禍因とカウント
「昨日のこと…できれば細かく
教えてくれない?」
狼男騒動の後、病院で一夜明かし次の日
退院するとゼマ君が入り口に立っていた。
課長の差し金らしいが、察するに
気になっていることは全部、この子に
直接聞けばいいじゃない、という
丸投げ感を察することができる。
課長には、そういうところがある。
「はい、課長さんにはあなたに
大概の説明をしておけと言われています。
え…と、確か…誤射さんでしたっけ?」
「乃華です、なんかすいません…」
皮肉付き言い間違いを喰らい
恐らくこれからは低姿勢で接しなくては
ならないのかな、と涙が込み上げて来た。
多分、前回のは誤射じゃないのだ。
ちょっとエキサイトしちゃっただけなのだ。
…何か誤りがある気がする。
…やっぱり誤射か。
「落ち込まないでくださいよ、乃華さん
課長さんに言えって言われたんですよ」
「ッ…あの人は〜…‼︎」
言いたいなら自分の口で言えば良いのに
どうして半ば顔見知りくらいの子に
言わせるのか、ほとほと悪女の考えは
理解に苦しむ。そのせいで私は、現在
5歳くらい年下の子に励まされているのだ。
(これは上に物申して処分対象に…)
「乃華さん顔怖いですよ」
病院から離れ、5分程度経過した。
普通ならバスでも見つけて移動するが
財布は持っていない。渋々、歩いている。
近辺調査に行ってお金が必要になるとは
考えもしてなかった。ちなみに、病院の
費用は課長が払ってくれたらしい。
…信じられない。
「海が綺麗ですね。
この景色なら、あと10kmくらい
楽に歩けますね。」
「…そうね」
そんなわけないだろう。
「あっ、そうだ…!
昨日のこと、聞いてなかったわね。
歩きながらで悪いんだけど
ザックリで良いから教えてくれない?」
やっと本題を思い出した。
あと10kmをちょっとした顔見知りと
無言で歩くのは正直キツイと思っていたところだ。
「ええ、そうですね。
…どこから話しましょうか?」
「とりあえず…その、手の甲の数字は何?
なんか…増えたり減ったりしてたわよね?」
少年の手の甲にある数字を見る。
昨日、最後に見た時には3500だったが
今は、3510に増えている。
「ああ、これはカウントって言います」
「カウント…?」
「細かく話すと時間が掛かるので
簡単に説明すると…力の源、ですかね」
手の甲を見ながらの砕いた説明。
なるほど、つまり、数字が大きければ
大きいほど都合が良いと言う事なのだろう。
今だに半信半疑なので、若干
思考が追いついていないけれど。
「じゃあ、その数字って
どうすれば増えるの?」
「う〜ん、そうですね…」
そう呟くと少年は辺りを見回し始める。
何かを探しているのか?
「あれが良いですね。」
意味深に呟くゼマ君。視線の先には
どうも柄の悪そうな男達が、気の弱そうな
女子高生2人組に言い寄っている。
「あっ、あれ脅迫じゃない…‼︎
こんな白昼堂々…‼︎」
私は卑劣な現場を目撃し早足で向かおうと
正義感を振りかざし歩み寄る。
…しかし
「まぁまぁ、見ていてください」
それを手で制し、穏やかに言い、進み出るゼマ君。
口調を見るからに何か思惑があるようだ。
進む足を止め、様子を見ることに決めた。
きっと、私には思いつかない事をする気なのだろう。
少年はそのまま柄な悪い男達に向かう。
「その辺にしておいたらどうだ!
彼女達も嫌がっているじゃないか!
自分のやっていることを恥ずかしいと
思わないのか⁉︎」
…私が今からやろうとしていた事と
と同じことをしていた。
真っ正面から絵に描いたような綺麗事を
言ってのける。恥ずかしいくらい
挑発が見え見えで、男達も既に少年に
向き直っている。
「っせぇなぁ‼︎テメェ‼︎」
直後、邪魔な虫を払うように
ゼマ君の顔に悪漢の裏拳が直撃する。
体格に違いがある分、衝撃は大きく
思い切り首が曲がる。
「ッ…‼︎」
「ゼマ君…ッ⁉︎」
思わず声が漏れ、手が伸びる、
一体、彼は何を考えているのだ。
あんな、あからさまに殴られるような言動
殴られたいと言っているようなもの!
殴られたいと…………あっ…。
「殴るなら…‼︎」
なにやら顔を背けたまま
肩を震わせ呟いているゼマ君。なんだろう
とても嫌な予感がする。
「なんだよ…⁉︎」
よくわからない少年のよくわからない畏怖に
押されている男。しかし、負けるものかと語気を上げ
疑問を投げかける。すると、やっぱり。
「殴るなら…‼︎
もっと痛く殴ってくださいよッ‼︎」
『なんだ…コイツ…』
周囲一帯にいる一期一会の人々の心が
一つになった気がする。
近くにいた子連れの母親やお婆さんが
足早に何処かに行くのが横目に見える。
私は、ただ、目を閉じ、立ち尽くす。
…こうなっては何もできる事は、無い。
「先程の顔面狙いの一撃は
確かに好感を持てました、が‼︎
しかし、そんな恵まれた体格のわりに
腕の力だけで、ただ相手を殴るのは
殴られる方としては屈辱なんですよ!
もっと身体のバネを使って…‼︎」
「お前何言ってんだよ⁉︎」
もっともな意見です。
「体の真ん中狙ってくださいよ‼︎
首とか鳩尾とかあるでしょう⁉︎」
ボクシングのコーチばりの熱い声。
ただ、それと一点、違う事は
変態であること、である。
「うるせぇガキだなっ‼︎」
妙な焦りと共に再び少年を殴りつける。
暴力しか身に付けていない悪漢はこれしかできない。
これが、どれだけ自分の首を絞めているか
まだわかっていないんだろう。
「うッ‼︎」
「これでどうだよ⁉︎」
少年の体が沈むのを見て会心の笑み。
これだけ見れば、ただの悪党とやられ役
そう、何度も言うが普通なら…。
「70点!」
「はあぁッ⁉︎」
キリッとした良い顔で採点し出す。
彼なりの表現なのだろうが、なんと言うか
不気味、いや、もはや清々しい。
「まだまだ、全力で来てください!
あ、後ろの2人も遠慮無く掛かってくれて
大丈夫ですから!お互い正々堂々
良い勝負をしましょう‼︎」
正々堂々ってなんだろう。
良い勝負ってなんだっけ。
既に戦意を喪失している男達と
イキイキしている少年。えぇと…。
どっちがなんだっけ…?
「オイ!コイツやばいって!」
「おかしいってレベルじゃねぇっ‼︎」
しばらくして、そそくさと逃げ出す男達。
その表情には、いろんな意味の恐怖が
滲み出ていた。トラウマにならなければ
幸運なのだが。
「終わり…か」
なんで君はそんな良い顔で言ってるの?
殴られてただけだよね?
ドン引きされて逃げられただけだよね?
「さぁ、ヤツ等は逃げましたよ
危ないところでした…ね?」
襲われてた女子高生達はもういない。
確か、2発目を喰らわされた辺りから
他人の振りして逃げてた気がした。
「ふぅ…、一件落着ですね」
「倍くらい、問題発生した気が…」
青ざめた巡査と赤く腫れ上がった少年。
こんな2人でも、朝の太陽は
優しく照らしてくれた。
「そんな事よりも、乃華さん
これ、見てください」
「え?」
今のは"そんな事"らしい。
服の袖を少し捲り、手の甲を見せる。
前に見た時の数字は3510、現在は4030
数字…カウントは約500上がっている。
「今のが、オレのカウントの
上がる仕組みです」
「つまり…、変態行為を行うと
カウントが上がるという…」
「はい、そうで…」
「違うと言って!」
うん、思ったことが、ついつい
言葉に出てしまったがなんとなくわかった。
おそらく、少年は外傷を受けると
カウントが上昇する…のだろう。
つまり、不良達にあんなに挑発的に
声を掛けたのは、わざとで
本来の意味はカウントを上げるため。
…であってほしい。
傷付けられるのが好きとか
そういう意味で毎回、危ない事を
していると考えたく…。
「やっぱり本気で来られないと
気持ち良くないですね…」
(ないんですけどね…‼︎)
やっぱり今の子ってわからない…。
いや、今の子が皆こうってわけじゃ
ないとは重々承知していますけれども…。
「で、察しているとは思いますが
オレのカウントが上がる原理は‘外傷’です
傷付けば傷付くほど力が増大します」
「傷付けば傷つくほど、ね…。変な力なのね…。
もしかして、名前とかあるの?」
「はい、カウントのある者は全員
限界と呼称されます。
そして、その後に自分の力に見あった
漢字2文字を付けてそれが
仕事上の呼び名になります」
「限界○○…ってこと?」
「ええ、オレの異名は、誰が付けたか
ピンチはチャンスを体現した限界…」
言葉を切り、自重的な表情で
手の甲を見つめる少年...そして。
「“限界英雄”と言われてます」
とても誇らしい呼び名、しかし
少年の眼には、今まで見せなかった
少しばかりの切なさと自嘲が
現れていたことを、私はうっすらとだけ
わかっていたのかもしれない。
「…変ですよね?
英雄って、大袈裟な感じで」
「ううん!そんなことないわ!
カッコイイじゃない英雄!
私、昔からそういう、なんて言うか…
正義の味方!って言うのに憧れてたのよ!
感激だわ、本物の英雄に会えるなんて!」
自分でも大人気無い様相だと言うことは
理解しているが、周りから英雄と
呼ばれている人が目の前にいることは
何か運命的なものを感じたのだ。
「え、じゃあ必殺技とかもあるの⁉︎」
「ひ、必殺技…⁉︎」
「あ、もしかして昨日の最後の一撃!
あれがそうなの⁉︎なんて言う名前⁉︎」
「必殺技なんてそんなの無いですから
テレビの中だけですよ、そんなに
ふざけて戦えません」
首を軽く振って否定する少年。
やはり、理想と現実は違うのか…。
「そっかぁ、ちょっと残念だなぁ…」
「乃華さんも大概、変ですね」
「うっ…」
自分じゃ変だと思ったことは………無いので。
心に突き刺さるものがある。
「ゼマ君は、自分は普通って思う?」
「いや、オレは被虐心の塊なので
普通だとは到底…」
あ、自覚はあるんだね。
「乃華さんの持ってる銃で
撃ってほしいなぁ〜…」
「もう、君は何言ってるの?
ふざけてると、本当に撃つわよ?」
「どうぞ‼︎」
こっちが懐の銃の持ち手を掴むと
両腕を大きく広げて歓喜の声。
本気で言っているから大したものだ。
「嘘よ、撃つわけ無いでしょ
ほら、早く行くわよ」
「え〜…」
昨日、出会ったばかりの少年を
撃つ理由など無いし、相手は英雄
仮に撃つ理由があるとするなら
一体、どんな事かわからない。
-警察署-
帰って来たのは、それから2時間30分後
途中、昼食を挟んだので遅れた。
ゼマ君は何も食べなかった。
太陽も真上から光を浴びせてくれる。
「う〜ん…」
「乃華さん、どうかしましたか?」
警察署まで帰って来たのは良いのだが
自分が左遷された【特警課】が
どこにも見当たらないのだ。
受付にも首を軽く傾けられたし
全く、どこへ行けば…。
「ああ、特警課なら
駐車場にありますよ」
駐車場⁉︎遂に私は部屋でさえない
場所に左遷されたの⁉︎なんで⁉︎
「課長さ〜ん、今戻りました!」
「遅いわよ!もう既に一件
仕事が入ってたのよ⁉︎」
「…。」
駐車場に停車している巨大なトレーラー。
中には無数のTV画面や機材。
思わず口を開けてぼっ立つ私。
「全く、病院からの距離を
歩いて帰って来るなんてバカなの?
バスでもなんでも使いなさいよ」
お金持ってなかったんだから
仕方無いじゃないですか…と言うか
入院代払ってくれたならバス賃くらい
置いてくれても…。
「ゼマ、アンタに確かバス賃
やったわよね?」
「あぁ、オレ歩くの好きなので
歩いて帰って来たんですよ」
「馬鹿野郎‼︎」
「ありがとうございます‼︎」
課長の拳骨が頭上を強打。
お礼を申し上げる少年、しかし
君はもしかして本当にバカなの⁉︎
お金持ってるなら私に一言くらい
相談してくれても…もう結構
足疲れてるんだから…。
「それよりも、聞きなさいバカコンビ」
一括りにされた…言い換えせないけど…。
「アンタ達が来る途中に
おそらく敵対関係の限界が現れたわ」
敵の限界⁉︎限界って複数人いるの⁉︎
「幸運なことに助っ人の限界が
向かってくれて、現在交戦してるわ」
「じゃ、じゃあ限界は3人いる
ってことなんですか⁉︎」
「今現在は、ね」
私物の電子タブレットを
鋭い眼で見つめる課長。
恐る恐る横側から見てみる。
画面には2人のゼマ君くらいの
歳の子供が火花を散らし戦っていた。
「どっちが助っ人ですか?」
「こっちの、女の子のほうよ」
課長が人差し指で画面を叩くと
釣られて画面がズームされ
険しい表情だが可憐な少女の顔が
鮮明に映し出される。