人形の定義
「メイリア、下がってろ、此方で破壊する」
ゆるやかに前に歩み出ると、此方の行動を待っていたかのように、
人形3体が躍り出た。残り2体は見に回るのだろう、中々に慎重な動きと言える。
敵も馬鹿では無いらしい。
「木偶3か、雑魚も良い所だな」
粗悪な人形に眉を顰める、まるでなっていない……芸術性の欠片も、強く作ろうという信念も無い、粗悪な量産品と言うほかない人形達。
「来い」
手で挑発を行いながらさらに一歩踏み出す、信念の宿らない人形風情が出て来た事を後悔させるとしようか。
此方の挑発に答えたのか、1体の人形が飛び出す。余裕で目で追える速度、人形とは言え所詮は亜音速……なれば戦い用は腐る程ある。
振り下ろされる手刀、狙いは此方の首。
普通であれば叩き切れるだろう、だが―――人形師を舐めるな。
振り下ろされた腕の速度がガクンと低下すると同時に、自らの足元に亀裂が走る。正体はバイオスティールの繰り糸、先程手で挑発を行った際に左手の糸を垂らし一歩進む動作でその端を踏みつけた。
振りぬかれる人形の力を利用し、人形の腕部に巻き付くように放たれた糸はその全身を一回転して包み込み、スパン、と音を立ててその身体を輪切りにした。
(……随分脆いな、一時的に動きを止める積りだったがまさか糸で切れるとは)
どうやら相手は精々木材と鉄程度の強度のようだ、少しだけ警戒を緩めながら緩やかに構え、再度その糸を垂らす。
(後2体も問題無いだろう)
などと思っていると今度は椿と緋桜が前に出た。
「マスター、デモンストレーションはこの程度で良いでしょう」
「危険を犯す必要も無い、我々にお任せあれと言った所だ」
その言葉に頷き、数歩踊るように回り下がる。
それを皮切りに、駆け出す2体の人形。
緋桜は亜音速で敵に迫ると、人形の1体を一刀の元に手刀にて切り捨てる。
瞬きする間の出来事、されど人形相手に瞬きなど自殺行為でしかない、目をそらし動きを追わなかった奏者が悪い。
不利と悟りつつも、突出した緋桜に斬りかかる人形、それは此方の手札をめくる為の行為であるかは不明だが、何方にせよ――――愚行。
緋桜に斬りかかろうとした瞬間その頭と胸が吹き飛ぶ。
それは椿の投擲した石、それは速度は音に並ぶ程度の速度だが二発の弾丸は二撃必殺の元にその木偶人形を粉々にして見せた。
『椿、足を砕け、緋桜は腕部を、一体は逃がすように』
その言葉に応じたように、椿は視線を破壊した人形に向けたまま、隠れた人形の一体に投石を行うと木越しにその脚部を吹き飛ばした。
されど相手は人形、強かに地面に叩き付けられるも腕のみで高速で移動し―――
緋桜にてその両腕を切り落とされた。
『状況報告』
『緋桜、コンディションオールグリーン』
『椿、各部異常なし』
『状況終了、予定通り一体は逃がしたな……よくやった、各種システムチェックの後報告を』
『『了解』』
フゥ、と一息付く、問題なく倒せてよかったという気持ちが大きいが同時にこの世界の人形に対する落胆も大きい。
「美しく無い、強くない、これが人形とは……笑えんな」
人形とはある種、人間の代用品だ。
人間よりも強く、人間よりも美しく、人間よりも造形的に。
人が求めて止まない物を其処に情熱としてぶつけ形ある物として昇華させるのが人形であり、其れ等に貴善は無いと自らは断じている。
醜悪でも良い、そこにある機能の為にそうなったのであれば逆に美しいと言える。弱くとも良い、其処に人の及ばぬ美を全て詰め込まんとするのであれば、力は邪魔になる。だが、醜悪で弱く、技工も技能も目的すらない、それは人形とは言わない。
―――ただ人の形をしたゴミだ。
「これでは解析した所で得る物も――」
そこでふと、視線を感じる。
視線の主はメイリアと兵士達、おそらく鬼の如き戦いを見て引いたのだろう。
「に、兄様……」
「メイリア、少し疲れたから橋を下ろすのを急がせてくれ、もう脅威も去っただろう?」
「わ、分かりました」
疲れたという言葉に偽りは無い、実際俺は科学者寄りであり前線でバリバリ戦うような性格でも無ければ体力も無い。
……だがまぁ、必要な時に戦えないのは情けないと思いある程度は鍛えているが、仮に神楽椿や寒緋桜のような高性能人形であれば一瞬の間に殺されるだろう。
「緋桜」
「フン、なんで―――」
呼び寄せた緋桜を不意に抱きしめて再三理解する。
……なるほど、やはり俺はどこまで行っても孤独らしい。
知っていた事なのだ、構いやしない。
だって俺には築き上げた努力があるから。
築き上げた2体が居るから。
「……マスター、お気を確かに」
そう言って俺の身体を強く抱きしめる緋桜、普段と違う行動を突拍子もなく行ったせいで心配させてしまったのかもしれない。
だから、今はコレを気の迷いという事にしておいてくれ。
ルビとか使いたい、使う