【16】MOVE ME
「げっ……完全包囲とは参ったねこりゃ」
ライガに促され逃げたのはよかったが、しばらく走った所でルミアは2機のユーケディウムに取り囲まれてしまった。
バイクの小回りを活かせば一瞬の隙を突いて逃げれる可能性もあるが、バイオロイドたちがそんなマヌケなことを許すとは考えにくい。
ユーケディウムのマニピュレータがルミアを捕らえようとした時、一条の蒼い光線がコックピットを貫いていく。
敵機がレーザーライフルの有効射程に入った瞬間、ライガは反射的にトリガーを引いていた。
この距離で正確にコックピットへ命中するとは、正直なところ彼自身が一番驚いていた。
「(おいおい、俺でも狙撃できちゃったぜ。ルミアが蒸発してないといいんだがな)」
とはいえ、敵機を撃墜したという事実に何ら変わりはない。
この間に一気に距離を詰め、ビームソードを抜刀し残った敵機へ斬撃を仕掛ける。
敵機も素早く反応してビームブレードへ持ち替え、スパイラル2号機とユーケディウムは鍔迫り合い状態となる。
「(早く逃げろよルミア! 護衛しながら戦うのはしんどいんだぞ!)」
ライガの思いが通じたのか、ルミアはユーケディウムが吹き飛ばしたバイクに跨ろうとしていた。
だが、彼女は腕で×印を作り首を横に振っている。
どうやら吹き飛ばされた際のダメージで走れないらしい。
「(おいおい、こういう時に冗談だろ? まあ、とにかくこいつらを引き付けつつサニーズと合流だな)」
戦場においては状況に応じて素早く判断を行うのが重要である。
斬撃の応酬を繰り返しながらライガ機はじりじりと後退し、ダム付近で敵機と戦っているであろう相方との合流を目指す。
再び増援が来ない限りルミアを心配する必要はあまり無いだろう。
一方、敵機を消耗させるためにあえて守りを重視した戦いを続けていたサニーズも相方からの通信を機に一転攻勢を開始する。
彼女が駆るスパイラル8号機には高機動戦闘用のADVP「ハイマニューバパック」が装備されており、際立った運動性とサニーズの技量はバイオロイドたちを苛立たせるのに十分であった。
そして、痺れを切らした1機がついに攻撃を仕掛けてくる。
だが、サニーズは冷静に回避運動を行いつつシールドを空中へ放り投げた。
冷静さを欠いていた敵機は彼女の予想通りシールドへ気が逸れてしまう。
その間に敵機の死角へ回り込み、アサルトライフルを構えて攻撃のチャンスを待つ。
敵機がようやくシールドの意図に気付いた時、サニーズ機のアサルトライフルは既に火を噴きユーケディウムを蜂の巣にしていた。
敵機を引き付けつつダムへ近付いたライガはついに反撃へ転じた。
可能ならば敵機同士が合流する前に片を付けてしまいたい。
そのため、ライガはアグレッシブに攻める戦法へ切り替えて敵機を畳み掛ける。
本気になった彼の連続攻撃は凄まじく、バイオロイドの反応速度でもついていけないほどのコンボで追い詰めていく。
そして、とうとう攻撃を捌き損ねたユーケディウムの右手がビームブレードごと斬り落とされてしまった。
「(一撃だ、一撃で決めてやるよ!)」
敵機が一瞬だけ硬直したのを見逃さず、機体をジャンプさせ強烈なキックをコックピットへ叩き込む。
機能停止を確認したらスラスター推力を上げて素早く離脱し、誘爆などに巻き込まれるのを防ぐ。
今回はE-OSドライヴなどを傷付けなかったため誘爆のリスクは無かったが、戦場で生き残るには細かい心配りや「ちょっとした運」が必要なのだ。
「サニーズ! そっちの敵は仕留められそうか?」
「そうだな、もうそろそろ終わりにするか。貴様はルミアを拾って退避しろ」
「退避ぃ?」
「いつバイオロイドが湧くか分からん以上、数が減っているうちに逃げるべきだ」
これまで戦ったバイオロイドの大半は殺害しているはずだが、数が減っているという感じは全くしない。
人工生命体らしいので「生産」すれば欠員は補えるのだろうが、それが可能なら最初から数でスターライガを圧倒するべきであった。
おそらく、バイオロイドの究極的な目標にスターライガ討伐は含まれていないのだろう。
「……お前の言うことに一理あるな。よし、増援が来ないうちに引き上げるとしよう」
「ああ、だが鬱陶しい『蝿』を追い払ってからだな」
じつはライガと通信をしている間にもサニーズは敵機とドッグファイトを続けており、会話に集中しながら攻撃もひたすら回避していた。
元々負けず嫌いな彼女は一方的に攻撃される状況へフラストレーションを感じ、通信を切ると反撃へ転じる。
敵機が放つマイクロミサイルの弾幕をマニューバで回避し、バックパックのチャフ・フレアディスペンサーからデコイを散布することで一時的にマイクロミサイルを封じる。
スパイラル8号機は元々誘導兵器が装備されていないため、自身のデコイによるデメリットはほとんど無い。
一方、ユーケディウムが持つ最も長射程な武器はマイクロミサイルとみられ、否が応でも相手の得意レンジへ引き込まれるのは非常にマズい。
接近戦へ持ち込む際の懸念であったマイクロミサイルが封じられたことでサニーズ機は一気に敵機へ肉薄し、数度の鍔迫り合いを経て一刀両断してみせた。
「くだらん戦いだったが、まあいい。今のうちにルミアを見つけて撤退しよう」
卓越した技量を持つサニーズにとってたった数コンタクトで倒せる敵など雑魚以外の何物でもないが、とりあえず今は「仕事」を終えるのが先決である。
「俺が本人を拾うから、お前は彼女のバイクを持って行ってやれ」
「……壊したの?」
「『壊した』んじゃなくて『壊された』んだよ。俺は悪くない」
そういった会話を繰り返しながらルミア(とバイク)を拾いスターライガは帰路に就く。
肝心な人材確保は失敗したが、ADVPの実戦データを得られたのは非常に大きい。
これでスパイラルの改良が一層進み、バイオロイドとの戦いを有利に進められるだろう。
だが、スケジュールの都合上スターライガはヴワル市に戻らず、最低限の補給を済ませてからヴォヤージュ市へ向かうことになる。
バイオロイド及び急速に戦力を充実させていくスターライガへ若干の危機感を覚えたオリエント国防空軍はついに本格的な対策へ乗り出すことになった。
現時点では過度に刺激を与えないよう、少数編成による特別部隊を対策にあてる。
「―任務内容は以上です。貴官たちの幸運を祈ります」
司令室に呼び出した3人のMFドライバーを見ながらレティはこう告げる。
それに対し隊長と思わしき女性が敬礼を返す。
「はっ! 総司令部直属部隊として必ずや任務を成功させます!」
隊長―オリエント国防空軍少佐であるエレナ・トムツェックは力強く上官へ応えるのだった。