死を超えたもの
-研究所-
「え〜…と、何人の因子だっけ?」
「天地人の因子」
「あ、そうそう!
それの人の因子ですよね?」
「アンタみたいなバカに
やるのは残念だけど
一番の適任なんだから
ちゃんと働きなさいよ」
「わかってますって!」
3年前の研究所、自身の手の甲を
まじまじと見つめる青年と
白衣姿の女性科学者 東雲 閃
「だが、まさか
L-因子が培養され、封印するハズの
天地人の因子を使う事になるとはな…」
溜息を吐く、もう一人の科学者 天見 侊
「そうね、でも戦力ができた事は
ありがたい事だわ…そうだ、アンタ
限界になると、コードネームを
付けなきゃいけないんだけど
自分で決めるの?」
「コードネーム、カッコ良いですね…
う〜ん、じゃあ…限界英雄だし
ヒロで良いですよ」
「安直ね、まぁ良いわ
これからアンタには
培養されたL-因子を悪用する
連中と戦ってもらうわ。大丈夫?」
「任せてください!」
意気揚々な様子で笑顔を見せるヒロ。
過酷な戦いを前に、平然としている。
-1年後-
「必殺!ヒーローパンチ‼︎」
「ぐあぁっ‼︎」
いつかの1年後、限界英雄となり
戦い続けているヒロ。過酷な連戦で
傷だらけになりながらも
笑顔は消えず、人々の平和を守る。
「やった!勝ちましたよ!」
『やったじゃ無いわよ!
もっと真剣にやりなさい!』
周囲に備え付けられた監視カメラに
ピースサインを送るヒロ。しかし
通信機からは、怒号が飛ぶ。
「…やっぱり、ヒーローナックルの方が
…良かったですかね…?」
『そういう問題じゃ無いわよ馬鹿野郎‼︎
アニメじゃ無いのよ‼︎』
『まぁ、良いだろう
ヒロが戦い易いなら、それに
越したことは無い』
憤る閃を、苦笑を浮かべ宥める侊。
「流石はボス、話がわかりますねぇ!」
『ボス?』
「侊さんは司令塔でしょ?
ですから、ボスです」
『はは…』
突如、付けられた渾名に
苦笑を通り越し失笑。頭に手を当てる。
『ボスねぇ…、じゃあ私は何よ?』
「…課長!」
『今回は迎えを寄越さないから
自分の足で帰ってきなさい』
感情の篭ってない声と同時に
通信がプツッ…と切れる。
「あぁ‼︎ちょっ‼︎えッ⁉︎
そりゃあ無いですよ‼︎ここ何処だと
思ってるんですか‼︎樹海ですよ‼︎
ちょっとぉ‼︎課長ッ‼︎はぁ〜…」
鬱蒼とした樹海の中で一人
途切れた通信機に叫ぶヒロ。
仕方無いとフラフラ歩き始める。
-研究所-
「しかし、1年前まで
警備アルバイトだった男が
よくここまで進歩したな」
「正義の味方に憧れてるようだから
その気になってるのよ
まぁ、それが良い感じに
適合しているけど」
今回の戦いのデータや資料を見つめ
更に、研究を進める閃と侊。
「流石は、お前の旦那になる男だな」
「バカ、今はそんな事
言ってられないわよ」
悪態をつきつつも、純粋な笑みが零れる
仕事以上に親しい間柄の3人
…しかし
-1年後-
「ぐッ…‼︎」
『ヒロッ‼︎』
荒廃した、先程まで街があった場所。
ヒロは黒い衝撃を真っ正面から受け
瓦礫と共に吹き飛ばされる。
『駄目だ、限界英雄の力でも
限界虚無の力を防げない…‼︎』
モニターに示されたヒロと
敵限界のカウントや能力値
ヒロのカウントは既に1000を下回り
圧倒的な不利は一目瞭然である。
「あっはは…参ったな、コレは…」
地に手を付き、荒い息を吐く。
しかし、それでも笑みは消えない。
「お前、強いな…でも
なんで…苦しんでるんだよ…」
「…。」
相対する限界、黒く巨大な左腕は
大蛇のように身をくねらせ暴れ狂う。
その左腕を持つ、少年は
無表情で、ただ涙を流している。
「なるほどな…
オレなんかより、お前の方が…
よっぽど、つらいか…
…わかった、助けてやるよ」
大きく溜息を吐き
決心のついた眼で少年を見る。
『ヒロ‼︎撤退しなさい‼︎死ぬわよ‼︎』
耳に填めた通信機から
ノイズ混じりに閃の声が響く
…すると
「…すいません、課長
オレは、ここで終わりみたいです」
立ち上がり、自嘲的な笑みで
穏やかに言い始めるヒロ
『は…?
アンタ…なに、言ってるの…?』
意味が理解できず、硬直する閃
限界虚無の影響で、既に監視カメラ等
映像機器は故障。その場の風景は
一切掴めない。それでも、黒い砂嵐の
画面を凝視する閃。
『閃…どうした?』
『…。』
ただならぬ様子に問い掛ける侊
しかし、閃は沈黙し続けている。
「最後まで…迷惑をかけて
本当にすみませんでした…でも、大丈夫
オレは死んでも…英雄は絶対に
何があっても死んだりしませんから‼︎」
ヒロの身体が輝き始め、カウントが
途轍も無い速さで減少して行く
『ヒロのカウントが…‼︎
オイ、閃‼︎どうなっているんだ‼︎』
カウントの常軌を逸脱した数値減少に
戸惑いを隠せず、閃を問い詰める
『待って…‼︎お願い、ヒロッ‼︎』
頭の中が真っ白になり絶叫する閃
「さようなら、後の事は
オレが…本気で信頼する2人に任せます」
最後に一つ言い残し、通信機を捨てる
そして、カウントは0を差し示す。
瞬間、ヒロの身体は光となり
暴れ狂う、限界虚無の黒き左腕を
優しく包み込む。
「もう、苦しまなくていい…
その代わり、戦ってくれ…
世界の平和を守る…英雄として」
「英…雄…」
微かな光が少年に語り掛け
少年の眼に、光が宿る。
「ヒロ…ッ‼︎」
数時間後、現場に急行した閃
しかし、そこにヒロの姿は無く
砂漠に1人、少年が横たわっていた。
「…ッ…なんでよ…‼︎
なんで…こんなヤツを生かして‼︎
アンタは勝手に死んだのよ‼︎」
憎しみと悲しみが体から溢れ出し
少年の首を掴み絶叫する。
-その後、研究所-
ヒロの殉職を知り、侊は
研究所に保管してあった研究データと
'天の因子'を持ち去り
次なる世界の救世主になる為
姿を晦ました。
「侊…アンタは、もう
一緒に来てくれないってことね…」
研究所で1人呟く。残ったものは
自身の研究資料と、仇の少年のみ。
-それから1年後-
零の悪魔、その最初であり
災害の終わりであることを祈願し
最初と最後の文字、ゼマと
名付けられた少年は、英雄の意志を継ぎ
一時、日本を離れ、限界の犯罪者を
着実に鎮静させた。
…そして、乃華が限界を知り
特警課に加入する数日前
-警視庁-
「東雲君…キミも最近
天見君が動き出したことは
知っているだろう…」
夕日が照らす一室で、話をする
閃と警視総監。閃は、昔より
瞳の鋭さが増し、何者も寄せ付けない
雰囲気を醸し出すようになっていた。
「知ってるわ、アイツは天の因子を
所持している。生半可な手段じゃ
殺すのは無理ね」
表沙汰には公表されないが
侊はヒロの殉職からか、世間的に
悪と呼ばれているような者達を
限界の力を用い抹殺する、危険人物と
言われるようになっていた。
「東雲君、天見君を止める
方法は無いものかね…?」
「あるわよ」
死んだような眼で、呟く
脳裏には、自分の大切な者を奪った
憎しみ深い英雄が現れていた。
「限界に関してのことは
キミに全て任せる…出来る限り
穏便に済ませてほしい…」
「無理よ」
頭を下げる警視総監に
無感情に言葉を返す
「限界と人間の共存…なんて
最初から出来るわけ無いのよ
どちらかが滅びるしか方法は無いわ」
答えに理由を付け足すと、懐から
小さな木箱を出し中身を見せる。
「それは…?」
「因子消滅弾
限界を唯一、安全に破壊できる弾丸よ」
「コレを、天見君に使う
…というわけか」
「違うわ」
「な…?」
木箱を懐に戻すと、更に
自身の見解を語り始める。
「天見 侊を討伐する為に
ストックの限界を3人
戦力として連れてくるわ」
今度は、ゼマ・シア・ガウ
3人の写真を出す。
「この3人で、天見 侊を含め
国内の限界を一掃する。そして…」
「まさか…⁉︎」
ここに来て意図を理解する警視総監。
戦力とする限界は3人、そして
因子消滅弾の数は3つ。
「終わり次第、3人に対して
因子消滅弾を使用。国内の限界を
全員始末する」
「正気か⁉︎」
「心配しないで良いわ
外国の限界は侊がある程度
仕留めたようだから
結果的に限界はこの世から…」
「仲間を殺す兵器を作るなど
許されて良いハズが無いだろう‼︎」
「限界に関しては
全て私の意に従ってもらいます…では」
警視総監の言葉を軽くあしらい
身を翻して退室する。
「なんてことだ…」
疲れ切った様子で、その背を見送る。
「ヒロ…後のことは
私に任せるって、言ったわよね」
独り、回廊を歩く閃。
無表情に、これからの算段を
頭に呼び起こし、行動を始める。
-現在 病院隔離室-
簡易ベッドが一つあるだけの簡素な部屋
ゼマは、昨日の出来事で心に傷を負い
感情が抜け落ち、廃人寸前まで
心を閉ざしていた。
「偽物の英雄には、相応しい最後ね」
怒りでも、笑みでも無い表情で
ゼマを見る課長。
「アンタを引き取ってから
どんな方法で殺してやろうかと
考えていたけれど…こんな最後も
良いかもしれないわね…で、アンタは
これで終わりで良い?」
「…。」
まるで、人形のように
課長の問いに無表情のゼマ
瞬きすらせず、沈黙を保っている。
「まぁ、どうでもいいけれど
とりあえず、済ませることは
済ませておくわ」
そう言い、手紙のような
文章が書かれたメモ用紙と
小さな箱をゼマの隣に置く。
「シアが一昨日、一晩かけて書いた
アンタへのメッセージよ」
「…‼︎」
ゼマの身体が震え、右手で
渡された紙を拾い上げ、読む。
「私はこれ以上、言うことは無いわ
後は好きにしなさい。でも…
二度と、私の前に現れないで…」
拳を握り締め、部屋を退室する。
そして、乃華が治療を受けている
部屋へと歩を進める。
-乃華の病室-
「よく死ななかったわね」
「頑丈さがウリですから!」
と言っても、1日寝てたんだよね…
もう、左腕が重傷らしくて
今だに、包帯巻いてるし…
「あ、ゼマ君とシアちゃんは
その…どうなりました⁉︎
うまくいきましたか⁉︎」
シアちゃん、ちゃんとゼマ君に
思いを言えたのかな…?
事件も終わったし、あの2人が
仲良く一緒になればハッピーエンド
最高の最後になるんだけど…
「さぁ、あの2人の間柄は
わからないけど、シアは
役目を終えてもういないわ
ゼマも、その内いなくなるわね」
「そうなんですか⁉︎
最後に挨拶くらいしたかったな…」
「シアもゼマも、アンタには
感謝してると思うわ…もう
会うことは無いだろうけどね」
「はぁ…、そうですか」
相変わらず、無表情な顔。
そうか…これで限界と知り合うのも
終わりになるのか…もう少し
皆と一緒にいたかったな…。
「治療が済んだら、勝手に帰りなさい
料金は気にしなくていいわ。
復帰次第、巡査として通常勤務に
戻りなさい、良いわね」
「了解しました」
さっぱり言って、出て行くなぁ…
病室で1人は結構寂しいのに…
「…?」
課長、まだ話があったのかな?
出て行ってから、すぐに
扉に手を掛けたけど…
なんで、入ってこないんだろ…
でも…
…あれ…?
課長の手って…
…あんなに…
「お見舞いに来たよ」
「ッ‼︎」
私のベッドの横の机に…
記者会見の時に現れた黒い子の…
頭が…頭だけが、乗ってる…っ
「ははははッ…
本当のことを、教えてあげるよ…」
扉に掛かった手は、ボトリと
地面に落ち、虫みたいに
頭の方へ、這いずって来る…
この子は…何なの…⁉︎
…ゼマ君…助けに来て…ッ‼︎
「ゼマなら来ないんじゃ無いかな?」
「え…⁉︎」
心を、読まれたの⁉︎
この子はそんな力は無いハズじゃ…‼︎
「そう思わせているんだよ
ボクは他人の精神を支配できる
恐怖心を持った人間の心ほど
弱いものは無いよ」
「私に…思わせてる…⁉︎」
「ハハッ…
キミは、本当にいつも残念だね
本当のことも教えられず
無理難題を押し付けられて
一番面倒なことをさせられている」
「どういうこと⁉︎」
この子はさっきから
何を言っているの…⁉︎
本当のことを知らない⁉︎
一番面倒なこと⁉︎
それ以前に、なぜ頭だけで
生きているの⁉︎
「ボクの名前はロア
そろそろ覚えておいてよ…
さぁ、キミの質問は一々話していると
長くなるからねぇ…いいよ
全部、見せてあげる!」
少年の眼が見開き、紫の波動が
私の眼から頭に…流れて行く…‼︎
「何…ッ⁉︎これ…⁉︎」
血を流して、倒れるシアちゃん…
暴走して暴れ狂うゼマ君…
何なの⁉︎これは少年…
ロア君の幻影…⁉︎
『目に映るもの全部真実だよ
昨日、キミの仲間の限界宝石は
ボクが殺した。ゼマはそれに
触発されて過去の自分を蘇らせた』
ロア君が、私の意識に入って
事細かに説明を始める…見てられない…‼︎
ゼマ君が…こんな…酷すぎる…‼︎
『ゼマは怒りのあまり
英雄を捨て、ボクを殺すことを選んだ
彼も一皮向けば、黒く染まった
怪物だったということさ』
「何言ってるの…⁉︎
全部キミがやったんじゃない‼︎」
『見てられないかい?
ゼマはね、今、隔離室で
廃人状態さ。生きることも
死ぬこともできない…哀れな、哀れな
英雄の抜け殻さ…可哀想に…アハハッ‼︎』
「何が可笑しいの…ッ⁉︎
どうして笑ってられるのッ‼︎」
『ゼマの命を奪うのは
キミだからさ‼︎』
「な…⁉︎」
『知らないんだね
因子消滅弾の本当の使い方を‼︎
ボクは知ってるよ?
キミの課長の記憶を
見せてもらったからねぇ』
新しいイメージが頭に流れ込む…
課長と談合するロア君
そして、因子消滅弾を手に
警視総監に冷たく言い放つ課長…
…嘘でしょ?
因子消滅弾は…ゼマ君達に撃つ為に
作られたなんて…何かの間違いよ…‼︎
課長がそんなに酷いこと‼︎
『彼女は酷い人さ
恋人の死に逆上して
無関係な限界にも逆恨みして
絶滅させようとする人で無しだよ‼︎』
「違う‼︎違うわよ…‼︎
あの人は…そんな人じゃ…」
『キミの大切なお仲間達は
揃いも揃って邪魔だったよ…‼︎
キミの上司の課長もそうだけど
特に、あの人狼は…‼︎』
「人狼…ガウ君…⁉︎」
どうして、ガウ君の名前が出て来るの⁉︎
この子と接点なんて…
「あったさ…‼︎
ボクが自分の家族を
この手で皆殺しにした日にね‼︎」
「‼︎」
自分の家族を皆殺し…⁉︎
…まさか…それって…例の事件…
『思い出すなぁ…
あの日…ボクの誕生日…
両親と妹を八つ裂きにして…
すっきりして良い気分になった…
…それなのに‼︎』
新たなイメージが現れる…
真夜中の家、返り血を浴びたロア君
そして、咆哮する…人狼のガウ君
『最悪だった…
カウントに傷を付けられて
ボクの力はほとんど使用不能になって
中途半端な精神操作しか
使えなくなった…‼︎』
一瞬の隙を突いて、左手の甲を
爪で切り裂くガウ君。ロア君は
睨み付けた後、闇に紛れていなくなる
…じゃあ、ガウ君は
血の匂いを嗅ぎつけて
ロア君を倒す為に現れたの…⁉︎
『本当に彼には
…怒りを覚えてさぁ』
…この風景…ガウ君が
…無限界になった、あの時…
『山にいた猟師を操って
人間の手で殺してやったのさ』
「ガウ君を…キミが…殺した…⁉︎」
体が冷たくなる…結果的に
この子のせいでガウ君は無限界に…‼︎
酷い…じゃあ、ガウ君は
例の事件に一早く感付いて
向かって行って、戦っていたのに…
犯人だと誤解されていたの…⁉︎
『キミが現れて説得を始めた時は
面白かったよ、下手な映画より
感情が篭ってたからねぇ』
「命をなんだと思っているの…⁉︎」
『え…?』
「自分の家族を殺して
ガウ君を殺して、シアちゃんを殺して
ゼマ君をあんな姿にして…ッ‼︎
命をなんとも思わないのッ⁉︎」
『…。』
「ゼマ君もシアちゃんもガウ君も
課長だって、自分じゃ無い
誰かの為に一生懸命に頑張って…‼︎
本気で生きていたのッ‼︎
それなのに…キミはそんな皆を
馬鹿にして、嘲笑って…心が無いのッ⁉︎」
ここまでのことをして…
ロア君にも何か理由があるハズ…
それがあるなら、私は知りたい…‼︎
『無いよ、そんなもの』
「理由無く命を…」
『違う、それ以前の問題
…これ見てよ』
「キミは…そんな…‼︎」
地に這いつくばるロア君の左手
…紫色で描かれた∞の一字
この子は…いつから…
『半年前だったかな…?
家族でキャンプに行って
崖が崩れて、ボクだけ落ちて
見つけてもらえたけど、手遅れだと
勝手に判断されて、山に埋められて
見捨てられて…餓え死んだんだよ…‼︎』
半年前⁉︎でも…最初に見た時
確かにカウントは…‼︎
『監視カメラなら
映像を加工すれば隠蔽は簡単だよ…
…そう言えば、記者会見の時
キミの眼には驚いたよ
まさか、精神操作で隠蔽していた
∞の字が見透かされそうになるとは
思ってもみなかった…』
「じゃあ…あの時のは、やっぱり…」
-記者会見時-
『ゼマ君、あの子のカウント
いくつか…わかる?』
『は…?』
『なんだか、ボヤけて見えて…』
『おっと、情報を
与えるところだったね…』
自分の無限界を隠す為だったのね…⁉︎
『その通り、ひやっとしたよ
多分、キミには邪心や
過去の弱味が無いんだろうね
だから、精神操作が効かない
対した才能だよ…ハハッ』
少年の笑い声が
遠退くように聞こえると
現実の世界に引き戻され
貧血のような症状が起きた…
机の上にいるロア君は依然として
頭だけのまま…この子の話を
聞けば聞くほど、混乱してくる…
この子は、もう死んでる…
死んでしまって、心が無い…
心が無いから、善悪の判断ができない…
判断ができないから…皆があんな目に…‼︎
…この子が憎い…‼︎
でも、死人を本気で憎むことなんて
して良いことだとは思えない…‼︎
私は、どうしたら…
「…で、ボクを殺すの?」
「…っ」
私の迷いが読まれてる…
…この子に唯一、対抗できる
因子消滅弾があと一発だけ
残ってる…でも、銃は戸棚の中…
身体を動かさないと取れない…
ロア君は頭と左手だけ
しかも分離している…
こんな状態の限界にどれほどのことが
できるか、私にはわからない…けど
ほんの一瞬だけ…先に動ければ…
私に分がある…、でも心は読まれてる…‼︎
なら…誰かが来るまで、このまま
状態を維持する…?
…駄目だ、課長以外の人間に
この状態の対処法は身に付いていない…‼︎
「ふ〜ん、キミは案外冷静だね」
「今まで、伊達に警察官やってないの
重要な判断をしなきゃいけないところで
慌てることはできないわ…‼︎」
そうだ…、早まったら駄目…
見た感じ、ロア君には
攻撃する様子は見られない…
チャンスは必ずある…
「長丁場になりそうだね
じゃあ、最後に一つ教えてあげるよ」
「なに?」
「限界宝石の死のきっかけを作ったのは
キミだよ、刑事さん」
「私はシアちゃんに
指一本、触れた覚えは無いわ
デタラメを…‼︎」
「因子消滅弾の細菌は
ずっと弾丸に留まってるわけじゃ無い
段々と…服や空気に蔓延するんだよ」
「ッ…だとしても‼︎
私は…ッ‼︎」
-特警課配属3日目-
『あ…乃華さん』
『シアちゃん?おはよう
どうしたの?急に』
『あの…えと…課長さんが…‼︎
今日は、休んで良いって
伝えてきなさいって…
それで、来ました…』
『シアちゃん、何か、あったの?』
『え…⁉︎』
『何か辛そうな感じ…
何か、隠してる?』
『なにも…』
『私、行ってるから…‼︎』
『あっ、乃華さん‼︎行かないで‼︎』
『離して…‼︎』
『ひッ…』
『乃華さん…何を…』
「まさか…あの時…」
私の脳裏に、些細なことだと
思っていたことが…鮮明に
悪夢のように蘇った
「思い当たる節があったみたいだね
彼女、最後の戦いじゃあ…ほとんど
カウントは消えていたよ」
思い返してみれば…
シアちゃんは、あの時からカウントを
私達に見せたことが無い…
シアちゃんは…自分の力が無いことを
知っていたのに…戦いを…
「ゼマに教えてあげなよ‼︎
限界宝石を殺した元凶は
自分だって‼︎限界宝石は自分の力を
奪った相手と死ぬまで
仲良くしていたバカだったって‼︎」
「違う‼︎違うのッ‼︎もう、黙ってッ‼︎」
知らない間に、私の手には
銃が握られていた…。銃口は
真っ直ぐ悪魔の頭に…
向けられた悪魔の顔は
食事を待っていた子供のように
満面の…歪んだ笑みだった。
「そう、その怒りが欲しかったッ‼︎」
瞬間、地を這う少年の左腕から
汚れた色の闇が噴水のように吹き出す。
頭は、闇を心地良さそうに見つめ
身を預け、一つとなり、人の型を
手に入れた。
「死ぬとさぁ…
記憶とか、感覚とか
常識だと思ってたものが
頭からどんどん出てくんだ…
酷かったよ、ゼマに握り潰されても
身体が戻ろうとしないんだ
だから、新たに作らなきゃいけない
…ボクの身体の原料は闇
他人を憎んで、悲しんで産まれる怒り‼︎
本当にありがとう、キミのお陰で
ボクは再び身体を得ることができた」
少年は喜々として私に言う…
頭と左腕以外、全てが闇でできた身体。
怒りで出来た漆黒の…怪物
「お礼に楽に殺してあげる
キミの死体をゼマと課長さんに見せて
絶望させた後、バラバラにしよう」
「あ…ぁっ…」
もう、声も出ない…
私は…私の罪を全て知らされて
目の前の怪物に殺される…
「さぁ、人狼と宝石が
殺したキミを待ってるよ」
笑顔の怪物の狂気の左手が
私の頭を抉った…
「脆いなぁ、人の体は…
一撃で終わっちゃったよ」
頭から流血し、失意の中
赤いベッドで横たわる乃華。
…その時
「…遅かったか」
「あぁ〜、キミ
意識あったんだね
今、終わったよ。
刑事さん死んじゃった」
姿を現したゼマ。その表情には
怒りも悲しみも無い。
ただ、そこにいるだけの空虚な限界。
「そうか…乃華さん…
すみませんでした…」
「冷たくなったねぇ
死人のボクより侘しいよ」
「今のオレは、何も無い
感情も、感覚も…人としてのものは
消えて無くなった…」
「そう、じゃあ
なんで、生きてるの?」
朧気なゼマを見定め
率直な質問をぶつける。
「約束を果たす為だ」
「約束…ね、どうやったら
果たせるの?」
「…お前を倒す
今、確実に言えることは
それだけだ」
私情の全く無い、無心の眼が
ロアを見つめ、漆黒の左腕が蠢く。
「結局そうなるよねぇ…
ハハッ…いいよ。やれるものなら
ボクを倒してみなよ‼︎」
ロアは闇と化し、病院の窓を抜け
廃ビルへと飛び去る。
「…。」
反応することも無く、そして
乃華を見ることも無く
ゼマは、ゆっくりと後を追う。
黙する生者と、嗤う死者
最後の戦いが、幕を開けた。