抑圧
時間よ止まれ……別に美しくはないけど……
時間が欲しいマジで
『てーいーじーほーうーこーくー!の時間だ主人!』
電波にのって騒がしい声が響き渡る。
『騒がしい、聞こえている……というか』
脳内に仕込まれたマイクロチップが自身の視野へと補正介入を掛け、
通信システムと連動して仮想フィールドが展開される。
『ん……?』
普段は視野に補正介入など掛からない筈なのだがどうやら椿が会議用に細工をしたらしい。
『モデリングワールドか、手間のかかる物を……』
俗にチャットルームと呼ばれる物だ、
元々はお見合いなんかにも使われてるシステムだが、デフォルトのフィールドを改造し野点風のフィールドが形成されている。
『……暇なんですか?』
思わず緋桜が問いかける、いや俺もそう思うがそれは言うべきではないだろう。
『緋桜がソレを言うのか!?こっちと言えば野鳥を投石で狩ったりキノコを育てたり、兵から告白されたり、メイリアとの百合関係を疑われたり大変なんだぞ!?』
ご丁寧に着物姿にポニーテールを揺らしながらカシャカシャと抹茶をたてる緋桜。怒りをぶつけるようにかき混ぜてはいるが、それでも器用に零さずかき混ぜているのは設定なのか実力なのかは不明だ。
『……エンジョイしてますね、此方は上手く敵に潜り込めた所です、今の所メイリアの父親らしき男は発見出来ていませんが』
椿と同じく着物に身を包んで、紅茶を啜っている。
『ああ……でだ、落ち着いてきたからそろそろ一度精神抑圧を解除しようと思う』
ガシャン、と2体の人形が同時に手にした器を握りつぶす。
器から派手に液体が飛び散って居るのを見るに、どうやら先程抹茶を混ぜていた手腕は設定ではなく実力だったらしい。
というよりそこまでショッキングな事を言った積りはないのだが…
『ちょ、待って、主人、落ち着こう!?な!?』
『おおおおおおおおおおおちついて!?ねぇ!?落ち着いて?!』
『落ち着いてるが?』
『『マジでか!?』』
『マジだ?』
『マジなんですか……』
抑圧というのは、自らの精神を抑える為に掛かっているリミッターの事だ、外部的ストレス要因を抑えこみ冷静な判断を行えるようになる専用のツール。
もっとも、コレを使うと合理的判断は行えても複雑な思考の上での行動は困難であるという制約が掛かる。
『心配しなくても、しばらくのたうち回って嘔吐して泣き喚くぐらいだと思うぞ?』
『『それが心配なんですよ!?』』
『まぁ決めたからな……報告終わり』
パツンと、脳内で強制的に回線を切断した音が響き渡る。
回線を強制切断した為に、少々脳にダメージが入ったのか軽い目眩がした、いや、本当はただ抑圧を切るという事実にビビっているだけなのかもしれないが。
「……切断する、バックアップ頼んだ」
「砲撃支援よりも難しい事言いますね……やるだけはやります」
スゥ、と息を吸い込み死を覚悟する。
心構えの問題だ、俺の魂は酷く脆弱な存在、一欠片の痛みですらその全てを焼き切られる程に。
「―――カット」
一気に世界が黒へと反転する、吐き気と共に足元から力が抜け落ち、精神を一気に曇天の中に突っ込みシェイクされる感覚。
即ち『発狂』
「アアアジィぃあああ嗚呼嗚呼あゝがああっっっっっ!?」
ゴポリ、と、胃から液が逆流する。
「おッ……おぐッ……」
「主人、どうぞ」
素早くバケツを差し出す緋桜、タイミングはナイスだ。
「あっ……がっッ……ゲボッ」
ビチャビチャと音を立てて吐瀉物がその中に撒き散らされた。
胃の中は全て出しきった、だがそれでも吐き気が止まる事は無い。
「糞が……なんで俺がこんな目に合わなきゃならんのだ、糞が……糞が糞がクソがッッッ!!!いつも通りの作戦だった、問題は無かった、警戒を怠った?んな訳ねーだろうが!貼られてた結界が神話レベルの物とか分かるかよボケが!!クソが!帰ったらクソッタれた情報落とした奴等も皆殺しだ!!!」
「はい、殺しましょう、ですから落ち着いて」
「落ち着けるかよ、タダでさえオカルトなんざコッチの管轄外なんだよボケ!!
俺に何が出来る!?木偶作るしか取り柄ねぇのにこっちじゃ資材もクソモねぇ!!俺に何出来るってんだよ!?ああ!?精々こっちじゃ戦闘で一流所って話だろう!!一流では何を成せる!?何も成せない高々一流では!!一流であるだけでは世界を変えられんのだ!!俺が行うべきは元の世界に戻る事!それは世界の理を捻じ曲げること!!世界を変革させる事だ!!分かるか!?ならどうすればいい……どうすればいい」
涙が溢れる、自らの無力に嘆く……寒緋桜を万全にメンテしてやる事もできなければ、新たな使い潰しの人形すらも作れない、ならば俺は……俺は何だ?
「マスター……別に戻れなくてもいいじゃないですか、何をそんなに焦っているのですか?」
焦る……か、理解はしているが。
「分からん何も!焦っているのかも!!それでも!!それでも……生きて繋げないとダメなんだよ……俺は何も繋げれて無い……まだ、何も世界に遺せていない」
「……遺しましょうマスター貴方の思う全てを、焦らずとも良いのです貴方が貴方であって進む意思を見せる限り、この寒緋桜……貴方に尽くし朽ち果てましょう」
言葉が刺さる、不甲斐ない自らに。
「――――それと、盗み聞きしようとしている者に天罰を下す必要が有りますね」
腰にさした『鉄剣』を抜き放ち扉の向こう側に居る敵対者へとおもむろに投擲する緋桜。
飛来した刃は扉を一撃の元に吹き飛ばし、建造物を揺らすほどの衝撃をまき散らした。
「………逃げましたね、幸いにして『元の言語』で話していたのが救いです、追撃しますか?」
「いや、いい……どうせこっちの国の連中だろう」
それよりも……少し眠りたい。
そのままベッドに倒れ込むと、溶け込むように意識を奪われる。
……今は休息が必要だ、今の俺は……2体の奏者に相応しく無い、彼女等にも主人を選ぶ権利はあるのだから。
「お休みなさいませ、マスター」
意識が消え入る最後に聞いたのは優しい優しい相棒の声だった。
*
「ああクソッ!マスターに回線切断された!?」
「うわっ!?」
ガシャンと隣に座っていたメイリアがカップを落としたがどうでも良い。
それよりも私は主人の安否を確認せねばならないのだ。
「メイリア!済まないが私はマスターの援護に回らないと行けなくなった……」
「えっ!?いやあの事情説明を!?」
空間内部から切り札の1枚であるアヴェンジャーを取り出し、反磁力フレームを稼働させ、重量を軽減させ電磁浮遊を行う。
「う、浮いて……!?」
「砂鉄を壁にして空気抵抗を無くせば音速は余裕か、しかし慣性制御を行うとメンテが面倒に……いや、だが」
『神楽椿、ストップです、脳内から全回線にダダ漏れですよ』
此方の思考を止めるように緋桜が語り掛けてくる、だが此方は止まる気などない。
『寒緋桜!貴方は近場にいるから安心なのだろうが此方は見えないんだ!!いや、視覚情報は奪えるがそれは主人が嫌がる!私は嫌われたくない!!』
『普通に私との視覚情報を共有をすればいいでしょうが……今主は眠っていますよ、ほら』
パチンと、自らの視界の中に主がベッドの上ですやすやと寝息を立てている姿を捉えた。
同時に全身から力が抜け落ちるような感覚を覚える。
『……ああ、良かった、生きてるんだな』
『バイタル把握ぐらいは怒られないからしておきなさい、貴方は私の姉なのですからもう少ししっかりして下さい、本当に……』
『り、理解はしているが主人が追い込まれているのを……その、なんだ』
『理解はしました、ですが報告相談連絡はしっかりして下さい』
『ああ、そうする……うん、多分』
『怖いからはっきりYESと答えて欲しい所ですね』
ガシャリ、とアヴェンジャーを再び格納スペースに格納し、電磁浮遊を解除する。どうやら私の思考回路は主人の事となるとショートカットをしすぎるらしい。
……短絡的なのかもしれない、もう少し複雑な処理にしてみようか。
「び、びっくりしました……以前火を起こす魔法を見ましたが、まさか飛翔まで出来るとは……」
「魔法じゃなくて電磁浮遊と言っても伝わらないが……まぁ、金属がある場所であれば一定の高さまでは浮遊できる、飛行ではなく浮遊なので注意だな」
メイリアがキョトンとした表情でコチラを見ている、
言ってる意味が分からないのだろうが聞いて良い事か判断しかねるのだろう。
この女はそういう気遣いが出来る女、いや、関係を崩す事あるいは我々が敵に回らぬように、細心の注意を行っているという事か。
そういう意味では主の行動は合理的なのかもしれない。
行き過ぎた科学と魔法はなんとやら、アチラの世界を支える技術体系が魔術である以上科学の進歩も殆ど無いのだろうが、似通った技術である人形技術に関しては、ある程度警戒と対策を考えねばならない訳である。
即ち主人が獅子身中の虫となった理由としては技術の把握や他の人形師との情報収集という内容もあるのだろう。
「騒がせたな、少し頭を冷やしてくる……」
緩やかに木造の扉を開け、ひとっ飛びで城壁へと舞い降りると其処には見張りの兵達が居た、未だコチラの存在に気付いてすら居ないらしく熱心に森を眺めている、仕事熱心なのは良い事だが後方にも気を――というのは少々酷か、殆ど音も気配も無い暗殺人形相手に気づけたのならばこんな所で兵などしてないだろう。
ふむ、ではいつも通りのロジックで軽く挨拶を行うとしよう。
「元気そうだな、食事もしっかりとっているようだが次の補給は暫く先と聞いた、あまり食べ過ぎて飢える期間を出さないようにな?」
軽い冗句を飛ばす、真顔で言うと本気に取られるのは数度経験済みだ。
「カグラ様!?」
「ソレ以外の存在に見えるのならば至急医者に掛かる事をオススメするが?」
そう言いながら周囲を見渡す。
見渡す限りの森、森、森、湖、森、森、川、川、森、……軍?
「―――所属不明軍接近中だ、貴様サボっていたのか?」
「えっ!?あの!?」
「言い訳は後でいい、警備を引き上げて第二種戦闘配備、メイリアの護衛に10人程付けるように私からの指示があったと伝えろ、軍の旗は青地に金の……龍かワイバーンか何方かは不明だが、敵にしろ味方にしろ何方にせよ青地という事は貴族の大物だろう、旗印を覚えている役職も居ただろ?」
「は、はい!」
「そいつをコチラに連れて来い、早い段階で識別できれば遠方から数を削れる、
私は砲台で待機するので急ぎ駆け足にて連れて来い!」
「了解!」
即座に指示を出してコチラも砲台としての位置に付く。
さて、敵にしろ味方にしろ嫌な予感しかしないので、可能であれば皆殺しで済ませたい所だ。
「姉御!敵ですか!?」
私が砲台として使っている城門の上に守り神が如く降り立った様を見て、近場に居た兵が急ぎ弓と矢束をバケツリレーのように渡していく。
鐘を鳴らせて知らせたりしないのは、此方側が相手を察知したと悟らせない事と此方の最長視認範囲を悟らせない為であり、皆にはそれを言い含めてある。
「所属不明軍が接近中、数は5000程で城を落とすには足りないが楽観視しても良い物でもない、威力偵察ならば皆殺しにするが―――味方であれば厄介事にしかならんと思うのでな」
コチラ側の戦力は主の居た以前よりもやや減少している。
というのも脱走兵……というよりもメイリアに本国への帰還を望む兵を帰らせた。
私が居る限り、此処の要塞は近寄った人間人形問わず周囲1km半径内であれば、秒間6人の死者を作り出す沈まぬ城塞である為、近接される前に1万程度であれば余裕で片付く。
故に兵の数を減らし、兵力の遊びを無くす事を優先させたのだが……
「現状コチラの兵は?」
近場に居た兵に問いかける、兵の名前は確かアクツィオだった筈、この男は弓兵の中でも上役に位置し本人の弓の腕も中々の物だが少々酒癖が悪いのと私の事を姉御と呼ぶのが欠点だ、とは言え優秀なので別に気にはしないでおこう。
「槍と剣兵合わせて3500に弓兵500、魔導師が100で残りが飯炊きだのなんだので、合計5千ぐらいでさぁ!いつも通り射程内に入るまでは待機で宜しいんで?」
既に私は此処の防衛を短期間で3度経験し、兵の扱いという物をある程度は学んでいる。即ち相手は三度失敗しているのだ、となれば……流石に今まで通りの対応では少々不安になってくる。
「いや、今回はブルーラインを超えた時点で私が単身攻撃を行い、指揮系統を破壊する……もっとも敵であればだが」
ブルーラインとは私が定めた城の周囲500m範囲の事だ、この範囲であれば投鉄による精密狙撃が可能になるのだが、過去に500mラインからの投鉄は一度も行って居ない。
ちなみにラインは他にもあり、グリーンラインが1kmで、250mがレッドライン、50mでブラックラインとなっている。
これは目印となる木にそれぞれ色のついた紐を結びつけて皆に見える形にしているので分かりやすいだろう。
尚、投石ではなく投鉄なのは鉄であれば電磁加速による軌道修正と射程向上が行える為投石よりも精密かつ飛距離を持って攻撃に移れるのが多きな理由だ。
無論コレは弾丸にも適応可能であり射程500m前後のマークスマンライフルであっても、その有効範囲を2倍程にする事が出来る。
「カグラ殿!紋章を見れる者を連れて参りました!」
その言葉を言い切る前に、手早く手元にあった石で城の城壁に私が見た印を機械的動作で鮮明に刻むと、一瞬皆が驚いた表情をしたが直ぐにまじまじと見つめた。
「この紋章だ、龍っぽいのは金糸、下地は青、青はやんごとなき血筋と聞いたが?」
呼ばれてきた年老いた男は少し目を見開くと、弓を手に持つ男たちを抑えるように手をかざした。
「ありゃ、ミグディン教の使者だ、手出すとややこしくなるよ」
しわがれた声で、ゆっくり語る爺さん。
「ミグディン教か、話しは聞いている、金を積めば捕虜返還等に立ち会ってくれる仲介人で、王族等を捕虜に取られた時出張って来ると聞いたが……捕虜で高貴な身分は居たか?」
この世界の宗教は中々ややこしいらしく、宗教自体が一つの国として作用しているという話しをメイリアから聞いたが……
目線で返答を促すが、少し考えた後首を横に振るアクツィオ。
ふむ……とすれば何だろうか?
なんにせよ、このまま素通りという事は無いだろうが、面倒な事になるのは間違い無いだろう。
「総員第二種戦闘配備のまま待機、私が直接話しを聞いてくる」
そう言うが遅いか早いか、私は軍に向かって駆け出した。