英雄
「…。」
ただ、黙々と廃ビルへ
足を進めるゼマ。彼自身
自分が、今何をしているか
理解していない。街に流れる
音楽や話し声、周りから聞こえるものや
眼に映る景色や人の顔は、昨日と違い
すぐに、頭から抜け落ち消える。
そんな、懐かしい感覚でも
ゼマは無関心だった。だが、ただ一つ
それだけは、頭に刻まれていた。
ゼマを動かすものはそれだけ。
それだけの為に、ゼマはロアを目指す。
-数十分前-
〔ゼマ君、迎えに来てくれて
本当にありがとう〕
シアが生前、書き記した
ゼマと話す為のメモ
そこには、最後の会話では
語ることができなかった
感謝の言葉や、思いの内容が
事細かに記されてあった。
〔私のカウントは、少し前から
薄れてきて、もうすぐ消えると思う
それで、私が無限界になるようなら
遠慮無く、私を消してほしい。〕
「…。」
無表情に読み進めるゼマ。
読んだ内容も、すぐに頭から
消えてしまうほど無感情になっていた。
〔でも、もし…もし
カウントが消えて、何もなくて
普通の人間に戻ったらって考えたら
ちょっと、嬉しくなっちゃって
ダメだよね、戦うのが使命なのに〕
この文章だけ、字が揺れており
文面からでも、シアの恐怖と
期待が見て取れる。
〔…でも、いろいろあったけど
限界の戦いも、終わりが近いと思うの
課長さん・乃華さん・ゼマ君・ガウ君
皆が頑張ったから、もう戦わなくて
済む時代が来る…そう思うの〕
文章も終盤となり、シアの真摯な
気持ちが、強く表れており
所々、涙が落ちたようで
用紙が湿っている。
…そして
〔だから、私達から始めよう。
もう、人を殺したりしないで
人の中で平和に暮らそう。
もしかしたら、その世界に
私はいないかもしれないけど
…きっと、できるよ。私は信じてる
だって、この世界には
絶対に英雄がいるんだから〕
願いと、希望の言葉と共に
文は終わる。
「…そうか」
表情に変化は無いが、一言呟き
小さく溜息を漏らす。
そして、用紙の隣に課長が置いた
小箱を手に取る。
〔限界宝石【核】〕
小さな名札が貼られており
そう記されてある。開けると
掌程の大きさがある菱形のクリスタルが
煌々と、優しい光を見せる。
…すると
『乃華さんを助けて…‼︎』
クリスタルから、確かに
シアの声が微かだが聞こえた。
「…ッ」
そして、声に導かれるように
乃華の病室を目指す。
…しかし
『…遅かったか』
『あぁ〜、キミ
意識あったんだね
今、終わったよ。
刑事さん死んじゃった』
無残な光景。ほんの数秒前に
ロアにより、乃華は頭を抉られ
鮮血の飛び散るベッドに横たわる。
しかし、ゼマは何の情も湧かず
ロアが飛び去ったのを許した。
はっきり言って、もうロアの事など
どうでもいいと思っていた。
今のゼマの頭にあるのは、ただ一つ
シアの核を見た瞬間、脳裏に刻まれた
微かな光だけ。それを頼りにロアを追い
運命に身を委ね、遂に眼前に現れる。
-廃ビル-
鉄骨が剥き出しになり、所々
焦げ跡が見える無人のビル。
今のゼマは記憶に無いが
十日前、狼男が出現したと
騒ぎになった場所である。
「来たんだね…」
「ああ」
廃ビルの最上階、瓦礫に座るロア。
病室では、ただ人の形を模倣した
幽霊のような姿だったが、服装が
変化し、正に名の如きゲーデのような
擦り切れた燕尾服を身に付け
山高帽を被った姿をしている。
「はぁ〜…、本当に死ぬのは嫌だよ
今迄は無理して記憶を維持してきたけど
気を抜くと、自分がさっき何したか
全然思い出せないんだ…
え〜…と、ボクは昨日今日で
誰を殺したんだっけ?」
「…さぁ、オレも忘れてしまった」
ロアの問いに、素っ気無く応じる。
言葉に嘘は無く、本当に
頭から抜け落ちているのだ。
「キミは怨みさえ
無くしてしまったみたいだね…
…恨みと言えば、なんでボクは
この廃ビルまで誘き寄せたと思う?」
瓦礫から立ち上がり
肩を竦めて、新たな質問をする。
「…ここには、お前の糧になる
怨みや怒りが充満している。
オレとの戦闘を優位に運ぶ為だろう。」
「ハハッ…‼︎
思考能力は衰えてないようだねぇ
その通り、ここは数日前に
限界の過激派連中が虐殺を行った場所
今はボクの住み心地の良い家さ」
床に落ちていた、人骨と見られる欠片を
蹴り飛ばし、ゼマを見つめる。
…そして
「それと、あと一つ
ボクにはアドバンテージがある」
そう言うと体内から、赤黒い
液体の入った注射器を取り出す。
「見覚えあるよね?
そう、キミ達から奪ったL-因子さ
これが、最後の一本」
一本目、二本目はフーに使用し
最後に残ったL-因子。それを
右手で持ち、見せびらかす。
「一本目はフーさんを限界にする為に
そして、二本目は限界に使った場合
どう変化するのか確かめる為に使った。
結果はまぁ…案の定だったよ。
確かに限界の力は進化したけど
肉体が追い付けずに、暴走。
…そう、生きている体の限界を
超えてしまったのさ。分かり易く言えば
死、だね。フッ、ハハハッ…」
自分の実験結果は覚えているらしく
思い出し、含み嗤う。
しかし、すぐにまた猟奇的な笑みに戻り
鋭く言葉を続ける。
「じゃあ、死んでる体に
L-因子を与えたらどうなるか?」
右手に持った注射器を
傷付いた∞が刻まれる左腕に当て
これ見よがしにゼマに言う。
「これが、限界を超える物なら
ボクは死を超える…‼︎」
言葉と共に、L-因子を注入。
注射器に入っていた液体が血管を流れ
腕が震え、カウントの傷が癒え
身も凍るような黒い光が撒き散る。
…そして
「フフッ…‼︎あはははッ‼︎凄い…‼︎」
喜びに打ち震えるロア。全身から
闇の波動が溢れ出し、廃ビルが揺れ
耳障りな音が響く。
「今迄とは、まるで比べ物にならない‼︎
ボクは死の限界を超えたんだ…ッ‼︎」
自らのカウントを見つめる。
カウントは今迄よりも濃い紫色で
傷は完治し、怪しく発光している。
「待たせたね、ゼマ…
でも、待たせた分だけ見せてあげるよ
前みたいな中途半端な精神操作と
小物な闇の力なんかじゃ無い
限界を超えたボクの力…
名付けるとしたら'無限界融合魔王'かな」
「そうか…」
常人には吐き気を催すような
限界を超えたロアの圧迫感。
しかし、感情の消えたゼマは
ただ、力の増大を感じ取るだけだった。
「さぁ、始めよう…
龍神を打ち倒した英雄と
宝石を潰した魔王
最終決戦には相応しい役者だ
…もっとも、今のキミは英雄じゃ無い
ただの虚無だけどねッ‼︎」
ゼマを嘲笑し、飛び掛かるロア。
全身の闇が凶器に変化し
空気を圧迫しながら突き進む。
「…わかっている」
ロアの肉迫に合わせ
ゼマの左腕は、大蛇のように
身をくねらせ、周囲の物を消しながら
肥大化し、相手を喰らおうと迫る。
…しかし
「ハハァ…ッ‼︎」
ゼマの左腕が当たる直前、身体を
霧のように散漫させ受け流し
再び、ゼマの眼前で実体化。
鋭い右腕の爪で袈裟懸けに掻き斬る。
「…。」
痛覚さえ無いゼマは
攻撃を意に介せず、ロアに当てようと
虚無の腕を引き戻す。
「ッ…」
虚無の腕には流石に歯が立たず
掠ったロアの右半身は、灰も残さず消え
歯噛みするロアは、一旦身を引く。
「ハハハハ…ッ‼︎
その腕だけは、本当に面倒だね
直撃したら終わりみたいだ…
でもその代わり、限界英雄と違って
もう、キミには回復能力が無い
腕に任せた狂った攻撃しか
残されていないのさ、酷いものだよ」
距離を空けると、限界虚無を酷評し
溜息を吐く。そして、失った右半身は
廃ビルに篭った怨念が修復していく。
「…。」
ロアの言葉も耳に入っていない様子で
左腕以外は沈黙するゼマ。
虚無の腕は今だに、触手のように
激しく動き回り、ゼマが無感情な程
カウントは上昇し、徐々に肥大化する。
「醜いよ…その腕、本当に‼︎」
怨念を吸い取り、怒りを露わにしたロア
右腕に無数の闇の針を生やし
ゼマに向かい、炸裂させる。
…しかし
「やっぱり、飛び道具じゃ
仕留められないか…」
闇の針は全て、虚無の腕が防ぎ
届かない。まるで、ゼマ本体の代わりに
苦悩し、戦っているように見える。
…その時
「でも、終わりだよ…?」
満足したようなロアの声。
ロアが地面に溶け、次の瞬間
ゼマの背後に伸びた影から現れ
左腕が、ゼマの腹部を貫く。
「アハハハハハッ‼︎
ボクを見ていないからこうなるのさ‼︎
結局、虚無の腕さえ通り抜ければ
キミの命を奪うことなんて
ボクにとって造作も無いんだよ‼︎」
「…。」
腹部と口から血が溢れ出す
それでも、無表情のゼマ。
鋭い眼光が、ロアを捉え
右腕で貫いた左腕を掴み上げる。
「そうか…できれば…
お前に…殺してもらいたかった…」
「なに…?」
表情は変えないが
声が思うように出ず微かに呟く。
-乃華の病室-
「…ん、あれ…?」
私…生きてるの…?
さっき、確かに頭をやられて…うッ‼︎
やっぱり、頭がズキズキする…
でも…治ってる、なんでだろ?
精神攻撃だったのかな…?
「上々のようね、安心したわ」
「…課長、あ…!
さっき、記者会見の時に現れた
敵の…ロア君が出てきて…うッ‼︎」
駄目だ…思い出すと、次から次に…‼︎
嫌な記憶も…ガウ君、シアちゃん
ゼマ君、そして…因子消滅弾…
知りたく無かったことが、どんどん…‼︎
「その様子だと、ある程度の真実は
知ってしまったようね。」
「酷すぎますよ…‼︎
ロア君も、もちろんそうですが…
課長は私に…ゼマ君達を
殺させようとしていたなんて…‼︎」
現に私は、直接的にも間接的にも
仲間を葬ってしまった…
なんてことを…‼︎
「自分がやったことを
悪いことだと思ってる?」
「当たり前ですよ…‼︎
何の罪も無い子達を、この手で
殺してしまったんですよ⁉︎」
ベッドの隣の机に置かれた一丁の銃。
それが、今になって怖くてたまらない…
「アンタは私の想像以上に
因子消滅弾を使いこなしていたわ
アンタがどう考えているかは
わからないけれど、私は評価するわよ」
「人を殺した事を…
評価しないで…うッ…‼︎」
言葉の途中、襟首を掴んでくる課長
眼の怒りじゃ無い、熱い意志が
私の心を見透かしてくる。
「アンタは、限界を
殺すつもりで殺したの…⁉︎
違うでしょ…⁉︎思い出しなさい‼︎」
「…ッ」
私は…そう…殺したいなんて思って
撃ったわけじゃ無い…じゃあ、何を…
『いいよ…っ、おやすみ…、ガウ君
また会えたら…仲良くしようね…!』
そうだ…
『敵、限界龍神がこれ以上の
苦痛を見出さない為…
因子消滅弾を、使用しました…』
あの時、私は…
「私は…限界を殺そうと思って
因子消滅弾を使った事はありません…」
「…。」
私の意志を確認すると
課長の手は緩む。
「今、ゼマとロアが
アンタが最初にゼマと会ったビルで
戦っているわ…」
「課長…私は…‼︎」
顔を上げ、課長の顔を見る。
相変わらず無表情で、私の話を
真っ正面から聞いている。
「…なに?」
「私は…課長の言う通り
探偵気取りで…エキサイトする
出しゃばり女で、1/4人前のヒラッヒラの
仕事しか無い、食玩のラムネレベルの
一兵卒の遅番地蔵な警察官です…
…ですが、そんな私にも…今
できる事が見つかりました…‼︎
…その為に、ゼマ君の所に行きます‼︎」
「…勝手にしなさい
アンタみたいなヤツを
止めても無駄だって、知ってんのよ」
「課長…!
ありがとうございます‼︎」
微笑を浮かべた課長は
私に上着を放る。
それを受け取り、着替え
ゼマ君の所へ…‼︎
「死んだら駄目よ」
病室の扉に手を掛けた私に
課長の言葉がぶつかる。
「数日前から警察休んでる理由…
全身複雑骨折ってことになってるの
…だから、それ以内にしなさい」
課長は穏やかな微笑を
私に送ってくれた。
「はい…了解しました!」
「行ってきなさい、乃華」
返事をし、走り出す私の背に
課長の言葉がぶつかる。
課長が私の名前を言ったのは
確か、初めてだったな…
-廃ビル-
「ボクに殺してほしかったぁ?
ハハハハッ‼︎まったくキミは
毎度毎度、驚かせてくれるよね⁉︎
そんなこと言わなくても
今から…ボク…がッ…ぐッ⁉︎」
余裕の表情が一気に急変し
毒を盛られたように、身体が
痙攣を起こす。
「悪いが…
お前は、お終いだ」
自身の腹部を貫いた左腕に
何やら尖った物を突き立てるゼマ。
…それは
「何だ⁉︎それ…牙⁉︎」
「そう、名は忘れたが…
嫌な気配のする、牙だ…」
ロアの左腕に突き刺さる牙。
記憶にはもう無いが、ゼマが
無限界人狼を討伐した後
引き抜いた、ガウの牙である。
「ぐぅッ‼︎ああぁッ‼︎」
ガウの牙が突き刺さった瞬間から
身悶えし、闇が不安定に揺れる。
「そう…か…‼︎
その牙にも、因子消滅弾のウイルスが
転移を…‼︎ぐぁッ…離せぇッ‼︎」
元凶に気付き、拘束を振り切ろうと
身体の闇を刃状に変化させ
ゼマを斬り裂く。
…しかし
「オレは構わないが…」
呆れた顔で、ロアの方を振り向く
が、虚無の腕は、獰猛に
ロアの闇の身体に絡み付き
両足、胴体、右腕と徐々に消し去る。
「こんな、事が…」
∞のカウントが徐々にだが擦り減り
闇の身体も失う。
ゼマは突き刺さった左腕を抜き取り
ロアをその場に捨て、失意の表情を見せる。
「やはり…
お前じゃ、オレは殺せない…」
再び、頭と左腕のみとなった相手を
冷たい視線で見下す。
「ハッ…ハハハッ…‼︎
正直言って驚いたよ…でも
カウントはまだ消滅していない…‼︎
牙一本じゃ、足りなかったねぇ…」
焦りを見せるが、戦意は消えず
左腕は頭の方へ這い寄る。
…しかし
「…。」
「キミ…何を…⁉︎」
虚無の腕を標準の大きさに戻し
その手で、這い寄る左腕を拾い上げる。
そして、刺さっていた牙を引き抜き
懐にしまっておいた
シアの核のクリスタルを取り出し
∞のカウントを、深く傷付け、捨てる。
「は…ッ⁉︎」
その光景を、眼を見開き見つめ
信じられないと言ったように硬直する。
「これで、終わりだろう…?」
背を向け、歩き始めるゼマ。
「お前は…なんてことをッ‼︎
ボクの…力を…グッ…ゼマァァァァッ‼︎」
頭だけとなり、眼前のゼマに叫ぶ。
「殺して行け‼︎ゼマ‼︎
こんな身体になってまで
生きていたいとは思わないッ‼︎」
地を転がりゼマに
絶叫し、懇願する。
「お前は、死を超えた…
もう死ぬことは無いだろう…
それに…オレは約束した…
もう、誰も殺さない…
悪人であっても…オレは命は奪わない…
お前は不死の身体を引きづり
そのまま、生き続けろ…」
ロアの懇願を一蹴
ゼマの歩は止まらない。
「ハハッ…キミは…本物の悪魔だ…‼︎
でも、この先、必ず…ボク以上の怪物が
この世に現れる…クククッ…キミは
その時でも、誰も殺さないつもり?
人殺ししかできない…その手で‼︎」
「オレには、もう関係の無い事だ…」
ロアの呪詛のような言葉にも
ゼマは感情を現さない。
腹部や口から、血を流しながら
ただ、自分の道を進んで行く。
-海岸線の道-
ロアとの戦いを終え、重傷を負った
身体を引きづり、ゼマは行く宛の無いまま
数十分、海岸線の道を歩いていた。
…すると
「ッ…ゼマ君…‼︎」
「…。」
ゼマ君…すごい傷…さっきまで
戦っていたんだ…。
「ゼマ君、ロア君とは
もう済んだんだね…」
「近付かないでください…」
「え…?」
今迄とゼマ君の表情が違う…‼︎
…それに、左腕が…‼︎
私に、攻撃しようとしてるの⁉︎
「この左腕は、オレの意志に関係無く
…勝手に人を殺します…誰だろうと…」
これが…零の悪魔の正体…
そうか、良かった。ゼマ君は
自分の意志で…何かを壊していたわけじゃ
無かったんだ…
…その時、私が安堵した瞬間
勝手に私の左腕が動き、懐の銃を抜き
ゼマ君の左肩を、的確に撃ち抜いた
「え…⁉︎」
「良い判断ですね…」
私が何かした、という感覚は無い…
逆に、ゼマ君の方が納得してる…
だらりと下がるゼマ君の左腕
恐らく、腱が切れ動かしたくても
動かせないのだろう…
撃ち抜いた弾丸は、通常の弾丸。
因子消滅弾では無い…
「ゼマ君‼︎」
「良いんです。オレも
望んでいたことですから…」
右手を前に出し、私を制すゼマ君
微かだが、笑っているように見える。
自分が望んでいたこと…⁉︎
一体、何を言っているの…⁉︎
「…あと一つだけ
聞いて欲しい、願いがあります」
「お願い…?」
歩を進め、私と並ぶと通り過ぎ
ゼマ君は、距離を空ける…
…私は、ゼマ君が何を言うかがわかる…
キミは、覚えているだろうか…?
この道が、いつかの道か…
あの頃の、キミと、私を…
「その銃で…
オレを撃ってください…」
『乃華さんの持ってる銃で
撃ってほしいなぁ〜…』
あの頃の、言葉が…重なる…‼︎
どうして…どうして、言ってる事は
同じなのに、ここまで違うの…‼︎
「何…言ってるのよ…‼︎
ふざけてると…本当に…撃つわよ…⁉︎」
『もう、君は何言ってるの?
ふざけてると、本当に撃つわよ?』
あの頃も…そうだったのかもしれないけど
ゼマ君は、本気で言ってるんだ…
自分の命を…奪ってほしいって
どっちにしろ…ゼマ君は…もう…‼︎
「…どうぞ」
『どうぞ‼︎』
こっちが懐の銃の持ち手を掴むと
両腕を大きく広げて…ゼマ君は言う…
自分でも…わかってるんだ…
このまま、自分が倒れたら…どうなるか…
…どうしたら、最悪な展開を免れるか…
私だって…わかってる…
だから…だから私は…ッ‼︎
『嘘よ、撃つわけ無いでしょ
ほら、早く行くわよ』
『え〜…』
昨日、出会ったばかりの少年を
撃つ理由など無いし、相手は英雄
仮に撃つ理由があるとするなら
一体、どんな事かわからない
…そして、今の私は…撃つ理由を
見つけてしまった…。この気持ちが
殺意であったなら、どれだけ
気が楽だったろう。私は…これまで
命懸けで戦って…世界を守ってくれた
英雄以上の恩人を…救済と言う名目で
この手で…命を奪った。
「ゼマ君…ッ‼︎」
「…乃華…さん…
…なんだか…お久しぶりです…」
駆け寄ってゼマ君を見ると
もう、致死量に近い血が出てる…。
なんで…どうして、ここまでしなきゃ
キミのそんな顔は…見られなかったの…⁉︎
「…やっぱり、気持ち良いですね…
乃華さんに…撃たれるのは…」
「…バカなこと、言わないで…
ゼマ君…死んじゃうんだよ…?」
「ええ…でも…良かったです
あのまま、死ななくて…」
「私の手で殺されて…
良かったって…言うの…⁉︎」
「オレは…全部、零にしちゃうんです…
だから、きっと…死んでも
何も…残らない…、乃華さんや
課長さんの記憶からも…全部…消えます」
記憶からも…全部…?
それが…ゼマ君の、無限界…
「だから、乃華さんに撃ってもらって
本当に…良かった…。痛みを…
感じられたことも…何も無いオレにとって…
生きてるって…思えて…」
「ゼマ君…」
「…乃華さんは…オレが消えても…
覚えていて…くれますか…⁉︎」
「…当たり前よ…‼︎
絶対、死んだって忘れないわ‼︎
だって…あなたは英雄だもの…‼︎」
「英雄…は、乃華さん…あなたですよ」
「え…?」
「あなたは、どんな逆境でも…
真っ正面から立ち向かって…
最悪な現実を見つめて…
ずっと、戦ってきたじゃないですか…」
「…でも、私は…いつも足手まといで…
ゼマ君や皆がいないと…何も…
何も…できなかったの…‼︎」
「…それでも、乃華さんは
最後まで…乃華さんだったじゃないですか」
「私は…最後まで…私…?」
「乃華さんは、自分を最後まで…貫き通した
それが、どんなに凄いことか…
オレは…それができませんでした…
己の怒りに任せて…正義を捨てて
昔の怪物に戻ってしまった…オレは
あなたが、眩しい…です…」
「ゼマ君…ッ‼︎」
ゼマ君のカウントが…
もう…消えかかって…また…
私の腕の中で…命が…
「心配しないで…ください…
乃華さんが、オレやシアやガウを…
覚えていて…くれるなら…
オレ達は、死にません…あなたの中で…
永遠に…生き…続けます…」
私に、ゼマ君は…ガウ君の牙と
シアちゃんの核を託す…。
「もういい…‼︎
もう、喋らないで…‼︎」
「乃華さんに…会えて…本当に良かった…
…オレは、もう駄目です…」
「そんなこと…‼︎」
「…けど…‼︎
英雄は消えることは…絶対にありません…」
「…うん…わかってる…‼︎
ゼマ君、だから…」
「後の事は…任せます…乃華さん…今迄…
…ありがとう…ござい…まし…た…」
ゼマ君の眼に溢れた涙が
左腕に流れ、血と合わさり
カウントに触れ、瞬間
蝋燭のように跡形も無く…
左手の甲の数字は消え去った…。
「ゼマ君…」
無意識の内に、私は
落ちていた銃に手を伸ばしていた。
そして、拾い上げ、自分の頭に
銃口を当てる…。
「…ッ」
でも、自分の受けた衝撃は
銃弾では無い痛み。頬を叩かれた
鋭い痛みを感じた。
「死ぬなって…言ったわよね…⁉︎」
「課長…」
「銃に、もう弾丸は入ってないわよ…
アンタは生きなきゃいけないの‼︎
生きて、死んだ者を覚えておく義務が
アンタにはあるの‼︎
ゼマに託されたんでしょ⁉︎
これからの未来を…‼︎」
そうだ…私は…あの子達の分まで…
「これからは…私が…英雄になります…‼︎」
…私の覚悟が決まると、巻いてあった
左腕の包帯が、緩んで落ちる
私が、なぜ無事だったのか…
どうして、左腕が勝手に動いたのか…
左腕を見た瞬間、全てわかった
-虚無-
「早かったな…
また会えて嬉しい…けど
変な気分だ…」
「お疲れ様でした…
私の声、届いて良かったです…」
「あの時のオレは
死んだようなものだったから
こっちの声が聞こえたんだろうな
… 2人共、待たせたな…さぁ、いこうか」
「ノカとか課長とか
待たなくて良いのか?」
「平気だ、きっと
こっちに来るには時間が掛かる
先に行っていよう」
「…そうですね
きっと、大丈夫ですよね」
「ああ…」
何も無い空間で待っていた2人を連れ
手を繋ぎ、3人は輝く天へ進んでいく。
-数ヶ月後-
-バンッ‼︎-
「どうしてもっと重点的に
調べないんですか⁉︎大事件なんですよ‼︎」
上司の机を思い切り叩き、声を荒げる女刑事
数分前に読み終えた資料は既に力んだ手で
ぐしゃぐしゃである。
「はいはい、そんなに力まないで
今回の件はあなたの担当じゃないわよ」
外はよく晴れた晴天、課長は溜息を一つし
駄々っ子を収めるように、やんわりと返答
表情からは明らかな面倒臭さが滲み出ている
おそらく、こんな事が何度もあったのだろう
「ですが、話によれば事件はここ近辺で
あったんでしょう⁉︎だったら、まだ
犯人はこの辺にいるかも…」
「ここは警察署よ
探偵さんは、お呼びじゃないわ」
「ッ…‼︎」
一笑する課長、赤面する乃華刑事
室内でもクスクスと笑い声が聞こえる
「…でもそうね、そんなに興味があるなら
あなた、ちょっと捜査してみる?」
「え…?私がですか⁉︎」
「言い出しといて尻込みしないで。
もちろんそうよ、しかも1人で
あと、表向きでは私怨による勝手な
捜査って事で言っておくから、給料も
その分、遠慮なく差し引くからよろしく。
さ、行ってらっしゃいな。
私も仕事があるから、あなたにこれ以上
構っていられないのよね。」
淡々と早口で業務連絡をこなし
その後、早々と自分の業務に戻る。
「もしかして今、私、ピンチですか…?」
「そうね、私が今のあなたなら
土下座して前言撤回するわね。
まぁ、現在、逆の立場だから言うけど
そんなことしてもダメよ。」
「うぅ…」
下手な正義感は今後、振りかざすまいと
何かに誓った乃華刑事だった。
「…はぁ、調査って私一人で
どうにかなるのかなぁ」
ここら一帯の地図と最低限の資料を手に
とりあえず、歩き出す。
単独で物事を調査したのは、数ヶ月前の
逃げ出した限界の人狼捜索以来の事だ。
「でも…やるだけやってみよう」
天に向かって、左腕を上げた。
手の甲には、∞の一文字。
この左腕は亡き、尊敬する英雄の形見だ。
-ボス討伐後 手術室-
『ヒロ、アンタと同じ
このバカを…助けてあげて』
重傷を負い、死ぬ寸前だった私に
課長が移植してくれたらしい
お陰で、私は命を取り留める事ができた
英雄達のお陰で、私は今、生きている…。
…だから、その分
「私、頑張るから…‼︎」
『応援してますよ』
「え…?」
風に乗って、少年の声が聞こえた。
そして、近くで車の人身事故が発生した。