【18】蛍光の輝き(前編)
「久しぶりね、リゲル。元気にしてたみたいで良かった」
「体の丈夫さが取り柄だからね。君も昔と変わらないみたいで何よりだ」
久々に再会したサニーズとリゲルはグータッチで喜びを分かち合う。
元々この道場はリゲルの師匠が所有していた物だが、彼女は「私より強い人に会いに行く」と言って修行の旅に出てしまったため、現在はリゲルが師範代を務めている。
「何だそりゃ? アンタの師匠ってまるで格ゲーの主人公だね?」
「全くだよ! 師匠と殴り合って勝てるヤツなんて世界に何人いるんだろうな?」
二人はしばらく笑っていたが、やがてリゲルは真面目な表情で言葉を続けた。
「まあ、武術ってのは人殺しに使うのではなく、彼我の被害を最小限にとどめつつ勝敗を決するのが目的だ。銃や剣の究極的な目標は相手の命を奪うことだが、武術には『それ以上の事』ができると僕は信じている」
人類の戦争は時代が進むにしたがって凄惨となり、兵士たちと同じくらい非戦闘員も死と隣り合わせのリスクを背負うようになった。
これは人類の扱う武器が棍棒や弓矢といった物から戦車や航空機のような「広範囲を効率良く」攻撃できる兵器へ進化し、「敵を黙らせる」にはあまりにも過剰な攻撃力を手に入れたからである。
そして、技術革新はボタン一つで核ミサイルを発射して億単位の命を一瞬で奪う領域へ至り、「その立場」にいる者が自らの手を血で汚す必要性は薄れた。
だが、「その立場」の者が命の重さを知らないのはいけない。
「人を殺せ」と命令するのはとても簡単な話だが、実行する人にとっては途轍もない苦痛となり得る。
もし、「武器を一切使わず自らの拳で人を殴り殺せ」と言われた時、どれだけの人間が実行し「人が死ぬ感触」に耐えられるだろうか?
軍人として敵を討つ経験をしたリゲルは一時期戦うことに迷いを抱いたが、師匠との修行により「戦士の本懐」に目覚め、それ以降彼女は自らの肉体と精神力を最強且つ最高の武器とするようになった。
無論、MFに乗る場合はそうも言ってられないが、修行を終えてからはなるべく武装を使わず徒手空拳で戦う戦闘スタイルに切り替えている。
純粋な攻撃力では武装使用時に劣るものの、周囲への被害を抑えやすい徒手空拳自体は状況次第で有効な戦法となり得る。
徒手空拳はMFが人型を採用したからこそ戦法として市民権を得ているのだ。
「……なるほど、そういう考えもあるか」
リゲルの話を聞いていたサニーズは彼女に一定の理解を示す。
ほとんどの人は可能ならば相手を殺めることの無い人生を望んでいるだろう。
或いは職業柄無益な殺生を避けるよう心掛けているかもしれない。
だが、世の中には快楽や利益、「誰でもいい」という理由だけで命を奪う輩がいる。
スターライガが戦うべき本当の敵はそういった「命の重さを知らない者」である。
そういったヤツには死を以って教えなければならないのだ。
「チカラを持つことは大切だよ。正しく扱えば自分の身を守ったり相手を助けることができる。チカラを持たないことは存在しないのと何ら変わり無いからね」
リゲルの言う「チカラ」とは体力以外にも権力や財力など諸々のことを指す。
強靭な精神力も十分「チカラ」に含まれるだろう。
そういった誇れる何かは自分や相手を助け、いずれ大成させるに違いない。
「そうね、チカラは持ったうえで正しく扱ってこそ初めて価値が生まれると言うから」
「僕は武術を子どもたちに教え、『チカラ』を持つことの意味と正しい扱い方を学んでほしいと思っている」
「ほぅ、その考え方は教師として共感するところがあるな」
本来の目的を忘れて雑談に講じていた時、銃弾の雨が二人のいる部屋を貫いた。
幸運なことに銃撃は命中しなかったが、部屋の壁や家具はすっかり滅茶苦茶になってしまった。
「なんだっ!? どうした!?」
「間違い無い、バイオロイドだ! クソッタレめ!」
リゲルとサニーズは警戒しつつ裏口から外へ出る。
「リゲル、アンタはどうせ素手だろ? 私は念のためハンドガンを持ってるから、先に行くよ」
「ああ、頼む」
ハンドガンの安全装置を解除し、サニーズはドアに身を隠しつつ周囲の様子を窺う。
そこで彼女が見たのは信じられない光景であった。
遡ること十数分前、3体のバイオロイドが道場へやって来た。
そして、偶然にも同じタイミングでランニングを終えた子どもたちが帰ってくる。
「こんにちはー。お姉さんたち、道場に何か御用ですか?」
バイオロイドの脅威を知らない子どもたちは不用心にも声を掛けてしまう。
次の瞬間、バイオロイドは一人の子どもを無理矢理引き寄せて銃を突き付け、仲間たちへ攻撃を命令したのだった。
過去の戦闘結果からMFをいきなり投入すると警戒されると判断され、今回は白兵戦で先に脅威を排除する作戦に出たらしい。
とにかく、人質に取られている子どもをどうにかして助け出さなければならない。
だが、MFに乗ってくるであろうライガを援軍として呼ぶのは無理がある。
流石に彼の技量でも生身の人間を正確に狙うのは困難だろうし、下手にMFを投入したら相手が強硬手段に出る可能性も否定できない。
つまり、より確実に事を進めるにはサニーズの射撃能力に頼るしかないのだ。
「どうする、サニーズ? この距離からハンドガンで正確にヘッドショットできるのかい?」
「目測で20mぐらいか。不可能ではないけど、確実性には欠けるとみた」
ちゃんとした訓練を受けた兵士や警官ならこの状況でも正確に命中させるかもしれないが、最低限の扱いしか学んでいないサニーズに同程度の命中精度を要求するのは酷だろう。
そもそも、MFの火器管制システムがもたらす高度な電子制御に慣れた彼女はまともに射撃できないかもしれない。
「だが、やるしかないだろう。あの娘は何も悪くないんだぞ」
「その通りだけど、ちょっと待って」
そう言うとサニーズは道場の外に広がる林を指差した。
一見すると何も無いように見えるが、彼女は林の中から「敵意」のようなモノを感じていた。
「……やけに静かだ。普段の雑木林とは雰囲気が異なるな」
どうやら、リゲルも林に潜む「敵意」を把握しているらしい。
「うむ、雑木林のほうは僕が調べよう。君はあっちの敵を頼む」
「ええ、何とかしてみせる」
お互いに頷くと、リゲルは林の中へ姿を消していった。
残ったサニーズは安全装置の解除を再確認し、ハンドガンを握り締めながら好機を窺うのだった。