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【1】星の生まれた日

真っ昼間とは思えない寒さに耐えきれず、ついに「彼女」は暖房のリモコンへ手を伸ばす。


ユーラシア大陸の北部―ウラル山脈を境目にロシア共和国と隣接する「オリエント連邦」は亜寒帯に属する寒冷な気候の国家である。

それに加え20世紀末の隕石災害がもたらした気候変動により9月になると急激に季節が秋へ移り、10月末には温暖な南部を除き積雪が観測され始める。

オリエントの冬は非常に長く、北極海沿岸地域では4月まで雪が残ることも珍しくない。


地理的にもオリエントは独特な環境を持っている。

そもそもオリエント連邦はかつての災害における最大規模のクレーター「カニンガム・クレーター」の内部とその周辺に築かれた国家であり、日本や欧米諸国では「オリエントは流星に跨ってやって来た」という都市伝説が冗談交じりに語られている。

―それはともかく、西のウラル山脈に北の北極海、隕石災害で生まれた東のヴェールヌイ山脈や南のペレス海に加えて世界線により周辺国から隔絶されていたオリエントは独自の文化を育める環境にあったといえる。


「(ふうむ……このペースなら11月末には前年の収入を上回りそうね)」

大企業の社長室にありそうな立派な机に書類とノートパソコンを広げ、それらを真剣な表情で見つめる女性―レガリア・シャルラハロートがいる。

壁に掛けられた数多くの勲章が彼女の只者ならざる経歴を物語っていた。


数十年前、レガリアはオリエント連邦の正規軍であるオリエント国防空軍に所属していた。

運悪く彼女の入隊と同時期にフロリア星人残党による武力蜂起が発生し、新兵たちも実戦へと駆り出されることとなる。

残党との戦いは熾烈を極めたが、レガリアはモビルフォーミュラ(MF)の操縦者(ドライバー)として頭角を現し、最終的に撃墜数トップの記録と「紅の戦乙女(スカーレット・ワルキューレ)」という異名を残し軍を除隊した。

戦争とはいえ数多くの命を奪った自らの行いに恐れを抱いたためだった。


除隊後、莫大な額の退職手当を元手にビジネスを始めたレガリアは瞬く間に成功を収め、今や世界一の総資産を持つ億万長者となった。

オリエントの美しい自然を活かしたホテル事業参入を皮切りに格安航空会社創業、国内サッカークラブ買収、F1グランプリの開催誘致といった様々な事業へ手を付け成功したが、ただ一つだけ参入するか否かを悩んでいる事業があった。


近年再注目され始めた軍需産業である。


幸いオリエント連邦は世界有数の軍需企業を複数社抱えているだけでなく、正規軍の規模が大きいことから予備役の兵士も非常に多いため、機材と人材の両方がすぐに揃えられる。

つまり、民間軍事会社を立ち上げるにはもってこいの環境であるということだ。


だが、レガリア自身が気持ちに整理を付けるのは容易い事ではない。

そこで彼女は思い切ってかつての戦友へ相談するのであった。


ライガ・ダーステイ。

オリエント国防軍で現代戦史を学んでいるのなら知らぬ者のいない伝説のエースドライバーで、フロリア残党による武力蜂起時は撃墜数1位の記録を残した。

当時の基地司令に実母のレティ・シルバーストン少将(現オリエント国防空軍大将)がいるという恵まれた環境ではあったが、無事に戦い抜けたのは紛れも無くライガ自身の実力だった。

レガリアとは高校時代からの長い付き合いであり、空軍でも同じ部隊で共に戦っていた。

退役したライガは人口の90%以上を女性が占めるオリエント連邦における男性の地位向上を目指した活動を行っており、その成果は着実に社会へ現れていた。


「もしもし……レガリア? 久しぶりだな」

一日の予定を終え、従軍時代に贈呈された自宅でくつろいでいたライガはレガリアからの電話でたたき起こされていた。

もっとも、彼はその程度のことで不機嫌になるほど短気な男ではない。

むしろ、久々に親友の声を聞けて嬉しいほどだ。

「ええ、電話越しとはいえ一対一で話すのは数十年ぶりかしら」

「……数十年ぶりに電話をしてきたんだ。何か重要な話でもあるんだろ? 言ってみろ」

ライガの理解の良さに感心しつつ、レガリアは早速話の本題を切り出す。

「共同でビジネスを立ち上げてみない?」

しばしの沈黙の後、ライガが反応する。

「……えっ?」

話にあまり付いてこれていないようだが、レガリアは構わず話を進める。

「無論、私たちの経験を最大限活かせる分野よ」

「俺でいいのか? もっと、こう……ビジネスパートナーに適している相手がいるだろ?」

レガリアを手伝ってあげたいという気持ちは確かにある。

しかし、ビジネスの事など全く知らないライガは彼女の足を引っ張らないか不安を抱いていた。

「むしろ貴方の名声や人脈が無いと成り立たないわよ」

「俺の? ちなみに参入する分野って何なんだ? これを最初に聞くべきだったんだが」

次々と浮かび上がる疑問を一旦押さえ、ライガはレガリアへ尋ねる。

「軍需産業。私が始めようと思っているのは民間軍事会社よ」

まるで質問を予想していたかの如くレガリアは即答する。

「民間軍事会社!? お前……あんなに退役する時『殺し合うのは沢山だ』って言ってたじゃないか!」

レガリアは学生時代から「優しい」と評されていた性格の持ち主である。

そんな彼女が「戦場に戻る」と言い出すとはさすがのライガも信じられなかった。

「いえ、私はあくまでも経営者としての立場にとどまるつもりよ。貴方にも『上の人間』としての役割を求めているのだけど―」

どうやらレガリアはまだ悩んでいるらしい―。

そう直感したライガは思い切って自身の考えを切り出す。

「……トップに立つ人間が悩んでたら、下の連中は仕事に手が付かねえだろ。ずっと悩んでいるぐらいなら俺がお前の『槍』になってやる」

「ライガ……!」

レガリアはハッとしたかのように顔を上げ、一旦深呼吸し心を落ち着かせる。

「俺はデスクワークよりも体を動かすほうが性に合うのさ」

「ふふっ……確かに、貴方が書類をじっくり見る姿は想像できないかもね」

互いに重たかった雰囲気から解放され、ようやく昔のように言葉を交わせるようになる。

そこからの話し合いは有意義且つ非常に早く進んだのであった。


電話越しの話し合いや直接会って討論を行った結果、レガリアが機材や資金の調達、ライガは人材確保を担当することとなった。

1ヶ月後の中間報告会に備え、両者は成果を挙げるべくオリエント国内を東奔西走するのだった。

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