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カカオとキャンディー(仮)  作者: 櫻葉きぃ
第一章
11/14

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「ほら、準備が出来たなら、早く行こう? 宿泊オリエンテーションの練習にもなるし!」



 そう言って私の腕を引っ張る彼女の顔は楽しそうだった。正直に言わせてもらうと、温泉や銭湯に、友達と行ってはしゃぐ女の子の気持ちがわかるほど、女子力がないということは自明の事実だ。けれど、せっかく椎菜という女の子の中の女の子に会ったのだから、自分も彼女から何かを学ぼうと思ったのだ。浴室に入るのかと思ったら、椎菜ちゃんによって肩を掴まれた。

「何かあるの?」

 洗面台らしきところの一角にある棚を指さした彼女は、そこから商品を三つ取った。そこには、日本全国で発売されているボディーソープ、シャンプー、コンディショナー、洗顔フォーム、メイク落としなどがずらりと並べられていた。

「ここから、自分が普段使っているものを取ってから洗い場に行くのよ。合わなくて肌が荒れた、髪がまとまらない、なんてことを防ぐために始めたみたいだけど」



 なるほど、麗眞くんのお姉さんが豪語していた、「どこのホテルよりもサービスがいい」とはこのことか。見たところ、ドライヤーも様々な種類が置いてあるようだ。理名も彼女にならって、ボディーソープとシャンプー、コンディショナーに、クレンジングオイルを脇に抱えるようにして持った。


 ドアを開けて、持っているものを置いてから彼女の見よう見まねでかけ湯をしてから、洗い場に向かう。使い慣れたものを使って、身体と頭をもこもこの泡で包む。環境が違うのに、どこか安心感を得ることができるのは、この配慮のおかげだとわかった。ちらりと横目で頭に泡を乗せている椎菜ちゃんを見ると、出るところの出たスタイルだ。胸はよくよく見るとおそらく推定Dカップであろう。理名なんてBすら危うい。うっすら、下の毛も丁寧に処理してあるのが見えて、彼女に気づかれないよう、小さく息を吐いた。理名の方は下はおろか、ワキすらも処理していない。重要性がさっぱり分からないのだ。椎菜といると、「女子」だという自覚を持たされるような気がする。女子直皆無の理名となぜ仲良くしてくれるのだろう。頭に去来する雑念を払い落とすように、オイルタイプのメイク落としで濃い黒マスカラとアイラインをオフすると、すぐさま身体にこれでもかというくらいタオルを巻き付けて浴槽へ向かうべく、慎重に歩を進めた。

「あ、これ、ジャグジーついてる! すごい! こんなの初めて!」

 この家については、今日始めて来たより熟知している椎菜がいるのに、はしゃいでしまっていた。こんなことをわざわざ言わなくても、彼女は知っているのだ。それにしても、ジャグジーがついている浴槽なんてホテルすらなかなかない。

 この超豪邸、維持費と家賃は桁いくつなんだろう……。


 そんなことを思いながら、熱いお湯に肩まで沈める。

 そこに、タオルを外した彼女が隣に座った。お湯が透明なせいで、彼女の細身だがグラマラスな身体が露になる。直視していられなくて、思わず目を背けた。それなのに、構わず椎菜は、理名と目線を合わせてきた。いつもは目を見つめられると視線をそらしてしまうのだが、麗眞と椎菜の視線だけはなぜか平気だった。

「ねぇ、理名ちゃん。さっきから何を気にしてるの? 勘違いされたくないから言っておくけど、下着が可愛くないからとか身体が女の子らしくないとか、そんなちっちゃいことで友達やめたりしないからね? 私、そんな器小さい子じゃないから!」

 彼女の決して高いとは言えないけれど、まっすぐな声は、いつもより理名の心に響いた。メイクを落としてもなお目立つ二重と黒い大きな瞳は、まっすぐ理名を射抜いていた。

「私、男の子よりサバサバしてて、それでいてちょっと意地っ張りで寂しがり屋な理名ちゃんが好きだし、そこが理名ちゃんの個性だと思ってるから。人にはそれぞれ個性があって当たり前だし、そこを好きになれるからこそ、友達でいられるんだし! だから、ちゃんとそのままの理名ちゃんでいてほしい。女の子らしいとからしくないとか、気にしなくていい」

 椎菜は見抜いていたようだ。理名が、彼女の身体と自分を比べて劣等感を抱いていることも、自分は彼女に釣り合わないと思っていることも。なんて、洞察力と観察力をしている子なんだろう。

「あ、そうだ。理名ちゃん、好きな人出来たら教えてね? 理名ちゃん、その未来の彼氏さんに本気で愛されたら私よりスタイルよくなっちゃうかもって思ってるし。その前にモデルさんとか芸能人としてスカウトされるかもね? 身長高いから羨ましいよ」

「え……。あの、その、椎菜ちゃんは、本気で、麗眞くんに、そうやって、愛されたこと、あるの?」

 気になったから、聞いてみた。こんなことを平気で、友達になって日が浅い子に聞くなんて、以前の理名からすると考えられなかった。

 だけど、さっきの言葉を聞いた後だから、聞くことが出来た。素直に聞いても、友情は揺るがないと分かっていたからこそだった。

「最後まではまだ、ね? だからまだ、未遂かな」

 え、そうなの? 予想外の答えに、口があんぐり開いているのが自分でも分かった。もうすっかり、卒業してるのだとばかり思っていた。そんなことを思っていると、浴室のドアが開いて、茶髪ロングヘアをお団子にした女性が入ってきた。

「椎菜ちゃん、それ、多分思い込みよ。あの愚弟が未遂で済ますはずないわ」

 入ってきたのは、麗眞のお姉さんだった。そういえば、後から来ると言っていたっけ。

「ごめんなさいね? 盗み聞くつもりはなかったのだけれど、たまたま、タイミングが重なってしまっただけね。悪く思わないでくれるかしら? 浴室だからね、よく声が響くのよ」

 しばらく経って、お姉さんは洗い場から湯船に入ってきた。

「あ、そうそう。理名ちゃん、だったかしらね。私の事は彩さんで構わないわ。変に気を遣われるの、好きじゃないから」

 そう呼んでほしいと言われれば、従うほかない。彼女からしたら、高校生なんてまだまだ子供なのだろう。

「はい。よろしくお願いします、彩さん」

 横でニコニコと微笑んでいる椎菜を見て、自然と理名の顔にも笑みが浮かんだ。自分では全く気付かなかったが椎菜も彩も笑顔でいる辺りはそうなのだろう。その後、主に彩から麗眞の普段の様子を聞いた。彩さんにばかりつっかかってくるらしいところを見ると、相当マザコン、ではなく、シスコンの領域に踏み込んでしまっているらしい。そんな人でも大丈夫なのか、主に椎菜ちゃんの麗眞くんへの気持ちを確かめるための会話が、三〇分もの間、延々と繰り返された。




 ようやく尋問が終わった頃、三人そろって浴室を出て、ロッカーに向かったときだった。椎菜の異変に気付く。……入浴前は私の腕を引っ張るくらいの元気があった。それが今はどうだ。後ろをとことこついてきていて、その足取りもおぼつかない。

 少し思案して、彼女の手を軽く引っ張って脈拍を調べる。……脈が不規則かつ、速い。普通彼女のような年齢の女性なら、1分間に60~100の間だ。個人によって差はあるけれど。椎菜は安静時に測ったことはないから分からないけれど、今は110くらいだ。


 こうなるのなら、参考までに健康診断のあと、聞いておけば良かった。血圧と一緒に。……こういうところが、私は甘いのだ。ふいに、先ほどのビリヤードで麗眞が言われていた言葉を思い出した。どうやら理名も、ツメが甘いらしい。

 隣に、母がいてくれたらどんなに心強かったか。いや、今更たらればを考えても仕方がない。母は、手の届かない世界に逝ってしまったのだ。一人で、やるしかない。覚悟を決めた。

「椎菜ちゃん、のぼせてるわ。彩さん、水で濡らしたタオル数枚と、団扇、持ってきてもらえますか? なるべく早くお願いします!」

「わかったわ」

 彩が脱衣場を足早に出ていくのを見届ける。脱衣所の真ん中に鎮座しているベンチソファーに、頭より足を高くした状態で彼女を寝かせた。嘔吐やめまい等の症状は訴えていなかったが、一応、気道も確保した。何かあってからでは遅い。

 次に、手近にあった扇風機を強にして彼女のソファーの近くまで持ってきたところで、タオル数枚とペットボトルホルダーに収めたスポーツドリンクを持った彩が走ってきた。まだ、彼女に指示をして3分も経っていない。彼女は理名の傍に団扇を置きながら、言った。

「偉いわ。さすが、私の執事と愚弟ね。遅いから、誰かがのぼせてるかもって、一式用意してあったのよ。作業の速さには感心するわ」

 さすが、いろいろ対処が素早いな……。医師及び看護師志望もビックリの手際の良さだ。

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