MARIA
「隊長!左から敵影確認!クソッ奇襲かよ!連合国の化け物共が!」
まるで飛翔するかのように跳躍するソレを視認した。
間違い無い、忌々しい連合国の指揮官モデルの人形だ。
「慌てるな!3人で取り囲んで仕留め……!」
言いかけた瞬間に、ソレは起きた。
『短期重力操作』
上空遥か上に居た筈のその人形が一瞬で着地し、全ての事象を置き去りに、
その人形は直進する、その様はさながら解き放たれた弾丸と言うべきか。
「は、はやっ―――」
一閃、目では追えぬ速度でそれは駆け、トン、と軽く隣の戦友の胸を叩く。
一瞬の停止、後に訪れる爆音と衝撃、それは人形が音を追い抜かした証明であり、
―――その速度で胸を叩かれた戦友の死刑宣告。
声を出すことすら許されず、友は遥か後方に吹き飛ばされた。
おそらく痛みすら感じる事なく即死しただろう。
不条理の化け物、理外の化け物、それが人形だが……コレは存知のソレを大幅に上回っている。
襲い来る暴風に身体を打ち付けられ、吹き飛ばされ――意識はそこで途絶えた。
*
「おい、整備ができんと言ったのに何故本気出してるかお前は」
音速を突破した轟音が響いた事から察するに、重力操作ユニットを使用したのは間違い無いだろう。
試験装置なので正直万全の設備施設が無い状態で使われると、万が一にも故障した場合困るのだ。
『重力操作で負担軽減は行っていますので、問題はないかと』
「短期重力操作ユニットへの負担を考えろ、雑魚相手に使う必要も無い」
『ッチ、細かいですね禿ますよ禿げろ』
「……生え際はどうでもいいから早く適当に連れて帰ってこい」
『委細承知』
文字通りひとっ飛びで此方まで飛来してくる前鬼を眼に捉えた。
その手には一人の兵士が握られていたが、何を思ったのかその兵を天高くに投げ飛ばした。
そして四足の獣の如くにその四肢でもって全ての衝撃を殺す。
されど速度殺しきれず、そのまま横滑りをしつつ、数メートルスライドの後に停止した。
前鬼は事も無げにパンパンと手袋に付いた汚れを落とすと、見計らったかのように、
落下してきた兵士をキャッチする。
「お見事、じゃぁ戦争屋達と距離を取るぞ」
「主人、見てくれキノコを拾った!」
「………お、おう……凄いけどとりあえず逃げような?」
「ああ、理解している、だが凄いだろうこのキノコ……実に立派だ」
うっとりとしながらキノコを見つめる後鬼、いや、キノコは俺も好きだが、
どうにも後鬼は感性がズレている。
「後鬼、そのキノコは後ほど調べて毒がなければ栽培しましょう、
きっと良いお鍋の材料になります」
………鍋か、確かに良いかもしれん。
「鍋にしろ何にしろまずは情報収集だ、離脱するぞ」
コクリと全員が頷くと脱兎の如く駆け出した。
*
人生には不条理という物が常に付随する、例えば私の今の状況もそうだろう。
「――――――」
目の前の男が聞いた事の無い言語で何かを話している。
………連合国、それも僻地の者なのでしょう。
人形使いとしての腕が良いからというだけの理由……いや、それは大きい理由になりうるか。
なんせ連合国は今や爵位の大安売りです、戦果を上げれば上げた分だけ思いのままの出世が可能なのだから。
そういう意味では目の前の男は―――破格。
もはや人にしか見えない士官クラスの人形を二体も制御し、
尚且つ本人が人形繰りを行っているようにも見えない。
隠しているのか人形側に何か細工があるのかどうなのか、ソレすらも理解不能。
幾度となく人形遣いと戦ってきたから分かる、この男は明らかに異常だ。
「――――――――?――――??」
所で、この目の前の男は先程から何を言っているのでしょうか?
キノコを片手にもって指をさして……ああ、食べれるか聞いているかな?
とりあえず頷いてみる。いや、キノコの事とか一切知らないけど、
……食べれるんじゃないかな、たぶんおそらくきっとふぃらいひと。
「―――!!」
何故か大喜びして、それを人形に手渡し――――
「なっ!?」
思わず声を上げた、人形が何処からともなく火を出し炙り始めた。
「そんなバカな!どうして人形が魔法を使えるんですか!?」
思わず叫ぶ。原則として人形は魔法の行使はできない筈で、
魔法は我々帝国側の機密、辺境の人形遣いが持っている理由など無い筈です。
「―!―――!!」
此方が喋ったのを見ると、何やら一人と二体で騒ぎ出しました、
この人達は一体何が目的なのでしょうか?此方を殺すでも捕虜にするでもなく、
先程からずっと何かを―――
「―、―、―、―?」
人形は知らぬ言葉で何かを話す。
「貴方達は何ですか!?一体どうやって魔法技術を分析したのですか!?」
「こ、―、―、に?」
「――――え?」
「こ、れ、な、に?」
人形が我々の言葉で喋る。
キノコを指指して、拙く喋る。
「あ……なたは……?」
「アナタと――」
そう言って私に指を刺す。
「私と同じ?」
「アナタと同じ」
今度は首を横に振る。
「私と同じじゃない?」
「アナタと同じじゃない」
「はい、いいえ、きっと、あなた、それ、これ、どれ、きっと」
急に狂ったように話始める、意味の無い、されど意味のある羅列を並べる人形。
「アナタの、名前は?」
――――私の、名前は。
「………メイリア」
「メイリア、私の名前はゴキ、話、する」
ニコリと微笑む美しい人形、
それは、私の世界が変わる出会いだったのかもしれない。