【32】約束の秋(前編)
「ふわぁーいらっしゃーい! ようこそぉ、オータムリンク家の屋敷へ!」
ヘリコプターから降りると先ほど手を振っていた女性が駆け寄り、レガリアとハグを交わす。
「久しぶりね、ミノリカ。相変わらず訛ってるじゃない」
少々間の抜けた口調で出迎えてくれた女性―ミノリカ・オータムリンクが今回の仕事の依頼者である。
知らないうちにヘルヴェスティア方面の訛りが出てた彼女はすぐに標準語へ戻った。
「……あーあー、訛りは取れた? 後ろの二人は初めて会う人だね。私はミノリカ・オータムリンクっていうんだけど、こう見えてオータムリンク家の当主をやってるの。ねぇねぇ、もっと厳しそうな人だと思ってたでしょ?」
初対面のリリカとリリーは押しの強さに少々困惑していたが、とにかく右手を差し出し握手を交わす。
「私はリリカ・オロルクリフ、サイヨウに屋敷を構えるオロルクリフ家の端くれさ」
「オロルクリフ!? ひえー、リリカさんってすごい一族の人じゃないですかー!」
莫大な資産を持ち歴史も非常に長いシャルラハロート家やオータムリンク家は上流階級の中でも名門に数えられる一族である。
一方、オロルクリフ家は総資産こそ前述の一族には劣るが、首相経験者を筆頭に優秀な人材を多数輩出している点を考慮し実質的な立場は同格とされる。
オリエントに政府が生まれる以前は有力な名家が「責任を持って」領土を統治しており、連邦制を経て単一国家となった21世紀以降も連邦時代の遺産といえる「上流階級の影響力」が強く残っているのだ。
どんなに小さい市であっても必ずその地をかつて治めた上流階級の一族が残っている―時代遅れに見えるかもしれないが、オリエントと上流階級は切っても切れない関係なのである。
「まあ、上流階級の人間同士よろしく頼む」
「こっちこそよろしくお願いします! あ、ところで……」
リリカと握手を交わした後、ミノリカはリリーの方をじっと見つめる。
やはり、上流階級出身者でない彼女のことは知らないのであろう。
「君って私と同い年だよね? でもどこかで見たことがあるんだよなぁ……誰だっけ?」
そう言われてムッとしたのか、リリーはポケットから取り出したメモ帳に素早く何かを描き、ページを1枚破ってミノリカへ手渡した。
「リリー・ラヴェンツァリ。本職はイラストレーターよ」
「本職って……わあ、凄い!」
押し付けられた紙切れにはプロペリングペンシルを用いてミノリカのデッサンが描かれていた。
目の前でこういうことをされたら、さすがに本職だと認めざるを得ないだろう。
「ところで……双子のお姉さんは今はいないの?」
リリーのその一言を聞いた時、ミノリカとレガリアの表情が一瞬だけ固まった。
「え!? えーと……今は果樹園を視察しに行ってるんだけど、どうして姉ちゃんがいるって知ってるの?」
ミノリカの双子の姉シズハは学生時代にオリエント伝統の剣術「ティアオイエツォン」の全国大会で準優勝したほどの実力者であり、その道の関係者にはよく知られている。
ただ、スポーツとはあまり縁の無さそうなリリーが知っていたのが意外だっただけだ。
「直感……かなぁ? なんかミノリカって妹キャラみたいなオーラが出てるじゃない?」
「待て、その理屈なら私にもオーラ力があるぞ」
確かに、4姉妹の三女であるリリカも厳密には妹キャラといえるが……単独ではそうは見えない。
そんなやり取りをしているとレガリアが手を叩いて話を遮った。
「はいはい、談笑は夕食の時にでもしなさいよ。機体が遅れて到着する以上、今日は沢山食べてゆっくり休むべきね」
レガリアたちドライバーは自家用機でここまでやって来たが、彼女らが乗るMFはチャーターした貨物機とトラックで真夜中に運び込まれる予定だ。
同時移動を避けたのは万が一バイオロイドなどの襲撃を受けた時、人材と機材を同時に失う可能性を考慮したためである。
「そうそう! 明日は大変な仕事になると思うから、今夜はうちで採れる食材で御馳走してあげるよ!」
結局、レガリアの配慮とミノリカの厚意に甘え、リリカたちは明日へ向けて英気を養うのであった。
日付が変わった頃、3機のスパイラルを載せたトラックがオータムリンク邸へ到着した。
レガリアは搬入作業の指示を行うと、自らは調べ物のため屋敷の書斎へ向かう。
無論、オータムリンク家の人間に無断で立ち入るのは大変失礼であるため、書斎を開けてもらうべくミノリカを起こそうとする。だが……。
「むにゃむにゃ……スヤァ」
「(うーん、これはぐっすり眠っているわね)」
熟睡しているミノリカを起こすのはどうにも気が進まず、同じく書斎の鍵を持っているシズハの部屋へ向かった。
彼女の部屋はすぐ隣にあり、起きているかを確認するためノックを3回行う。
ノックをした感じでは寝ているみたいであったが、慎重を喫しレガリアはゆっくりとドアを開く。
まあ、こんな夜遅くまで夜更かしする悪い子はそうそういないのだが。
「(しかし……この状況でなんて言って起こせばいいのかな?)」
そういう余計な心配をしていた結果、レガリアはほんの少しだけ足に体重を掛け過ぎたのかもしれない。
床に足が付けた時、ギシギシという音が暗い部屋中に響き渡ってしまった。
いくら夜目が効く彼女といえど、床の劣化など見抜けるはずが無い。
そして、不運にもシズハは普段と違う音が聴こえると目が覚めてしまう体質だったのだ。
彼女はまだベッドに横たわっていたが、その瞳はハッキリと侵入者を睨み付けていた。
「……悪かったね、部屋に立ち入って来たとはいえ客人に手を上げようとして」
「謝るのはこちらの方よ。貴女やミノリカになら隠し事をする必要など無かったのにね」
結局、あの後二人は取っ組み合いを繰り広げたが、寝ぼけていたシズハが完全に覚醒したおかげで収拾がついた。
「あ……でも、思いっ切り胸を揉まれたことだけは勘弁してほしいかも」
実は取っ組み合いの最中、シズハは故意ではなかったもののレガリアの胸を掴んでしまったのだ。
「よせよ、人聞きが悪い。揉んではいないだろ」
掌を開いたり閉じたりしながら釈明するシズハ。
「お前の乳の話はどうでもいいんだ。書斎の鍵ぐらい開けてやるから、とっとと調べ物をして寝ろ」
そう言いながら彼女はドレッサーに置いていた財布から1枚のカードを取り出す。
「それ、カードキーなの?」
普通の鍵を想像していたレガリアは肩透かしを食らい、思わずこう尋ねてしまった。
「ああ、去年からウチはカードキーに切り替えた。もっとも、正面玄関と書斎にしか読み取り装置を付けていないが……ほら、持ってけよ」
シズハは持っていたカードキーをレガリアへ押し付け、そそくさとベッドへ戻っていく。
「お前が人の物を悪用するような奴じゃないのは知っている。だから私は寝る!」
その言葉を最後に彼女は毛布に包まってしまった。
「……ありがと、いつか貴女と一緒に……ふふっ、何でもないわ」
渡されたカードキーを大切に胸ポケットへしまい、電気も消しつつレガリアは部屋から去っていった。
「(……Eカップぐらいだったかな……)」
暗い部屋の中、偶然とはいえ触れてしまった胸の感触を思い出しながらシズハは眠りに落ちるのだった。
22世紀においてはもはや絶滅危惧種となっている白熱電球の光の下、レガリアは表紙が色褪せている一冊の分厚い本を読んでいた。
この本の名前は「新訳オリエント神話-第7章 煉獄編-」。
オリエント連邦や周辺国に伝わる「オリエント神話」を現代オリエント語へ翻訳した書物で、本編は全16章にて構成される。
著者名は「L― Pr―er」と大部分が掠れているため分からない。
新訳オリエント神話自体は国内の書店で普通に売ってあるが、それらは一般人向けに若干のアレンジが施されている。
原本は上流階級の家々が「一族につき一冊」というルールを設け、門外不出の掟の下で保管しているらしい。
実際には上流階級間で所有権の移動が行われているため、シャルラハロート家のように何冊か保管していたり逆に一冊も持っていない家もある。
それ故に気付いたら紛失していることも珍しくなく、現在は5章と6章が行方不明となってしまっている。
7章の原本はシャルラハロート家が持っていない部分であり、レガリアは興味津々とした様子で本を読み進めていた。
「(なるほど……ここは一般向けでは省かれている部分ね)」
原本とそれ以外では書かれている内容に若干違いがあり、特に一般向けの登場人物は時代に合わせた変更がなされている。
原本の単語の中には現代オリエント語では固有名詞としてのみ使用される言葉があるためだ。
レガリアは古代オリエント語の名残に悪戦苦闘しつつも気になった部分を黙読していく。
黄金の地へ辿り着いた賢者レ○○アは大地主○○リコの依頼を受け、仲間と共に崩れ落ちた土砂の撤去を行う。
作業は順調に進むかと思われていたが、「造られし者」の攻撃により賢者一行は危機に陥る。
賢者が引き連れていた二人の仲間はまだ実戦に堪える能力を持っていなかったからである。
唯一戦う術を持っていた○○リアは仲間たちを守るべく、敵の渦中へと自ら飛び込んだ。
彼女は「造られし者」を卓越した技術と豊富な経験で迎え撃ち、圧倒的な力の差を見せつけたのだった。
「造られし者」の脅威を目の当たりにしたミ○○コと彼女の姉シズハは○○―○イ○への協力を快諾、食料供給の確立と同時に秋の姉妹が最後の仲間として加わるのであった。
原本は人名が不自然なほど掠れていることが多く、一か所を除き完全に解読することはできなかった。
「(この部分は初めて読んだけど……まるで明日の出来事を予言しているみたいね……!)」
あまりにも現状と神話の文章が一致していることにも驚いたが、それ以上に気になるのはハッキリと解読できた「シズハ」という名前である。
「シズハ」自体はオリエント人としては珍しくない神話由来の名前だが、他の人名が掠れている中でこれだけ残っているのがやけに引っ掛かった。
「(『造られし者』っておそらくバイオロイドのことよね……まさか、バイオロイドは遥か昔にも存在したというの?)」
もう一つ気になったのは「造られし者」という言葉。
レガリアの知識で真っ先に思い浮かぶのはバイオロイドなのだが、オリエント神話は栖歴という年号が用いられる以前―少なくとも約2100年前に完成したといわれている。
そのような時代に人工生命体が存在したとは考えにくいのだ。
「(まあ、こういうのは詳しい人に任せましょう。搬入作業の確認をして私も寝なくちゃ……)」
原本を書棚へ戻し、電気も消してレガリアは部屋を立ち去るのだった。
結局、搬入作業が終わった時は既に4時を過ぎており、原本の記述を考察していたことも相俟ってレガリアはほとんど眠ることができなかったという。
プロペリングペンシル
日本で言う「シャープペンシル」のこと。
オリエント語圏では普通の鉛筆を指す「ペンシル」との対比で「プロペンシル」と呼ばれる。
ティアオイエツォン
オリエント連邦と周辺国で盛んに行われている伝統的な剣術。
オリエント古語で「実用的な剣技」を意味する。
その名の通りフェンシングや剣道以上に実戦を想定しているのが特徴で、オリエント国防空軍では訓練に取り入れられている。
また、国内の全ての学校に部活動として「ティアオイエツォン部」が設立されており、オリエント人にとっては馴染み深いスポーツといえる。




