞳にリリーは視線を吸い込まれそうになる。
「……妹の救出とかママの行方を探したり。でも、本当はライガと同じ事ができて、彼に褒めて欲しいだけなんです」
幼い頃から一緒にいる機会の多かったライガとリリーは実の兄妹と呼べるほどの絆で結ばれている。
リリーがMFに乗るのは仲間の手助けもあるが、それ以上に「サレナを助けたい」「ライガに認めてもらいたい」という気持ちが強い。
「褒めて伸ばす……それが我々オリエント人のやり方だ。君が真剣に上達しようとする意志を持っているのなら、ライガはそれを分かってくれるよ」
そう言われるとリリーはただニッコリと笑っていた。
「……さて、あんまりお喋りしてるとレガに怒られるから、働こっと……」
彼女はMFでないと運べない岩を探していたが、とある岩の前に機体を立ち止まらせる。
「(この岩……いや、『岩の裏』に何かある!)」
一見すると何の変哲も無い泥まみれの岩だが、リリーは些細な違和感を抱いていた。
「リリカさん! あそこの岩に別の岩を投げつけてください!」
「……はぁ? 私たちはオハジキをやりに来たんじゃないんだぞ?」
あまりに突拍子の無い指示を当然リリカは訝しんだが、ちょうど運び出そうとしていた岩があったのでリリーに付き合うこととした。
「その岩にこれを当てれば良いのか?」
「はい、どうしても確かめたいことがあるので」
「分かった、一発で決められるかやってみよう」
若い頃に趣味でスポーツを嗜んでいたリリカはバスケットボールの要領で狙いを定め、機体のマニピュレータで保持していた岩をシュートする。
様々な条件を計算し尽くしたうえで投げた岩は、綺麗な放物線を描きながら狙ったポイントへ吸い込まれていった。
……ここまでは計算通りだったが、リリーが気にしていた方の岩が突如爆発するとは予想できるはずがなかった。
「っ……! やったわね!?」
爆発はオータムリンク邸付近で待機していたレガリアも目撃し、彼女はすぐさま通信でリリカたちの安否を確かめる。
「リリカさん! 貴女たちは大丈夫!?」
「ああ……少し耳が痛いが、身体も機体も問題無い。リリーも大丈夫そうだ」
リリカたちは爆発に間近で遭遇したものの、咄嗟の判断で退避したため大きな被害は免れた。
「今の爆発……誰かが意図的に設置した爆弾と見たわ」
仮にMFが何かしらの理由で爆発した場合、大抵はE-OSドライヴも誘爆するため蒼白いE-OS粒子が撒き散らされるはずだ。
先程の爆発ではそれが確認できなかったため、おそらくはC-4に代表されるプラスチック爆薬を用いたトラップだろう。
「今凄い音がしたぞ!? 大丈夫か!?」
「なんで復旧作業で爆発するのよ!?」
爆発音を聞き付けたオータムリンク姉妹が家から飛び出し、レガリアへ状況説明を求めてきた。
「シズハ、ミノリカ! 今からここは地獄の戦場になるかもしれないわ。貴女たちは御両親を連れて安全な場所へ行きなさい!」
「で、でも……!」
「いいから早くしろっ!!」
「ひ、ひゃい!」
普段からは想像できないレガリアの迫力に気圧され、ミノリカは思わず変な声を出してしまう。
「……非戦闘員を巻き込まないのは『戦士の義務』なのよ。お願いだから、今は私の言う事を聞いてちょうだい……!」
「あれが……お前の言う敵……なのか?」
シズハが指差した先―宇宙まで見えそうなほどの蒼空を3つの黒い物体が飛翔していた。
この低高度を飛行機が飛ぶとは思えないため、間違い無くバイオロイドのMFユーケディウムだろう。
「ええ、バイオロイドは私たちの……いえ、人類全体の敵よ」
次の瞬間、レガリアの身体から迸ったプレッシャーをシズハはしっかりと感じ取る。
かつてティアオイエツォンをやっていた時でさえ、これほど威圧されたことは一度も……いや、一度だけ経験している。
高校時代最後の全国大会で戦った決勝戦の相手……彼女もこれに似たプレッシャーを放っていた。
「……よし、妹と両親は必ず守る! お前はお前の仲間たちを守れ!」
「戦いは戦闘のプロに任せるわ!」
そう言ってサムズアップを送るオータムリンク姉妹に対し、レガリアは元軍人らしく敬礼で返した。
彼女らの退避を確認後、コックピットに置いていたヘルメットを被りつつリリカたちへ指示を出す。
「敵の狙いはおそらく戦闘能力の低い貴女たちよ。私と合流して戦いましょう」
「ちょっと待って! リリーたちは武器が無いよ!?」
本来ならば戦闘を行う予定の無いスパイラル2号機と3号機が使用する武装は置いてきたのだが……。
そこはレガリア、緊急事態を想定したバックアップはしっかり用意しているのである。
「こんな事もあろうかと、私の機体の予備武装を持って来ているわ。レーザーライフルとビームサーベルしか無いけど、手ぶらよりは遥かにマシでしょう?」
「うん……! そのレベルの武器ならリリーたちの技量でも扱えるかも!」
レーザーライフルとビーム刀剣類と固定式機関砲は現代MFにおける基本的な武装であり、これらを扱えれば最低限の戦闘行為はこなせるはずだ。
「さあ、敵が来る前に合流しよう! 私が敵の立場なら合流される前に強襲するからな」
リリカの発言を肯定するかの如く敵機は徐々に高度を落とし、獲物へ狙いを定めつつあった。
「リリカさん、リリー! 納屋の前で予備武装を渡すから、そこで一旦態勢を整えましょう!」
「……02、了解!」
「ぜ、03了解!」
二人がスターライガ式の応答に慣れたことを確認し、レガリアはゆっくりとスパイラル1号機を立ち上がらせる。
以前の戦闘では応急措置的なフル装備で出撃していたが、今回はADVPの一つである「インファイトパック」を初めて実戦で運用する機会となった。
スパイラル6号機の「Esインファイトパック」と異なり、防御力の代わりに推力と姿勢制御能力の底上げが図られているのが特徴だ。
強大な推力は素早く敵機の懐へ潜り込み、強烈な一撃を食らわせる強襲格闘戦に向いている。
一撃離脱戦法を得意とするレガリアとの相性は抜群と言えるだろう。
付近にカモフラージュして置いていたシールドとレーザーライフルを装備し、十数メートル地面を滑走したスパイラル1号機は蒼空へ向けて飛び立つのだった。
安全な場所へ避難するため両親とミノリカを車へ乗せている途中、シズハは空を奔るスパイラル1号機を眺めていた。
「(私の全国大会優勝の夢を打ち砕いたのは……レガリア、きっとお前だよな?)」
家族が乗り込んだのを確認すると自らも運転席へ収まり、アクセルを踏み込み車を発進させるのであった。




