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「皆さんの間で相互にフレンドリストに登録すること、特にパーティーリーダーの間の通信は密にすること。それに――」
「統括本部のメンバーとの相互フレンド登録も忘ないように伝える、だね」
「はい。それじゃあ、フェラクさん。よろしくお願いします」
「そうだね。何かあったら連絡するよ、ケイタ」
「何も無くっても定時連絡は忘れないでくださいね」
「相変わらずこまけーな。そんなんじゃ、ゆな子ちゃんに嫌われちまうぞ」
「ベンヤミン、茶化さないで」
悪友をあしらいながら、街道調査プロジェクトの通信統括としてアキバに残る、〈ホネスティ〉のギルドマスター補佐と打ち合わせを続ける。
現実では高校生らしいが、この年若い〈冒険者〉は昔からしっかりしている。
そんなことを思いながら、しつこくからかい続けたために〈フレアアロー〉で黙らせられた、自分と同い年のはずのベンヤミン・D・イズラエリをやや冷たい目で見る。
この2人とフェラクの〈エルダー・テイル〉プレイ歴は同じくらいであり、〈ホネスティ〉内では同期のようなものである。
街道調査隊の他のメンバーにはこのやり取りは見せられないなと思っていると後ろから声をかけられた。
「〈ホネスティ〉のギルドマスター補佐は堅物だって聞いていたし、そう思っていたけど、意外ね」
「少年もベンヤミンも相変わらずだな」
紅い髪の長身の女性、金剛=J。
そして狼牙族の〈裁縫師〉、真田和宏21。
〈ロデリック商会〉から統括本部の一員として派遣されてきたのである。
「見苦しいところをお見せしました」
「皆さんのおかげで出発の準備が整いました。改めてよろしくお願いします」
「げっ、真田さん」
〈ロデリック商会〉の2人に三者三様の返事を返す。
「ぼちぼち集合時間だぞ。そろそろ移動した方がいいんじゃないか」
「はい。フェラクさんとの打ち合わせも終わったので、統括本部に戻ります」
「それじゃあ私も一緒に行こうかしら」
「俺は新しい装備をちょっと試着してもらってから行くつもりだ」
「了解しました。それでは真田さん、お先に」
真田に会釈をすると、ケイタは金剛と共に部屋を出ていった。
「それでだ、ベンヤミン。フェラクにルーン呪符をいろいろもらったから埋め込んでみたんだ」
「はあ、なるほど!」
「で、さっきの様子を見ているに、元気が有り余ってるみたいだから試着戦闘でもしてみないかと」
「そんな元気有り余ってないです! ないですよ!」
身の危険を感じているのだろうか。
なぜかベンヤミンの身振り手振りが必死に見える。
「ん? そうか。それじゃあ、こっちの装備の方がいいかな。シゲルのルーン?」
「シゲルさんですか。いや、どこにいたかな。ちょっと探してきましょうか」
「そうじゃなくて、アルファベットだとSに対応してるルーンで健康を表してるんだとか」
「フェラクのルーンって、逆位置はどうなりましたっけ……」
ベンヤミンを見る真田の目が怪しい光を帯びているのを見て、巻き込まれないようにとフェラクはそっと部屋を抜け出した。
◆
部屋を出たフェラクは、ギルドマスターの部屋に向かって歩いていた。
まだ夜明け前だというのにギルド内は少々騒がしい。
廊下を歩いていると、〈ロデリック商会〉から応援に来ている〈筆者師〉とすれ違った。
彼は今回の街道調査に引き抜かれた〈ホネスティ〉の〈筆者師〉の代わりに、スキルブックの編集チームの一員となっていたはずだ。
形になってきたとはいえ、まだまだ作業量は多い。
こんな時間から作業を手伝ってもらっていることに、感謝の念を抱きつつ歩く。
しばらく歩くと、アインスの執務室が見えてきた。
「調子はどうですか。フェラク君」
「この体になってから、悪かったことはないですよ」
振り向くと、そこには声の主が立っている。
「おはようございます。先生」
「おはようございます。フェラク君」
柔和な笑みを浮かべているのは〈ホネスティ〉のギルドマスター、アインスである。
「葉桜さんから聞きましたよ。あなた方3人がよく食べるから皆さんの朝食を追加で作る羽目になったとか」
「それは申し訳ないです。美味しいので、箸が進んでしまいました」
アインスの言葉を聞いて、困ったような表情を浮かべる。
そんなフェラクを見て、アインスはクスリと笑う。
「彼女もああは言っていましたが、笑っていましたから大丈夫でしょう」
「先生も人が悪いです」
「フェラク君がとても楽しそうだったので、つい」
アインスは悪びれずに答える。
そんなギルドマスターの様子を見て、フェラクは怪訝な顔をする。
あまり気にしていないのだろう。
さて、とアインスは切り出す。
「少し私の部屋で話しませんか」
◆
「今回の街道調査ですが、ゆめ油断はしないように」
「それは百も承知です」
「気にするのはモンスターや自然だけではありませんよ」
「〈大地人〉との関係についても理解はしています。円卓会議での話も聞き及んでいますし、アキバでも日々実感しているところです」
「それはもちろん。そうでなければ任せることはできないですよ」
アインスは廊下での会話とは打って変わって、フェラクの目をじっと見つめている。
「ウェストランデ領に入ったら、より注意してください」
「ミナミの〈冒険者〉ですか」
「領内の全てに気を付けてください」
ギルドマスターの言葉に剣呑な雰囲気をフェラクは感じ取った。
「念話などで聞き及んでいるかと思いますが、西は徐々にギルドの数を減らしているようです」
「はい。中小ギルドがミナミの大手ギルドに吸収されたという話や、ナカスに向かって避難する〈冒険者〉も多いと伺っています」
「西からの情報は錯綜しています。どこから出たのか衛兵が〈冒険者〉に従ったという眉唾話まで」
フェラクの元にも様々な情報が届いている。
〈エルダー・テイル〉のプレイ歴が6年にもなれば、当然にアキバの街以外にも知人はいる。
しかし、ヤマトサーバー西方地域の知人からもたらされる情報には信じられないものも多い。
「オワリ地方はウェストランデとはいえ、幸いミナミからも離れています」
「なるほど。ちょうどいいかもしれません」
そうと知られずに精度の高い情報を集める機会。
イースタルの街道沿いに往路で通信拠点を設ければ、ウェストランデ領に入るときには10人もいないだろう。
プレイヤー同士が戦うためにあるナゴヤ闘技場や、高レベルモンスター討伐の拠点であるキヨスの街は、〈エルダー・テイル〉時代からよく知られている。
〈大災害〉後とはいえ、1パーティーくらいオワリに入る物好きがいてもおかしくはない。
「面白い素材を調達するための拠点になりそうですね。先生」
「そうですね。しかし、目立っては元も子もありませんよ」
フェラクは真剣な眼差しをアインスに向ける。
「それから、必要ならば素材をやり取りするというのも構わないでしょうか」
「それが普段使いのものならば。悩むようでしたら持ってないと答えればよいでしょう」
問いかけに、事もなげにアインスは答えた。
「そろそろ時間も近くなってきましたね。フェラク君、無事に任務を果たせますように」
「はい。どちらの任務も必ず果たします」
フェラクが部屋を出ていくと、アインスは楽しそうに微笑んだ。
◆
初夏の晴れた空はどこまでも続くかのように高い。
青いカンバスに時々混じるのは羊の毛のような斑雲。
昼下がりの風は力強い夏の息吹を運んで来てくれるかのようで、空を行く小鳥のさえずりもその風に運ばれて聞こえてくる。
あたり一面を見渡せば、木々は緑に染まっている。一見すると同じような山々だが、形や色には少しずつ違いがあるようである。
地面に顔を向ければ、豊かな自然とは不釣り合いなコンクリートの道が目に入る。所々もろくなっている地面には露草が生えている。
その花の青さもよく見ると色合いに濃淡があるようである。大きさもそれぞれ異なっている。
今となっては見慣れてきた感もあるが、〈エルダー・テイル〉の頃には意識していなかったことである。
周囲の景色を意識してみると何とも不思議に思えた。
このくたびれた遺跡街道を行くのに馬に揺られているということ自体がフェラクにとっては何とも珍妙な体験である。
前を見ると、ひとりの青年がこちらに馬を走らせてくる。
「左前方茂みの奥、確認終了。数は5、レベルは15弱、いずれも動物型のノンアクティブだ」
「了解。その他には何かあったかい」
索敵担当であるベンヤミンからの報告を受けて、異常が無いかを問い返す。
行く先に危険が無いことを確認すると、フェラクは隊列をそのまま進めることを決める。
暖かな陽気に包まれた旅人は馬を進める。
風変わりな〈冒険者〉の一団は今日も遺跡街道を揺られていく。
この旅のもう1つの目的を知っているのは、2人だけである。
円卓会議の11人のひとりなのに空気だ何だと言われているホネスティのアインス先生。
得意なのは遠隔武器攻撃ビルド。弓巫女ビルドと言うと嫌がるなど茶目っ気たっぷりな御仁なんだそうです。




