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カカオとキャンディー(仮)  作者: 櫻葉きぃ
第一章
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4

「それ、お互い様でしょ」

 理名がそう声を掛けると、そのカッコつけくんはにっこり微笑んだ。こんな爽やかに、人間って笑えるんだ。その笑顔を見て、そんなことを思った。この笑顔を見た瞬間、「いい人だ」と思った。昨日まで心の中で仲良くなりたくないタイプだと毒づいたことを、土下座して謝りたいくらいだった。ふいに、その男の子、麗眞は、理名の顔をじっと見つめてきた。

「……なに。何か、私の顔についてる? 昨日少し話しただけの人の顔をジロジロ見るの、止めてくれる?不愉快だから」

 つい、そう言ってしまった、口を突いて出てしまった言葉は、取り消すなんて出来ない。

「理名ちゃん、だっけ。名前。大丈夫。さっきの言葉も、気にしてないから。俺、姉にしょっちゅうそういう口調でこういうこと言われてるから、慣れてるんだよね」

 お姉さんがいるんだ。意外だった。女の子に好かれる男には妹がいるイメージが強かった。私は、姉も妹も兄も弟もいない。一人っ子だ。だから、少し羨ましかった。

「いいなぁ、兄弟姉妹、いるんだ。ちょっと羨ましい」

 理名は、考えてみた。自分に兄弟姉妹がいたら、どうなっていただろうか。きっと、母が夜勤で帰って来なくて父も飲み会で帰りが遅いときも、きっと退屈しなかっただろう。もし、兄弟姉妹がいたのなら。今と同じように、母の背中を追っていたのだろうか。ダメだ。母のことを考えてはいけない。また、昨日のように、涙が溢れて止まらなくなる。人前で、泣くなんてみっともない。泣くのなら、独りの時が最適なのだ。そう思い、理性で感情を抑えようと努力する。しかし、それは無駄な努力だった。涙が一筋、瞳から零れた。その瞬間、すぐ近くに、グレープフルーツのような柑橘類の匂いを感じた。

「ったく。理性で感情抑えるなんて、無駄な努力して楽しい? 負の感情は吐き出したほうが楽なの、知ってる? とにかく、泣いてるとこなんて見られたくないだろうから俺が壁になってやる。好きなだけ泣けば? ほら」

 宝月 麗眞の愛用している香水なのだろうか。悔しいくらい、本人にピッタリだ。その香りに包まれながら、声を殺して泣いた。昨日も泣いたのに同じ泣き方のはずなのに、心は穏やかだった。きっと、自分以外の誰かが傍にいてくれたからなのだろう。理名が泣いている間、麗眞はずっと彼女の頭を撫でていた。どれくらい泣いていたのだろう。10分くらいだっただろうか。ようやく落ち着いて目を擦りながら頭を上げる。すると、教室のドアが横に開かれた。茶髪ロングをハーフアップにした女の子。日焼けや肌荒れとは無縁のような、整った白い肌に目線が奪われる。ドアのところに立ち竦んだまま、呆然とこちらを見ている。麗眞の幼なじみ、椎菜であった。理名と麗眞を交互に見比べた後、くるりと踵を返して、教室から出て行ってしまった。それを見た麗眞は、小さく溜息をついた。

「ったく、またか。いらぬ勘違いしすぎなんだよな、アイツ。そのうち戻ってくるだろ、心配しないでいいから」

 そう言われたものの、今の世の中は物騒だ。校舎の外に出て、何か事件にでも巻き込まれたらシャレにならない。まだ高校生なのだ。自衛の術など、持ち合わせていないに違いない。昨日会っただけの女の子を、なぜこんなにも気にしているのか理名自身も分からなかった。教室から出て、化粧室で崩れたアイメイクを手早く直す。教室に戻ると、麗眞が理名の腕を引っ張り、携帯電話を出すように言った。

「私の携帯電話番号なんて聞いてどうするの」

「探しに行くんだよ、しょうもない幼なじみを、さ。2人で探した方が早いし。どちらかが先に見つけた時のために、連絡手段を確保したいだけ。別に理名ちゃんみたいなウブな子を口説くつもりもないから安心して教えてよ。あ、そうそう。こんな時になんだけど、呼び方は麗眞でもくん付けでもいいから。俺のことは」

「……わかった。麗眞、くん。一応、クラスメイトなんだしよろしく」

 下の名前呼び捨てはためらわれた。だから、「くん」を付けることにした。仲良くない人は、拒否反応を明確に示すために苗字を呼び捨てにしていたのに、なぜか彼に対してはそれが出来なかった。言い方にカチンときたが、事態が事態だし、と電話番号を教えた。ショートメールで十分だろう。麗眞は上の階を探すようだ。理名は、昇降口に向かった。靴箱のロックを開け、スニーカーを取り出すと、放るように上靴を入れる。スニーカーの紐を適当に結んだ理名は、走って校門を出た。それにしても、彼女はどこに行ったのだろうか。外に出て彼女がいそうな公園などを回ってみても、彼女は見つけられなかった。しばらくして、携帯の時計が8時30分を過ぎているのを見た。そのとき、携帯電話にショートメールが入っているのに気が付く。

『椎菜の捜索、お疲れ様。また昼休みにでも探そうか。俺も理名ちゃんも遅刻になっちゃうし、戻ろう』というものだった。やけに親しみがこもったその文面に、笑みが零れた。外見からは想像がつかない、優しさが文字から滲み出た文面だった。校内の門をくぐり、昇降口で上靴に履き替えた後の足取りは軽かった。麗眞という男の子とは、何だか上手くやっていけそうな気がしたのだ。このぐらいの年頃の高校生に見られる精神的幼さは、彼からは微塵も感じられないからでもあった。中学校の頃に何度かその幼さによっていじめを受けてきた理名にとっては救いだった。「男性に対するマイナスの偏見」を取り払ういい機会が巡ってきた。理名は素直に、そう思うことが出来ていた。

 

 やがてチャイムが鳴り、森田先生がピンクのワイシャツに黒のスラックスといういで立ちで教室に入ってきた。教室内が失笑に包まれる。そして、クラス中が森田先生を軽蔑の視線で見た。何だか先生が不憫に思えたが、助ける義理もないため、見て見ぬふりをした。

 そして、朝のホームルームが終わると、廊下に身長順に整列させられ、二列縦隊でゾロゾロと体育館に向かう。その様はどこかの軍隊みたいで薄気味悪かった。体育館に着くと、腰を下ろしていいと言われて、スカートが乱れるのなんて意に介さず、ドカっと冷たい床にお尻を密着させた。当然、自分たちが教わっていない先生の言葉など耳に入ってくるはずもない。理名の頭の中は、朝のホームルーム前の光景がリフレインしていて、教室を飛び出した女の子のことでいっぱいだった。何かあったりはしていないだろうか。そこらの女子より「可愛い」と思われる容姿の彼女を、男性がおいそれと放っておくはずがないことは、恋愛経験など皆無の理名にも推測が出来た。


 そんなことを考えていると、上級生は一度体育館から出るように言われており、一年生だけが体育館内に残された。ふと目線を上にあげると、若い女性教師や年を食った中年男性が自己紹介を始めていた。ここ以外の学校から異動してきた先生たちなのだろう。さして他人に興味のない理名は、聞くともなく聞いていた。そして、着任式が終わると、一斉に上級生が体育館に入場してきて、新入生が並ぶ列の左右に並び、腰を降ろした。同じ制服の人がずらりと並んでいる光景は圧巻だった。その数は300人を超えていただろう。左右の列から何人かの生徒が男女含めて五、六人出てきた。スクリーンを降ろし、パソコンを準備したりして、プレゼンでもするかのようであった。そして、上級生によってマイクのスイッチが押された。

「新入生の皆様、正瞭賢高等学園への入学、おめでとうございます。今、皆さんの胸の中には、たくさんの希望と、不安でないまぜになっていることと思います。そんな不安を少しでも和らげるために、この学園を紹介する映像を、放送部や様々な委員会と連携して作りました。ぜひご覧ください」

 そんなアナウンスの後、体育館の照明が落ちて、スライドが始まった。

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