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【10】50年ぶりの再会

スプリングフィールド市の一件から約1週間後、ライガは新たな人材を得るためにオリエント連邦北東部の都市サニーメルを訪れていた。

北極海沿岸部に位置するサニーメル市はヴワル市以上に冷涼な気候であり、5月末にもかかわらず厚手の上着を手放せないほど寒い。

現地住民ならともかく、ヴワル市南部出身のライガにとって堪える寒さであることは間違い無い。

彼が寒いのを我慢してこの地までやって来たのは、かつての戦友2人が結婚して暮らしているためだ。


一人の名前はサニーズ・コンチェルトという。

彼女はライガやレガリアと同期で軍へ入隊し、当時は彼らと共に「若手三羽烏(スリークロウ)」の一角として将来エースドライバーとなることを期待されていた。

そして、フロリア星人残党との戦いでは上層部の予想を上回る戦果を短期間のうちに挙げ、妖精を彷彿とさせる美しい機動(マニューバ)と格闘戦重視の戦闘スタイルから「エルフナイト(妖精騎士)」という異名で呼ばれていた。

一連の戦いにおける最終撃墜数は61機+艦艇2隻を数え、これは55機+艦艇3隻のライガを超え64機+艦艇4隻のレガリアに匹敵するスコアである。

国防空軍の現役ドライバーで彼女らと並ぶ撃墜数を持つ者は存在しない。

戦後もサニーズは軍に残っていたが、結婚を機に退役し現在は故郷サニーメルの中学校で教師として働いているらしい。

サニーズの妻も元エースドライバーなのだが、彼女に関しては今回会う予定は無い。


「(しかし、あのサニーズが先生になるとはな……)」

軍時代のサニーズは搭乗機のセッティングをミリ単位で指定するほどの完璧主義者であり、性格も神経質で同僚や上層部が扱いに手を焼くこともあった。

そんな彼女が子どもたちに尊敬される教師になったとは想像できない。

「あの、すいません。この学校にサニーズ・コンチェルト先生はいらっしゃいますか?」

教員用玄関から校内へ入ったライガは受付でサニーズの所在を確認する。

「はい、サニーズ先生は校内におりますが……失礼ですが、お名前を聞かせてもらってよろしいでしょうか」

オリエント連邦ではファミリーネームで個人を指すことはほとんど無い。

ファミリーネームはあくまでも一族の名前を意味し、個人を指す時はフルネームかファーストネームを用いるのがマナーだからである。

相手の名前を知っているのにファミリーネームで呼ぶことは極めて失礼な行為にあたり、特殊な状況を除けばオリエント人はファーストネームで呼ばれることが多い。

「いや……僕は彼女が前の職場にいた時の同僚なんですけれど、名前をバラすと会ってくれないかもしれないんですよ」

「はぁ……色々と事情が有るみたいですね」

受付の女性は怪訝そうな表情を浮かべたが、最終的にサニーズとじっくり話せるよう取り繕ってくれた。


「先生は応接室へ先に行かれたようですので、そこまで案内致しましょうか?」

「いえ、待っている間に案内図を暗記したので……」

「あら、では念のため校内見取り図をお渡ししますね」

「ありがとう」

見取り図が記載されているパンフレットを渡され、軽く会釈しつつライガは応接室へ向かうのであった。

「あの人、どこかで見たことがあるんだけど……あっ!」

受付の女性が来客の正体に気付いた時、「彼」は既に視界から消えていた。


その頃、応接室にいる緑髪の女性―サニーズは妻へ「急用で遅くなる」という趣旨のショートメッセージを送っていた。

実は数日前にレガリアから連絡を受けていたのだが、彼女が意図的に詳細を伏せたためサニーズは訪ねて来る相手も話の内容も分からない。

そのため、ドアをノックした人物の声を聞いた瞬間サニーズは耳を疑った。

「すいません、サニーズ・コンチェルト先生はいらっしゃいますか?」

「(この声……まさか……!)」

女性が9割を占めるオリエントで男の声を聞き間違えるはずなど無い。

「……入ってどうぞ」

動揺を抑え、サニーズはライガを応接室へと入れる。

部屋は深い沈黙に包まれたが、それを破ったのはライガであった。


「久しぶりだな、サニーズ」

50年前とほとんど変わらない笑顔を見せられ、サニーズは無性に腹が立った。

「貴様……今更私に何の用だ!」

そう叫びながら彼女は怒りに任せてライガの胸倉を掴み上げる。

別に彼のことが好きなワケではないが、会うのを拒否するほど毛嫌いもしていない。

「自分の正体を伏せて密会とは……どうせやましい話なんだろ!?」

「おいおい、落ち着けっての! まずは手を離せ!」

ライガとサニーズでは20cmほど身長差があり、彼女が胸倉を掴み上げると当然ながら背の低いライガが息苦しくなる。

「ったく、人と会う時は自分から名乗れと教わらなかったの?」

そう言いながらサニーズは手をパッと放す。

いきなり解放されたライガは少しよろめいたが、倒れずに体勢を立て直した。

「俺の名前は紹介しなくてもよく知られているからな」

彼はシャツの襟を整えながら返答する。

だが、相手は仮にも教職に就いているのである。

あんまりナメた態度を取ると……。

「貴様が私の生徒だったら『修正』ものだぞ、その答えは」

サニーズは右手を上げて平手打ちの構えを取る。

しかし、その状態で笑みを浮かべてこう呟くのだった。

「……冗談だよ、教え子に体罰を下す教師なんて時代遅れだろ?」

そして、上げていた右手でライガの左肩を叩きながら話を続ける。

「それに、昔の戦友と再会して嬉しくない奴なんていないさ」

最初はどうなるかと思っていたが、ようやくグータッチをできたことにライガは心底安心していた。

もっとも、本当の交渉はここからなのだが。


ライガは「スターライガ」について機密に関わる部分以外のことを全て話した。

下手に隠し事をするとサニーズを納得させられないと判断したからだ。

「はぁ、なるほどね……」

腕を組んでしばらく考え込んだ後、彼女はこう答えた。

「申し訳ないけど、この話には乗れないな」

ある意味予想通りの答えではあったが、ライガはそれを聞いて内心ではホッとしていた。

スターライガへの加入が意味するのは文字通り死と隣り合わせの世界へ戻る事。

50年前の戦争を生き残り、結婚して家庭を築いたサニーズが今の生活を捨てるとは思えないし、そんな事をしてほしく無い。

だから、ライガにとっては最悪にして最高の答えであった。

「そうだな……所帯持ちのお前に復帰を無理強いするほど俺も鬼じゃない」

しばらく雑談を続けた後、彼は部屋を出ていこうとしたが何かを思い出したかのように足を止める。

「……サニーメルの外れに工場跡地があるだろ? 来週の土曜日にあそこでMFのテストを行うんだが……冷やかし程度なら来てもいいぜ」

そう言い終えると今度こそ部屋を立ち去っていった。

「フッ……冷やかしか……」

ライガが退室した後、応接室の片付けを行いながらサニーズは呟くのだった。


数日後、サニーメルでのテストに向けて準備を進めていたライガへレガリアから電話があった。

「―というわけで、私はサニーメルのテストに参加できなくなったから」

テスト前日の金曜日、レガリアは急遽南部の都市スワへ赴くことになり、どう頑張っても土曜日にテストへ参加するのが不可能となった。

テスト時の仮拠点として用いるプレハブ建築(通称プラットフォーム)と運用機材は既に現地へ輸送済みだが、それはレガリアの機体も運ばれてしまったことを意味する。

スパイラル1号機は彼女の搭乗を前提としたチューニングが施されているため、他のドライバーでは性能を引き出すことができない。

「それはいいんだが、機体はどうするんだ?」

今回のテストでは正式にスターライガへ加わったブランデルも参加するが、彼女はスパイラル3号機への搭乗が決まっている。

また、メイヤはシャルラハロート邸で保護されているリリーの護衛を行うためテストには参加しない。

そして、ライガは2号機を彼専用にチューニングするためのデータ収集が必要であり、乗り慣れていない1号機に割く時間は無い。

つまり、1号機は今回のテストでは使い道が見つからないのである。

「アビオニクスの機上テストぐらいはできるでしょ? まあ、その分野はドライバーじゃなくて専門家(エキスパート)の仕事だけどね」

「アビオニクスの専門家は呼んでいるのか?」

「ええ、確かリリカ・オロルクリフっていう一流の人だけど……」

リリカ・オロルクリフ―。

高校時代の先輩の名前が突然現れ、ライガは思わず驚愕するのだった。

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