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カカオとキャンディー(仮)  作者: 櫻葉きぃ
第一章
8/14

8

 翌朝、いつも通りに家を出て、電車に乗って学園に向かった。

 着くなり、「新入生はこちら」と書かれた看板に沿って歩き、行列が延びている建物に入った。学生証をカードリーダーに通した職員が、二階に行くように促す。


 先に列に並んでいた深月や椎菜と合流した理名は、ゆっくり階段を上がった。自動ドアをくぐると、誘導の白衣を着た女性が紙コップを渡してくる。尿検査をさせられるらしい。一番面倒だ、と眉間に皺を寄せた。だが、これをクリアしないとオリエンテーションには参加できない。仕方なく、トイレの個室に籠る。個室内の貼り紙に『生理中の方はスタッフにお声がけ下さい』とあったが、理名には何のことかさっぱり分からなかった。名前と学年を書いたシールを貼った紙コップをトイレ内の小窓に置くと、即座に回収された。


 それが終わると、次の部屋へと誘導された。カーテンをくぐると、大勢の女子たちが下着を外してピンクの検査着に着替えていた。着ていた服と鞄を籠に放り込んでいる。

「なんで下着脱ぐわけ? 可愛くないから嫌だ!」

 愚痴をこぼす椎菜に、理名は心の中で呟いた。

可愛いとか可愛くないとか抜きに私はいつでもスポーツブラだよ、楽だし。


「金属のつけてると、白く影になってレントゲンに写っちゃうから。万が一影が病変と重なって診断出来なかったり誤診を引き起こす恐れがあるから、なるべく薄着になるの」

「そうなの? 詳しいね! さすが理名ちゃん。親が看護師だっただけのことはある! あ、おはよ!」

 先にここに来ていたらしい碧が、理名に話しかけた。一気に話したからか、咳き込む碧。彼女のエックス線検査が一番心配だ。何もなければいいが、と理名は思った。理名は、自分の右隣にいる深月が、脱衣所全体を見回して険しい顔をしたことには全く気がつかなかった。一人ずつ検査用の車に入り、終わると各々がまた私服に着替える。



 次は血圧測定だ。父が高血圧気味の理名は悪い予感しかしなかった。案の定、上が平均値より五つほど高かった。遺伝もあるし、あまり気にするなと声を掛けられ、身長体重測定に移った。


 身長は170は超えていた。碧も深月も、最後に測ったときより身長が縮んでいた、きっと測り方が悪かったのだと、横で文句を言っていた。


 健康診断が終わると、購買部に行って各々が教科書を買った。教科書を買い終わった人は、購買部にいたスタッフから生徒手帳を受け取った。生徒手帳の前面には学生証が入るスペースがある。もう既に学生証は入っていて、それぞれがまだ中学三年生の風貌でこちらを睨んでいた。


 それにしても、教科書を鞄に詰めてから何分と経っていないのに、もう右肩が悲鳴を上げそうだった。革のスクールバッグが、教科書の重みで破れたりしないか不安であった。「重い」を連呼しながら昇降口に向かう。



 近くの座椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいる、既視感のある横顔と黒髪が見えた。麗眞だった。彼は、理名たちにたった今気付いたとばかりに声を掛けた。

「麗眞じゃん、おはよ。ってか、もうお昼だけどね」

「だな。健康診断もお疲れ。ってか、鞄重そう。肩外れるぞ」

 そう言いながら、麗眞は手に何も持っていなかった。鞄はどこにあるのか。その疑問を口にする前に、麗眞が話してくれた。

「校門前に車が停まってるだろ? リムジン。あの運転席にいる執事に預かってもらってるの。良ければ、まとめて送っていくし」

 その言葉に、椎菜と当の本人以外は二の句が継げなくなった。執事?どこの漫画の世界よ。ここ、アメリカでもないしヨーロッパでもない、日本なんだけど……。

「何、そんなに珍しい? まぁ、そうだろうな」

 麗眞はそれだけを言うと、昇降口を出て行ってしまった。


 理名を含めた一同は、麗眞の背中を追うべく、急いで下足に履き替える。そして、リムジンの前に着くと、運転席の男性が降りて、全員に一礼した。

「お初にお目にかかります、麗眞坊ちゃまのお友達さまですね。私は麗眞坊ちゃまの執事をしております、相沢と申します。以後、お見知りおきを。皆様、お手荷物が重いようですので、よろしければ皆様の家までお送りします」

 もう春だというのに黒い燕尾服を着た男性は、それを言うと、全員を車に乗るよう促した。

全員が乗ってもまだ余裕のあるリムジンの座席に開いた口が塞がらない。理名は、今車を運転しているのも、その隣にいる麗眞も、自分とは人種が違うのではないかと思い始めていた。こんな人がいる学園でうまくやっていけるのか、不安が募っていた。中学生の時のようにいじめられたりしないであろうか。そんな不安に駆られて、身体を小刻みに震わせていた。


 そんな様子を見かねたのか、相沢さんは主である麗眞に似た優しい声色で声を掛けてくれた。

「岩崎 理名さま。そう不安にならずとも、大丈夫でございますよ。麗眞坊ちゃまが特殊すぎるだけでございます。まぁ、坊ちゃまは上から目線で人を見下すような口調でものをいうことが多いところは、私も頭を悩ませているところではあるのですが」

「おい!」

 麗眞の語調を強くした注意の声など耳に入っていないかのように、慣れた手つきでハンドルをさばく相沢さんの手つきにじっと見入っていた。そんな空気を台無しにしたのが、父からのメールだった。



『今日も飲み会なんだ。夕飯も理名一人で適当に食べてくれ 父』

 眉間に皺を寄せて、携帯電話を勢いよく折りたたみ、スクールバッグの中に放り込んだ。

「お父さんから?」

 隣に座っていた椎菜の言葉に、強く唇を噛んだ。

「父がいっつも飲み会飲み会ってさ。いちいち連絡してこなくていいんだけど。余計にイライラするわ。私も高血圧なの、そのせいだな。帰ったらとっちめてやる!」

「きっと、接し方が分からないのでしょう。いくらお子さんといえど、異性ですからね」

 わかったような相沢さんの口ぶりにも多少苛立ったが、それは正論だと気がついてからは、苛立ちは消えた。


 やがて相沢さんは皆を近くの洒落たイタリアンレストランの前に降ろし、一度車を走らせていった。ガソリン入れたり、いろいろと野暮用があるようである。



 店に入ると、店員さんが人数確認をして、五人だと伝えた後に奥のソファ席に案内された。レモン水を持ってきてくれた店員さんはメニューを促してから頭を下げて去っていった。どうやら、ランチメニューをやっているようで、パスタ、ドリアから選べてサラダ付きだそうだ。本日のデザートをプラスするならもう百円必要らしい。

「こんなせこいもの頼まないで、メニューから普通に選べばいいのに」

 小声で言った麗眞を横にいた椎菜が小突く。

「皆が麗眞みたいなお金を気にしなくていい人ばっかりじゃないんだし。そんな言い方辞めたら? 失礼ね。それに、女子はこれくらいの量で満足なの。麗眞は男の子なんだし、胃の容量もお腹の空き具合も違うだろうから好きにすればいいじゃない」

 それだけを言って、庶民の感覚を味わえばいいと小声で理名たちに向かって言った。困ったように頭を掻いた麗眞は、素直にごめんと皆に謝罪した。別に気分を害してなどいなかったが、椎菜の前だと麗眞の調子が狂うことを何となく皆が理解したようだった。



 やがて店員が来て、各々がパスタやドリアを注文した。運ばれてきたものを食べながら、各々がいろいろ自分の身の上を話した。その中で、つい理名も言わずにいられなくなり、自分の母が看護師だったこと、もう既にこの世にはいないこと、母の背中を追って医学部を目指し、この高校に入学したこと、父に不信感を抱いていることを話した。皆が食事の手を止めて理名の話に聞き入っていた。理名は、こんなに自分の話を口を挟まずに聞いてくれる人がいることに初めて気がついたように目を丸くした。

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