【26】ミルクの霧の中
オリエント連邦は都市部に人口が集中しており、複数の都市を繋ぐように交通網が発達した歴史を持つ。
逆に言えば人が少ない地区は手付かずの自然が残り、オリエントの独特な生態系を構築しているといえる。
バイオロイドの研究施設跡地と思わしき建物も放棄からさほど年月を経てないにもかかわらず、既に周囲の森へ呑まれつつあった。
「あー、あー……こちら03、各機状況を報告しろ」
ブランデルたちMF隊は研究施設の調査を行っている間、周囲を警戒し部外者を追い返すのが今回の仕事だ。
朝から降っている小雨によって森には霧が発生し、有視界戦闘はほぼ不可能。
巡航さえ難しいこのコンディションでは機上レーダーの索敵能力が要求される。
「こちら06、異常無し」
4機のMF隊は研究施設を中心とする東西南北に配置されており、スパイラル6号機に乗るリゲルは西を担当する。
「こちら07、タイリクオオカミさんの群れがシカを追いかけている以外に目立った動きは無い」
サイヨウ市では出番の無かったルミアは南側で待機している。
サニーズがいたら「け○のフ○ンズを見ている暇があったら仕事しろ!」と叱られるだろう。
「こちら09、視界悪すぎ! バイザーに水滴が付いて何も見えないよ!」
スパイラル9号機を駆るチルドは最も霧が濃い北側のポイントを任されていた。
「落ち着けってチルド。ティアオフシールドが付いているのを忘れたのか?」
ルミアの言うティアオフシールドとは所謂「捨てバイザー」のことで、戦闘中にバイザーが汚れた際に剥がして視界を確保する便利な装備だ。
本来ならMFドライバー用ヘルメットのバイザーは晴天用と雨天用の2種類を使い分けるのだが、チルドのことなのでおそらく晴天用を付けてきてしまったのだろう。
そもそも、風圧を受ければ自動的に水滴が飛んでくれるので、ティアオフシールドを剥がす必要性は薄いのだが。
「あ、そっかぁ。でもまだ剥がす必要は無いかなぁ」
勝手に納得したチルドはさておき、周辺の状況を改めて確認する。
これだけ視界が悪いのなら奇襲が極めて有効な戦術になり得るが、索敵の難しさを考えると攻めも守りも厳しいコンディションと言える。
互いにレーダーを頼りに索敵する以上、運が悪いと肉眼で敵を捉えられない状態で交戦する可能性もある。
「全員異常無しか。とにかく、こういう時は先手を打った方が大きなアドバンテージを築けるから、レーダーから目を離さないようにね」
珍しく前線指揮の大役を任されたブランデルはかなりやる気になっている。
その頃、研究施設の方では地上部隊による調査が始まろうとしていた。
調査開始から数十分が経過したが、敵襲の気配は全く無い。
むしろ、外の景色に変化が無いせいで本当に時が進んでいるのか疑いたくなるレベルだ。
MF隊の面々は警戒こそ怠っていなかったが、スマートフォンを弄り出したり本を読んだりと完全にフリータイムと化していた。
そんな中、20世紀に活躍した伝説のプロボクサーの伝記を読んでいたリゲルは外にいる野生動物の様子がおかしい事に気付いていた。
「(動物たちが一目散に同じ方向へ逃げている……それに、森がやけに静かだな)」
状況を訝しんだ彼女はレーダーを遠距離モードに切り替え索敵を行う。
よく目を凝らしていると、一瞬だけだがMFと思わしき光点が映った。
野生動物が逃げているということは彼らより強大な存在が森の中にいるのだろう。
「みんな、このコンディションで奇襲する命知らずが来るみたいだ。ブランデル、指示は任せたぞ!」
「よし! 全機、迎撃態勢に移行!」
ブランデルの号令とほぼ同時に各所に配置されているMFから雨避け用テントが撤去され、スパイラルを立ち上がらせる。
「目標はあくまでも研究施設の防衛。深追いはしないようにね」
「こちら07、こっちでもレーダーに機影を捉えたぞ」
真っ先に敵に気付いたリゲルは西側ポイントにおり、敵機はこの方角から侵入してくるとみられる。
南側ポイントのルミアからも捕捉できたということは、それだけ距離を詰めてきている証拠だ。
「私とチルドで地上部隊を守るから、リゲルたちで敵機の迎撃は頼む!」
東側ポイントのブランデルはまだハッキリと敵機を捕捉しておらず、その点も考慮し防御側へ回ることを決めた。
「ちょっと待って! アタシも防御側前提で話が進んでない!?」
「お前はすぐ突撃する悪癖があるから前線に出せねえな」
メンバーの割り当てに反論するチルドをルミアは軽く一蹴する。
「ぐぬぬ、アタイはその辺バッチリなのよ!」
「……何がバッチリかは知らんが、早くポジションに付け。敵は待ってくれんぞ」
「あ、はい……」
別に怒っていたワケではないものの、リゲルの一声にチルドは思わず萎縮してしまった。
「(本当ならリゲルに前線指揮を任せるべきだったかなあ)」
やり取りを聞いていたブランデルは心中でそう呟きつつ、指揮官として指示を下す。
「全機、ポジションに付き次第交戦を許可する。そして必ず無事に帰ってくること、いいね?」
「06、了解」
「07、了解!」
「こちら09、了解!」
敵機の迎撃を任された6号機と7号機は濃霧の中へ消え、3号機と9号機は研究施設付近へと移動するのだった。




