夢なのか
『課長?ゼマ君?皆、どこにいるの…⁉︎』
署内にもトレーラーの中にも誰一人、姿が見えない。
景色はいつもと全く変わってないのに、自分だけ
別の所に来たみたいに気分が悪い。
『本当に誰もいないの⁉︎誰か、返事をして‼︎』
『ノ…ヵ…』
小さな声、だけど返事が来た。
ガウ君の声だ。苦しそうに
お腹を押さえて座り込んでる。
『ガウ君…‼︎血が出てる…⁉︎
どうしたの⁉︎何があったの⁉︎』
『…。』
私の声に反応して、無言で頭を上げ、こちらを見る。
その目から血を流し、私に言った。
『お前に…撃・た・れ・た…ッ‼︎』
『…く…うっ…‼︎』
私が、ガウ君を殺してから3日が経過した…。
あれから課長達には連絡も取ってない。
あちら側から連絡も無いと言う事は、私に用事も
無いのだろう。…あれから、この夢を必ず見る。
誰もいない町で、血だらけのガウ君に
憎しみの言葉を受ける。
これが、あの子の本心だろうか?
自分を殺した私を永遠に呪い続けて
最後は、私もそっちの世界へ引きずり込む気
なのだろうか…。…あれから、なにも喉を通らないし
ほとんど、眠っていない…。でも…
ああ…また、意識が朦朧としてきた…
また、私は、あの夢を見る…
あの子に…恨まれる…
怒りを…受ける…
-特警課-
「乃華さん…今日は来るでしょうか…?」
「来ないわよ、あんな事があって
それでも来るなら精神疾患よ」
資料に目を通しながら素っ気無く言う。
あんなものを見てまともでいられるハズが無い。
課長の長年の経験が、部下を見限るように言った。
「それに、たった1人殺しただけで
尻込みするようなら…この先、必要無いわ」
「そんな…‼︎酷いですよ…。
乃華さんは…や、優しいから…。優しいから
こうなったんですよ…!?」
「優しいから…なに?」
「え…っ」
不意に視線を向ける課長。その眼には憎しみとも
悲しみとも見えるような思いが見え隠れしていた。
「何事も優しさだけじゃ解決できないって、
アンタ…知らないわけじゃ無いわよね?」
「…ですけど、やっぱり優しいことは正しい事だと
っ………私は…!」
「善意と正義を同一視しないでッ‼︎」
「…っ」
普段の冷静沈着で皮肉屋な一面が消え失せる。
立ち上がり叫ぶ課長。あまりの剣幕に呻くシア。
「…ごめんなさい。
わからないことを言ったわね」
不意に我に帰り、額に手を当てて謝罪する課長。
それは謝って許されたいという気持ちよりも
これ以上、自分の頭の中が口から出ていくのを
防ぐために言ったように見えた。
「課長さん…。貴女は…」
「今、戻りました…」
言いかけた瞬間、扉が開きゼマが帰還。
なにやら疲れたような表情で息を吐いている。
いつものような楽しそうな感じではなく、
面倒な事になったというような面持ちである。
「ゼマ君…!」
「すみません、課長…。
詮索中、限界に気付かれました」
「追跡は?」
「いいえ、ありません」
「やはり警備は厳重か…」
ゼマと最低限の問答をし、相変わらず独り
眉を寄せ、腕を組んで考え込む。
「ゼマ君…。そういわれたら…
け…今朝からいなかったけど…えと…。
どこに行ってたの…⁉︎」
「オレ達と敵対する
限界の本部へ偵察に行ってきた…」
-今朝 警視庁近くのビル地下1階-
(やはり警備が厳重だな…)
物陰に隠れながら辺りを詮索。
本部は地下とは思えない明かりと
豪勢な宝飾品で輝いており、至る所に屈強な
黒スーツの男達が警備をしている。
(やり過ごしながら
最奥を目指すのは危険か…。
仕方無い、一旦、引き返して…)
「へぇ、ネズミかと思ったら限界だったのね?」
「‼︎」
身を翻す直前、背後から声が聞こえた。
誰かの話し声では無い。明らかに自分に向けて
嗜虐を込めた言葉が投げかけられた。
「すごいわね、限界って。
随分、遠くからでもアンタの
気配に気付いちゃったんだから」
「…っ」
仁王立ちした女性の限界は今、ゼマが
逃げようと思っていた背後の道を塞ぐ。
敵の本拠地で、尚且つ袋小路の状況。
思わず歯噛みするゼマ。
「…で、ちょっと、頼みがあるんだけどさぁ」
仲間に侵入者を伝えるわけでも無く
自身のカウントを見ながら
薄笑いを浮かべる。
「アタシ、限界になって間も無いの
だから、経験が欲しいって言うか…」
「ッ…‼︎」
猟奇的な笑みから邪悪な魂胆を理解し
言い終わる前に、素早く横を抜け、走り去るゼマ。
「あ〜…言いたい事、わかっちゃった?」
逃走を許したのにも関わらず振り返り、
余裕の笑みで見送る。その唇から覗かせた歯は
既に人のものではなくなっていた。
-立体駐車場1階-
「…危なかった」
全力で1階まで駆け上がり、近場の柱に身を隠すと
走ってきた道を見ながら息を整える。
…その時。
「えぇ!?危なかったぁッ!?
違うでしょ?まだッ、危ないんじゃ、なァい!?」
「!?」
振り返った瞬間。またしても、背後から
声が聞こえた。だが、声の主は人間では無く…。
「虎…か…ッ」
全長2mはあるかという大きさの虎。
その虎が、先程の女性の声で話しているのだ。
思わず苦笑いするゼマ。
「そう、アタシは限界猛虎のフー。
どう?カッコイイでしょ」
頬まで裂けた大きな口が牙をギラつかせ、笑う。
やはり興奮しているのか、戯れに地面を前足で叩く。
若い娘が体を叩いて無邪気に笑っているのと
同じ事だろうが、叩く度にバキバキとコンクリートに
ヒビを入れ、破壊する姿は可愛らしいと
とても思えない。
「悪いが、オレは戦いに来たわけじゃ無い。
力試しに付き合う気は…っ」
無邪気に喜んでいる姿を尻目に逃走を図る。
現在、ゼマの5700のカウントを5000まで下げると、
両脚が輝き力が湧き上がる。
「…無いッ‼︎」
そのままコンクリート地面が割れる勢いで
フーの横を一息に跳ぶ。
…しかし。
「そう言わずに、少し遊んでよ」
「なッ‼︎」
銃弾のように跳ぶゼマを見定め、
鋭い爪がゼマを浅く掻く。脚以外ほぼ生身の為、
少しの衝撃に体が流される。
「くッ…」
跳躍を中断され地面に落ちるが、受け身をとり
態勢を整えると距離を取り、再び身構える。
「ガアァッ‼︎」
(敵の陣地で力を使い過ぎるわけにはいかない…。
それに、長い時間ここにいるのも危険だ…!
屋敷の中でも、オレがいる事はもう、伝わってるに
違い無い…。マズい…どうする…)
予想とかけ離れた厄介な状況に、
危機感を露わにするゼマ。それでも集中し
逃走できる道を細かく確認する。
…しかし。
「あれ…なんで⁉︎」
「…?」
ゼマの緊迫感が頂点に達しようとした時、
不意にフーの限界猛虎が解ける。驚いたのは
ゼマだけでなく、本人も驚いた声を上げる。
「はッ‼︎」
その一瞬を逃さず、再び両足に力を込め、跳び去る。
「あっ‼︎ちょっ‼︎待て‼︎」
それを驚きと混乱の声で制止させようとするが、
止まるハズ無く、駐車場に情けなく響く。
「なんでよ…もぉ!」
自分の力が思い通りにならない事に
憤りを覚えるフー。その場に屈み込み
手でペチペチと地面を叩く。もちろん、
コンクリートを破壊する力は無い。
…すると。
「はぁ…!はぁ…!ダメですよ!
カウントがもう無いんですから!」
暗闇から少年の限界が走りながら現れ
溜息混じりに忠告する。
「フーさん…左手の甲をよく見てください!」
「ああ、この数字?そう言えば減ってる…102」
指された左手を改めて確認し
疑問符を頭に付けながら少年に見せる。
「フーさん、ボク、前に説明しましたよね…?
聞かないからこうなるんですよ。
カウントっていうのは…かくかくしかじかで…」
うんざりしながらも、駐車場に座って
同じ目線になってカウントの説明をし始める。
…そして。
「え〜!?じゃあ数値内でしか力を使えないの!?」
「常識的にそう思うでしょ…。チャージの仕方も
限界によって様々なので、ボクから的確に
アドバイスはできません。それと、カウントが
無くなると問答無用で死に至るので
注意してくださいね!」
「先に言ってよ!」
「言いましたよ!?」
漫才の如く、軽快な会話をする2人。
一頻り話が終わると立ち上がり、屋敷に
戻るため、道を引き返す。
「ボスの指令以外で戦っちゃダメですからね。
まったく、フーさんは突っ走り過ぎです。
本物の虎だってもう少し考えてから動きますよ」
「なに?それは私がケモノ以下だって
言いたいわけ…⁉︎」
「違います、言葉の綾です、ごめんなすいません。
さぁ、ボスの部屋に行って一件を報告しましょう」
「まったく、アンタ。気に食わないわね…」
高速で自己弁護し、高速で頭を何度か下げ、
とりあえずフーを宥め、ボスの部屋へと先導する。
-ボスの部屋-
地下1階の最奥にある大広間。廊下より更に明るく
輝く宝石が壁や床にも散りばめられた
豪勢な造りである。
…そして。
「無闇に挑むな、馬鹿者」
黒いコートを見に纏いサングラスを掛けた
見た目、20代後半の大柄な男。
椅子に深々と腰掛け、資料を見ながら
淡々と、呟くように言うが、なぜか
地響きのように部屋に声が響く。
「でも、あとあとアタシ達と戦うんでしょ?
だったら、今…」
「あの小僧を侮るな。ヤツが本気になれば
お前の命、簡単に刈り取るぞ」
「…ッ」
半笑いで油断しているフーに威圧的な視線を向けると
フーの笑みは一瞬で消え、冷や汗が流れた。
「私の手元にある限界は
お前達2人だけだ。勝手に動いて
死なれてもらっては困る」
「ははっ、ボスに大切に
思われてるみたいで嬉しいです
…ところで、その資料は?」
萎縮しているフーを横目にゴマを擦りながら
ボスが手に持つ資料に興味を示す少年限界。
「警察が限界を人間に認知させるために
記者会見を行うらしい」
嘲笑し、資料を机に落とす。無駄な事だ、と
口にしなくとも、その小さな所作が物語っていた。
「限界と人間が仲良くなるための
第一歩、というわけですか」
「そういうことになるな…潰してこい」
少し間を開け、真剣な眼差しで
指令を出すボス。先程、フーが行った
私情による行動でない。今度こそ、敵側の
攻撃命令である。
「ボクがですか?
いやぁ、気乗りしませんねぇ〜」
そう言いながらも自分のカウントを確認し
笑みを零す少年…暗躍がついに始まる。
-特警課-
「L-因子を盗んだ限界と合わせて
相手側には少なくとも
2人の限界がいることになります」
フーからなんとか逃げ戻り、事の次第を説明する。
それを聞いた各々は多かれ少なかれ、
強張った顔を見せる。
「なるほど、2人もいるなら
今日の記者会見、必ず邪魔をして来るわね」
確信した言い方で予想する課長、しかし
困惑の表情は見えない。
「記者会見って…なんのですか…?」
「そうか、シアは聞いていなかったな…」
1人、状況についていけないシアに
課長が立てた作戦の概要の説明をするゼマ。
「なるほど…正確な情報で
限界を知ってもらうわけですか…
しかし、突然ですね…。こんな急に…。」
「ええ、急なイベントは盛り上がるものよ。
まぁ…アンタが記者会見するのだけれどね」
「え?」
課長の付け加えに豆鉄砲を食らったような
情けない顔をするシア。
あまりに驚いたのか、手に持った資料が
真っ二つに裂ける。
「限界が言ったほうが説得力がある。
だからよろしく。台本はもう作ってあるから
記者会見は今から3時間30分後
必ず暗記しなさい。始め」
台本を渡し、拒否する間も無く早口で指示。
課長はそのままトレーラーから出て行く。
「えぇ〜…⁉︎なっ⁉︎私、人見知り…‼︎」
課長に向かって言うが振り返りもせず、
サムズアップして署に入って行く。
「オレも現場の見回りがある。
お互い、頑張ろう」
そう言ってゼマも現場に向かって歩を進める。
トレーラーに残されたシアは宝石のような
瞳を潤ませる事しか出来なかった。
「くふぅ…っ」
それでも、やらなければならないという
責任感で台本を読む。なんとも言えない自分の有様に
思わず呻くシア、半泣き。
-警察署 会議室-
課長は一人になると、一層、表情が固まる。
署に入って真っ直ぐ誰もいない会議室に向かい
電子タブレットで通信を始める。
「計画は順調、このまま行けば
全国に限界が知れ渡るわ」
『限界の事はキミに任せているが
こんなことを仕掛けて本当に大丈夫なのか⁉︎』
上層部と連絡を取る課長。相手は慌てている
様子だが、課長は相変わらず落ち着いている。
それは最早、相手が見えていないような
冷徹さとも言える。
「遅かれ早かれ、限界の存在は知られる。
だったら正確な情報と安全性を人間に知って欲しい。
そう思わないかしら?」
『言うことは最もだが彼が黙って見過ごすとは
到底思えんのだがね…⁉︎』
「どちらにしろ、私に損は無い事なので」
上層部の男は気が気でない様子に変わっている。
それに比べ、課長は何か企んでいるような言い方で
微笑を浮かべる。
『もしやキミは…』
「話はもう良い。
これ以上は、直接会いに来たら話す」
『待て、もう一つの…。
別件はどうなっている?』
声を小さくし問いかける。
その表情は後ろめたさが見える。
「そっちの話は全て私の部下に任せてあるので
今後の計画はわからない。まぁ、1/3は
済んでいるし、様子を見る限り、近々
2/3になるでしょう」
明らかに無責任といった様子で報告する。
この別件については仕事とも、遊びとも
思っていない事を隠してもいない。
『汚い仕事は部下任せか…キミも、相変わらずだな』
「…。」
同情とも見える表情に憤りを感じ、
何の挨拶も無しに通信を解除する。
「アンタ等に…言われたく無いわよ…ッ」
-3時間後 特警課-
「シア、調子はどう?」
通信していた時の顔は消え、いつもと変わらぬ表情で
再びトレーラーに現れる課長。一応、
シアに声をかける。
「一応、読み込めました…!
突っかかる部分は手にしっかり書いたので、
だ、大丈夫…だと思ひまふ!…多分…」
「ついでに人って三回書いときなさい」
少し、肩を落としながらも
安心したような目で見ると、また
個人の仕事に戻る。
「あの…、聞きたかったんですが
なんで、記者会見なんて…?」
「広く知れ渡って欲しいからよ」
シアの問いを聞くと、仕事を止め、
電子タブレットからとある記事を表示する。
「表沙汰にはなっていないけど
もう、限界は社会に認知されてる。
どうやら、3日前の…あの一件が
どこからか流れたらしいわ」
「アレが…ですか。
やっぱり、マズいんですか…?」
「人間が限界に殺されるなら
超常的な事だって事故死にできる。
だけど、今回の場合、その逆。限界が人間に
殺された、だから証拠が残って、過激派の限界達が
人間に手を出し始めた。これ以上、事が拗れると
混乱を招く危険がある…。だから今の内に、
手を打っておきたいわけ」
「なら私、ずいぶん大切な役割ですね…」
例の事件。ガウが人間に射殺された時間である。
その場にいなかったシアは少なからず
罪悪感を持っており、課長の切実な話を聞くと
自重気味な顔を見せる。
「…でも、なんだか吹っ切れちゃいました。
頑張ってやってみますね」
「シア…」
深呼吸すると笑顔を見せると立ち上がり、
ゆっくりと現場に向かうシア。
(私の言葉を…皆が聴いてくれるなら
あの人にも聴いて欲しい…。
………乃華さん、私、頑張りますよ…!)
乃華のアパートの方角を向き心の中で呟く。
実際のところ、何をすれば乃華のためになるのか。
今からやる事が良いのかもわかってはいない。
それでも………。
-記者会見 現場-
野外での急な記者会見であるにも関わらず
随分な数の記者達が集まっている。
…その中に。
「へぇ…すごい人の数。生放送なら…衝撃映像を
すぐに見てもらえるね」
悪意を持った少年が虎視眈々と始まりを待つ。