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カカオとキャンディー(仮)  作者: 櫻葉きぃ
第一章
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2

 その思考を引き戻すかのように、後ろからトントン、と肩を叩かれた。振り向くと、そこには理名より五センチほど背の低い、茶髪ロングヘアと白い肌をした女の子が立っていた。アイシャドーのピンクと頬のピンク色がリンクしている辺り、きっとファッションも「女の子らしい」のだろう。残念ながらそりが合わなさそうだ。あいにく、理名は女の子らしい服装など一切好まない。ボーイッシュなチェックシャツにTシャツ、ジーンズにスニーカーが一番落ち着くのだ。

「ね、あなた、突然で悪いけど、体調悪いとかない? ずっとぼーっとしてたみたいだから、気になってたの。初対面なのに、余計なお世話だったらごめんね」

 女の子は口を開くなりそう言ってきた。理名は入学式の時を思い返してみる。そんなに自分は周囲から浮いていたのか、と。

「そんなことない。ぼーっとしてたのは認めるけど、考えごとしてただけだから。あなたに勘違いされる謂れもないし。心配してくれたのは、嬉しいけど」

 ぶっきらぼうにそう言い放つと、女の子は露骨に眉を下げた。

「気を悪くしたなら、ごめんね。でも、体調が悪いんじゃなくてよかった」

 あんなに警戒心を露わにしてあんなことを言ったのに、笑顔を浮かべたその女の子の姿を見た理名は、とっさに「強靭な精神力の持ち主」だと悟ったのだった。

椎菜(しいな)

 女の子に声を掛けたのは、男の人だった。制服のブレザーもスラックスも、新入生特有の「着られてる」感が一切なかった。襟足くらいまであるストレートの黒髪が目を引く。そして顔も世間では「イケメン」と評されるに違いない整いぶりだった。

「まったく。入学早々、何人友達増やせばいいわけ?」

「いいじゃない、(れい)()。友達は多い方がいいんだから」

「確かにそうだけど。それにしてもさ、近頃の女子にしては珍しく、一匹狼タイプの子もいるんだから仲良くなりたいオーラ出し過ぎるのもほどほどにしろよ? いい迷惑だろ」

 そのイケメンは、理名をチラチラ見ながらそう言ってくる。なに、この自信過剰で上から目線な感じ。正直、仲良くなりたくないタイプだ、と理名は心の中で言った。

「とか言って、新入生代表の言葉読んでる時からこの子のこと気になってたくせに、よく言うよ、麗眞も。あ、そうそう。自己紹介、まだだったね! 私、矢榛(やはり) 椎菜(しいな)っていいます。よろしくね?」

 椎菜と名乗った女の子は、隣のイケメンを指さした。イケメンくんとこの子は幼なじみらしい。

宝月(ほうづき) 麗眞(れいま)。よろしく」

「……理名。岩崎 理名。……よろしく」

 自己紹介を終えたところで、ガラ、と音を立ててドアが開き、背は高いが痩せた男性が入ってきた。皆は慌てて座席に座った。この人が先生であるらしい。

「えー、皆。入学おめでとう。この学び舎で過ごす三年間が充実したものになるよう、心から祈っている」

 開口一番そう言った男性は、理名たちが座る机に背を向けて、白いチョークで黒板に文字を書いた。

森田もりた 一貴かずき』と書かれていた。この男性の名前だろう。担当教科は化学だという。名前からして、生物学の先生かと思っていただけに、意外だった。

「というわけだ。今日から一年間、先生と共に過ごすことになる。よろしく! えー、それでだな、明日は上級生との対面式だ。その前に、教員の離任式と着任式がある。きちんと学校に来るように! 今日は以上」

 

先生の話を終えると、各々が教室を出て、帰宅の途についていく。理名もそれに倣って、教室を出て昇降口へと向かった。オリエンテーションで言われたように、靴箱の扉を手前に引いて上靴を入れる。そして四桁の数字を入れてロックする。これで、この靴箱を開けることが出来るのは自分しかいないことになる。ここまでセキュリティーが徹底している学校に通ったことがない理名は脱帽した。昇降口から外に出てしばらく歩く。さすがに疲れが溜まっているのか、学校の最寄り駅に向かう足はゆっくりとしている。私の後ろを、仲良さげにふざけ合う男女が追い抜かしていく。女の子の方は制服を着崩していないところを見ると、理名と同学年に思えた。身長は、170と少しある理名より小さい。男の方は、理名より10センチほど高い。その後ろ姿には見覚えがあった気がした。しかし、さして他人に興味のない理名がすぐに思い出せるはずがない。首を一度横にひねった後、一言呟いた。「リア充め」

軽く舌打ちをしてから、理名は最寄り駅を目指して再び歩き出した。

 『正瞭学園前』。ここが、高校の最寄り駅だ。学生が多いのか、ファミリーレストランやファストフード店、カラオケ、コンビニまで充実している。ここは割と裕福な生徒が多く通うというから、店もさぞかし商売が潤うことだろう。裕福ではない理名が、医学部への進学率が高いことから、目標はここにしか定めていなかった。必死に、この高校の学力レベルに追いつくため、深夜まで苦手科目の文系の穴をできるだけ埋める努力をしたのだ。毎朝のように目の下に隈を作って登校していたから、中学校の担任に何度心配されたか分からない。それも、今となってはいい思い出だ。電車の座席に腰をおろして流れゆく景色を眺めながらぼんやりとそんなことを考えていた。電車のアナウンスが聞こえた。

「まもなく、しんばらぁ~。しんばらです。お降りの際は、足元にご注意の上、黄色い線の内側をお歩きください」

降りなければ。電車を降りて、改札への階段を上がる。制服姿の中高生は何人か見たけれど、理名と同じ制服の人はいなかった。理名の方をチラチラと見ては、ひそひそ話をしている中高生やおばちゃんがいる。そんなにこの制服は珍しいのだろうか。そう思った。グレーが基調のブレザーに、同じくグレーをベースに赤と黄色の線でタータンチェック模様になっている。なぜか女子も制服がネクタイで、なぜか緑色なのだ。まさか、センスが悪いとか思われているのではなかろうか。理名はそう思ったが、忘れることにした。自分の気のせいかもしれないからだ。大体、センスが悪いのは理名自身のせいじゃない。この学校の偉い人だ。心の中で毒づきながら改札を乱暴に通り過ぎ、理名が住む家の方角に向かった。


 「ただいま」

 古びた一軒家。築十六年目の黒い瓦屋根が、今時珍しいらしい家の前で足を止める。ゆっくりドアを開けて、こう呟いた。「おかえり」の返答なんて聞こえなかった。理名を迎えたのは父の声ではなく、時間も、自分が今いる場所さえも忘れてしまいそうなくらいの静寂だった。大きく溜息をついてリビングへと入り、重いスクールバッグをソファに置いた。そして、テーブルの上の紙切れに目が留まった。出版社で管理職をしている父らしい達筆で。こう書いてあった。

『理名へ 入学おめでとう。仕事だから式にも顔を出せず、悪かった。今日は仕事で付き合いがあるから、父さんは外で食べてくるよ。だから理名も夕食は自分で食べてくれ。父さんが帰って来る頃には理名は寝ているだろうから、先に言っておく。おやすみなさい。 父より』

 その紙切れに書かれた文字に目を通した理名は、それをソファに放り投げて呟いた。

「何が付き合いよ」

 父がもう高校生という妙齢になった彼女自身を心配して、「付き合い」という印籠を掲げて「新しい母親探し」をしているのだということを勘付いていた。そうでなければ、財布から父の収入に見合わない鞄の領収書や、父が好まない派手なネクタイを付けているはずがないのだ。父も父だ。「新しい母親探し」は、娘である理名に直結する問題のはずだ。当事者である理名に秘密にして活動をする意味が全く理解できないでいた。

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