しせん
-警察署前-
波乱の記者会見が終わった次の瞬間
突如現れた限界悪魔。それに
怯えながらも、撮影を続ける記者達を
なんとかして避難させる警官隊。
少し離れた所では、ゼマとロアの
一騎打ちが今尚、繰り広げられている。
「セリャア!!」
「ぐ…ッ!」
跳び上がったロアの左拳がゼマに打ち込まれる。
咄嗟に両腕を交差させ、顔と胴体を守るが
衝撃で後退る。得意な近距離戦だが、相手の
読めない能力にペースを掴まれ反撃ができないゼマ。
「ふぅぅぅ…ッ」
「ハハハッ…英雄って言うわりに弱いねぇ、キミ。
やっぱりもっと、ピンチにならないと
〝英雄の力〟とやらは出ないのかな?」
「……お前の力、限界悪魔と言ったな…。
クッ…どんな力なんだ…?」
拳を打ち込まれ、その場に硬直したゼマ。
その姿に余裕の笑みを浮かべるロア。
自虐的な笑みは、既に勝利の感触を堪能している
者の余裕。その姿を睨み付けるゼマは
防御態勢を解くと息を荒げ、短絡的な質問をする。
「あ〜…、気になる?……………仕方無いなぁ…。
じゃあ、特別に教えてあげるよ。
ボクが操るのは…キミとは正反対。
そう、闇の力さ。キミのは光の力でしょ?」
ゼマの問いに一瞬、萎えた表情を見せるが
すぐに笑みを取り戻すと、得意げに答えた。
そして自慢げに、腕に闇を纏わせ、ゼマを指差す。
「さぁ…、オレは自分を
英雄だと思ったことは無いからな…」
肩を竦め、ロアの逆質問を受け流す。
ゼマが笑う事によって、その場の空気に変化が
生じた。限界英雄の力か。劣勢の雰囲気が
和らいだ事を両者は感じていた。しかし、
その空気をまた断つべく、ロアが口火を切る。
「ハハッ、そうか。ふ〜ん、カッコいいねぇ…。
ああ…ちなみに、チャージもキミと同じ
‘外傷’さ、でも、ボクのは……!」
冷淡にゼマの言葉に同意する。言葉など
聞いてはいない。それどころか、その口を一刻も早く
閉じさせようと手袋を填めた左手を揺らす。そして、
素早くゼマに向けて空間を引っ掻く。
「う…ッ」
「与える方だけど、ね…?」
素早く引っ掻いたロアの所作は、刃が飛んできた
ようにゼマの頬を掻き斬る。そして当然、
頰からは赤い血が垂れる。
…すると。
「…なるほど……そう言うことか」
「…!?」
斬れた頰を拭う事もせず、先程まで荒げていた息は
急になりを潜め、一連の事に納得した顔付きのゼマ。
逆にその様子に難色を示すするロア。
「いきなりどうしたの…?
なんか……開き直りってやつ?」
「いや、違う。今ので大体の事がわかった。
…それに、時間も稼げた」
「え…?」
わざと視線を移動させ遠くを見るゼマ。
釣られてロアも振り返り見ると、戦いに集中し過ぎて
自分達2人しかこの場にはいない事に気付く。
「まさか…、妙にゆっくり動いてたのも
僕に質問したのも、時間を稼いでいたわけ…?」
「ああ。戦いにおいて最重要なのは目的を果たす事。
オレは皆をここから逃がしたかった。逆に
お前は今回、記者会見を潰す事が一番の
目的だったんだろう?だが、それはもうできない」
「…っ」
今までの嘲りをお返しするように
ズドンと指を差される。そして的確な見解を言われ
目的が頭から離れていた事に思わず歯噛みする。
「もうお前の狙いは無い。わかったら
潔くここから帰るんだな」
「ッ…ハハハッ…帰る!?
勘弁してよ…。そんな事したらボスに
何されるか、わからないよ…!」
冷や汗を流し、舞台役者のように右手を胸に叩き付け
叫ぶ。その表情は今までの嗜虐さが嘘のように
引きつり、心の恐怖が漏れ出していた事がわかる。
「ボス…?」
言葉に出てきた新手の名前を訝しげに復唱する。
ゼマが一瞬、その言葉に気をとられる。その時、
追いやられた悪魔は新たな施策を頭に固めた。
「…そう…。確かに、ボクの目的は
もう完遂できないみたいだね。
………でも、だからこのまま帰れないよ」
独り言のように呟く。瞳に闘志を滾らせる。
そして、闘志は瞳から更に広がり、
再び笑みを口元に作り出した。
「それに、目的の本質なら完遂できる方法がある…」
「…?」
ボソボソを呟いた言葉を聞き取れず眉を顰めるゼマ。
一時、思考を中断し、体に力を入れ動きの見えない
ロアの出方を伺う。
「ふぅ…、よし。だいたい私怨だけど
わかった。キミを倒してから帰ることにするよ。
相手の限界を一人倒せばボスも満足でしょ。
…それに、これくらいの苦痛じゃ
キミも、満足できないでしょ?」
「フッ…そうこなくっちゃな」
テンションの上がる言葉を受け、相変わらず
不敵というか不審な笑みを浮かべると、
今にも走り出しそうに何度か、軽く跳ねる。
「だが、そうなると…やはり…。
場所がマズイよな…ッ!!」
「なっ…!?」
直後、表情そのままにロアに急接近。
カウントを低下させつつ、ロアの両腕を掴む。
突然の事にロアも反応出来ず、気付いた時には
身動き取れない状態になっていた。
「少し、跳ぶぞ…!」
「ぐっ…ぁ!?」
そして、カウントを700下げると、ロアを掴んだまま
空高く跳躍。人気の無い場所へと飛んで行く。
-警察署内-
「跳んで行ったわね。…ここまでは、予定通り」
署内のロビーでは特警課の
女性陣が窓側でゼマの様子を伺っていた。
課長は特殊な電子タブレット片手に、
各地に設置されている監視カメラで、飛んで行った
ゼマの様子を逐一、見ている。
「あ…シアちゃん、調子どう?」
「すみません…ちょっと…。
もう立てなくて…今になって体も震えてきて…」
「すごい、喋ったもんね…」
「恥ずかしい…」
現場にいた人達の避難も一通り終わり、
率先して誘導していたシアちゃんはソファに座って
縮こまっている。もう、顔も赤いし、震えてるし
本当に大丈夫かなぁ…?
「情けない…。愚民共、今から私がお前達の
飼い主だ!ぐらい言えば面白いものを…」
顔はヘンテコパッドに向けたままだけど、
こっちの話は聞いてるらしい。
………面白いってなんですか…?
「まぁ、とにかく…よくやってくれたわ。
少なからず礼は言わせてもらうわよ」
全くこの人は、部下をちゃんと褒めてくださいよ。
でないと、伸びないんですから!私は特に!
…でも、そう言えば今まで誰からも………うぅ。
「これで、本来の目的も果たせれば…。
完全にこっちが優勢になる」
「え…?本来の、目的…?」
課長の一言に眼を丸くしているシアちゃん。
思ってることは私もわかる…。本来の目的って…?
なんだろ。………………なんだろ?
「人間と限界の仲を取り持つために
記者会見を開いたのは、もちろん
嘘じゃ無いわ。でも、それともう一つ。
敵対する限界を逆賊にする意味でも
記者会見は効果があるのよ」
「じゃ、じゃあ…記者会見を通して
私達が…正義の味方になった…。
ということですか…?」
「まぁ、簡単に言えばそういう事になるわね。
警察と連携しているアンタとゼマは正当な戦いを
している、という認知はされたと思うわ」
つまり、ゼマ君・シアちゃんの良い限界と
ロア君たち悪い限界を分けたってこと…?
まぁ、確かにそれは大切だけど…そんな事を
大々的にやる必要があるのかな?別に見てる人から
すれば、そんな報告しなくても私達の方が
良い方だってわかるハズなのに。
「これで、暗殺なんかじゃなく
正面からヤツを叩ける…」
何かを呟くと課長が左手を握り締めた。
顔には少し、怒りと笑みが出てる…。
時折、課長はこんな顔をするけど
何を考えているんだろう…?
「課長さん…ヤツって、誰ですか…?」
やっぱり、シアちゃんも同じこと考えてたんだ…。
課長と因縁のある相手って言うのは間違い無いよね。
…あ。まさか、あのロア君の上の…!
「いずれ、私達が戦うことになる最後の敵よ。
ヤツさえ倒せば………そう。今、起きている波乱は
終わる。…終わらせなきゃいけない」
「…その、最後の相手を悪者にできたなら
世間的にも……戦い易いですね」
「立場的には、ね。でも、戦いでものを言うのは
情報と力。そして今、必要なのは情報。
ゼマと交戦してるあの限界を捕まえて
内部事情を話させるわ」
この戦いの首謀者に当たるのだろう最後の敵。
課長の瞳に真剣さが増した。課長のその相手との
戦いに万全を期そうとしている。その為に
相手の捕縛まで…。確かに、相手の仲間から
聞き出すのが一番確かよね…。でも、やる事は
とても、善の行いではないような…。
「ゼマ君は…大丈夫でしょうか…?
やっぱり…私も……わぁっ‼︎」
「シアちゃん⁉︎」
「痛ぃ…」
尻餅ついて倒れるシアちゃん。
体が震えてるのに立っちゃダメだから…!
とりあえず、またソファに座らせて、背中をさすって
落ち着かせる。
「あ…。乃華さん。大丈夫です…」
「え?あ、そう?」
シアちゃんに片手で制されて、距離を開けられた。
流石に子供扱いは嫌かなぁ…。でも、ちょっと
傷付くなぁ…。
「シア、アンタの仕事はもう終わりよ。
これ以上の無理に利益は無いわ」
「課長さん…」
「そうよ、シアちゃんゼマ君が戦ってるんだから
心配いらないわ!」
シアちゃんは今まで頑張ってたんだから
ここは私がしっかりしないと。ここにいたって
何も出来ないわけだしね!
「で、言っておくけどアンタも出番無いから」
「え?」
「え、じゃ無いわよ。
ただでさえ、余計なトラブルを
呼び込むようなヤツに行かせるわけ
無いでしょ、様子なら私が見て来るわ」
「課長、大丈夫…ですか?」
「腰の抜けた限界と間の抜けた巡査。
それに比べたら、万能なだけの私でも
役立つと思うのだけれど?」
出口に向かいながら、顔も向けず言ってのける。
万能なだけって…。イヤミの上手い人っていうか
自身の凄い人だなぁ…本当に。
「しかし、ゼマのヤツ。監視カメラが無い場所に
跳ぶなと言ったハズよ…まったく」
溜息混じりに特警課トレーラーへ歩いて行く課長。
率先して行くなんて、急に行動的になるなぁ…。
楽しいことがあるわけでも無いのに…。
「あ、あの………乃華さんが来てくれて
その…嬉しかったです…」
「へ…っ!?
あ、あぁ、そうなの…?」
課長に極めてを取られていたら
急に言われてビックリしたぁ…。
やっぱり、寝不足はダメね…。頭が回らないし
………うん、すごく痛い………。
「私…実は、カメラを向けられて、怖かった時
乃華さんに側に居て欲しいって思ったんです…。
はは…恥ずかしいですね」
「シアちゃん…」
「でも、乃華さんの顔を思い出したら、あの…。
自分が情けなくなっちゃったんです…。
私が乃華さんを呼んだら、私は、ここから
また、一歩も前に進まなくなるって…思ったんです」
「…ッ。ぁ………!」
シアちゃんの口から出た決意の言葉。
その言葉が私に突き刺さった。
私が気付こうとしなかった、目を背けていたものを
突き付けられ、心に…染み込んできた。
「乃華さん…大丈夫ですか…?」
「え?」
知らない間に涙が溢れていた。心の中を
塞いでいた重い蓋から、やっと…風が入った。
この気持ちの答えがやっと………わかった。
そうだよ…そうなんだよ…!
「乃華さん…。その…体もそうだと思いますど……。
…心も。無理、してますよね…?さっきまで無理して
元気出してるって…そんな感じがするんです」
はは………そこまでバレてたか。
踏ん切りがついてなかったんだ。今回は
緊急の用だったから、なるべく考えないようにした。
ガウ君のこと。気を抜くと、すぐに、あの夢を思う。
でも、ようやく。あの子に言いたい事が見つかった。
………シアちゃんのお陰だよ。
「そう、ちょっとね。調子…悪いかな…?
うん、でも…もう決着つけるから」
「え…?」
「ううん、なんでもない。ちょっと眠いんだよね…」
「……何か、眠る為のお話でもしましょうか?」
「あはは…。ありがとう。じゃあ…何か。
限界の中のお伽噺みたいなの、ある?」
「お伽噺ですか。……あります、一つ。ですが
本当にあったお話です………」
ソファに横になった私は下からシアちゃんの
表情を伺った。なんだか、顔が引きつってる…。
何か…嫌な事を聞いちゃったかな…。
「途轍も無い限界のこと、です…」
「途轍も無い限界…?」
シアちゃんの表情を見る限り
一言で本当に恐い限界だとはわかる…。
でも、興味あるな…とも思ってしまう。
怖いもの見たさは人一倍ある方だと、自分でも思う。
「少しで良いから、その話
聞かせてくれないかな…?」
「はい…。でも……私も、何があったのか…いえ。
何があったのかも知らないんです…。
‘零の悪魔’という異名、それと…。
腕を一振りしただけで、街を一つ灰も残さず
壊滅させて消した…。そんな、話を聞いたんです…」
「街一つって、ウソ…」
思わず起き上がり、話に聞き入る。意識は
眠気で朧げだけど、聞き逃してはいけないと
何か胸の中で疼いた。
「私、少し昔にその街に、というか
その街があった所に行って見たんです…。
…確かに、何もありませんでした。
元々、無かったみたいに…。
話も突飛で証拠も残らない…だから
半ば都市伝説になってきたんですが…」
「零の悪魔…その限界が、相手だったら…!」
「いえ、それは絶対…無いと思いますよ」
「な、なんで…?」
私を安心させようと微笑した顔を見せてくれる。
この子が言うなら確証がある、のだろうか…?
「今から2年前くらいに、零の悪魔は限界英雄に
倒されたと課長さんに聞いたんです…」
「ゼマ君が…?」
課長がなんでそんなことを知っているんだろう…?
でも、課長の言葉なら信憑性がある…。
ゼマ君が………その零の悪魔を…。
「ゼマ君には…その時のこと、聞いたの…?」
「はい…でも、何と言うか…。
濁した感じの言い方で…」
-数日前-
『あの時、確かに限界英雄の力で消す事ができた。
…だが、オレが気を抜けば
そう。また、現れるかもしれない』
「ゼマ君も、やっぱり…。
怖がってるように見えました…」
また、現れるかもしれない…。
倒したのに、そんなこと…。
名前の通り、悪魔なのだろうか………。
-ゴミ捨て場-
スクラップになった重機や腐った大木。
大量のゴミ袋が犇き、積み上がり
汚臭のする空き地。そこに
ゼマとロア、2人が相対していた。
「よく跳んだねぇ…。
いきなり腕を掴まれて跳ぶから
脱臼しそうになったよ」
パキパキと腕や首を回し、薄ら笑いを浮かべる。
怒りは感じてないように見える。怒りより
これからどんな酷い目に合わせてやろうか、という
報復の仕方が頭を駆け巡っているようだ。
「ここなら、誰にも迷惑は掛からない。
戦うなら、存分にできる」
「そうだね、死体も簡単に始末できそうだ…」
そう言うと、やはり悪魔の力が篭った左手の掌を
ゼマに向ける。再び、悪意の攻撃を与えようと
照準を定めた。
「さぁ、存分に苦しんでもらおうかな」
嘲りと共に力を込め、ゼマに向けて左手を押し出す。
霧のように広がり、空気に乗った力が
非情に襲い掛かる。しかし、ゼマに焦りは無かった。
「残念だが、もう
お前の攻撃はオレには効かない」
ロアの動きに合わせ言い切ると、なんとゼマは
そのまま一歩も動かず目を閉じる。
限界英雄による防御行動も無い。ただただ、
その場に硬直した。
「な…!」
ゼマの行動に思わず呻くロア。何もしない相手に対し
逆に攻撃を受けたような表情を見せる。そして
闇の霧が文字通り霧散する。
「………やはり、そうか。
お前の力は闇の力なんかじゃ無い。
…相手の精神を阻害する力だな」
ゆっくりと瞼を開く。再び開いたゼマの眼は
恐怖など微塵も無く、相手の力を看破したという
余裕を湛えた鋭い視線だった。
「ッ…!」
「力を見せ過ぎたようだな。最初に、お前に
攻撃された記者達は、血を流したように
痛がっていたがその実、'外傷は無かった'。
オレの一撃を指一本で防いでいたのは自分の力を
強化したわけじゃない。逆に、オレの力を弱めて
そう見せていただけ。その証拠にオレのカウントは
そこまで上昇しなかった」
左手に描かれたカウントは実際のところ、
戦う前と比べて減っているくらいで、大した痛みを
受けていない事が一目でわかる。その事を
証拠に出し威圧的にゼマは言う。
「決定的だったのは、乃華さんに襲い掛かった時だ。
あの時、お前は確実に攻撃できる状況にいながら
足を止め、躊躇った。乃華さんが、直前で
顔を伏せていたからだろ?」
推理を一から解説し様子を伺う。ロアは憎憎しげだが
沈黙しゼマを睨み付けている。その様子から
推測は正しいと判断し、問答は一旦止まる。
「…他に、何か言いたいことある?」
「手袋を付けているのは、カウントを隠蔽するため」
「!!」
手袋について触れられた瞬間、憎憎しげの表情が
一瞬にして消え、その代わり驚愕の表情が現れる。
余程、気付かれたのがショックだったのか、
薄っすらと冷や汗が出ていた。
「お前の力は、お前の苦痛のイメージを相手に
強要するもの。だが、複数人に攻撃した場合
受けた相手の想像力にも依存する。
だから、カウントが一括で下がっても、効果に
バラつきがあれば不審に思われる。
だから、隠しているんだろ?」
眼を細め、更にロアを威圧。相手の精神が
揺れているところを逃さず、追求を止まない。
先ほどまでとは逆に精神的に追い詰めている。
…すると、ロアは呼吸を落ち着かせ、
自重気味な笑みをゼマに向ける。
「………あぁ、そういう…そっか。
フッ…、まぁ、そうだね。よくそこまで気づけたよ」
小声でボソボソと呟きゼマの言葉を理解すると
賞賛の言葉と小さな拍手を送る。その姿は
なんとなく、安堵にも見える。
「そう、ボクは闇の力なんて使えない。
心を揺らして、それらしく見せてるだけさ…ハハ」
「なら、お前に勝ち目は…」
「でも、だからといってキミはボクには勝てない。
十分にキミを倒すことがボクにはできる…!」
奥の手と言わんばかりに、語気を強める。
今までより真剣さを増した視殺しそうなまでの視線で
ゼマを見定めると、徐に左腕を上げる。
すると、どこからともなく嫌な風の音がする。
『ううぅ…』 『あうぅ…』 『ああぁ…』
廃材や生ゴミを掻き分け、老若男女と様々な人間が
うめき声を上げ、この場に殺到。ロアの周りを
縋るように取り囲んだ。
「これは………。お前…、何をした…!」
「何をしたって…?当然、キミが解いたボクの力を
使っただけだよ。彼等は記者会見に行く途中に
適当に選んで洗脳した市民達さ。
ちょっと、ここに来てもらったんだ」
闇の力、改め洗脳能力。
自らを取り巻く洗脳した人々を見回す
そして自慢げに言うと、さらに言葉を続ける。
「能力を看破された今、ボクは真っ正面から
キミと戦っても勝ち目が無い…。だから
代わりにボクの強い味方の彼等に戦ってもらうよ。
さぁ……皆、彼は敵だよ。痛めつけてきて」
ゼマを指差し言うと、洗脳された人々は手に手に、
落ちていた石や木材、果ては武器にもならないような
ゴミをを拾い上げ、ゆっくりとゼマに近付いて行く。
「…ッ、お前…!!」
「うぅ………っ」「ぐぐぅ……!」
「くッ!」
苦悶の表情を一瞬見せる。そして、あまりに卑劣な
手段にロアを睨み付け怒りを見せるゼマ。
飛び掛かろうと構える。しかし、洗脳された
人々が壁となりゼマを阻む。
「ハハッ…。待ってよ。一つ教えてあげる。
彼等は目的を完遂するか、死ねば洗脳が解けるように
なっている。痛めつけられるのが嫌なら
一思いに殺しなよ…できるでしょ?」
ゼマの表情を見ると、その場に何かを放る。
そして背を向け、出来ないと知りながらも
流し目で忠告を付け加える。そしてそのまま
背を向けて、その場を去ろうと歩き出す。
「………ああ…でも、そうか。
手を出そうにも、キミは人間に手を出さない
良い限界だったね、友好的なっ…はははっ!!
…楽しかったよゼマ。またね」
背中を見せながらも我慢できずに吹き出す、
そして後ろ手に手を振りその場を去って行くロア。
もうゼマに顔を合わせる気は無い。
「待て…!ぐぁ…ッ!」
ロアに向かい走り出そうと身を構えるが、背後から
洗脳された人々に次々と殴打され、地面に倒れ込む。
そのまま泥に身を埋め、両手で頭を抑える。
「やめ…ろ…っ」
洗脳された市民達は何の躊躇もせずに、
倒れたゼマを殴り続け、痛めつけ続ける。
悲壮の声を漏らすゼマ。痛みを受けている。
しかし、その左手のカウントはなぜか
0に近付き始めた。
-警察署 ロビー-
「すぅ…すぅ…」
今までの疲れが頂点に達したらしく、
シアの横で横になり、熟睡する乃華。
しばらく起きる様子はないだろう。
-夢の中-
『…。』
相変わらず、誰もいない見慣れた景色…。
何度、この夢を見ただろう。
そして…何度、彼を苦しめただろう。
『ノ…ヵ…』
『…ガウ君』
あの時の、最後に見た時のまま…。
血を流して、苦しんでるガウ君…。
彼に呪われて、私はいつも、なんども
この夢を見ている…そう思っていた。
…でも。
『ガウ君、私ね…。前に進む』
『…。』
シアちゃんの言葉を聞いてようやくわかった。
ガウ君がずっと、私の頭にいるのは
………私を呪っているからじゃない…。そう信じる。
あの子が私から離れないのは…。私が、ずっと
この世界にいてほしいって…。そう願ってるから、
ガウ君は苦しみながら…ここに、私の中に
閉じ込められているんだ…。
『ガウ君、ありがとう……。苦しんで…痛いのに
本当につらいのに。私のために…この世に残って…。
また、会ってくれて…ありがとう…!!
でも………でも、もういいよ…私、強くなるから…!
強くなって…頑張るから…!!忘れないから!!
…もう、楽になって……いいんだよ…ッ』
『ノカ…………』
『…なに…?』
俯いたガウ君がゆっくりと顔を上げ、私を見つめた。
まだ子供の目に私が映っている。その目に映る私は
相変わらず情け無い顔で、とても信じられるような
大人に見えないのだろう。
『わかった…。オレ、遠くにいても…。
ちゃんと見てるからな、ノカもゼマも、みんな!
大好きだからな…!応援してるからな…!』
『っ…うん…!』
ガウ君から流れていた血が風に吹かれたように
消えていった。呪いも晴れるように消えた。
もう、未練を払ったってわかる。もう、これで
会えないかもしれない…。でも………。
『ちょっとの間、オレ、独りだけど…。
大丈夫だ、心配するなよ!オレ、強いからな!
…………じゃあな、ノカ。オレのこと、ずっと
覚えてくれて…本当に嬉しかったぞ……!
…ありがとうな……。乃華…!』
『うん…。…またね…!ガウ…君…!!』
ガウ君が、光になっていく…。あれ…はは。
涙は、見せないつもりだったんだけどな……。
やっぱり、ダメだな…私…………。
あぁ、でも…これで、いいんだ…。
「乃華さん…よかったですね」
涙を流しながらも、満足した笑顔が寝顔に現れる。
それを見て、そっと頭を撫でるシア。
辺りの日の光は消え掛かっていた。
-ゴミ捨て場 周辺-
「やぁ、待ってたよ」
ゼマとの戦いを終え、周辺の道で腰を掛けていると、
視界の端に歩いて来た者を捉える。そして、
不機嫌そうな来訪者に声を掛けるロア。
「ああ、ゼマは倒したけど死んではいないよ。
気を失う程度に痛めつけただけさ。
安心してよ………課長さん」
ロアの元に現れた課長。笑みを浮かべるロアに
無表情で応じる課長。互いに、相手に一切
心を許している様子では無い。
「そんな事より、あなたに3つ、質問をするわ。
1つ目、L-因子はどうしたの?」
「ははっ、仲間よりも
そっちの方が大事なのね?」
ゼマを蔑ろに扱う冷たい反応に、思わず
苦笑する。まるで悪魔。そう皮肉を言い掛けたが
相手の形相に思い止まった。
「質問に答えなさい」
「はいはい、ケースに入ってた
3本の内、1本は使わせてもらったよ。
あとの2本はまだ持ってる」
「そう」
「返せ、なんて言わないでね。ボクは代わりに
内部の情報を提供してるんだから」
冷たい視線に、子供っぽく応じ
敵対心がないことを示す。少しでも
機嫌を損ねたら、自分がどうなるかわからない。
限界であるロアがそう思うほど、課長の
威圧は鋭いものだった。
「2つ目、お前の目的は何?
なぜ、両軍に肩入れする」
相変わらずの無表情だが語気は強く問い質す。
不要な声は出さない。逆に相手を怯えさせても
本質を聞こうとする考えを隠そうともしない。
「…ボクはね、楽に生きたいんだ。
だから今、どうしようか考えてる。
どっちにいた方が得なのか、それだけ」
あくまで飄々と、今時の若者の考えを述べる。
特に目的は無い。楽に利益を稼げる方法のみを
真剣に考えている。という事だ。
「3つ目、ヤツはなぜ、お前を配下にした?」
「ヤツ…あぁ、ボスのことね。
こっちから加えてって言ったのさ」
「本当…?」
ロアの言葉に目を細め、問い正す。
課長はロアの言葉を完全なに信じていない。
言葉だけでなく、動きや呼吸で虚実を伺っている。
ロアの表情は変わらない。逆にそれが怪しい。
「ボクは他人を洗脳する力を持ってるからね…。
なんとか、ボスを洗脳して……はぁ…嘘ですよ。
………ボスは、洗脳できなかった。
それでもボスは…まぁ、手駒が欲しいから
ボクを下に置いたんだろうね」
恥ずかしい思い出を語り、頭を掻く。
そして、肩を竦めて苦笑いするロア。
数秒、沈黙の間が空くと、ロアが口を開く。
「じゃあ、ボクからも質問」
片手を上げ、課長の眼を見て言い始める。
こんな取引は無いハズだが空気を読まず
いけしゃあしゃあと言い始めた。
「なに?」
急な展開に、少々眉を顰めるが、別段
拒否する事も無く、ロアの質問を聞き返し
続けさせる。
「さっき、ゼマのカウントが
何もしてないのに減った…なんで?」
「知らないわ」
質問に対して、悩む仕草も見せず、一切動じず、
ロアの問いに即答する。ここまで来ると何を
質問されても、答える気だったのか怪しいくらいだ。
「本当に?」
「ええ」
あまりの即答に数秒、互いに視線を外さず
審議を図る。睨み合い、とも違う。相手が
どれだけ本当の事を言っているのか測っている。
そんな、ギャンブルのような睨み合い。
「…わかった。課長さんなら、なんでも
知ってるかなって思ったんだけどね」
「買い被らないで。一般人より、知ってるだけよ。
…ところで、アイツはどうなってる?」
「ゴミ捨て場の真ん中で倒れてるよ。
一応、病院に連れてった方が良いんじゃない?
…じゃ、ボクは帰るよ」
簡単に伝えると、ゆっくり歩き出す。
課長は追う事も発信機をつける事も無く、
それをしばらく見送るとゴミ捨て場へ歩を進める。
-アジトへの帰り道-
(きっとこれから、もっと人間と限界は
こじれていく。止められるのは、どっちかな?)
暗いトンネルを歩くロア。
徐に左手に填めた手袋を外し
手の甲を見つめる。