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02

もう会う事も話す事もないだろう。

そう考えていた秋広の思惑とは別に、その後も梨夏との逢瀬は続いた。


梨夏は毎晩必ず、まるで秋広の事を待っているかのように、駅前の広場で佇んでいた。


話はいつもたった数分、長くても十数分程度。

内容にも一貫性はなく、とりとめもない、まさしく雑談としか言えない物だった。


にも関わらず、毎日続くやりとりのせいで、気づけば秋広の日常の中に梨夏との会話がしっかりと組み込まれていった。


その日も、帰ってきた秋広の事を梨夏はしっかりと出迎えた。


「おじさーん、お疲れ様ー。今日は早いね」

「あぁ……梨夏か。今日もいたのか」


秋広はすっかり恒例となったやり取りに苦笑を浮かべる。

今日はいつもよりかなり早く帰ってきたため、彼女とは会わないと思っていた。

しかし梨夏はこうして現れて秋広の事を出迎えている。


いったい、彼女は何時からここにいるのだろう。

そんな疑問が脳裏をよぎったが、口にする前に梨夏が話を続けていく。


「なによー。いちゃいけないのー?」

「別にいけないってことは――


そこまで言いかけて、秋広は相手が高校生である事を思い出した。


――いや、あるな。お前みたいな若い子が、あんまり夜中に出歩くんじゃない」

「お前じゃなくて梨夏だってば。それに今日は別に遅くないじゃん」


たしかに今日は普段より三、四時間も早い。まだ九時にもなっていない。

夜であることはたしかだが、深夜というにはまだ早い。

いつもならば自分と梨夏しかいない駅前にも、ちらほらと人の姿があった。


駅から出てきた人達は、邪推するように二人の事を盗み見ている。

その視線を感じ、秋広は若干の居心地の悪さを覚えた。


「十分遅いだろうが。いつも遅くまでこんな所にいて。何かあったらどうするつもりだ?」

「もー、だから大丈夫だって言ってるじゃん」


秋広の言葉には最初の頃と違った気安さがあった。


毎日のように会話をすることで、多少なりとも二人の間の距離感は狭まっていた。もっともそれは、赤の他人が顔見知りに変わった程度のものではあったが、知り合いの少ない秋広にとっては大きな変化だ。


「いつか事件に巻き込まれても知らないぞ」

「平気だって、逃げ足の速さには定評があるんだから」


そういって梨夏は指先でスカートの端を持ち上げ、すらりと伸びた細く白い生脚を見せつける。

それに秋広はため息でもって答えた。


「どこの、誰の定評だ」

「学校の先生。私の見た目って目立つからさ、よく怒られるんだ」

「そりゃ、そうだろうな」


長い金髪に派手なメイク。そして明らかに露出の多い制服。

これで怒られないわけがない。


「怒られるなら直せばいいだろ」

「怒られたからって自分のポリシーを歪めるのは私の主義に反するんだよねぇ」

「そんなポリシー持っててもいい事ないからさっさと捨ててしまえ」


秋広としては至極まっとうなことを言ったつもりだったが、梨夏は不満げに口を尖らせた。


「言っておくけど、私のこの髪、地毛なんだよ?」

「そうなのか?」

「うん、私ってハーフでさ。だから金髪なのも生まれつき。だけど、先生ったらそういうの無視して、校則だからって、髪を黒く染めろとか言ってくるんだよ。おかしくない?」


そう言いながら彼女は長い髪を指先で弄ぶ。


たしかに彼女の髪は根本まで綺麗な金色をしているしプリンにもなっていない。

その色は染色よりも鮮やかで、地毛と言われても違和感がなかった。


改めてよく見てみれば、梨夏の瞳も純粋な黒ではなくわずかに茶色がかっていた。


「だからってその服装と化粧はどうなんだ。そっちは校則違反だろ」

「あー、これはね。先生がずーっとグチグチ言うからさ。何もしてないのに怒られるなら、いっそ怒られるような見た目をしてやろ、って」

「なんだそれ」


開き直りにもほどがある。

彼女の無駄な行動力と思い切りのよさに秋広は呆れるしかなかった。


「ねえ、それよりさ。おじさんお腹すいてない?」


唐突に話題が変わる。

その話の無軌道っぷりにもだいぶ慣れてきた。


「ああ、この後コンビニか何かで飯を買って帰ろうかと思ってた所だけど」

「んー、だったらさ、ファミレスでもいかない?」

「ファミレス?」

「うん、私もお腹すいててさ。何か食べたいなーって」

「そうだなぁ……」


梨夏の提案を秋広は思わず断ろうとして、少し躊躇した。


元々、飯を食べるつもりはあったのだ。

自炊する気が起きないからコンビニで済ませようと思っただけで。

それがファミレスになったとしても特に支障はないはずだ。


それに、久しぶりに誰かと食べる食事にも興味があった。

誰と食事を共にするなんて、もう何年も経験したことがなかったから。


ただ問題があるとすれば――


「なに? ファミレスじゃない方がいい?」

「……いや。別にファミレスでいい。でも、奢らないぞ」


別にファミレスでの食事ぐらいで財布が痛むことはない。

どうせ金額もたかがしれている。

しかし秋広はあえて奢らないと宣言をした。


自分と梨夏の関係はあくまでも雑談をする顔見知り。

断じて援助交際をしているわけではないし、するつもりもない。

そういう思いを言外に含めたつもりだった。


「うん、期待してないから大丈夫。じゃあ早くいこいこ!」


が、そんな秋広の突っぱねるような言い方も梨花はまったく気にしなかった。

それどころか嬉しそうに秋広の手を引っ張っていく。


「ば、馬鹿。やめろ」

「えー、いいじゃん、このぐらい」

「周囲の目があるだろ」


周りを見渡し、秋広が焦る。

先ほどから盗み見るような眼差しを感じていたが、今ではその視線には露骨な蔑みと不審、そしてわずかな嫉妬が混じっていた。


派手な見た目をしたギャルと至って普通のアサラーリーマン。

そんな組み合わせの男女を傍目が見たらどう思うのか。

考えるまでもない事だった。


「周囲の目? あー、私とおじさんが周りにどう見えるかって事?」


そんな秋広の焦りなどまったく頓着せず、梨花は手を繋いだまま人影の多い繁華街の方へと進んでいく。

そのせいで秋広は彼女に引きずられるように歩くしかなかった。


繁華街は時間帯のせいもあって、それなりに人通りが多かった。

サラリーマンにOLに大学生、そして梨夏のような高校生。

様々な人がカラオケや飲食店の照らす灯りの中を思い思いに歩いている。

梨夏はそんな雑踏の中を慣れた感じで進んでいく。


「そんなの友達ってことでよくない?」

「いや、どう考えても無理がある」


彼女が高校何年生かは知らないが、少なくとも三十路目前の秋広とでは十歳以上は年が離れている。どう考えても友達としては違和感がある。


とはいえ親子という程にも離れてはいないし、兄妹というには離れすぎている。

なんとも微妙な年齢差だ。


これではどれだけ好意的に解釈したとしても親戚あたりが関の山だが、それにしたって梨夏と秋広の容姿が違い過ぎるために、無理があった。


「えー、なんで友達じゃ駄目なの?」

「年の差を考えろ」

「友情に年齢なんて関係ないと思うけどなー」

「良い事っぽい事言ってもごまかされないからな」

「ちっ。だめか」

「舌打ちをするな」


そんな会話を続けているうちに、秋広は梨夏につれられてファミレスへと到着していた。

各地にチェーン展開しているその店は、味はそこそこだけど値段の割に量が多い。そのためか、若い人に人気の店だ。


「んじゃあ、入ろうか」

「それよりいい加減、手を離せ」


手を繋いだまま店に入ろうとする梨夏を、秋広は強引に振り払った。


「あっ……もう。強引なんだから」


梨夏は不満げに顔をしかめていたが秋広は意図的に無視をした。

別にやましい事をしているわけではないはずだが、悪目立ちはしたくなかった。


「さっさと店に入るぞ」

「あ、ちょっと待ってよ」


これ以上ここで立ち止まっていては変な注目を受けてしまう。


秋広は、足早に店の中へと足を踏み入れ、梨夏は慌ててその後を追いかけた。


「結構混んでるな」

「この店はいつもこの時間こんなもんだよ」


店の中は夕食時には遅いにも関わらず満席に近かった。


学校や塾帰りらしい学生の姿が多く、ちらほらとサラリーマンやOLが一人で食事を取っている。

自分たちのような組み合わせは他には見当たらない。


やってきた店員に人数を告げると、いぶかしげな視線を投げつけられた。

おそらくは秋広と梨夏の関係を邪推しているのだろう。


されても当然かと内心でため息を吐き、秋広は案内された二人掛けの席についた。

その向かいに梨夏が腰を落ち着ける。


「ご注文がお決まりになりましたらボタンでお呼びください」


そう店員は言い残し、おしぼりとメニューを置いていった。

梨夏は置かれたおしぼりに触れる事もなく、素早くメニューを手に取った。


「んー……んー……何にしよ」


梨夏は季節限定の料理には一切目もくれず、定番の料理を素早く見比べている。


限定メニューを見ないという事は、それを覚える程度に頻繁に来ているに違いない。そう思った秋広は、素直に質問してみた。


「ファミレスにはよく来るのか?」

「そこそこかな。週一ぐらい。一人の時もあるけど、だいたいは友達と一緒かな」

「それは俺の感覚だと結構来る、なんだけどな」

「そうなの?」


会話をしながらも梨夏はまったくメニューから目を逸らさない。

ああでもないこうでもないと、パラパラとページをめくりながら唸っていた。


「あぁ。外食なんて滅多にしないし」

「普段ってご飯どうしてるの?」

「どうしてるって……だいたいコンビニで弁当買って済ませているよ」


秋広の食生活はかなりの割合でコンビニに依存していた。

夜はスーパーがやっている時間にはほとんど帰れないし、外食をしようとすると帰るのが更に遅くなる。


昼は昼で買ってすぐに仕事に戻れる気楽さから、こちらもコンビニを重宝していた。

よほど気が向かない限りは外に食べに行く事もしなかった。面倒だからだ。


ちなみに朝は食べない主義だ。

飯を食べるほど身体が起きていないし、時間があれば少しでも寝ていたい。


そう説明する秋広に梨花は呆れた表情を浮かべていた。


「あんま健康的じゃないなー」

「そうはいってもな。独身男の食生活なんてだいたい似たようなものだろう」


最近は自炊男子とかいって自炊をする男性も増えたようだったが、秋広は料理はあまり好きではなかった。


料理が作れないわけではない。

むしろ小さい頃から手伝っていただけあって得意な方だ。


ただし得意な事と好きな事は必ずしも一致するわけではない。


料理を作るのは面倒だし、後片付けはもっと面倒。

なにより、一人で作って食べるだけの食事は、予想以上に味気ない。

だから秋広は自炊をしなかった。


「ふーん……そんなもんなんだ。あ、頼むの決まった?」


秋広が頷くと梨夏がボタンを押す。


ほどなくしてやってきた店員に梨夏はドリアを、秋広はパスタを注文した。

そこまで長居をするつもりがなかったためドリンクバーは頼まない。


店員にメニューを下げて貰い、梨夏は再び口を開いた。


「おじさんって彼女いないの?」


この年頃の子はどうしてこうも会話がぽんぽんと飛ぶのだろう。

話の脈絡がなさすぎて一瞬混乱する。


「唐突になんだ。どうせいないよ」

「へー、意外。おじさんって結構恰好いいのに」

「……そんな事言われたの初めてだぞ」


秋広は今まで異性にモテた経験がない。

そもそもそこまで親しい相手が居た試しもない。


学生時代は学業とバイトと家事の手伝いに追われていたし、社会人になってからはそれこそ仕事に没頭していた。

同性の友人すらいない秋広に親しい異性がいるわけもなければ、恋人などもってのほか。


なので、他人から格好いいと言われるなんて、人生で初めての事だった。

そしてそんな事を言われた秋広は、照れるでもなく喜ぶでもなく、不審げな表情を浮かべていた。

ありていにいえば警戒していた。


「おだてても奢らないからな」

「別にそういうんじゃないって。疑り深いなぁ」


訝しげな視線を投げる秋広に、梨夏は小さくため息をつく。


「だったらなんでいきなり彼女の話なんてするんだ?」

「食事がコンビニばっかって言ってたでしょ? 彼女がいれば一緒に食事とか行くんじゃないかなーって」

「そういう事か」


そこまで言われて、ようやく秋広は梨夏の話の流れが理解出来た。


「なんで作らないの? 彼女いれば手料理とかお願い出来るかもよ?」

「あのな、彼女なんて作ろうと思って出来るもんでもないんだよ」


世の中の多数の男を代弁するかのように秋広が言う。

もっとも、秋広には作ろうという意思も作る機会もなかったわけだが。


「だいたいな、俺に彼女なんて作る暇があると思うか?」

「あー、あんだけ忙しいと無理かー。デートする時間とかないもんね。やっぱ休日も仕事なの?」

「いや、休日は大抵は家の事をしてるな。掃除とか洗濯とか」

「……なんか味気ない毎日だね」

「俺もそう思う」


平日はほとんど仕事だけの毎日。休日も掃除や洗濯をするだけ。

そんな日々を続けていれば気が落ち込むのも当然と言えば当然だった。


自戒のように『これからは何か趣味を作ろう』と決意を固める秋広に、梨花は頬杖をついたまま唇の端を持ち上げた。


「だったらさ。私がおじさんの彼女になってあげよっか」

「だったらの意味が分からん……だいたいなんで俺なんだ?」

「んーとね。理由はまあ、色々あるんだけど」


思わずそう問いかけると、梨夏は頬杖を解き、一本一本指を折っていく。


「まず見た目は悪くないっていうか割と好みな所でしょ。あと毎日話してるけど飽きないってか、話してて楽しい所とか。それとなんとなく、放っておけないなーって気がする所とか」


あとこれが一番大事なんだけど。そう言って梨夏は秋広の顔を見つめた。


「おじさんは私の事をあんまりいやらしい目で見てこない」

「いやらしい目?」

「うん。私ってこんな見た目じゃん?」


そういった彼女が指先で自分の全身を示す。

鮮やかな金髪に白い肌。

幼げな顔立ちを隠すような派手な化粧。

それに丈の短すぎるスカートと大きく胸元の開いたシャツ。

どこからどう見ても、ギャルそのものだ。


「こういう恰好してるからさ。駅前でぼーっとおじさん待ってる時とかさ、結構声かけられるんだよね」

「ナンパか」

「それだけじゃないよ。脂ぎったおっさんに、『三万あげるからホテルにいこう』とか『好きな物奢ってあげるからデートしよう』とか言われた事もあるし」

「それは……」


ようするに売春や援助交際を持ちかけられたという事だ。

秋広からすると眉をしかめるような内容だったが、当の梨夏はあっけらかんとしている。


「ほら、私ってさ、自分で言うのもなんだけど、結構かわいいし、あとオッパイも大きいじゃん?」

「あまりそういう事は外で言うな」

「ごめんごめん」


周囲に目を向けるが、他の客は梨夏の話に気づいた様子もない。

別にやましい話をしているわけではないが、なんとなく他の人には聞かれたくなかった。


「で、さっきみたいな人達ってさ、私のことすっごいエロい目で見てくるんだよね。胸とか、あとお尻とか、そのあたりを」


おそらく男たちにとっては無意識の反応。あるいは見てもバレないと思っての行動だろう。

しかし女性は視線に敏感なものだ。


「そういうの分かるもんなんだよ。てか話してる最中に目がふっと下向くと『あー、いま胸見てるな』とか分かっちゃうんだよねー」


そこまで言って、梨夏が机に前のめりになって秋広に顔を近づけた。

茶色の混ざった澄んだ瞳は、先ほどから秋広を捉えて離さない。


「その点、おじさんはあまりそういうエロい視線で見てこない。これって私的には結構、好感度高いわけよ」

「たぶん、梨花が気づいてないだけで何度かは見たと思うぞ」


言い訳をする事でもないはずなのに、秋広は咄嗟に訂正していた。

なんとなく過剰な持ち上げ方に居心地が悪かったせいもある。

しかし最大の理由は、生来の生真面目さからだった。


秋広だって男だ。

しかも別に同性が好きなわけではない、れっきとした異性愛者だ。

自然と視線を向けてしまった事は、意識無意識を問わず何度かあった。


「別にたまに見るのは仕方ないよ。それが男のサガっていうもんなんでしょ?」

「それは、そうだが」

「ならいいよ。それにまったく興味持たれないってのも、それはそれで傷つく」

「難儀なもんだな」


じろじろと見られるのは嫌だが、まったく見られないのも嫌らしい。

年頃の女の子というのはよく分からない。


いや、この場合は梨夏だけに限った話だろうか。

女性経験の少ない秋広には難しい判断だった。


「ちなみに今も胸を寄せてるのに、おじさんはまったくチラりとも見ていません」

「だから、はしたないからやめなさい」

「はーい」


秋広に叱られ、梨花は素直に前かがみをやめた。

そうしてクスリと笑い、わざとらしく居ずまいを正す。


「というわけで、付き合わない?」

「お断りします」


そうすげなく答えると梨夏は大げさに肩を竦めて見せた。

芝居がかった仕草だが、梨夏がやると不思議と違和感がなかった。


「ま、あまり期待してなかったからいいんだけどね」

「だったら言うな」

「いやー、もしかしたらワンチャンってのを期待してたんだけどねー」

「ないからな、ワンチャン」

「えー、なんで? おじさん的には私ってまったく好みじゃなかったりする?」

「そんなの……」


――当然好みではない。


そう軽く返そうとして、秋広は思いの他、梨夏の顔つきが真面目だった事に気が付いた。瞳はじっとこちらを覗き込み、わずかに両手が震えている。


そこまで露骨に態度で示されて気づかないほど、秋広は鈍感ではなかった。


「そんなの?」

「そんなのは、だ……」


梨夏に促されてもなかなか言葉が出てこない。

はぐらかすべきか、真面目に答えるべきか。

そもそも自分は彼女をどう思っているのか。


少なくとも悪くは思っていない。

気遣う必要がないので気楽だし、何よりも話していて楽しい。


しかし付き合う対象として見れるかと言われれば答えにノーとしか言えない。


なにせ彼女はまだ若い。

本人は十分大人のつもりだろうが、三十近い秋広にとってはまだまだ子供だし、法的にも未成年だ。

それに、十年以上という年齢の差は障害にしかならない。


世間体というものもある。

仮に当人達が真面目に付き合っていたとしても、傍目からすればどう考えても援助交際にしか映らない。


「あ、言っておくけど、私まだバージンだよ?」

「ぶっ」


唐突な告白に思わず秋広は吹き出した。

唾が飛んてしまったのか、梨夏はのけぞるように体を反らして顔を両手で覆った。


「おじさん、きたなーい」

「お前が突然変なこと言うからだろ」

「だからお前じゃなくて梨夏だってば」


梨夏はメイクを落とさないように注意しながら器用におしぼりで顔を拭っている。

色々な意味で気まずくて、秋広は首の裏を乱暴に掻いた。


「まったく……何を考えて言いだしたんだか」

「やー、もしおじさんがそういう所で気後れしてるなら、フォローした方がいいかなーって」

「もっと別のところを気にしてくれ……」


深いため息をつく秋広に、梨夏は首を傾げていた。


「別のところって? あ、付き合った事もないよ。こう見えて私って身持ちが固いんだから」

「そういう事を言っているんじゃなくてだな――


「お待たせ致しました。こちら、ドリアとパスタになります」


と、言いかけた秋広の頭上で事務的だが明るい声が投げかけられる。

気が付けばいつの間にか店員が机の横に居て、料理を運んでいた。


今の話を聞かれたと思い、秋広は慌てて店員の顔色を伺う。

しかし相手にはどこにも不審な様子が見当たらない。

警戒する秋広を尻目に、机の上には何事もなく料理が並べられていった。


「ご注文の品は以上でしょうか?」

「あ、はい……問題ございません」


思わず馬鹿丁寧に返してしまった秋広を見て、梨夏は面白そうに笑っていた。

大人びたメイクをして派手な見た目をしている割に、相変わらずその笑顔は子供っぽい。


「それではごゆっくりどうぞ」


営業スマイルを置いて、そのまま店員が去っていく。

その後ろ姿を見送り、秋広は安堵の息を吐いた。

振り返れば、先ほどまでの様子とは一転し、梨夏が食べ物を見て喜んでいた。


「わーっ。やっと来た。さ、おじさん。食べよ食べよ」

「あぁ……」


――もう話はいいのか。


そう問いかけたかったが、秋広は口を噤んだ。


話が終わったならそれにこした事はないし、藪蛇になるのは避けたい。

若干の申し訳なさと自分の打算ぶりに辟易しながら、秋広は静かにフォークを取った。


「あ、そっちのパスタも少し貰っていい?」

「……好きにしてくれ」

「わぁい、おじさん、ありがとっ」


もう何も言い返す気力が湧かない。


嬉しそうに料理に舌鼓を梨夏を尻目に、秋広は深いため息をついた。

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