邪気払いの小豆
お爺さんはお家に帰れただろうか。お爺さんがくれた小豆の入った麻袋を握ったまま、
しゃがみこみ庭の池の水面をぼうっと見つめていた。
すると見つめていた水面が風もないのに揺らめいた。
水面に映った私の顔が醜く歪みその額には一本の角が生えた。
驚いて立ち上がり、池から離れると後ろから声がした。
「本当は行きたかったのではないか?」
振り返るとそこにいたのは…
「お前はここに居るべき人間ではない」
私だった。私と同じ顔同じ服。ただ額には角が一本生えていた。
手の込んだ特殊メイクだ。弥勒童や青太坊くんたち界隈のコスプレイヤーだろうか。
しかし、一般人の姿をまねるとはたちが悪い。
「それは 貴方でしょ 勝手に私の庭に入っているんだから」
「本当にお前の庭か?」
「一応管理を任されているんだけど」
「ではお前の意思でここに居るわけではないのだろう」
「私が自分で選んだの」
「本当は逃げてきたのではないか」
「え?」
「自分のやるべきこと、あるべき場所、あるべき姿
その全てを捨てるために ここに来たのではないか」
「貴方 何かの勧誘?悪いけどお金ならないし
他人の助言なんて要らない」
「そう お前は他人を嫌う 独りになるために
自分を慕うものを切り捨てた だが人の身では
それも叶うまい」
「私を慕うもの?」
「私について来れば 本来のお前の姿を教えてやろう」
私を慕うものとはだれのことだろう。私は誰かを切り捨てるようなことを
してきたのだろうか。私は私を知らないのかもしれない。
ならば 知るべきではないのか。
角の生えた私が私に手を差し出す。その手をつかもうとした瞬間
お爺さんがくれた小豆の入った麻袋を地面に落としてしまった。
地面に小豆がばら撒かれる。
それを見た角の生えた私は怯えた。
「邪気払いの小豆!」
角の生えた私はキイィと悲鳴を上げると走ってどこかへ消えてしまった。
地面に散らばった小豆を見ていると少しずつ私は我に返っていった。
なぜあんな怪しげな者についていこうとしたのだろう。
とりあえず、地面に散らばった小豆を拾い、麻の袋に入れ直した。
ただ 角の生えた私の言う切り捨てたもの、本来の私の姿、その言葉は気になったままだった