『真理の門』に立つ
籐仙韻人と申します。
思い付かないと書けません。
なるべく、文脈をスムーズであることを目指しています。
1
僕は、城下門『真理の門』の手前で途方に暮れていた。
ここは、グリベリウス。
世界の中心。
その巨大な都市の、はずれの外れ。下界と繋がれた『真理の門』がある最南端の門だ。
『真理の門』は、いま、ここからでは、その大きさのすべてを見ることは出来ない。ほんの二時間ほど前に、『真理の門』を見つけて、異様な興奮に包まれたのを覚えている。
でも、・・・
『じいちゃん、こんなにデカいなんて、これは無いよ』
亡くなったじいちゃん、ホロアレトス・コルディは行けば何とかなるとか言ってたけど、これは地方の地方の地方に住む田舎者には、とても難易度が高かった。
『高いなんてもんじゃないよ、実際・・・』
僕、エアネス・コルディの僅かばかりの自信は、こんな巨大な、ホンモノの都市には通用しないと知って、木っ端微塵になっていた。
いままでだって、地方のソレナリの都市に入ってきた。
でも、桁違いだ。
街に入っては驚き、州都に入ってはビクつき、七星都の巌様に呆れ果て、もう一生分の顎は外した積もりだった。
だが、それがなんだ?
そう云うかの様な、全てをぶち壊す、あまりなスケール。
じいちゃんに見て貰っていたもの、それは『学問』
万能にして、英知の粋。
いっぱいいっぱいになりながらも、かじりついて、しがみついたもの。
でも、そんなのは、今、何にも役に立たない。
さっきから、『真理の門』に心奪われた僕は、時間を忘れて、ぼうっとロバとともに突っ立ってた。
ホントの僕には、勇気なんてない。
そう、思い知った。
すべては、勘違い。
この巨大であるグリベリウスの先触れ、『真理の門』を見上げてから、一歩も歩けていない。果てしない威圧を覚えて動けない。
詰め込まれた知識が、記憶から溢れ渦巻いていく。
帝都グリベリウスは華やかなる都である。
中央に聖帝宮グリベリウス、それを囲むように森庭郷エウファナーゼ。
夢より造られた宮殿。
そう謳われる、八百年を閲する、まるでお伽噺のような、伝説であり真実のお話。現在も、森々たるエウファナーゼの奥には、輝くような白亜のグリベリウスがある。
しかし、実のところ、七星の帝都であるグリベリウスを治めているのは、聖帝ではない。
聖帝皇家は、聖帝宮と森庭郷だけの支配者だ。
君臨すれども統治はせず。
夜の帳を知らぬ帝国の版図は、七人の侯爵が治めている。
森庭郷エウファナーゼを囲むように、七星たる侯爵の邸宅が配されてある。その七星候下の許には、それぞれに街が形成され、帝都グリベリウスという巨大都市となる。
帝都の、それぞれ七星候下の臣民は、街の発展に日々勤しんでいる。
その八百年に近い歴史と、その広大さに於いて、街は複雑にもなろうと云うもの。帝都グリベリウスのすべて知るというのは、誰にも不可能だ。
『グリベリウスは大河の如し』
建都二百年祭の記念出版表題が、既に物語っている。
それから、六百年の歳月。
現在からすれば、遥か遠い過去の話。営々と積み上げてきた繁栄は、すでに大陸の覇を唱え終わり、二百年が過ぎた。今では、百年ほど前に始まった『魔導式改革』により、どこの国であれ帝国グリベリウスに敵うことはない。
この大陸の中では、僻地にある少数民族、海沿いの小さな王国、高山自治区、等を除いて、ほぼ大陸言語グリベリースで統一され、文化文明の爛熟期を迎えたと言って良いだろう。
例えば、もはや誰もが疑わない一つであるもの。帝国の『暦』は、聖帝月を数えて、八か月。
一月がユイネス。
二月がラスリーノ。
三月がイーサ。
四月がラドルフィル。
五月がルグゥエーラ。
六月がトゥスィン。
七月がスワェルグ。
聖帝月がグリベリウスとなる。
月齢は四十日。
聖帝月が五年に一度、閏月となり一日ふえる。
帝都グリベリウスも、なぞらえて八つの地区に別れていたりする。
各月の名前は七星侯爵の氏からだが、今、伝わる実際の名前とは微妙に異なる。
グリベリウス建国を数えて千年あまり、それだけの時間が経てば変わることもあるものだ。七星侯爵も、半数以上は直系ではなくなっているし、各七星候下の街にも、様々な変遷がある。
時代は、更に大きく移り始めている。
例えば七星侯爵は、それぞれの氏名を冠した七星都を持っていて、かつて帝都とそれを繋ぐのは、整備された街道とゴーレムによる馬車の運営であった。それが、今では鉄道がその主流に切り替わっている。
都市では科学が、地方では魔法が有効だが、やがては魔法は古いものになってしまうのだろうか?
今までのような、市場や工房、官吏だけではなく、商会より大きな形態も出始めてきている。
時代の巨大なうねりは、都市を覆い、やがて地方にまで波及していく。
誰もが夢を見る時代。
それには、科学というものが発展しはじめたのが大きいだろう。
これにより、世界が一挙に縮まった。
魔法の持つ曖昧さではなく、確実な力は何をもたらすのか。
変革していく中心である帝都は、そうと望めば、世界にある殆どの物を手に入れる事が可能らしい。
・・・・・・
・・・・・・・・・
ここは街道、荷馬車の往来が絶えない。先程から、訝しげに僕を見て行く人を感じて、居心地の悪さを覚え初めた。
「おいっ、坊主」
その声に、僕は応える事が出来なかった。
そう呼ぶ声が、僕を呼んでるとは思いもしなかったからだ。だって、まさか、地元から、こんなに離れた処で知り合いに会う筈もないじゃないか。
「おーい」
「おいっ」
「へっ、えっ、僕ですか」
「さっきから呼んでるのに返事もしやしねえから、こっちも意地になって呼んでただけなんだがな」
そこにいたのは、男前と呼ぶには愛嬌のありすぎる短い髪の漢。
「どうも、すいません」
「坊主は、グリベリウスは初めてかい」
「は、初めてです」
「スゲーだろ、」
「す、すごいです」
ばかみたいな返事をしてしまった。
「ん、坊主、田舎者にしては綺麗な発音だな」
その人は、正体不明ながらも、背中に佩いている大剣で、そっち側の人だと知れる。
『そっち側』つまり戦関係の人だ。
でも、僕の経験程度では、素性を正確に察することは出来ないけど。
「ま、それはいいか」
彼は、短い髪に手を当てながら、少し思案顔をしたあとニヤッと嗤った。
僕はビクッとして、ロバの引き綱を引きそうになった。
勘弁してほしい、勇気とか度胸とかには縁はないと、思い知ったばかりなんだから。
「グリベリウスの中に連れてってやるよ」
「えっ」
「行きたいんだろ」
「まっまあ」
もちろんだ、そのために長い旅を続けてきたんだから。
「そんなロバに乗っているぐらいだ、帰れない事情でもあるんだろ」
「な、なんで、そんな事がわかるんですか」
「ふふん」
男は、またニヤリとして
「俺ぐらいの男になれば、見た奴の素性ぐらい、八割は掴めているものさ」
「・・・・」
僕には、どうしたら良いのか判らなかった。経験てものが圧倒的に足らない。それでも、他に道がないなら目の前に進むしかない。
・・・だけど
男は、迷っている僕に手を差し出してきた。
その手は、背負っている大剣の柄に相応しい、ゴツゴツした手だった。
フラフラと僕は、その手を握ってみた。
僕の未来はどう転ぶのか。
「エアネス、です。宜しくお願いします」
「おう、俺はカルバスティだ、お前、意外とちゃんとした教育を受けているな」
「へっ、え」
「ちゃんと挨拶したじゃねえか、意外と挨拶出来ねえ奴は多いものさ」
カルバスティは厳つい恰好をしてても、ちゃんと教育を受けた人なのかも。
僕は、まだドキドキが止まらない。
思考するのが、巧くいかない。
感情がそのまま思考になってる。じいちゃんに怒られるなあ。
「なんだ、まだ緊張してやがんのか」
驢馬に乗る僕と変わらない背丈。軽い調子で肩を組んできた。
痛い。
ちょっと、涙が出た。
熊にでも襲われた気分だ。
「痛いですよ」
「あーすまんすまん。しかし、田舎から出てきたわりには、鍛え方が足りないんじゃねえのか」
からかい気味に笑われた。
「誰か、グリベリウスに知り合いはいるのかい」
その問いに、ちょっと苦いものを覚える。
「まさか、・・・そんな都会に知り合いがいる筈ないじゃ無いですか」
「じゃあ、どうするつもりだったんだよ」
「なんとか、するつもりでした」
「なんだ、そりゃ」
「売れる物を売って、働く処を探すつもりでした」
僕は、そこまで言ってから自分に苦笑した。
なんとなく、結論を先送りしているのを、自分でも気が付いてはいたんだ。あんまり、人付き合いは得意ではない。
でも、田舎に引きこもっていても、働き口に困ってしまうのは、目に見えていた。
僕では、結局の処、じいちゃんの『代わり』にはなれない。
厄介者になるのだけは厭だった。
変に拗らせた矜持は、譲れなくて、逃げるように村を出てきた。
「ふーん、お前にも、いろいろあるんだな」
「はい」
取り留めのない会話をしていると、『真理の門』の真下についた。
それは、実際に目にしているのに、頭に思い描けないほど、遥かに巨大で荘厳で・・・。
遠近感がおかしくなる。
クラクラするぞ、これ。
「おい、」
パシンとまた肩を叩かれた。
カルバスティが呆れた顔をみせた。
「門に当てられる奴なんざ久しぶりに見たぜ」
「えっ、何なんすか、これクラクラしますよ」
「こんな門に当てられるなんて、グリベリウスに住むなんて、敷居が高いんじゃないのか」
「そんな、も・・・」
「はは、こいつを莫迦にしたものじゃないぜ・・・・・・・
カルバスティがなにか喋っている。
何だか、言ってる事が聞き取れない。
僕は、酷い眩暈によって意識を失った。
「・・・・」
目が覚めて、しじまの中、上質なベッドであることに気が付いた。
僕が知る限りの最上級のもの。
その瞬間、嫌な汗が流れるのを感じた。
パッと上体を起こす。
我ながら現金なものだが、助けて貰ったことより、そっちの方が気になる。
「ここ、どこだろ」
口にした瞬間、何かが弾けたのを感じた。
魔法だ。
咒といった方が、通りはよいかもしれない。
まじないは咒。
小さな魔法。その魔術。
もう少しいうなら、封みたいなもの。
今の咒は、凄い。
僕が、そうとは気付かなかった。
これだけは、けっこう自信があったのに・・・・、ヘナヘナと頽れてしまう。
都会って、どれだけ奥が深いんだろ。科学が支配的なんじゃなかったの?
萎んだ紙風船のように横になる。
「・・っ・・・・・」
部屋の外の気配から、誰かが入ってきた。
「おいおい、まだ寝てるじゃねえかよ」
「そんな事はありません、もう起きていますよ。ねえ、君」
僕は、倒れていた気分を揺さぶる。
気力は、田舎者の矜持だ。
多少のコトでへこたれてはいられない。
気合いで起き上がった。
とは、いう物の、そこからが田舎者たる所以で、その先の考えとか、想像がない。
「え、と、おはようございます?」
「ぷっ、一時間も寝ちゃいねぇよ」
カルバスティが、軽く笑いながら、僕の隣に座り込んだ。
ここはどこだろう。
グリベリウスの何処かなのは確かだろう。
ーーーーはるか遠くに来てしまった。
故郷のグセリア村は、リオンテ騎士団管轄下の村だ。
あまりに辺境なので、直轄する領主がいないというぐらい田舎。そこで、七星候直下のリオンテ騎士団が、遠征や修養を兼ねて旅団を組み、各地で税の徴収権と裁判権を行使する。というか、してくれている。
ーーーー村を出るだけだったら、近くの街でもよかったのだ。
リオンテ騎士団は、ラドルフィル七星候の配下のなかでも、かなりの人気のあるほうで、村娘たちは、辺境の村から脱出するために、ずいぶんと色目を使っていたっけ。
ーーーー逃げ出すにしても、州都でもいい筈だ。
騎士団は規律と統制に従い、村を守ってくれていた。一年に一度訪れる優しくて気の良い漢たち。彼等を嫌いだった事なんて一度も無い。無いのにどうして、逃げ出したのか。判らない。判らない。
ーーーー七星都に入ると息苦しくなった。何か得体の知れない恐さに震えていた。
追い立てられるように、ここまで。
戻れないと、ここまで。
ここまで来たら、もはや逃げる先すら思い付かない。
世界の中心にまで、やって来たのだ。
だから、今は、もう関係ないや。・・・と、しんみりした僕にカルバスティは爆弾を放り投げてきた!
「ほら、証明書だ、返しておくぜ」
「・・・・・・ど、どどうやって、見つけたんですかぁ」
声が甲高く裏返った。
僕自身を証明する唯一のもの。
グセリア村生誕証明書。
脚絆の中に仕舞ってあったのに、っ
「なに、簡単だ、咒の掛かっている怪しい場所には、たいてい何かあるもんさ」
「そ、そんな」
「カルバスティ、あまり脅すものではありませんよ」
「そうだな、アマリス」
にやにやと、カルバスティは頬を掻いた。
その姿が、なんだか、急に恐ろしくなる。
「まあ、心配すんな、お前が、真っさらだってのは、あの小さく折り畳んだ証明書が、よっく現してる」
ゆっっくり、文節を 区切って、話してくる。
まるで、小さな子供に話すように。
「もう、取り替えしはねえんだが、証明書は折ったら、使えねえからな」
「はい!?」
えっ、じゃあどうすれば、いいんだ?
ちょっと錯乱する。
僕の身元保証は?
「どうすれば・・・」
「くくっくくく・・・、ようこそグリベリウスへ、お前さんが一から始める人生の双六を楽しんでくれよ」
なんというか、馴れている?感じがする。
女性、アマリスがご主人様で、カルバスティは聞き分けのない犬みたい。
そんな二人の印象。
「ティったら、今朝、『行ってくる』とか言って出ていったくせに、昼に帰ってきたと思えば、君みたいな訳の判らない子を担いできたのよ」
「仕方ないだろう、面白そうな奴だったし、これは、逃しちゃならねえって、囁かれたんだよ」
「また、精霊様の所為に!」
「まあ、精霊様っていうより、悪戯好きの子供って感じだがね」
目の前で起こる、他愛ない言い争いに、僕は目を見開いて言葉もない。
どうすれば、良いのだろう?
神殿の救護室から談話室に場所を移して、僕は話の要諦を聞いていた。
カルバスティは、精霊の声が聴こえるらしい。
『精霊様というより子供だ』と笑っていたけど、その精霊さまが、僕をグリベリウスの中へと連れてくように囁いて、僕はここにいる。そうでなければ、今頃をどうしていたか・・・
いや、ホントにどうなっていたか、想像がつかない。
これは精霊さまのお導き?
僕には精霊さまは見えない。
殆どの人には見えはしないものだ。
何故なら精霊さまとか神さまというのは、世界が縒り合わさって出来たものだから。
じいちゃんからは、そういう風に教わっている。
これも、『学問』で識る一つ。
魔法の要諦。
世界が、より自分達に都合の良い世界にする為に、ちょっとづつ力を集めて、縒り合わせて形になったものが、精霊さまであり神さま。
その力、特異であるか、絶大であるか。
見えない者である僕には、カルバスティの話の真贋がつかない。
でも、魔法は知っているし、魔術だって使える。しかし、たしか世界を視るには特別な才能か、法に基づいた術が必要だった筈。
彼は、その特別な一人!?
「エアネイス、お前、これから行くあてが無いんだったら神殿で働いたらどうだい」
はっ?
「何、勝手なこと言ってるんですかっ」
「いいじゃねえかよ、アマリス独りで神殿が廻るわけでなし、」
「ふん、そんなのは、何とでもなります」
「何だかんだと、正義感を振りかざして、アチコチと揉めているくせに」
「私は、悪くはありません」
あれれ、立場が逆転したぞ。
「お前さんは、もうちょっと柔らかくならないとさあ」
「悪くありませんっ」
いったい、どういう二人何だろう?
伺うような僕の視線に気が付いたアマリリスさんは、ぐっと眦をあげて抗議してきた。
なんだか、恐いですけど・・・
「なにを詮索してるんですか」
「べべ別に」
「こんな怪しい素性のものを神殿で働かせるわけには、いきませんね」
「こいつが悪事を働けるわけないだろうが」
た、確かにそんな度胸はありませんけど。けど・・・
なんとなく、男としての尊厳が傷ついた気がします。
「エアネス、なんとか言ってやれ、こんな年増司祭に遠慮なんていらんぞ」
「なにを、いま、いいましたか」
カルバスティ・・・
蛮勇にも程があるよ。
という訳で、僕はコーティル神殿の下男として働き口が見つかった。望外の幸運だと思う。
でも、あの時の二人の遣り取りを思い返すと、胃が痛いような気分に追いやられる。あの二人は、きっと鋼の精神を持っているに違いない。でなければ、あんなに普通に、直ぐに空気が戻るような状況じゃなかった筈。
どっちに、つくのかは、出来るかぎり先延ばしにしようと思う。
ここ、コーティル神殿に、ずっといるならアマリスに逆らうのは得策ではないけれど、ここには長くはいられない。神殿の庇護者として『匿われている』!という扱いなのだ。
だから、三月の間に、住むところを見つけなくてはいけない。幸いなことに、下男として奉職は一年間を約束してくれた。
こんな、得体のしれない田舎者を神職の片隅に置いてもらって、本当に感謝だ。
それから、じいちゃんにも感謝。
豊饒なるコーティルにも感謝。
うちの田舎の主祭神が偶然にも、いや、いやいや、お導きによるもの?
祝詞を覚えていて、よかった。
じいちゃん、なんとか、世界の中心に繋がりを見つけたよ。こんな僕でも何かが出来るんだ。
そして、僕はグリベリウスの夜に眠った。