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カカオとキャンディー(仮)  作者: 櫻葉きぃ
第一章
10/14

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 またあのらせん階段は上りたくない、と思っていると、階段なんて通り過ぎて自動販売機がある角を曲がるとエレベーターが見えた。この階と、さきほどのエントランスの階にしか止まらないようだ。エントランス階のカウンターに立っている男女に会釈をする。そして前の三人についていく。階段を一度降り、突き当たりを曲がった。すると、漆塗りのドアが行く手を塞いでいた。相沢がそれを軽々と手前に引く。



 現れたのは、昔の外国人映画で見たような長方形の長いテーブル。3センチほどの間隔をあけて敷き詰められたえんじ色の椅子。テーブルには、生まれてこの方、食したことがないような料理や高価そうな食器が並べられていた。すでに、1つの椅子には先客がいた。先ほどは降ろしていた髪を頭頂部でまとめている。髪をおろしても結んでも、高貴なイメージは初対面のときのままだった。麗眞のお姉さんだ。椎菜がソプラノの音域ならば、彼女の声はメゾソプラノの音域を出せそうな声をしていて意外だった。女性の地声は高い、という先入観があったが、それは見事に打ち砕かれる。綺麗な二重まぶたも目を引いたここも姉弟で共通している。話によると、彼女は経営学部を出て、留学先のハーバード大学でMBAも取得し、心理学も少し学んだようだ。経営が立ち行かなくなった企業や倒産寸前の企業を支援したり、業績のいい会社のコンサルタントを本業にしているらしい。いずれはこの家、継ぐのかな……。

「あら、来たわね。名前を言うのを忘れていたわ。宝月(ほうづき) (あや)よ。よろしく」

 そこで言葉を区切り、後ろの燕尾服を指さして言った。

「私の執事、藤原。ほら、ご挨拶なさいな」

「ご紹介賜りました、彩お嬢さまの執事をしております、藤原と申します。お嬢さま共々、お見知りおきを」

 神妙に頭を下げた執事さんにならって、理名も名前を名乗った。

「岩崎 理名です。麗眞くんと椎菜ちゃんのクラスメイトです、一応……。よろしく、お願いします……」

 気に障るようなことは口にしていないだろうか、それが気になって仕方ない。口の中はカラカラに渇いていた。

「あら、そうなのね。ああ見えて、自分自身が『友達』と認めた人には誠実で優しいのよね。私の愚弟のくせに。まぁ、損得勘定で友達を選ぶところは、まだまだ未熟なんだけど。なかよくしてやってね」

「はい……」

 口角をあげた笑みはさすが姉弟と言いたくなるくらいにそっくりで、なんだかいたたまれない気持ちになった。促された椅子に座り、見よう見まねでナプキンを膝に掛けた。

「折り目逆だよ、理名ちゃん」

 椎菜がかいがいしく、ナプキンの折り目を手前側にして掛けなおしてくれた。食器を外側から使っていくことにも慣れなくて、スープを飲む際に少しだけ音を立ててしまったり、ナイフとフォークを床に落としてしまったりもしたけれど、執事さんの気配りは私だけに向いていたのか、と思うくらいにスマートだったせいで白い目で見られずに済んだ。こんな超がつくほどの庶民が、ここにいていいのかという後ろめたさも、食事を終えた頃にはなくなっていた。



 食事を終えて広い食堂を出た時、おもむろに声を掛けてきたのは麗眞のお姉さんだった。

「泊まっていけばいいじゃない。世界のどのホテルより、サービスいいわよ? セキュリティーも万全だし」

 そこまで言われて無下に断るほど心ない人間ではない。しかし、人生で初めて男の人の家に泊まるのが、こんな日本らしからぬところでいいのか、という疑念が頭を掠めた。でも、気にするだけ無駄だ、と思った。もう麗眞や椎菜とも友達なのだ。醜態を晒しても、きっと穏やかに見守ってくれる、そんな思いが去来した。

「じゃあ、お言葉に甘えて、よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げて、なりゆきで宿泊することになった。

「今日は、案内がてら、私も来客用のバスタブ使おうかな。手配よろしくね、藤原。あ、椎菜ちゃん、麗眞が呼んでたわよ。理名ちゃんは、私に着いてきてね」



 そう言うと、ここで一度椎菜とは別行動になった。言われるがまま、背中について行く。らせん階段をあがるのは辛い、というと、エレベーターで4階まで上がる。そして、突き当たりまで行くのに半日はかかりそうな廊下をまっすぐ歩き、突き当たりを右に折れ、また突き当たりを今度は左に曲がった。


 そして、その一帯の部屋とは違う白いドアを躊躇なく開けた。そこがどうやらお姉さんの部屋らしい。部屋に引っ込んだ彼女は、丈の短い、パイル地が特徴のボーダー柄ロンパースを手渡した。中には下着の感触もある。

「こんなのしかなくて、ごめんなさいね? お気に召したかしら?」

「はい。ありがとうございます」

 そうは言ったものの、パジャマ代わりにこんなこじゃれたものを着る趣味はないため、内心は戸惑うばかりであった。普段の寝間着はTシャツに中学校時代のジャージである。やはりこの人たちと自分は住む世界ばかりではなく、人種も違うのではないかと本気で思った。寝るだけだというのにこんなにおしゃれなものを着て過ごす神経が理解不能だった。

「さあ、先にお行きなさい。私は、少ししてから行くわ。さっきのエレベーターで二階まで下りれば、エレベーター近くの自販機付近に、貴女待ちの椎菜ちゃんがいるはずよ」

 お姉さんはそれだけを言って、部屋の扉を閉めた。言われた通りにエレベーターを探し、開いた瞬間に飛び乗った。ゴーンというエレベーターらしからぬ荘厳な音で目的階への到着を知らされた。貸してもらった服を落とさないように抱きしめる形で持ちながら降りる。


 優雅に冷たいほうじ茶のペットボトルを飲んでいる人物がいた。椎菜だ。

「ごめん、結構迷っちゃったよね。理名ちゃんについていってあげればよかった。麗眞はね、私が泊まるってことになったから、理名ちゃんと一緒がいいだろうって、部屋を移動してくれていたの。着替えも取りに行きたかったし。ごめんね?」

 その口ぶりからも、椎菜はこの超豪邸に慣れていて、何度も泊まったことがあるということがありありと伝わってきた。理名は、椎菜の後ろにピッタリくっついて、来客用の浴場を目指した。




 脱衣スペースに入ると、ロッカーが50はあることに開いた口がふさがらなかった。しかも、セキュリティーを強固なものにするために、指紋を登録して施錠する仕組みのようだ。それに圧倒されていると、隣のロッカーにいた椎菜ちゃんがおもむろにブレザーと薄い白いブラウスを躊躇なく脱いだ。続けざまにキャミソールを脱ぐと、ギャザーとサイドベルトにまであしらわれたレース、中央のリボンに一粒添えられた涙型のパールが印象的なブラジャーがいきなり顔を出した。明らかに、それはランジェリーショップで買ったものであると、ひと目でわかる。

 しまむらで買った理名の下着など、おそれおおくて見せられるはずもなかった。こんなものを見せたら、絶対笑われる。友達でいられなくなるに違いない。大人っぽいな……。Cはあると思われる胸の膨らみをチラ見しつつ思った。彼女の中学の保健体育でも習ったか習わなかったかなんて記憶にない、オトナな秘めゴトを既に経験済みなのだろうか、と思わせるには十分な威力があった。



 彼女が胸の上あたりまである髪を結っている隙に、私もブラウスを脱いだ。どうか、色気などゼロのスポーツブラを見られないように願いながら。もともと2人しかいない空間を、長い静寂が包んだ気がした。

「理名ちゃん、私、お手洗い行ってくる。ゆっくりおいでね? 焦らなくていいから」

 それだけを言い残して、彼女はロッカーを閉めて、ごく自然に人差し指をかざしてから、バスタオルで身体を覆った。そして静かに化粧室へと歩いていく。


 絶対、ドン引きされたわ……! せっかく、いつもツンツンしていて素っ気ないし愛想もない私に初めてできた友達だったのに! 何の色気もない下着とキャミソールを隠すようにロッカーにしまい、身体に何重にもバスタオルを巻きつけた。そして、黒い縁の眼鏡を外して、眼鏡ケースに収めて、ロッカーの手前に入れた。閉めると、普通なら硬貨を入れるところに、五本あるうちのいずれかの指をかざすように指示があった。

 その通りにすると、「登録されました」の文字と共に一定の機械音が鳴ったのを合図に、椎菜がタオルを胸元まで引き上げながら歩いて来た。


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