徘徊老人を保護せよ
朝方、妙な夢を見た。空を飛んでいた気がする。細かい内容までは思い出せない。
昨日色々あったからまだ疲れが取れてないのかもしれない。
台所で水を飲んでいると庭から妙な音がする。水の音。水で何かを洗っている音だった。
庭を覗くと庭の池にざるを浸し小豆を洗っている小柄な老人がいた。
そうこれがあの有名な…伝説の…徘徊老人である。少子高齢化でよく聞くようになったが、
自分の庭にもついに出てしまった。とりあえず、保護しなければいけない。そう心の中で誓い、
下駄をはいて脅かさないように老人に近づいた。
「何をしているんです?」
「あずきをなぁ 洗っとるんよ?」
見ればわかるよお爺さん。そう心の中だけで突っ込んだ。
そう お年寄りのハートは繊細なのである。むやみに突っ込んではいけない。
「そうですか 洗ってどうするんです?」
「洗うのが 仕事なんよ」
ひょっとするとこの老人は、家族から無理やり小豆洗いという拷問を強いられているのかもしれない。
なんてことだ家族の絆もここまで壊れてしまったとでも言うのか。
現代日本はいったいどこへ向かっているのだ。
「誰かに洗うように言われたんですか?」
「わしが洗いたいから洗っとるんよ」
何だ趣味か変わってるな。自分の家でしてくれればいいのに。
「お家まで送りましょうか?」
「お家はないんよ」
家の場所がわからないのだろうか?
本当に家がない場合はどうしてあげたらいいのだろう。
とりあえずお巡りさんか、役所の人に相談しようと思いながら老人の横で
小豆を洗う音を聞いていたら、なんだかぼうっとしてきた。
いろんなことがどうでもいい、どうして私はこんなところに住んでいるんだろう。
もっといい場所がどこかにあるかもしれないというのに。
このままここに居ていいのだろうか。
「さあ いこうかの」
「どこに行くんです?」
「行きたいところにいくんよ
お前さんも行くんじゃろ?」
そうだ私も行かなければ…
一瞬目の前に桜の花びらが散るのが見えた。そんなはずはない今は秋のはずだ。
それに今朝見た夢にも桜が出てきた。そうだ私は…急に遠い昔のことを
思い出した。生まれる前の思い出。私はここに来たいから来たのだ。
「いいえ 私はここに来たいから来たのです
他に行く場所はありません」
そう言うと老人は麻の袋を私に差し出した。
「池を使わせてくれたお礼だよ」
「どうもありがとうございます」
麻の袋を老人から受け取ると急に庭に霧が出てきた。風が吹き、霧が散ると老人の姿はなかった。
麻袋にはぎっしり小豆が入っていた。
そして、私は思い出したことと、朝の夢を忘れてしまった