03
「ほら、チャッチャと歩く! 時間は有限なんだから!」
元気のよい声が廊下に響く。
その声を発したのは、紅い髪を肩で揃えている背の高い女性である。
彼女がきびきびと歩く姿は、声と似つかわしい活発さを感じさせる。
その姿は、半ば引きずられるように手を引かれている青年よりも、よっぽど男らしかった。
連れ回されているフェラクはというと心中穏やかではない。
これから連れて行かれる場所のことを思うと当然である。
そう、今向かっている場所は〈ロデリック商会〉のギルドマスターである”妖精薬師”の部屋である。
フェラクから話を聞いた真田によって呼び出されたせっかちな冒険者。
金剛=Jと名乗ったこの長身の女性は、〈ロデリック商会〉の遠征部担当だという。
元々が人材を借りるための根回しをしてもらおうと考えて、昔から縁のある真田のところへ説明に来たフェラクである。
これ幸いと企画中の街道調査について話したところ、金剛によってそのまま連行されてしまったというわけである。
自分で歩けるからと手を離してもらってからしばらくして、ギルドタワーの7階の奥にあるドアの前にたどり着いた。
おそらくここがギルドマスターの執務室なのだろう。
金剛がノックをしたが返答はない。
もう一度、今度は強くノックをすると、どうぞという声が聞こえた。
◆
天井の高い部屋である。
その中に入ったフェラクの目には、さまざまな実験器具が映った。
フラスコのようなガラス器具が部屋中あちこちに並んでいる。
液体が入っているものも多く、中には毒々しい色をしたものも混じっている。
いくつかの器具はフェラクが見たこともないような形である。
そんな部屋の中央に近い場所から、研究者然とした男性がこちらに近付いてきた。
「ご無沙汰しています。ロデリックさん」
「こんにちは、フェラクさん。こちらこそお久しぶりです。アインスさんからの依頼ですか?」
〈ホネスティ〉も〈ロデリック商会〉も円卓会議を構成するギルドの1つである。
各ギルドマスターからの小さな頼み事は多い。
そのため、アインスからの急ぎの依頼だろうかと金剛と共に部屋に入ってきた黒髪の男性に問いかけたのである。
「アインスからの個人的な依頼というよりは、〈ホネスティ〉としての挑戦に関する協力の要請という方が近いでしょうか。この度は遺跡街道の調査について協力のお願いに参りました」
「挑戦というのは、私的な冒険ということですか」
その言い回しに何か思うところがあったのだろうか。
その言葉を聞いたロデリックはフェラクの前で立ち止まると、苦笑した。
「はい。冒険というほど大げさなものではないですが、旅行というほど簡単でもないかもしれませんね」
「アインスさんのことです。そこまでの無茶は仰らないと思いますが、ご用件は」
「率直に申しますと、〈ロデリック商会〉から遠征メンバーをお借りしたいのです」
はっきりとした口調でロデリックに告げる。
その意図を考えているのだろう。
それはまた何とも、などと彼が呟くのをフェラクは聞いた。
「私たちを頼るということは、戦闘を主とはしていないということでしょうね」
「ロデリックさんの仰るとおりです」
妖精薬師の問いかけに答える。
「まずは西との主要な幹線道路であるイースタル街道の通信手段の整備を考えています。まずはナゴヤ闘技場まで。道中の主要な街や集落には通信・記録員として〈筆者師〉を配置するつもりです」
「それだけを聞くと、〈ホネスティ〉だけでも成し遂げられるように思えますが」
「お恥ずかしながら、長期にわたりプレイヤータウンから離れた場所に滞在するのには人員が足りないのです」
「整備と食料ですか」
ロデリックの問いかけにフェラクは首肯する。
「〈料理人〉と〈鍛冶師〉を〈ホネスティ〉だけで融通するのが難しいのです。さらに言えば〈筆者師〉も十分とは言い難いのです。
「なるほど」
「アキバの〈冒険者〉が素材の調達やクエスト達成のための活動を始めた際には、補給・整備のために本格的に生産系の皆さんにご協力をお願いする予定だと伺っています。その手はじめとして。簡易的な整備拠点ですが、イースタルを調査する〈冒険者〉がアキバまで整備に戻る手間は省けるでしょう」
「〈ロデリック商会〉から人員を借りる理由は?」
「通信員が滞在する集落には、街道に限らない、ダンジョン等の本格的な調査の拠点としての役割を期待しています。つまり、片道とはいえ〈冒険者〉が集まるのですから、そこには商機も生まれるのではないでしょうか」
「それだけ聞くと、カラシンさんの方が喜びそうなお話ですが――」
そう言うと彼はフェラクの後ろに目をやった。
そこには微笑を浮かべる真田と、表情が読めない金剛が立っていた。
「真田君がいるからということでしょうか。フェラクさんやアインスさんとは縁も深いようですからね」
彼らを見るとロデリックは息を吐く。
「で、フェラクさん、具体的なルートと、そのための人員は何人くらい必要だと考えているのですか」
「アキバ、ナゴヤ闘技場間の内陸ルートを考えています。主要経由地はパイドパイパーリアにスワの湖畔市です。ハーフガイア換算で200キロメートルほど。今回の遠征では〈筆者師〉をおよそ10人、〈料理人〉と〈鍛冶師〉を各5人程。予備の要員を含めて全体では30人程でしょうか」
「20キロメートルごとの通信員の配置、に40キロメートルごとの整備地ですか。先遣隊として考えればイースタル地域はまだ良いでしょう。しかし、オワリについてはどうされるつもりですか?」
現実世界の愛知県に相当するオワリとミカワの両地域は、東西の主要プレイヤータウンの中間に位置する。
そのためか、人間勢力の影響が及びにくいという設定がなされ、ダンジョンには竜などの高レベルモンスターも配置されている。
「それこそまさに私たち、〈ホネスティ〉の腕の見せ場です。キヨスの街には我々の精鋭パーティーを配置するつもりです。〈ロデリック商会〉の皆さんには、イースタル内での協力をお願いしたいと考えています」
フェラクはロデリックの目を真っ直ぐ見つめていた。
「それで、〈ロデリック商会〉に求める要件はどれくらいでしょうか」
「アキバに滞在する〈筆者師〉を5人ほど。〈料理人〉と〈鍛冶師〉をそれぞれ3人です」
ロデリックは顎に手を当てて考える。
ダンジョンの補給地に人員を配置できるとなれば、素材など今後の利益も大きいと言える。
90レベルのメンバーを10人貸すとなるとそれなりの出費ではある。
しかし、構成人員1800人を越えるアキバ第2位の生産系ギルド、〈ロデリック商会〉にとってはそこまで痛い出費ということはない。
問題は、別のところにある。
ロデリックは確かにこの大所帯のギルドマスターであるが、その構成員は大学の研究生のような気風の集団である。
それはつまり、発明や研究に心血を注いでいるメンバーが、産業革命真只中のアキバを好き好んで離れてくれるとは限らないということである。
「興味深い提案です。しかし、必ずしもご期待に添えるとはお約束できません」
「無理を言っているのは承知です。ですが何卒、ご支援を賜りますようお願い申し上げます」
頭を下げるフェラクにそんなに畏まらなくてもとロデリックが手を振りながら諭す。
そんなやり取りをしていた2人のやり取りを見ながら少し困った顔をしながら、ちょっといいかなと金剛が言葉をかける。
「あの、実はもうメンバーは見繕ってあるんだよね。うちの部のメンバーが張り切っちゃって。いや、真田が早めにとか言っていたから……」
きょとんとして彼女を見るギルドマスターと客人に対して、頭を掻きながら〈ロデリック商会〉の遠征部担当は言葉をかけるのだった。
ロデえもん扱いしてごめんなさい。