【9】純白の百合(後編)
バイオロイドたちは後衛の4機が援護射撃、前衛の3機がビームブレードによる近距離戦という布陣でレガリアを迎え撃った。
援護射撃の方を煩わしく思ったレガリアは無反動砲の照準を後方の機体へ定め、回避運動を少しだけ緩めつつトリガーを引く。
放たれた砲弾は照準した敵機へと直進していったが、命中する瞬間に別の機体が射線上へ割り込んだことで結果的に攻撃は外れた。
自らを盾にして仲間を庇う―その行動はまさしく人間そのものであった。
「(なるほど……あの娘たちには仲間意識が存在するのね)」
敵機の攻撃を捌きつつ一部始終を確認していたレガリアは驚いたものの、動じることなく戦闘を続行する。
近距離では使用できない無反動砲の弾は全て後方集団への攻撃に使用し、弾切れとなった無反動砲を投棄してビームサーベルを抜刀。
斬りかかってきた敵機の攻撃を確実に切り払い、返す刀でドライバーごとコックピットを斬り落とし沈黙させる。
だが、別の敵機の攻撃が右腕へ当たった際に持っていたビームサーベルは落としてしまった。
「(予備のビームサーベル……いや、ライフルだ!)」
相手が接近戦を仕掛けてきた場合、こちらはビームサーベルのような近距離戦用武装で対応するよう軍では指導される。
しかし、レガリア機は新たに持ち替えたレーザーライフルでビームブレードを持つ敵機の右手首を物理的に止め、それと同時にトリガーを引く。
一見するとあらぬ方向へ発砲したようにも見えたが、光線はレガリアを背後から狙っていた敵機のコックピットを正確に狙撃していた。
ベテランドライバーになると敵機を見ただけで状態が分かると言われているが、彼女のそれは傑出した空間認識能力がなければ実行できない。
味方機の撃破により動揺した一瞬の隙を見逃さず、レガリア機は固定式機関砲で距離を取りつつ先ほど落としたビームサーベルの回収に成功した。
その直後の銃撃を受け止めたことで左腕のシールドは破損してしまったが、レガリアはお構いなしに左手のビームサーベルで敵機を切り裂き、振り向きざまにライフルを一発撃ち込みトドメを刺す。
たった数コンタクトで7機中4機を戦闘不能へ追い込んだエースドライバーにバイオロイドたちは少なからず恐怖を覚えたが、撤退を許されない彼女らは果敢に強敵へ立ち向かうしかなかった。
たとえ、その先にあるのが避けようの無い悲劇だとしても。
前衛として戦っていた3機が全滅し、後衛も1機が撃破されたことで交戦当初の数の優位は既に失われつつあった。
しかも、後衛のうち1機は撃破され負傷した仲間を庇うように戦っているため、まともな戦闘行動が可能なのは2機しかいない。
敵機の方へ向き直したレガリア機は回避運動を行いつつレーザーライフルを素早く構え、正確な一撃を敵ドライバーの頭部へと放つ。
姿勢が安定しない回避運動中の射撃―しかも弾幕の形成が不可能なレーザーを命中させることは極めて難しいが、放たれた光線は敵ドライバーのヘルメットを見事に貫通していた。
距離を詰められたことで残された1機はビームブレードへ持ち替え、レガリア機との一騎打ちへ移行する。
レガリアはレーザーライフルによる牽制射撃を数発行ったが、弾切れになったため投棄し一度も使用していなかったビームジャベリンを両手に構えた。
長柄武器特有のリーチを活かして攻撃を仕掛けていくが、敵機もビームブレードで巧みに捌き踏ん張り続ける。
それでもレガリアは従軍時代に扱い慣れたビームジャベリンを完璧に使いこなし、ついに敵機のビームブレードを弾き飛ばすことに成功した。
そして、速度を乗せて放った一突きが敵機のコックピットを貫いたのだった。
戦闘可能な敵機は全て沈黙させたが、敵自体は2機残っている。
彼女らの前へ歩み出て、回収したレーザーライフルを構えるレガリア機。
だが、レガリアはヘルメットを外しこう呼び掛けた。
「仲間と共に逃げるか、二人仲良く死ぬか、徹底抗戦を臨むか―選択権は貴女にある」
残されたバイオロイドはレガリアの瞳を睨み付けていたが、やがて仲間を自身の機体へ乗せ始めた。
「……何故、私たちを見逃そうとする?」
「私の気が変わらないうちに立ち去れ!」
バイオロイドの問い掛けをレガリアは怒鳴り声で遮る。
それに怖気付いたのかは知らないが、バイオロイドは仲間を乗せると急いで撤退してしまった。
「(さて……警察や軍が嗅ぎ付けないうちに私も帰りましょうか)」
そう考えながらヘルメットを被るレガリアだったが、彼女は何となく先ほどまでバイオロイドが乗っていた機体へ視線を落とす。
「(メイヤが1.5トンの車を抱えられたのだから、550kgのMFぐらい持って帰れるでしょ)」
今後の対バイオロイド戦へ役立てるため、レガリアは敵機の鹵獲を決心した。
結局、マニピュレータで掴める部分を見つけて強引に持ち上げ、そのままヴワル市まで帰還したのである。
警察と軍が現場へ駆け付けたのはそれから十数分後のことであった。
シャルラハロート邸への帰還後、リリーは改めて自己紹介を行った。
「もしかしたら知っているかもしれないけど、私はリリー・ラヴェンツァリといいます。仕事はイラストレーターをやっていて、日本のアニメやライトノベルには私のデザインしたキャラが使われていたりするわ」
自己紹介を終えると彼女はその場に居合わせたレガリア、ブランデル、メイヤと握手を交わす。
「こいつは俺の幼馴染でな。まあ、少々変わった奴だが仲良くしてやってくれ」
「『変わった奴』は余計でしょ?」
そう言いながらライガは肩に手を掛けたが、リリーに振り払われてしまった。
「変わり者なのはお互い様だね。私はブランデル・シャルラハロート、気軽に『ブラン』って呼んでよ」
「うん、よろしくね。ブラン」
「私はお嬢様―レガリア・シャルラハロートの専属メイド秘書を務めるメイヤ・ワタヅキでございます」
「貴女……さっきリリーたちを助けてくれた人?」
メイヤとリリーが直接顔を合わせるのはこれが初めてであり、メイド秘書は相手の言葉に驚きを隠せなかった。
「あら? 私のことをご存じでしたか」
「いや、名前も見た目も声も今初めて知ったんだけど」
つまり、リリーはメイヤのことを全く知らなかったにもかかわらず、彼女が車を抱えたMFのドライバーであったのを理解していたのだ。
「んんっ!? それってもしかしてサイキックってこと!?」
ブランデルの言うサイキックとは所謂「超能力者」のことである。
もっとも、この世界においてサイキックを公言する人の7割はインチキであり、本物は3割程度。
その中でも能力を自覚する人は1割にも満たないとされている。
「さあ? 子どもの時から勘がよく当たったりするけど、その辺は分かんないや」
リリーとブランデルが話に夢中になっていると、今まで黙っていたレガリアがワザとらしい咳払いで場を静めた。
「……お友達になれたみたいだけど、そういう話はディナーの時にでもしなさい。まだ私は自己紹介をしていないのよ」
「姉さんを知らない奴なんてこの国にはいないって」
元エースドライバーにして世界一の億万長者であるレガリアの名は国内外に知られており、現代史の教科書ではほぼ確実に登場する有名人だ。
外国ならともかく、オリエント人でレガリアのことを知らないというのは絶対にあり得ない。
「そうそう、ブランの『義理の』お姉さんなんでしょ?」
リリーがそう発言した時、場の空気は一瞬凍り付いた。
「……へえ、見かけによらず人の経歴をよく知っているのね、貴女」
感心したかのようにレガリアは呟くが、笑顔のわりに目が笑っていないようにも見えた。
「うん、職業柄資料集めは好きだからね。レガリア・シャルラハロートさん」
リリーは握手のため右手を差し出しながら答える。
「『レガ』で良いわよ」
そう言いながらレガリアはリリーの右手を握り返した。
「状況が落ち着くまでお前をこの屋敷で保護することにした。ブランかメイヤさんにでも案内してもらえ」
ライガはスプリングフィールドでバイオロイドに襲撃された時、彼女らの行動が自分ではなくリリーを対象にしていると感じていた。
厳重な警備を誇るシャルラハロート邸で保護してもらうという判断は、幼馴染に対する最大限の配慮でもあった。
「その役目、私が引き受けましょう」
「え? お前は忙しい身分なんだから無理しないでいいんだぞ?」
国が管理するハイウェイで大暴れしたレガリアにはこれから各方面へ事態を釈明する仕事―場合によっては隠蔽工作を行わなければならない。
「そこは適当に誤魔化したり金を積んだりすればどうにでもなるわ」
「そういうものなのか?」
「悲しいけど、現実はそういうもの。まあ、この国の腐敗は外国に比べれば全然マシだけどね」
大規模な戦乱が途絶えて久しいこの時代。
長く続いた平和は皮肉にも政治の腐敗をもたらし、ニュースでは自国や他国で発覚した数々の汚職事件に関する報道がよく流れている。
バイオロイドたちによるテロ行為もそれらに対する警鐘なのかもしれないが、真意は当人たちへ問いたださなければ分からない。
「それに、私としてはリリーの『興味深い』お話をもっと聞きたいと思ってね」
「『興味深い』かぁ……」
ライガにはイマイチ理解できなかったが、レガリアは彼女自身の「過去」へ躊躇無く触れたリリーへ関心を持ったらしい。
彼がそう考えていた時、肝心の当事者たちは既に部屋を出ていた。
「ここが大広間よ。パーティ会場とかで使う所ね」
レガリアたちがいるのは屋敷で最も広大な大広間。
豪華絢爛でありながら質実剛健な設計となっており、過去には首脳会談の会場として貸し出されたこともある。
「はぇー、実際に来るとやっぱり大きいねー」
一般庶民にとって無縁の場所を間近で見たリリーはひたすらに感心するしかなかった。
同時に幼馴染がこれほどの人物と親しいことに驚いてさえいた。
「ところで、一つ気になることがあるのだけど、いいかな?」
「ん? どうかした?」
「貴女の目元……どことなくだけど、ライガに似てるかなって」
レガリアはリリーの透き通った青い瞳をまじまじと見つめながら呟く。
「え? そうかなぁ、今まで意識したこと無かったんだけど」
リリーは笑っているものの、少なくとも血の繋がっていないシャルラハロート姉妹よりは似ている気がする。
「子どもの頃、お友達から兄妹みたいって言われなかった?」
「無い無い! リリーたちは『シたこと』があるんだよ? 兄妹だったら完全にアウトじゃん」
「それってスキンシップ程度よね? ガッツリ行為をしたわけじゃないでしょ?」
確かに、オリエント人は貞操観念が緩いことで知られている。
ボディタッチは同胞であればよく行うし、パートナー以外の本当に親しい友人と一緒に寝ることも基本的に咎められない。
母娘や姉妹でも互いの身体に触れ合うようなスキンシップを行うことも少なくない。
ただ、実の兄弟姉妹で本番行為というのは流石にあまり聞かない。
「んー、それは秘密♪」
リリーは唇に細い指を当てながら誤魔化す。
その仕草を見たレガリアは問い詰めるのをやめてしまうのだった。