プロローグ
ようやく厳しい残暑を過ぎた初秋の折。
三十路の誕生日を目前に控え、木島・秋広は生きる意義を見失いかけていた。
秋広は天涯孤独だった。
父親は小学生の時に亡くなった。
頼れる親戚もいなかったため、その頃からずっと母親と二人で生きていた。
そしてそんな母も七年前に急逝した。
元々、秋広の母親は身体が弱い人だった。
いつも病気がちで、それでも懸命に仕事と家庭を両立していた。
その上で、学校をやめて早く働きに出ようとする秋広を説得し、彼を大学卒業までいかせてくれた。
しかし長い間の無理は母親の身体を蝕み、取り返しがつかない状態まで悪化させていた。
秋広が気づいた時にはすべてが手遅れだった。
大学を卒業して働き始めた途端、母親はまるで重荷が取れたようにそのまま病室で亡くなった。
入院してたったの一週間。遺体は驚くぐらい軽かった。
幸いにも労災が認められた事と生命保険金が下りた事で葬儀はつつがなく行えた。
といっても、参列者は喪主である秋広のみ。
たった一人で通夜を上げ、葬儀を行い、坊主にお経をあげて貰い、生花を添え、母親の出棺を見送った。納骨は斎場の人と共に行った。
すすり泣く声も、故人をしのぶ声もない、とても静かな葬式だった。
後日、お骨は父と同じ墓に納めた時になって、ようやく秋広は泣いた。
それからの秋広は孤独だけを寄る辺として、漫然と日々を過ごしていた。
朝早く起き、誰もいない家で朝食を取り、会社に向かい、夜遅くまで仕事をして、そして帰って飯を食べて、風呂に入って眠るだけ。
そんな無機質な生活を母が死んでから何年も繰り返しているうちに、ふと秋広の脳裏によぎったことがあった。
――自分の生きる意味などないのではないか。
そう、誰かに問いたい気分だったが、残念ながら秋広にはそんな事を話せる相手がいなかった。
学生時代は母を安心させてやりたくて、勉学にしがみつく毎日だった。
そしてその合間を縫って家事の手伝いとバイトを掛け持ちしていた。
そのため友人を作るような時間もなかった。
社会人になって母が死んで時間が出来てからも、それは同様だった。
別に会社で孤立しているわけではない。
業務に支障がない程度に話す相手はいるし、たまには雑談も交わす。
けれど親しい間柄と呼ぶにはほど遠い。
当然恋人なんていやしないし、出来た事もない。
これからがそうだったように、この先もそうなのだろう。
このまま、自分は独りで生きていく。
風邪を引いても見てくれる人はおらず、心配をしてくれる人もいない。
消化試合のように日々を過ごし、そうやって年老いて、やがて死ぬ。
そんな人生に果たして意味などあるのだろうか。
――彼女と出会ったのは、そんな事を考えていた時だった。