表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

優しくない馬鹿

作者: 琴ノ音 純

「優しい人って、馬鹿ばっかりよね」


 教室で昼食を食べていると、唐突に由香里がそんなことを言い出した。

「……なにそれ? 笑った方がいいの?」

 意味がわからず、だからあたしは素直にそんな返答しか返すことができない。だがその返しに、なぜだか由香里は嬉々として目をキラキラさせ、箸の先端をこちらに向けてくる。……行儀わる。

「そう! それよ、それ! その配慮のない直球な感じがいいのよね」

 どういうこと? って。もうそんな顔しかできない。

 でも、それは形ばかりのものだった。その様子を見ていると、なんとなく由香里の言いたいことがわかってしまうから不思議。

「つまり、なに……『繕ってる』っていうの? そういう人はみんな気に入らないから、由香里は『馬鹿』って罵倒しているわけね」

「そうそう、そういうこと! さすがは綾子わかってる~」

 調子づいてあたしの手の甲をさすってくる。正直欝陶しいなと感じながらも、あたしは浮かんだある一つの疑問を口にする。

「でもそうなると『優しい人』はみんな『繕ってる』ってこと?」

「えぇそうよ。綾子もそう思うでしょ?」

 いや、同意を求められても。

「それは極論過ぎやしない? 別に素直で優しい人だっているでしょ?」

「チッチッチッ。わかってないなぁ~綾子は」

 次はわかってないらしい。人差し指を振られる。

「人間が誰かに優しくする時は、必ずその先に見返りを求めているわけよ」

 なにかを悟ったように偉そうなことを言っているが、言わんとしていることはわかる。あたしも一時期そんなふうに考えていたことが確かあった。

 ――無償の親切心なんてこの世に存在しない。

 人が人に優しくしてしまうのは自分を良く見せたいからであって、そこには明確な見返りを求める心が内在しているのだ。

 まぁ今ではそんな卑屈な考えもしなくなったけれど、それでもやっぱり誰もが一度は経験する心理の一つなのだと思う。

「だからね、私は綾子だけでいいと思ってるわけ」

 …………ん?

 何か、聞き入れるにはいささか難のあることを言われた気がして、脳が瞬時にフリーズする。

「…………どゆこと?」

 処理を終えたばかりの回路が、そんな一粒をコロコロと運んできた。

 まだどこかボーっとした頭でいつになく真剣顔の由香里の答えを待っていると、先程よりも殺傷力を伴った第二撃があたしを襲ったのだった。

「綾子さえよければ、生涯のパートナーにならない?」

 もう、デンジャラスわけわからん。



「そういうのを何て言うか知ってる?」

 あたしは昼にとんでもない提案をした由香里を諭すため、放課後の帰り道を並んで歩きながらそんな質問をした。

「さぁ?」

 呑気に返す彼女に、軽い憤りを覚える。あたしは語気を強めて、仕方なくその答えをくれてやる。

「『若気の至り』っていうのよ」

 断言してやった。

 そう、それは一過性の感情でしかないのだ。

 それに男ならまだしも、ましてや同性のあたしに「生涯のパートナー」だ? 寝言は寝て言えって話だった。

 あたしのその答えを受けて、けれど由香里は微々とも揺らがなかった。むしろ自慢げな顔さえ見せて、口を開く。

「あたしは一生綾子を愛する自信があ――ィッタ!!」

「いっぺん死んで脳取り替えてこい」

「あぁその歯に衣着せぬ物言い……たまんないわ」

 真正の変態らしい。

 頭をぶたれ、罵倒されて愉悦に浸る由香里は、後頭部をさすりながらも悪戯な笑みをあたしに向けた。

「けど綾子も、私のこと別に嫌いってわけじゃないんでしょ?」

「ま、まぁ、そりゃそうだけど……」

 そういう問題ではない。

 というか、そもそも――

「そもそも、これであんたが本当のレズっていうならこっちもそれなりに真剣に……いや丁重に断るけれど。でも、あんたはきっと、別にそういうのじゃないんでしょ?」

 あたしはわりと真剣に由香里に問う。

 すると、間髪入れずに答えが返ってきた。

「そんなの当たり前じゃん。変なこと言わないでよ気色悪い」

 いや、昼休みのあんたの発言も十分に気色悪かったと思うが……。

「なら生涯のパートナーとか言うな」

「えぇ~、いいじゃん別に。本気でそう思ったんだもん。綾子もいいでしょ?」

「嫌よ」

「いや~ん、直球。綾子ちゃん、ツンデレ可愛いよ」

 デレてないし。

「……というか、なんで今日は急にそんな話になったわけ?」

 そもそも、この話を変な風に振ってきたのは由香里だった。えぇっと、なんだっけ。確か――

「――優しい人って、馬鹿ばっかりだから」

 そうそう、それそれ。

 そこから、あたしは由香里に対して「繕ってない」から、あたしが良いって話になったのだ。

「それじゃ、なんで今更それを悟ったわけ?」

『優しい人はみんな繕っている』。そんな答えに行き着いたいきさつが、どこかにあるはずだった。

 いくばくかの間をおいて、由香里は何か少し言いづらそうに答えた。

「実は昨日、寝る前に何となく今までの友達をランクづけしてみたのね?」

「あんた、なんて罰当たりな……」

 こんなやつに付き合っていた旧友が気の毒でしかたがなかった。

「まぁまぁ。それであたしってさ、昔からなぜか友達って長続きしなくて。数は多いけど、広く浅い感じ? だからほぼ全員、ランクづけできるほど特別にどの娘がどうとかなかったんだよ、不思議なことに」

 苦笑い混じりに語る由香里は、けれど急に真剣な顔をあたしに接近させた。

「でも……綾子だけは例外だったの」

 その唇は、なぜか普段より薄ピンクに光って見えた。化粧なんか、してないはずなのに。

「きっとこれは『今の友達』だからとかじゃないの。もっと深くて、きっと大切な感情」

 なんだか恥ずかしくなってきて、思わず俯き、普段より若干ふわふわした罵倒を吐く。

「な、何言ってんの。キモいよあんたっ」

「ははっ、キモくて結構結構」

 この生っ粋のMっこ娘が。

 ケラケラと笑う由香里は一度顔を引っ込めて、まるで浮雲を追うように空を仰いで続ける。

「それでね? じゃあ今までの友達と綾子では何が違ったんだろうって考えてみたわけ。そして、気づいたんだ……」

 一拍置いて向けられる視線に、あたしは身動きを封じられたようだった。そしてそのまま、いつの間にか二人は歩みを止めて、夕凪に澄んだ風の色を探るようにただ立ちすくむ。

 ……やがて、由香里がゆっくりと口を開いた。

「一番繕ってたのは私自身だったんだ、って」

 想定外の言葉に少し唖然とする。

 話の流れ的にあたしのことについて言われるんじゃないかって身構えていたから。

「な、なにそれ。つまり、あんたが一番馬鹿だったってこと?」

「ふふん。そういうことっ」

 なぜか自慢げに、由香里はその馬鹿面に笑顔を貼付けた。そんな友達を見て、あたしもどこか誇らしく思ってしまった。

「でもそれ、ちょっと違うんじゃない?」

「え、なんで?」

 不思議顔に、あたしは告げてやる。

「だってあんた、優しくないもの」

 その表情が、次はみるみるうちに柔らかいものに歪んでいった。

「ははっ、綾子にとってはそうかもね。だって綾子といる時の私は、きっと天才的に素直だから」

 それは、その表情が証明してくれている。

 由香里と出会ってからずっとあたしはその表情を向けられてきたから、きっとその魅力に気づけないぐらい感覚が麻痺してしまっていたのだ。

 そう素直に思えるほど、それは素敵な笑顔だった。

「綾子の前では私、自分でいられるんだよね。今だってそう……。やっぱり、綾子とだったら私、私たちは永遠の友達でいられそう」

「だから『永遠のパートナー』なわけね」

「そういうことっ、さすが綾子わかってる~」

 本日二度目の「わかってる~」は、一回目よりもほんのり温かい色を含んでいるように聞こえた。

「……ねぇ、軽蔑した? こんな私じゃ、イヤ?」

 急に、不安げに問うてくる。

 やや茜色を帯びた始めた空に、数羽の黒い影が遮るのが目の端に映る。

 それも尻目に、あたしは由香里に告げる。

「いいんじゃない、過去は過去よ」

『優しい人を演じて、友達を作る』。それの何が悪いのだろう。

 大切なのは、それを経て得た、素直でいられるあたしという友達なのだ。少し、自惚れかもしれないけれど。


「過去のあんたがどれだけ馬鹿でも、あたしは今の優しくないあんたが好きよ」


 不意に、それは無意識に。

 由香里に伝えたい一番のことが、口をついて出てしまっていた。

「あぁー!! 今、好きって言ったっ!」

 そんなに無邪気に騒ぐな、鬱陶しい……。

「言ってない」

「いやいや、明らかに言ったじゃん! 言ったじゃんじゃん!」

 言ってないじゃんじゃん。

「まぁ、それは置いといて」

「置いとくなよ、素直じゃないな~っ」

 いいのよ、あたしは素直じゃなくても。その分あんたが素直なら、バランスとれてていいんじゃないの? 知らないけど。

「そんなんだったら、友達なくすよ」

「いいのよ、だってあんたはあたしの『永遠の友達』なんでしょ?」

 それに、こんなあたしでも他でもない『あたし』なのだ。あたしがあたしであるが故のツンなのだ、きっと。

 そして、それは相手が『由香里』だから発生する『あたし』なんだろうなと、そう思う。

「『パートナー』じゃなくて?」

「それは保留で……」

 友達でもかなり譲歩したのだ。これ以上はあたしにはまだ早い。

「綾子は『優しくない馬鹿』よね」

「何よそれ。そこだけ聞いたら救いようのない人間みたいじゃない」

「ははっ、確かに」

 ――そう。

 由香里が言うように、もしかするとあたしは中途半端な存在なのかもしれない。

 繕うことはしないけれど、素直にはなれない――『優しくない馬鹿』。

「まぁいいよ。少しずつ、私にもっと『好き』って言えるようになってね」

「偉そうに言うなっ」

 けれど……そんなあたしも時間の問題かもしれない。


 だって――この空はこんなにも、もう真っ赤に染まってしまったんだもの。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ