【13】インターミッション
サニーメルでの戦いの後始末を終え、ライガたち4人組は情報交換のためヴワル市のシャルラハロート邸へ戻ってきた。
スワ市へ向かったレガリアもじきに到着するとメイヤから伝えられたため、ライガはリリーの様子を見に行くのだった。
シャルラハロート邸で保護されていたリリーの生活は酷く退屈なモノであったが、たった一つだけ素晴らしい楽しみを見つけていた。
「それ」は客人用ベッドルームの一つを改装して設置されている。
ライガは「それ」についてほとんど知らされておらず、実物が稼働しているのを見るのはこれが初めてであった。
「ほう……これは随分と金の掛かったシミュレーターだな」
近年はコンピュータの処理能力が向上し、ソフトウェアの開発ノウハウも蓄積されたことで高度なシミュレーターは「現実」と何ら遜色無いほどの再現度を誇っている。
オリエント国防空軍が所有するMFシミュレーターは実機を使うまでもない適性検査や初等訓練で使用されるほか、民間向けのイベントで一般人が体験できるよう貸し出されることも多い。
レガリアがドライバー復帰のために用意したと思われるこのシミュレーターは、軍用の物と同規格の非常に高性能且つ高コストな代物と思われる。
さらに驚くのは彼女がこれを2基も所有し、安定した同時稼働を可能とする環境を実現している点であった。
「これね、すっごく楽しいよ! でも……」
上機嫌だったリリーが急に不安そうに顔を俯かせる。
「でも?」
「MFシミュレーターってこんなに簡単で、リリーみたいな素人がすぐにクリアできていいのかなって……」
何を言い出すのかと思えば彼女はサラリとトンデモないことを口にした。
「おいおい、冗談を言うな」
「へ?」
シミュレーターの設定画面を見ていたライガは難易度表示をしつこく指し示す。
「最高難易度且つアシスト一切無し、そのうえお前がやっていたモードは軍が実際に訓練で使うヤツだ。それを簡単と言い切るとはちょっと異常だな」
「えっ、それは……」
この反応を見る限り、どうやらリリーはシミュレーターの設定を一切知らされていなかったらしい。
とにかく、彼女のプレイが気になったライガはリプレイ機能で実際に確認してみる。
スローモーション機能で細かい動き、データロガーで操縦桿やペダルの操作までしっかり分析した末に彼が出した結論は次のとおりだった。
「うーん、少々荒削りなのは否めないが難易度を考慮すると驚異的な才能を秘めているのは間違い無いな。その点は俺が保障するし、レガリアの奴も同意するだろう」
というより、レガリアがリリーにシミュレーターを遊ばせていたのは最初からこれ―新たな才能の発掘が目的だったのではないだろうか。
彼女は決して無駄な行動はしない……その行動には常に何かしらの意味や意図が存在するからだ。
「じゃあ……いつかはリリーも君と一緒に本物のMFに乗れるの?」
「まあ、それとこれとじゃ話は―」
その時、ライガとリリーの携帯電話がほぼ同時に着信音を鳴らした。
二人は苦笑いしつつも通話のため互いに部屋を離れるのだった。
「もしもし……ああ、母さんか。大丈夫、僕は元気にしているよ」
ライガへ電話を掛けてきたのは彼の母であるレティ・シルバーストンだった。
「……分かった、その日は家に戻るから。うん、それじゃ」
話の内容は別に大したことではない。
ただ、二人でじっくり話し合いたいので久々に家族で食事でもしないかという誘いであった。
一方、リリーは警察から電話を受けていた。
「何ですって!? あの娘が一体何をしたって言うんですか!」
警察からの電話の内容―それはリリーの双子の妹であるサレナが身柄を拘束されたというものだった。
そして、その理由として警察は「バイオロイドと容姿が瓜二つであり、関係性が指摘されているため」といった趣旨の発言をしている。
当然、リリーは納得しなかった。
「あのさぁ……貴女たちは指名手配犯に似ている人がいたら『疑わしいから捕まえろ』っていうの? だとしたら一体何のために捜査とかしてるのよ!?」
怒鳴るリリーに対し警察は「信頼性の高い情報が匿名で送られてきた」と反論するが、それを聞いた彼女はますます憤る。
「匿名!? その時点で信頼性もクソも無いわよ! 名前を明かさない奴なんて絶対悪い事考えてるんだから!」
結局、妹が拘束された理由についてはぐらかされたまま電話は切られてしまった。
「(何というか、久々にライガと会ってから厄介事の連続のような気が……いや、どちらかというと私が火種を運んでるのかなあ……)」
そう思いながらも発生した問題について話し合うべく、リリーはライガたちの所へ戻るのだった。
同じ頃、スワ市へ出張から戻ってきたレガリアもちょっとした厄介事に巻き込まれていた。
彼女がロサノヴァ・コンチェルトをスカウトしたことを「父親」であるサニーズが批判したからだ。
女性同士で生殖が可能なオリエント人においては一般的に「子どもを産んだ方」が母親、もう片方が父親として世間では扱われる。
「別に私のことは構わないが、娘を貴様の『商売』に巻き込むのはやめろ!」
周囲の者たちは最初サニーズを止めようとしたが、彼女の剣幕に押され後ずさりせざるを得なかった。
「やめないわ。ロサノヴァとは既に契約を交わしているし、彼女もスターライガの理念に賛同してくれているもの」
レガリアは契約などを盾に反論するが、サニーズの怒りは収まるどころか逆にヒートアップしていく。
「契約ぅ!? そんなモノ、私は初めて聞いたがな!」
「自分の仕事のことを親に話す必要も無いでしょう? 所謂『守秘義務』というものよ」
苛立ちの増したサニーズはついにレガリアの胸倉を掴むという暴挙に出たが、レガリアはあくまでも冷静に対応する。
「それに、人の機体を勝手に使った奴にどうこう言われるのは……ハッキリ言って不愉快なの!」
ここまで大人しくしていたレガリアがサニーズの腕を強く掴み、自身の胸倉から引き離した。
華奢な容姿と裏腹に彼女の握力は相当強いため、流石のサニーズも表情が苦痛で歪む。
「スパイラル……だったか? 私がアレに乗らなかったら貴様の妹はあの世逝きだったかもしれないのに感謝の言葉も無しとは……随分とイイ御身分だな」
「あら、その点に関しては感謝しているわよ。ありがとう、ブランに代わって礼を言うわ」
レガリアのその言葉を聞き、サニーズは呆れたように首を横に振る。
「奴からは今度パブで奢ってもらう約束を取り付けたからな。今更だが気にしてはいない」
その直後、サニーズに一枚の紙が手渡される。
「何だこれ……請求書?」
請求書を確認していくうちに彼女の表情がどんどん凍り付いていく。
「サニーメルで戦った時に消費した弾薬と推進剤の金を払えだと!? しかも高くないか!?」
機体を運用するのに必要な出費は基本的に経費で落とせるが、今回のスパイラル1号機は上の許可無しに動かしたため経費が出なかった。
もっとも、経費を出すか否かの最終判断はレガリアに委ねられているため、弁償しろというのは建前に過ぎず実際は単にサニーズをスターライガへ引き込むための方策でしかない。
正直な話、MF1機を動かすのに必要な出費はレガリアのポケットマネーで十分賄えるのだから。
「貴女の腕なら1~2回の出撃で稼ぎ出せる額だと思うけどね」
実業家として安定した収入を持つシャルラハロート姉妹やレガリアに雇用されているメイヤは原則として「スターライガからの賃金」は得られない。
一方、ライガは撃墜スコア毎に賃金を得る出来高制+基本給が収入となっており、スターライガと契約していないサニーズはこれから基本給を引いた給与計算が採用される。
「1~2回ぐらいなら……まあ、手伝ってやっても構わんが」
結局、何だかんだ言いつつ彼女は短期間スターライガの「仕事」を手伝ってくれることになった。
必要な手続きを済ませた後、別れ際にレガリアはこう言い残す。
「そうそう、私はスターライガを貴女の言う『商売』として捉えている面もあるけど、『彼』は純粋に『信念』だと信じているから」
この時点では彼女の言葉をサニーズは理解できなかったが、ずっと後になってその意味を知ることとなる。
翌々日、作戦会議を終えたスターライガの面々は与えられた仕事を果たすべく行動を開始した。
ライガとサニーズは新たな人材を獲得するため、西部の都市であるセントハイムとヴィルヌーヴへ向かう。
レガリアとブランデルは人脈とコネを用いてサレナ救出作戦の立案及び準備を行う。
そして、リリーはメイヤ指導の下で本格的にMFドライバーとしての訓練を積むこととなった。