犬死に
『オレは今のヤツとは違うんだ…‼︎
やめてくれ…、信じてくれよ‼︎』
目が覚めると外は、雨が降ってる。
狭いアパートの一室じゃ、ポツポツした音と
少しの湿気でやる気が削がれる。
さぁ、身支度は整えたし早く署へ行こう、今日も
何をさせられるかわからないけど…。
そう考えながらドアを開けた私に
思わぬ来訪者が現れた。
「あ…乃華さん」
「シアちゃん?おはよう。どうしたの?急に」
「あの…えと…」
急に現れたシアちゃん。
課長が家の場所を教えたのだろうか?
相変わらずしどろもどろで
言葉に迷っているようだ。
「課長さんが…‼︎今日は、休んで良いって
伝えてきなさいって…。それで、来ました…」
課長が私に休暇?いきなり、なんで…?
まだ、二日目なのに…。
…それよりも、シアちゃんの
目が潤んでるように見えるのは私の気のせい…?
「シアちゃん、何か、あったの?」
「え…⁉︎」
「何か辛そうな感じ…。何か、隠してる?」
「なにも…」
目を逸らした…何か隠してる。
この辺りは年相応の子供と同じみたいだ。
「私、行ってるから…‼︎」
「あっ、乃華さん‼︎行かないで‼︎」
私が走り出す直前、シアちゃんの
手が私の上着を掴んでくる。
「離して…‼︎」
「ひッ…」
ごめんなさい。でも、立ち止まっていられない。
何かあるのは絶対に事実。シアちゃんも
必死さが伝わったみたい。離してくれた。
本当にごめんなさい。悪く思わないで…。
「乃華さん…あなた、何を…」
-特警課-
「…。」
モニターに映るのは木々で鬱蒼とした山。
奥まった所らしく朝方だというのに
夜のように暗い。現場ではゼマが一人、巨大な怪物に
立ち向かっている。その様子を沈黙し見つめる課長。
いつも以上に神経が鋭くなっているのは
その眼差しからわかる。
「課長!」
「…アンタ、なんで…⁉︎」
やはり、自分が来るとは思っていなかったらしく
珍しく驚いている。…トレーラーの中には
課長しかいない。ゼマ君もガウ君も気配が無い。
「休暇命令を出したハズだけど?」
やや頭に来ているようで
語気はこちらを威圧している。
いつもなら、この後、皮肉の一つも
言ってくるが、今回はそんな様子も無い。
私なんか構っていられない。そんな、
"仕事をしている"目付きでいる。
「理由がわからなければ命令には従えません」
「命令に理由はいらないわ。
構ってる暇無いの。帰りなさい…‼︎」
「…ゼマ君とガウ君は、どこにいるんですか…?
顔を見たら、帰ります」
「ッ…」
聞き分けが悪いと小さく舌打ちが聞こえた。
課長がここまで苛立っているのを
今まで、見たことが無い。
『ぐッ…‼︎』
「ゼマ君…⁉︎」
ゼマ君の呻く声が聞こえた。
くぐもった感じで、テレビで聞いているような…。
よく見ると、いつも課長が持っている小型の
モニターにゼマ君が痛々しい姿で映っていた。
「本当を、知る覚悟はある?」
「え…?」
何かを諦めたような眼。
そんな眼で、課長は私を見ている。
本当を知る…覚悟?どういう意味…?
「…最終警告よ。
今すぐ引き返して、明日から
今まで通りに生きれば
アンタは真実を知らなくて済む」
「真実って…。何を、言ってるんですか…?」
「逆に…警告を無視した場合、
もう昨日までと同じにはなれないわよ」
課長が有無を言わせてくれないのは
『もう話している暇が無い』
そう言っているような気がした。
…身体が、強張ってる,。
モニターからゼマ君の荒い息遣いが聞こえる。
…考えている暇は無い、やるしか無い。
「教えてください…!私に、真実を…!」
-昨日-
「ガウは孤独がチャージの方法だったな」
乃華が因子消滅弾を受け取った同時刻
3人の限界はゆっくりと買い出しに
出かけていた。まだ、素性を
知らない分、話すことが多いのだ。
「おう。独りでいるとな、
すぐに70くらい増えんだよ」
「孤独…ですか。なんと言うか…
私達、チャージの仕方が悲しいですよね。
外傷・摩擦・孤独…なんて」
「限界の性さ、今更
何を言ったって、仕方が無い」
感傷に浸るシアに冷たく言い放つゼマ。
相変わらず、こう言った話をする時、
ゼマは別人のように真剣味を滲ませる。
「それよりもガウ聞きたかったんだが
お前、一昨日辺りから本当に何をやっていたんだ?」
「そう言われたって本当にわかんねぇんだよ。
皆、聞いてくるけど何かあったのかよ?」
ゼマの問いに答えられず逆に問い返すガウ。
表情には困惑が見える。皆の言葉から見えた不審を、直感で感じ取っているようだ。
「…一昨日辺りに、ある家で家族が皆殺しに
されていた。現場には、犬の毛が
散乱していたらしい」
「犬の毛って…」
悪意は無いが、思わずガウに視線を移してしまう
シア。ここまで来て、ガウも皆が何を言いたいか
理解し、顔色を変える。
「待てよオイ‼︎
オレがやったって思ってんのか⁉︎」
「オレはそうは思いたく無い。だが、警察の方じゃ
容疑者にお前の名が乗っていた」
「は…⁉︎」
ゼマの発言にガウは立ち止まる。それを機に
3人は足を止めて向かい合った。
「だから頼む、ガウ。知っていることは
全部話して欲しい」
真っ正面からガウを見つめ諭すように言う。
ゼマ自身、短い付き合いだが、仲間と思っている
ガウを心配してのことだが、ガウはそんな態度に
自分の情け無さを感じ憤った。
「ハッ…、お前もオレを疑ってんのかよ」
「違う、そうじゃ無い」
「二人共やめて…!」
2人の間に悪い気が立ち込める。
一触即発の空気。ピリピリと肌を粟立たせる威圧は
感覚を冴え渡らせ、逆に頭を冷やした。
…そして。
「あっ…。でも…知ってること
一つだけあった…嫌な臭い」
「嫌な臭い?」
急に悪い雰囲気を断ち切る。
ガウは不意に視線を落としポツリと言う。
その言葉を聞いたゼマとシアは顔を見合わせ
出来る限り、言葉から連想されるものを
思い浮かべた。
「血と蜜とゴミが合わさったような嫌な臭い…。
…それを嗅いで、それで目が覚めたら警察んとこで
オレは寝てたんだ、本当だぞ!」
「え…?」
「…なるほど」
「ゼマ君…?」
シアはガウの臭いのイメージを掴みかね、
困惑した様子で息を漏らす。逆にゼマは
ガウの供述を聞くと満足そうに
笑みを浮かべて頷いた。
「やはり…お前が犯人であるわけないよな」
「ゼマ…」
1人だけ状況を理解し微笑む。
ガウにはゼマの真意は理解できていないが
とりあえず、信用を持ち直した事は理解し、
安堵の表情で息を吐く。
「ゼマ君、なにを言っているの…?」
一連の問答を一般的な考えで見ていたシアの目には
ゼマの真意が分からず何か、悪いものを
見ているような、たどたどしさがあった。
「ガウは限界人狼の力で嗅覚が発達しているんだ。
…だが、悪い臭いを嗅ぐと暴走する危険も
孕んでいる。今回はそれが出たみたいだ」
「じゃあ、ガウ君の記憶が無いのも…!」
「その臭いが原因だろうな
…もっとも、もう少し複雑だが…」
「え…?」
「なんでもない」
「…。」
疑問を拒絶され押し黙るシア。だが、これ以上
聞いても、答えてくれないだろうと考え
今聞いた情報で理解したフリをする。
…その時。
「…嫌な臭いがする」
「!」
不意にガウが空を仰ぎ呟く。その眼は既に
人から離れ、内に秘める獣の眼差しに変わっていた。
「ちょっと、遠くの山…。オレ、行ってくる…」
「待て、ガウ‼︎」
力を使い、途轍もない速さで走るガウに
必死に呼びかけるが、それも届かず
もう背も見えない。
-現在-
「ここまでがシアから聞いた情報」
「じゃあ…、ガウ君は
どこかに現れた敵の限界を追って
走って行ったと言うことですか?」
「ええ」
ガウ君は‘嫌な臭い’に呼ばれて
ここにはいないんだ…。それで
ゼマ君はそれを追って行った…。
…よかった、てっきり
もっと、とんでもない事に
なっていたのかと思った。
敵の限界が出て来たのは心配だけど
ゼマ君もいれば心配は…。
「そして、その後、死んだわ」
「…課長?」
何言って……冗談……嘘…。
「そんなわけ…無いでしょッ…⁉︎」
「これを見なさい」
モニターの中にいる傷付いたゼマ君。
疲れと困惑が顔に出ている。
…何か、大きなものと対峙してる
黒くて、凶暴な顔の…。
「これが、今よ」
何を言っているの…?
今の、ガウ君?さっき
死んだって…なんだ
やっぱり、冗談だったんだ…。
当たり前よね、ガウ君が…
あんな良い子が…死ぬなんて…。
…でも、なんで…怖い…
前に見た時と、違う…全然違う
あの狼がガウ君って信じられない…‼︎
「…言う必要が無いと思って
言わなかったけれど、限界にはね
‘自己最終防衛機能’が備わっているの」
「自己…最終…?」
今、何の説明を受けているのだ?
機械の取扱説明のような
心の無い説明、そんなもの
聞きたく…無い…‼︎
「限界の人格崩壊時。
ようするに死亡時、限界の力は
限界以上に現れ、その力に忠実に
行動を開始する。名称は無限界
もちろん人間らしさなんて無いわ。
死んでるんだから」
「ッ‼︎」
全身が、熱くなってる。怒りと無意識の境目。
気付いた時には、自分の手が課長の首を締めている。
頭では、離そうとしている…。
でも、何かが許せない…‼︎
「…だから、警告したのよ。
アンタじゃ、受け止められない」
「ガウ君を…元に戻す方法は…⁉︎」
「無いわ」
「嘘…ッ‼︎」
「私は、誰も得をしない嘘はつかない」
「そんな…」
「アンタには悪いけど
これが真実よ、さぁ、どうするの?
聞くだけ聞いたから帰る?」
緩んだ私の手を払い、また、威圧的な目で私を見た。
この人は、私に何をさせたいのだ。
もう、考える事も立つことも
難しいのだ…この後に及んで…何を。
「その気があるならゼマを助けに行きなさい。
限界はそれを望むものよ」
「ガウ君の気持ちまでわかるって言うんですかッ‼︎」
「…。」
「く…っ」
無言で近づく課長は、今度は私の襟首を
締め上げてくる。表情は憎しみに蓋をしたような
平静で冷たい顔だ。
「アレをあんな醜い姿のまま
アンタは放置するの…?」
「…ッ」
課長はもうそれ以上何も喋らなかった。
…そしてトレーラーは
現場に向け速度を上げ出した。
-ゼマ戦闘中区域-
天気の変わりやすい山だからなのか。
それとも、誰かの心を写したのか。
泣くようにシトシトと、雨が降り始めていた。
「…はぁ…っ」
無限界の人狼と対峙するゼマ。
カウントは6913まで上がり
受けたダメージを物語っていた。
一方のガウは左手の甲に数字は無く
数値を超えたモノ、∞の一文字が刻まれていた。
「グルルルル…ッ‼︎」
一方の"ガウであった物"は生前ではあり得ないほどの
黒い巨体を震わせ、ゼマの様子を伺っている。
その姿は獣そのもの。頰まで裂けた口から
唾液を流し、それに濡れた牙は理性の欠片も
残っていない事に一層の根拠を付けている。
「はあッ‼︎」
それにも気圧されず、気合を入れ、飛び掛かるゼマ。
カウントは約700下げており両腕に力を込めた光が
灯っている…しかし。
「グクゥゥウッ‼︎」
「ッ‼︎」
動く寸前の筋肉の動きを気配で察知していた人狼は、
ゼマが勢いに乗る前に爪を立て迎撃。
肉薄して来たゼマの胴を切り裂いた。
「く…ッア!!」
「ゥググ!ガアッ‼︎」
「しまっ…ッ‼︎」
一撃を受け、体勢を崩したゼマに追撃する人狼。
凄まじい勢いで飛び掛かり、両手の爪をゼマの肩に
突き立て、首を喰い千切ろうと迫る。
「ぐああ…ッ‼︎ぐ…ッ‼︎」
両肩に爪が食い込み悲鳴を上げるが、
間一髪、両手でガウの首を捕らえ
即死の攻撃は逃れる。
「グウウッ‼︎ガルァッ‼︎」
首を掴まれながらも唸り声を上げ、
ゼマに突き立てた爪に強靭な力を入れる。
その圧力で次第にゼマの膝が曲がり、
徐々に押し倒され始める…その時。
「カァッ!?」
少し遠くで微かに何かが光ると、人狼が不意に
体を硬ばらせる。次いで轟音が雨の降る山に響く。
一瞬、動きが止まった人狼を見ると、片足から
血を流している。
「ガフッ⁉︎」
一瞬、動きが固まったが、すぐに音から
乱入者の方向を見極め、音源の方を見る人狼。
「くッ…はぁッ‼︎」
「ガオッ…⁉︎」
視線が逸れた瞬間を逃さず、
ゼマは左脚でガウの胴を蹴り上げ
巴投げの要領で投げ飛ばす。
「ガァ…ッ」
何度も起きる急な痛みに、地に叩きつけられた後も、
すぐには立ち上がらず、声を漏らして脱力する。
「はぁ…はあ…‼︎」
無理矢理、爪を抜き取ったため、痛みと疲労で
座り込むゼマ。戦意は削がれていないが
出血が著しく、腕は脱力している。
…その時。
「ゼマ君‼︎」
「乃華さん…⁉︎」
辺りは…凄惨だった。ゼマ君は今までに無い
深い傷を負っている。人狼は…。
あそこにいる…。あそこにいる獣が…ガウ君。
「乃華さん、どうしてここに…‼︎」
「課長から、聞いたわ…。今、起きてる事。
ガウ君がどうなったか…全部」
今、私の目の前で荒い息を吐く黒い人狼がガウ君…。
さっき、弾を撃った光で輪郭は見えた…けど…。
今でも信じられない。初めてガウ君を見た時、
ビルの屋上で見た時も怖かった。
この気持ちはあった。恐怖と緊張で
心が裂けそうだった。でも、今はそれとは違って
痛くて重い。水の中に墨を混ぜたみたい。
黒いものが心の中で踊った後、奥底に偏んで
いくみたい…。この"気持ち"は…。
「乃華さん…逃げてください。
でないと、あなたは、アレを
殺すか、殺されるんですよ…⁉︎」
…アレ…なのか。もう誰もあの子を
名前では呼んでくれないの?
子供だったけど、仲間だったけど…死んでしまった
瞬間からどうでも…よくなってしまうのか。
「グルルルル…ッ‼︎」
私に向かって唸る人狼。
出会ってちょっとだったけど、いろんな時に
吠えられたよね…。最初に会った時も
体を洗ってあげた時も、でもどちらとも違う。
本当に、ただの、獣として今は…ッ。
「…ガウ君、私がわかる?乃華よ、覚えてる?」
「ガアァ…ッ‼︎」
やっぱり、覚えてないんだね…。当然だよね。
当たり前だよ。私だってわかってる。
この重い気持ちが、"諦め"が言ってる。
『今のキミはガウ君じゃない』って。
そうだよ。いくら噴き出しそうに熱く、キミの
事を思い出しても。キミがもうダメだって私が
…思ってるんだから…ッ!
「うぅっ…、く…っ!」
目の前にいる人狼は、ガウ君とは
別の生き物で、誰かが退治しなくちゃならない…って
思ってしまってるんだから…!!
もう……もう…諦めてる………!!
「ガウオオッ‼︎」
飛び掛かって来た…。
爪を立てて牙を見せ付けて…。
明らかに、自分の命が危険…だから。
「カ…ッ…………ァア…ァ……」
迷いが、無くなって。
こんなに銃が…軽くなる…。
「グッ…ググオオッ…‼︎」
装填しておいた因子消滅弾が人狼を苦しませている。
左手の甲にある∞の文字が薄れ
強靭な爪や牙、毛皮が溶け始める。
「ガ…ウゥ…」
体が溶け始めても、なお進むのをやめない人狼。
その眼に、もう畏怖は無い。私はもう、
それを避けたり傷付けたりしない。
もう、この人狼は終わる。
今に朽ち果てて、地面に倒れる。
…そう…思いたかった…
「…ノカ…か…?」
「…ガウ………君…っ…」
ガウ君が、いる。
冷たい雨の中…微かな温もり…。
確かに…私の、腕の中で…。
焦点の合わない瞳は、どこか眠たげで
夢を見ているようみたいに…愛おしかった…。
「体…濡れてる…
そっか…オレ…フロ…
…入ってたん…だよな…」
「うん…っ」
「やっぱり…ノカに…
洗ってもらうと…眠くなる…な」
「そうかな…ゴメンね…」
「なぁ…、ノカ…」
「なに…?」
「なんか…すごく…眠いんだ…
なぁ…もう…寝ても…いい…か…?」
「…。」
私の言葉は…穏やかに聞こえてるだろうか?
昨日と変わらずに、居心地よく、キミの耳に…っ。
聞こえてないよね…。私の心がね、今、
言葉に出たがってるの。閉じ込められた時、
必死にドアを叩くみたいに。
「ノカ……」
本当は、叩いてでも起こしてあげたい…。
『やめて…!!』
でも、もう…ガウ君を苦しませたく無い…。
『なんで、こんな悲しいこと…ッ』
最後は楽にしてあげたい…。
『いや…やめて…いや!いや!いやぁ!!』
…だから…‼︎
『死なないで!死なないでよっ!!』
「いいよ…っ、おやすみ…、ガウ君
また会えたら…仲良くしようね…!」
「ノ…ヵ…、うん…約束だ…。
おやす…み………。…ありが、と…………な………」
長い、長いほんの数秒間のキミ。笑顔が消えていく。
抱いた体が冷たくなっていく。
私の腕から…命が落ちた。
「ッ…くッ…うあぁ…っ!!
ぅああああああああああああッ!!」
どれだけ強く抱きしめても
遺体は蘇らない。傷付いて、苦しくて
一つしかない…心が…壊れていく。
「乃華さん…‼︎もういいです‼︎
あとはオレに任せてください‼︎」
「ガウ君…‼︎どうして…
私は…なんで…‼︎こんな…‼︎」
感情に…耐えられない。
どうしても、自分を…抑え切れない…。
「乃華さん…、すみません…
…眠ってもらいます、よ…ッ‼︎」
「うッ…」
次の瞬間、視界が黒くなり、意識が無くなった。
目が覚めると、車内で横になっていた…。
隣にはシアちゃんが心配そうに
寄り添ってくれていた。
一瞬、全部夢かと思ったが手に付着した血の臭いが
私に現実であると証拠を突きつけて来た。
-山中-
「…。」
動かなくなったガウの体に悲しみと憎しみの表情で
手を伸ばすゼマ。
-警察本部-
「こちらの限界が一人、限界と交戦の後。
一般人の銃撃により無限界に変化。
その後、私の部下が因子消滅弾により、射殺。
遺体は現在、処理中」
『交戦した限界の所在は掴めているのか⁉︎
限界と言えど、タダで殺させるわけにはいかんぞ‼︎』
電子タブレット越しに上層部と通話する課長。
相手とは視線は合わせず、淡々と客観的な
情報を伝えている。
「所在は現在捜索中しかし、首謀者が誰かは
判明しています」
『まさか…‼︎』
「その通り。すでにこの国にいると情報があります」
『キミに、ヤツを殺せるのか…⁉︎』
「殺します」
目に迷いも情もない。表情を一切変えず
自分の左腕に触れると、淡々と挨拶するように言う。
-地下駐車場-
とあるビルの地下、そこに、身体のそこかしこに
傷を受けた女性が、コンクリートの柱に寄り掛かり
息を落ち着かせている。
…そこに。
「フーさん、すいません
遅れましたね。大丈夫ですか?」
「アンタ、相変わらずナメた口調ね…」
昨日、シアを振り切り、逃げた限界が姿を現す。
傷付いたフーという女性限界にフランクに声を
かけると、傷の感じを確認し息を吐く。
「いや〜、ご無事で何より」
「コレが無事に見える…⁉︎
邪魔が入って痛い目を見たわ」
「ですけど、限界の力は
使いこなしていましたし。
それに…邪魔した相手は死にましたよ」
「人狼が…⁉︎」
まさかの事に、声を荒らげる。先程までだが、
ガウと面識があったようだ。
「ええ、あなたと戦った後、通り掛かりの
猟師に撃たれて………。ええ、なかなか
殺伐でしたよ。本当、嫌になりますよ。
『オレは今のヤツとは違うんだ…‼︎
やめてくれ…、信じてくれよ‼︎』って、可哀想に…」
「そう。で、ボスはどこにいるの?」
状況の再現を軽く流すと、立ち上がり
『ボス』について問う。
「ええ、自宅へ帰る、と。ボク達も行きましょう。
忙しくなりますよ、これから」
「ま、でしょうね」
「フーさんの力、限界猛虎
大きな力になりますよ、きっと」
「当たり前よ。こんなものじゃ無いわ」
「まぁ、ボクがL-因子を盗んで来たお陰ですが」
「調子の良いヤツ…」
会話を弾ませながら‘ボス’の元へ足を進める2人。
その様子を監視カメラが主人に
逐一、送っていた。
「好きには…させない…‼︎」
運転席で一人、身体を震わせ呟く課長。
すでに大きく、歯車は狂い始めていた。
焦りがないものは、誰もいない。