表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カカオとキャンディー(仮)  作者: 櫻葉きぃ
第一章
5/14

5

 学園の体育祭や学園祭の様子、各部活動の紹介などのスライドが次々とスクリーンに映し出される。映像に目を向けてはいたが、頭の中にはさっきの可愛いけれど自分とは趣味が噛み合わなさそうな女の子のことしか浮かんでこなかった。こんな式、早く終わればいいのに。そのスライドと、校歌が合唱部によって生披露されたこと、麗眞が新入生代表の言葉をカンペなしで完璧に言っていたが、内容など全く頭に入っていなかった。対面式が終わると、上級生は先に退場となったお昼休憩を挟んで、来週頭にある宿泊オリエンテーションの班決めをするという。


 めんどくさ。理名自身、こういった行事にはいい思い出がない。班決めなど欠席したくて仕方がなかったが、そうしたらぼっちになるのが目に見えている。それはさすがの理名でも対応できない。少しでも気が知れた人と一緒の方が楽だ。そう思い、昼休みを告げるチャイムが鳴るなり、昇降口へと向かい、スニーカーを履いて学園の外に出た。今はお昼休憩だ。先程の対面式のスライドで知ったが、この学園には食堂もあるらしい。だが、当然のごとく昼休みには混雑するため、生徒たちは大抵コンビニで買うか弁当を持参、あるいはファストフード店などで買って済ませるようだ。だからこそ、外に出ても怪しまれることはない。


 理名は、学園の最寄り駅から歩いてくると途中にある、遊具もなく、ベンチしかない公園に目を留めた。ベンチに、人影があったからだ。その人影は、茶髪で学園の制服を着た女子だった。俯いていたため、顔は分からないが、スカート丈をきちんと膝の高さにしているとうことは、校則違反とは縁がない新入生しかない。とりあえず、理名と麗眞が探している彼女ではないにしろ、そうであるにしろ、確認が必要だ。顔が分からないことには人が特定できない。理名は、公園に向かう横断歩道を渡る信号が点滅しているのを見やると、一目散に走った。運動能力は高くない。むしろ、下から数えたほうが早いくらいだ。しかし、これくらいの距離なら、何とか突破出来ると踏んだのだ。でも、長らく運動とは縁がなかったから、たかだスクランブル交差点の5分の一にも満たない距離を走っただけで息が上がった。


 理名の荒い息に気がついたらしい女子は、弾かれたように顔を上げた。その瞳は、うっすら涙に濡れ、茶色のアイラインやマスカラが崩れていた。その大きな目と高い鼻、ぷっくりとした色気を感じさせる唇。この容姿の人物こそ、矢榛 椎菜その人だった。

「なんで、きたの? 岩崎 理名さん」

そう聞いてきた口調からは、昨日のような明るさも、丁寧さも感じなかった。

「ん? 一応、今の世の中物騒だからさ。何かあってからじゃ困るって思って、麗眞くんと二人で探してたのよ、貴女のこと。言っておくけど、先に探そうって言い出したの、貴女が熱を上げてる彼だからね」

 それだけを吐き捨てるように早口で告げた。


 その言葉を聞いた彼女は、にっこりと白い前歯を見せて微笑んだ。昨日も見た、陽だまりみたいに心がポカポカする笑顔だ。この子は、陽だまりみたいな子だな。理名はそう思った。自分でも気がつかないうちに、彼女の隣に腰を降ろした、彼女の笑顔が、理名の警戒心を解いたのだ。

「改めて、矢榛 椎菜です。よろしく。みっともないとこ見せちゃって、ごめんね。麗眞、困っている子見ると放っておけない性格だからさ。こうなることは分かってたけど、実際に見るとショックで。つい飛び出してきちゃった」

 てへ、とでも言いたげに可愛く唇の先から舌を出した。さながら、いくつかのケーキ店の軒先にあるキャラクターのようだ。その様子がやっぱり同性から見ても可愛く見えるのだから、異性からしたらいかばかりだろう。

「ね、ね、理名ちゃん。どんな様子だった?着任式と離任式。それに、対面式。いなかったから、全然分かんないや。やっぱり、いればよかったかな」


 そう問いかけられた理名は、言葉に詰まった。理名は今目の前にいる女子のことで頭がいっぱいで、全くその数々の式の様子を覚えていなかった。対面式は、辛うじて断片的に覚えていたので、それを話した。上級生のプレゼン、部活動が豊富に紹介されていたこと、近々宿泊オリエンテーションがあること、校歌の生披露、麗眞による新入生代表の言葉。話し終わると、彼女はにこやかに微笑んで、小さく溜息をついた。

「きっと噛まないでスラスラ言ってたんだろうな、上級生の間で噂になってたりしないようね、麗眞。お坊ちゃま気質で、外見もあんなだから人気なんだろうな」

 その呟きを聞いて、理名の頭の中に疑問が浮かんだ。お坊ちゃまとは、どういうことなのだろう。それに、この子と麗眞は付き合ってはいないのだろうか。その子は、理名の疑問をテレパシーで受け取ったかのように、疑問に答えた。

「ああ、麗眞のお父さんが理事長なのよ。この、正瞭賢高等学園の。だから、特別な目で見られてるし、よっぽど遅刻しそうな時は、麗眞の執事に送迎してもらうしね。その車は敷地内ならどこでも移動できるし。理事長でもあり、家もどこぞの小説か映画に出てくるような超豪邸だしね。理事長のコネクションは世界各国に太いパイプがあるって聞いてるけど。とまぁ、私が知ってるのはこれくらいかな」

 ここで言葉を切った彼女は、続ける。

「私と麗眞は、別に付き合ってないよ。今は、ね。そりゃ、あわよくば進展はしたいし、友達以上恋人未満、って感じなんじゃないか、って自分では思ってるから……」

 みるみるうちに頬をチークの色より濃いピンクに染めながら言い淀む女の子。恋する乙女、とはまさしくこのことだろう、と思った。そんなことを考えていると、女の子は理名の顔をじっと見つめた。その様子は、図らずも彼女の想い人である麗眞と重なって見えた。

「あのさ。もう、勝手に友達だと思ってるから、理名さ……じゃない、理名ちゃんのこと! だから、困ったことがあったら何でも言ってね? 話を聞くくらいなら出来るから!」

 そう言って、また陽だまりのような笑顔を向けた。心の中にある氷の塊が、少し溶けだしたのが自分でも分かった。

「よろしく、椎菜、ちゃん」

「こちらこそ、よろしく、理名ちゃん!」



 理名は、椎菜と二人で並んで、学園の校門を抜け、靴を履き替えるために昇降口に入った。すると、後ろからそれぞれ、肩を叩かれた。

「ったく、二人で何話してたんだよ。で? 飯は食ったの? もうあと十五分で終わるぞ、昼休み」

 声の主は、話題に上がった麗眞だった。彼の声で、慌てて時計に目線をやる。理名は、時計を見た。時間は、十二時二十分になろうとしている。昇降口向かいにあるふかふかの座椅子に三人で腰を降ろした。お弁当らしきものなど、理名は持ってはいなかった。すると、椎菜は、ランチョンマットの結び目を解き、おにぎりとタッパーを取り出した。その中には、卵焼きやサクランボ、煮物などが入れられている。

「私、事情があってもうお昼は食べたんだよね。だから、良かったら、理名ちゃんが食べて? お腹すいちゃうから」

 昨日初対面の女の子に、ここまで優しくしてくれる人がいるなんて、と理名は思った。この子となら、上手く高校生活を謳歌できそうだ。

「ありがと。じゃあ、遠慮なく。いただきます」

 丁寧に手を合わせて、鮭フレークが入ったおにぎりと、甘さが絶妙の卵焼き、味付けがちょうどいい煮物、酸味がほどよいサクランボを全て平らげた。

「とっても美味しかった。人の作ったものを食べたの、久しぶりだったから。椎菜ちゃんのお母さんにも、今度お礼を言わなくちゃいけないね」

 そう言って、椎菜に感謝を伝えた理名は、無事に満たされたお腹を満足気に制服の上から撫でて立ち上がった。麗眞は、理名と椎菜に付いてくるように促すと、その先にはエレベーターがあった。それに乗り、教室がある階へと向かった。降りると、麗眞を先頭に、その後に椎菜、理名と続いた。


 三人が教室のドアを開けた瞬間、学園中にチャイムの音が鳴り響いた。まだ先生は来ないと踏んで、まだサンドイッチに噛り付いている生徒もいる。麗眞たちも席にはつかずにいた。そのとき、ドアが音を立てて横に開いた。それに驚いて、サンドイッチを気管に詰まらせた生徒も一名いるようだったが、森田先生は生徒一人一人に冊子を配り始めた。理名に冊子が三つ渡されたので、近くにいた麗眞と椎菜に手渡した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ