【2】スターライガ
栖歴2101年1月、今年最初の中間報告会では大きな成果があった。
戦力の要となるMFの入手にレガリアが成功したのだ。
しかも、彼女はMFだけでなく移動基地として利用可能な艦艇についても入手する手筈を整えていた。
「これが私たちが戦力として運用することになる機体の図面よ」
ノートパソコンを操作していたレガリアが画面をライガのほうへ向ける。
画面にはMFの三面図と「RM5-20 Spiral」という名前が表示されている。
「ほう……オーソドックスな設計の機体だな」
三面図を興味深そうに見つめながらライガが呟く。
「しかし、母さんや軍関係者の知り合いからはこの機体の話は全く聞いてないぞ。軍が発注した機体なのか?」
兵器としての戦術的価値が高いMFの保有は軍によって厳しく制限されており、現在の法律では軍以外によるMFの保有・運用が発覚した場合は重罪に処される可能性がある。
また、MFの開発を企業へ発注するのはオリエント国防空軍以外にあり得ないため、空軍の重鎮であるライガの母親が知らないというのも非常に怪しい。
「うーん、そこの経緯を話すと結構長くなるんだけど……」
レガリアの言葉の歯切れが悪いあたり、結構無茶な手段で機体を確保したらしい。
「自分が乗る予定の機体について全く知らないよりはマシだろ?」
元MFドライバーらしいライガの発言を受け、レガリアは機体を入手した経緯について語り出すのであった。
RM5-20 Spiral―正式名称「RMロックフォード・RM5-20 スパイラル」はRMロックフォード社(以下RMR)がオリエント国防空軍の次期主力機コンペティションに向けて開発した機体である。
量産を想定した機体らしい汎用性と整備性を併せ持ち、性能自体も非常に高かったがコンペティションにおいてはアークバード社の開発した「アークバード・FA20 スターブレイズ」に敗れている。
RMR社が巨額の開発費を回収できず困っていたところをレガリアが1機あたり36億クリエン(1円=1クリエン)で買い取り、ロールアウト済みの8機に関してはレガリアの私有地に搬入されている。
製造中の9機目は組み立てが完了次第輸送される予定である。
なお、機体の割り当てに関しては1号機にレガリア、2号機がライガと既に決定している。
そして、スパイラル最大の特徴は「アドバンスドパック(ADVP)」と呼ばれる専用の換装機構である。
これは元々RMR社が独自開発していたものだが、機体購入と同時にADVPの開発権も得たためレガリアたちが望むパッケージを自由に製造することができる。
もっとも、ADVPを最大限活かすにはこれを設計できるほどの技術者をライガが見つけなければならないのだが。
「こいつは驚いた……こんなハイスペックな機体、軍属じゃなくなった俺たちが使っていいのかよ?」
正直なところ、ライガは骨董品レベルのクラシック機を使うハメになるだろうと考えていた。
カタログスペックを見る限りスパイラルは恐ろしく高性能な機体であり、実戦から長らく離れている状態で短期間のうちに乗りこなせるか心配になってくる。
「私がポケットマネーで買った機体なんだから大丈夫よ」
そう言うとレガリアは笑いながらポンッとライガの肩を叩く。
これだから大金持ちのお嬢様育ちは恐ろしいのだ。
36億クリエンを「ポケットマネー」と言い切る様は「クレイジー」の一言に尽きる。
「それにね、これほど凄い機体を試作機で終わらせるのって……可哀想でしょ」
先程メイド秘書が淹れてくれた紅茶を飲みながらレガリアが独り言のように呟く。
「まあ、可哀想かはともかく、もったいないという気持ちはあるかな」
ADVPについての資料を眺めていたライガも率直な本音を返した。
機体に関する資料を一通り見終わった後、レガリアはもう一つのアタッシュケースから書類の束を取り出し机の上へ広げた。
1枚目にはオリエント国防海軍のマークが描かれている―つまり、この文書は海軍の物である。
「海軍の文書……? 何故お前が持っているんだ?」
「ああ、これは契約書みたいな物だから貴方には関係無いわ。見てもらいたいのはこっち」
ライガはもっともな疑問をレガリアにぶつけるが、彼女は逆に数枚の書類を差し出す。
レガリアが持っていた書類の内容―それは単刀直入にいうと「建造中止となった護衛空母の譲渡」に関するものである。
元々オリエント国防海軍は艦隊再編計画「MP4-22」の一環としてMF運用に特化した艦艇の配備を進めていた。
その前段階として既存の航空巡洋艦や航空戦艦の艦載機を従来のAV-8C ハリアーⅢやF-35B ライトニングⅡといったSTOVL機からスターブレイズへと機種転換している。
MP4-22計画に基づき建造されていた護衛空母「仮称OESCV-1」は世界初のMF専用航空母艦(厳密にはヘリコプターも搭載するが)として華々しく就役するはずであった。
ところが、MP4-22計画の予算見直しによりMF運用能力は従来型軽空母の近代化改修で対応することとなり、OESCV-1は全工程の90%近くまで完了した段階で建造中止となってしまった。
MF運用基地及び地球全土からスペースコロニー群までの全領域を行動可能な移動拠点を欲していたレガリアはOESCV-1に目を付け、「軍艦としては破格の安値」で買い取り密かに建造を進めさせていたのだ。
表向きにはレガリアが所有する民間船舶としてOESCV-1は生まれ変わるが、その実態は「軍属ではない軍艦」に他ならない。
事実、予備役の海軍軍人で構成された乗組員や艦全体に配置されている対空パルスレーザー砲及び近接防御火器システム(CIWS)の存在はもはや言い逃れできないものであった。
「9機の新型MFに航空母艦か……もはや、民間軍事会社というより小さな軍隊だな」
ライガの言う通り、ここまで充実した戦力を持つと民間軍事会社という言葉は相応しくないだろう。
「それは私も同感よ。あと、請け負う仕事に関しては将来的には災害復興なんかにも取り組めればいいな―なんて思っているのだけど」
100年前の隕石災害の影響かは不明だが、21世紀に入ってから地球では異常気象や大地震といった災害が20世紀以前よりも頻発するようになっている。
近年の調査では「年間で最も多く人の命を奪っているのは自然災害である」と結論付けられるほどだ。
恐らく、ライガたちの平時の仕事は災害予防の作業が中心となるであろう。
自然環境を人間が制御する術を得ない限り、自然災害は決して無くならないのである。
「そういう仕事を請け負う会社に『軍事』という単語は不適切だな。俺が一番良い名前を考えてやる」
顎に手を当てて自身の知り得る単語を一つ一つ脳裏へと思い浮かべるライガ。
「……よしっ!」
「そうだ!」
良いアイデアを閃かせたライガを遮るようにレガリアが手を叩く。
「稀代のエースドライバーだった貴方の名声にあやかった名前にしましょう!」
「え、あ……俺のアイデア……」
存在を忘れ去られそうなライガは何とかしようとするが、残念ながらレガリアの耳には届いていない。
「さっき突然閃いたんだけど……『スターライガ』なんてどう?」
「ちょっと待て! それは安直すぎないか!?」
ライガはここにきて深く後悔した。
レガリアのネーミングセンスの酷さを完全に失念していたのだ。
「そう? シンプルだし6文字だし覚えやすいでしょ?」
レガリアはこれでもかと言わんばかりのドヤ顔で「スターライガ」を推してくる。
もっとも、無駄に堅苦しい名前を付けるよりは良いのかもしれない。
認めたくないがライガ自身もある程度同感ではあった。
「分かったよ、その名前で良いよ。今日から俺たちは『スターライガ』のメンバーということだ」
「うん! 私たちは『スターライガ』ね!」
そう言いながらとびきりの笑顔を見せるレガリア。
それに釣られたライガも自然と笑みがこぼれていた。
これが後に「英雄集団」として畏怖と敬意の狭間で生きた「スターライガ」誕生の瞬間である。
クリエン
オリエント連邦及び旧連邦所属国で用いられる共通通貨。
時代にもよるが為替レートは1クリエン=1円程度である。