【15】THE RIDE(後編)
「そういやさ、バイオロイドの『親玉』は国際科学サミットを襲撃するって宣言してたが、お前達はキョウトまで科学者様を助けに行かないのか?」
道中のグロサリーストアで休憩していた時、唐突にルミアが話題を振る。
日本・京都で開催される国際科学サミットは中止も噂されていたが、最終的に「テロリズムに屈しない」という意思表明のため強行することが決まったという。
それを知ったライガは心底呆れた。
バイオロイドの真意はサミットに参加する科学者を皆殺しにすることでしかないのに、彼らは京都に留まり逃げるチャンスを失ったのだ。
「行きたくても少々厳しいな。他国のPMCをわざわざ呼ぶとは思えんし、装備をニッポンの気候に調整する余裕もあまり無い。ま、結論としてユーラシア大陸を横断してまで遠出する必要は無いということになった」
もっとも、日本へ赴かない最大の要因は単なる戦力不足である。
現状ではライガ、シャルラハロート姉妹、メイヤ、サニーズの5人しか戦力として計上できない以上、迂闊に長距離遠征を行うのはリスクが高いと判断したからだ。
「なるほどな。さて、もうそろそろ出発するか! のんびりしてると町へ帰る前に日が暮れるかもしれんからな」
納得したルミアがバイクに跨り道路へ出ると、ライガの乗る車もそれに付いていく。
それを見ていた一般人は駐車場の目立たない所へ移動し通信機を取り出した。
「こちらNo.32、ターゲットとエスコートの再移動を確認。約10分の停車時間を考慮して進撃するようMF隊へ通達願う」
「了解、No.32は急いで帰還し次のミッションへ備えよ」
この一般人……実は目立たないよう変装したバイオロイドだったのだ。
グロサリーストアからしばらく走るとカルロヴァンダムの壮観な姿が見えてくる。
展望所の駐車場までは少し距離があるが、そこまで行かずとも十分なほどダムを眺めることができる。
だが、前を走るルミアはダムではなく空の方を何回も指差している。
ライガがそちらへ視線を移すと2つの物体が飛行していた。
最初は鳥かと思ったが、この距離で形が分かるほど巨大な種がいるとは考えにくい。
「(鳥にしてはデカいし数も少なすぎる……まさか、上空から俺たちを探しているのか!?)」
そう考えていた次の瞬間、道路の横に広がる森から大きな黒い影が現れ、ライガたちの行く手を遮るように道路上で立ち塞がる。
「っ……!!」
急ブレーキを掛けたルミアのYRZはハイサイドが発生しライダーを放り投げようとするが、彼女は何とか持ちこたえ黒い影―ユーケディウムの目と鼻の先で停車した。
「危なかった……って、生身の人間に銃口を向けるとはマジで勘弁してくれよ!」
ユーケディウムの構えるアサルトライフルの銃口は完全にルミアを捉えていた。
この距離で生身の人間に直撃したらミンチどころの話では済まされない。
「下がれルミアっ!! 奴らの狙いはお前だ!」
ライガは運転席から身を乗り出しルミアへ向かって叫ぶと、その状態のまま護身用ハンドガンを構えて応戦する。
威嚇のためにコックピット付近を狙って数発射撃するが、ハンドガンの小口径弾ではMFの装甲へ傷一つ与えられない。
「(頼むぜサニーズ……もうそろそろ来てもらわないと持たないぞ!)」
ライガが威嚇射撃をした隙を突いてルミアは退避を図るが、ユーケディウムは固定式機関砲の銃撃でそれを阻もうとする。
幸い動きの速いルミアに命中することは無かったが、道路がしばらく通行止めになりそうなほどの弾痕が穿たれてしまった。
ターゲットを見失いそうになったユーケディウムはライガを放置して動き出そうとしたが、上空からの銃撃がそれを阻んだ。
「(しまった……少し来るのが遅かったか?)」
サニーズの搭乗機となったスパイラル8号機はMFの長距離移動を支援する「フライングスイーパー」の上に乗り援護射撃を行っていた。
フライングスイーパーはMF2機を搭載した状態で飛行可能な全翼機型支援ユニットであり、MFと同規格のスラスターを用いることでSTOVL(短距離垂直離着陸)能力を得て運用の幅を広げている。
搭載する2機のMFのうち片方は上部デッキに固定されるが、もう片方は胴体内部に格納され必要に応じて投下する。
「(ライガの車ってあの白いのだよな……よし、近くに降下してやるか!)」
サニーズはフライングスイーパーの自動操縦をタイマー設定し、次に格納されているスパイラル2号機を持ち主の近くへ投下させる。
スパイラルはスターライガメンバーの携帯電話の電波を拾うことで目標位置を算出する「トラッキング」と呼ばれる機能を備えており、これにGPSを組み合わせると最適な位置へ自動で機体を送り届けることができる。
この「オートマティックエアボーン」を用いれば今ライガがいるような複雑な地形の場所にも自動で機体が向かってくれるというワケである。
2号機の投下を確認後、今度はサニーズの乗る8号機が自ら飛び出す。
それからコンマ数秒遅れてフライングスイーパーは自動操縦へ移行し、ヴォヤージュ市の方向へ帰って行った。
サニーズ機は少しでも敵機をライガから引き離すためにアサルトライフルで射撃しつつ降下する。
敵機の反撃を最小限の回避運動でかわし、浮上したところへ飛び掛かり共に斜面を滑り落ちていく。
その間にもサニーズは攻撃の手を緩めず固定式機関砲を使用しダメージを与える。
そして、渓谷の底まで辿り着き反撃しようとする敵機を押さえつけ、躊躇無くビームソードをコックピットへ突き立てた。
サニーズが敵機の目を引き付けている間、ライガは投下された愛機へと乗り込む。
コックピットに固定されていたヘルメットを被りつつ機体を起動すると、レーダーに表示されている敵機の数が増えていた。
渓谷の底でサニーズが仕留めた1機は消滅していたが、別の方角―ルミアが退避した方向に光点が2つ表示されているのだ。
それ以外にも最初に目視確認した2機がダム方面から味方へ合流しようとしているのがレーダー上で分かる。
「サニーズ、ダム方面から来る連中を足止めしろ!」
「待て! 貴様はどこに行くつもりだ!?」
「ルミアを逃がした方向に敵機が待ち伏せしてやがる! そっちをどうにかしないと!」
彼女の説得に失敗するだけならともかく、万が一にも戦闘へ巻き込んで死なせたりしたらライガの責任能力が問われてしまう。
それに、軍人時代に数多くの戦友を喪った彼は元同僚が死ぬ姿など決して見たくないのだ。
「……よし、ダム方面から来る奴らはこっちで片付けてやる。早くルミアを助けてやれ!」
「頼んだぜ、お前もあまり無理はするなよ!」
援護してくれるサニーズに感謝しつつ、ライガは愛機のスラスターを全開にして道路を駆け抜けるのであった。