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Is 'Honesty' the best policy?   作者: C.Attlee
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 フェラク=グンドゥが所属する〈ホネスティ〉には2つの顔がある。


 大規模戦闘系ギルドとしての顔は外部にもよく知られたものであり、大規模戦闘(レイド)コンテンツの先陣を争う有力なギルドとして数えられている。

 古くは7番目の拡張パックである〈炎の贈り物〉で追加されたレイドコンテンツ、〈神託の天塔〉の攻略によってサーバー中に名を知られるようになった。

 日本人には攻略できないとまで言われた世界共通レギオンレイド(96人部隊での戦闘)を最初に攻略したのは、当時はまだ歴史の浅いギルドであったクラスティ率いる〈D.D.D〉だと一般には知られている。

 しかし当時の〈D.D.D〉の力では、このエンドコンテンツの攻略は不可能だと思われていた。

 それではなぜ〈D.D.D〉は〈神託の天塔〉を攻略できたのか。

 その答えは、こちらも当時無名に近かったアインス率いる〈ホネスティ〉との共闘を〈D.D.D〉が決めたことに、そして〈ホネスティ〉が持つ2つめの顔にある。


 大規模戦闘系ギルド〈ホネスティ〉の2つめの顔、それは情報の蓄積と公開にある。

 レイドコンテンツを1度の挑戦で攻略できるということは、ほぼありえない。

 戦闘に挑み、失敗をし、その修正を行い、そしてまた戦闘に挑む。

 そんなことを何回も繰り返す中で得られるノウハウは、戦闘系ギルドの挑戦への対価であり、高い価値を持つ。

 だからこそ、そのノウハウを公開することをあまり快く思わない戦闘系ギルドも多い。

 

 しかし、〈ホネスティ〉の場合はそうではなかった。


 アインス率いる〈ホネスティ〉はレイドコンテンツに関する情報を積極的に公開した。

 公開される情報はレイド攻略に限らない。

 日常の狩場や、アイテムの効率的な収集方法、さらにはスキルの強化に関する情報。

 外部にすらこれらの情報を公開する〈ホネスティ〉である。

 ギルド内部での情報のやりとりは、当初より非常に盛んであった。


 アインス、そして〈ホネスティ〉は〈神託の天塔〉に挑み情報を集めた。

 そうやって得られた攻略のための知識とその体系を、惜しげもなく協力者である〈D.D.D〉にも公開した。

 ”組織力”の〈D.D.D〉は〈ホネスティ〉から与えられた”ノウハウ”を見事に活用してみせたのだった。


 今となっては700人を超える所属人員を持つアキバ第2位の戦闘系ギルドである〈ホネスティ〉。

 その強みはギルドメンバー全員で集め、分析し、共有する情報と、それを当然として行える伝統にあるといってもよい。

 情報やノウハウを積極的に公開するという姿勢は、それを集めるのに多大なコストを払った他のギルドから敵視されることもある。

 しかしアインスはというと、あまりそれを気にしていないようでもある。

 

 〈ホネスティ〉が情報を公開することでエンドコンテンツに新規参入者も増え、将来的にはヤマトサーバーの活性化に繋がります――。


 フェラクは昔、ギルドマスターがそのようなことを話していたのを聞いたことがあった。


 疎まれることもある〈ホネスティ〉であるが、彼らによって公開される情報によって恩恵を受けているプレイヤーは多い。

 そのためだろう。情報交換を通じたギルド外部のプレイヤーとのつながりも、〈ホネスティ〉は他のギルドと比べて自然と太くなっていった。







 ここは〈ロデリック商会〉のギルドホールの一室である。

 応接室として使われている部屋なのだろう。

 あまり大きくない部屋ではあるが、居心地の良い部屋である。

 暖色系の壁の色は落ち着いている。

 向かい合うように並べられた2人掛けのやわらかいソファーと、その間には変わった形の脚をした横長のテーブル。

 このソファーも、テーブルも、〈エルダー・テイル〉の頃には見かけた記憶はない。

 テーブルの上にあるのはフラスコを彷彿とさせる形のティーポットと、その中身は紅茶だろうか。

 カップに注がれた温かい茶をひと口飲み、そのテーブルに茶碗を置く。

 その香りと若干の渋味にフェラクはほっとし、ゆっくりと茶を飲みすすめる。

 

 そうしてしばらく経ち、2杯目をいただこうかと考えていると、部屋の扉が開いた。


「ようフェラク! 元気にしてたか!」


 その大きな声に振り向くと、そこには彼の待ち人が立っていた。

 立ち上がったフェラクは、人好きのする狼牙族の青年に挨拶を返す。


「はい、おかげさまで。真田さんこそお元気そうで何よりです」

「立たないでいい。俺も遠慮しないから」


 そう言って〈ロデリック商会〉の真田和宏21はフェラクの向かいのソファーに腰掛け、自分のカップに茶を注ぐ。

 その様子を見てフェラクも再び席に着く。


「直接研究室に呼ぶべきだったかもしれんが、ちょっと部屋がごたついていてな。待たせてしまってすまん」

「いいですよ。こちらの訪問連絡も急でしたから」

「あははは。そいつはありがたい」


 この人のことだ。

 装備の作成に夢中になっているうちに時間を忘れていたかもしれないな。


 一瞬そんなことを考える。

 笑いながらポットを差し出す仕種を見て、〈大災害〉後も変わらない真田の様子にフェラクは安心する。

 フェラクは真田からポットを受け取り、自分のカップに再び茶を注いだ。


「お前に会うのも久々な気がするな」

「ご無沙汰しています。〈大災害〉以降いろいろとありまして」

「確かに、あの状況でというのは難しいな。最近はどうしてたんだ?」

「スキルブックの作成にかかりっきりでしたね」

「ああ、wiki見られないもんな」

「はい。どんな特技があるのか、成長状況によってどうなってるのかというのはパッとは分らないですね。マイナーなサブ職業だったりすると特に」


 フェラクの言葉に、そうだなと真田は頷く。


「メジャーな特技でも調べることは多いです。会得や秘伝などの成長状態で性能が違うのも当然ありますから、調べないといけません。

 面倒なのは攻撃系特技ですね。武器に依存して発動後の動きが異なるんです。その動きを真似ても特技は発動するんですが、装備武器によって同じ動きではダメだったりするみたいです。面白いと言えば面白いですが」

「メニュー画面からではなく、自分が動くことで特技が使える、か。それも武器によって違うと。変わってるのは生産だけじゃないんだな」


 話を聞きながら、真田は茶をすする。

 思ってもみなかった変化と、その発見に感心しているのだろうか。

 ときどき反応を返しながら、彼は話を聞いていた。

 

「集めた情報をまとめる手間もありまして、うちの〈筆者師〉は働き詰めです」

「先生は相変わらずってとこか?」

「どっちかっていうと、教授やケイタの方がはりきっているかもしれないですね」

「教授の方が相変わらずか。少年も元気にやっているみたいで何よりだ。まあ、とにかく情報が無いんだ。どっちにしても〈ホネスティ〉の仕事は重要だろうさ」

「はい。うちの中だけ見ても、初心者プレイヤーが結構いますから」


 そう言うと、フェラクも喉を湿らせた。


「真田さんは、最近は何をされていたんですか?」

「ん、俺か? そうだな。最近は”新しい装備”の製作がメインだな。知っての通り、下着の方はもう完成してる。今は普段着の作成が多いな」

「日常生活用の衣類ですか。あまり考えていませんでした」

「フェラク、衣食足りて礼節を知るって言葉があるくらいだ。着る物だって重要なんだぞ」

「その言葉ってそういう意味でしたっけ? でも、確かにいつも戦闘用装備というのは堅苦しいですね」

「そういうのも含めて需要は多いんだ」


 真田の言葉にフェラクは頷く。


 基本的に、フェラクたちが身に付けているものは〈エルダー・テイル〉に存在する装備(アイテム)である。

 装備はありふれた通常品をはじめ、魔法級、製作級、秘宝級と分かれ、最上位の幻想級に至っては希少価値も大きい。

 とはいっても、これらは戦闘用の装備であることが大半であり、日常の使用に適しているかというと多くの場合に疑問符が付く。

 例えば、〈大災害〉以降に一時期問題となったのが下着についてである。

 ゲームであった〈エルダー・テイル〉のアバターに何も装備をしない場合、簡便な服を着た状態で表示される。

 そのため下着アイテムは存在せず、あっても遊び要素といったところだった。

 そして、〈大災害〉以降も下着は存在しなかった。

 アバターの装備がどうであろうと、現実のプレイヤーが困ることはない。

 しかしいざ自分がこの世界で暮らすとなると、プレイヤーにとってそれは非情に不都合だった。

 特に女性プレイヤーの間で問題になったようだが、ゲーム時代の水着系装備で代用するという結論に落ち着いた。


 その事情は、円卓会議の発足によって変化した。

 軽食販売クレセントムーンによる味のついた料理と、その調理法に〈サブ職業〉。

 〈エルダー・テイル〉の頃には存在しなかった、”生産の仕組み”を知らされたプレイヤーたちの行動は早かった。

 矢継ぎ早に発明される新たな生産品の数々。

 きっかけとなった料理はもちろんのこと、本や家具、住居施設から果ては蒸気機関までが生産された。

 〈エルダー・テイル〉には存在しなかった下着もその発明ラッシュの中で生まれ、流通するに至ったものである。

 そういう活気の中心にいたのが、アキバ三大生産系ギルドの1つである〈ロデリック商会〉であり、その装備部を担当する〈裁縫師〉真田和宏21であった。


「まあ、普段着が重要であることは間違いないんだが、それだけやってるわけじゃない。ローブや布鎧に色々細工出来ないかってのも試してる。

 付加効果も色々考えてな。まあ、マイナスステが付くことも、急に破れることもあるんだけどな。良い試作品ができたら〈ホネスティ〉にも流させてもらうよ」

「それはありがたいというより、怖いですね」

「ひどいな! ちょっと呪われた装備とかできるかもしれないが、それはそれでいい経験だろう?」

「何をどうすればそんなクレイジーな代物ができあがるんですか」

「教えてやるぞ。知りたいか?」

「いえ、遠慮させていただきます」


 真田の生産の話の中に〈ロデリック商会〉の闇を感じたフェラクは、それ以上の深入りを避けた。

 ロデ研は研究者気質のメンバーが多いという。

 事実、フェラクが知っている所属メンバーには学究肌の者は多い。

 ギルドマスターのロデリックからしてサブ職業〈調合師〉を極めており、”妖精薬師”などというあだ名があったりする。

 ギルドの一部門を預かる真田も、例外ではない。

 この〈裁縫師〉の青年は、〈エルダー・テイル〉の頃も新レシピがあると聞くとそれを求めて飛び回っていたな、とフェラクは昔の彼を思い出した。



 そうやってしばらくは互いに近況を報告していたが、一通り終わったところで真田が切り出した。


「でだ、フェラク。実際のところ今日は何の用件で来たんだ?」


 旧知の青年から問いかけられる。

 フェラクは大きく呼吸をしてから、その言葉を口にした。


「〈ロデリック商会〉から、〈筆者師〉と〈料理人〉、〈鍛冶師〉をお借りしたいのです」




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