01
「街道の調査ですか」
「はい。遺跡街道の調査です」
ギルドマスターの意図を理解しようと、フェラクはその言葉を反芻した。
円卓会議の11ギルドマスターの一員として忙しく働く彼から呼び出しを受けた当初、フェラクは事務の補助を行うつもりでいた。
しかしいざ部屋に入ってアインスからかけられた言葉は、思ってもみない依頼だった。
「妖精の輪のことは知っているね」
「はい。有力な遠距離移動手段ですが、タイムテーブルが不明のため利用ができないと伺っています」
「ええ。停止してしまった都市間転移門とは少し事情が違いますが、現在は使用することが実質的に不可能です」
妖精の輪も都市間転移門も〈エルダー・テイル〉ではごくありふれたものだった。
妖精の輪とは、別の妖精の輪とランダムに接続される遠距離移動のギミックである。
月の満ち欠けに影響を受ける複雑な計算によってその移動先は変化する。
現実世界での5分間、〈エルダー・テイル〉内時間での1時間ごとに変化するタイムテーブルは、28日周期で一巡する。
場合によってはヤマトサーバーの端どころか海外とも繋がるため、移動手段としての不確実性は高い。
しかし裏返すと、攻略サイトを参照しながらの移動ならば妖精の輪は高い利便性を備えていた。
辺境のダンジョンや狩場の付近、果ては海外サーバーまで妖精の輪を使って移動することができたからである。
他方、都市間転移装置はアキバ、ミナミ、ナカス、ススキノ、シブヤの五大プレイヤータウンを繋ぐ瞬間移動手段である。
ヤマトサーバー内の人口の多い主要都市を繋ぐ確実な長距離移動方法ではあるが、妖精の輪に比べて柔軟性には欠けていた。
〈大災害〉以降、この2つの遠距離移動手段を利用することは難しくなっている。
タイムテーブルの情報にアクセスできない現在、妖精の輪を利用することには大きなリスクを伴う。
確実性が高い移動手段である都市間転移門については、より悪い状況にあると言ってよい。
ゲーム時代に誰もが使っていた都市間転移門は、あの日以来全く無反応であった。
「円卓会議では妖精の輪のタイムテーブル解明と共に、ゾーン情報蓄積の準備を進めています。これらは戦闘系ギルドによるチームで進めると共に、円卓会議発行の依頼として進めようと企画しています」
アインスはゆったりと話を続ける。
「ですが、それは先の話。当面の移動についてはそう悠長にしているわけにもいかないのです」
その言葉にフェラクは頷いた。
生産や発明が活発になるにつれて、素材を求めてアキバの街の近隣ゾーンでの戦闘は増えている。
しかし、アキバ近圏のゾーンでは取得できないアイテムはもちろん存在する。
高レベルモンスターはもちろん、低レベルモンスターにも出現地域が限られているものは多い。
〈大災害〉前の備蓄で供給はしばらく維持されるだろうが、それも無限というわけではない。
そう考えれば、確かに中距離・遠距離の移動に目を向けることは重要だと思えた。
「アキバの活動が活発になるにつれて、近隣ゾーンからの供給だけでは賄えない素材も増えています。そして、スキルやアイテム強化のためのクエストもヤマトサーバー中に分散しています」
「つまり素材調達とクエスト達成のために、アキバから目的地までの動線を確保する必要があると先生はお考えなのですね」
フェラクが問い返すと、アインスは笑みを浮かべて首肯した。
「少数のプレイヤーはグリフォンを所持していますが、大多数は違います。主要な目的地を繋ぐ主な移動手段は陸路です。多くのダンジョンや街には、遺跡街道を使うことである程度まで近づけます」
目的地の付近までは妖精の輪など遠距離移動手段を用いるが、そこから目的地までは多くのプレイヤーが陸路を用いる。
またゲーム開始直後の初心者プレイヤーはクエストを求めてプレイヤータウンの付近で活動するが、そこで彼らが用いるのは徒歩か馬である。
多くのプレイヤーが行き交う陸路は、自然と他のプレイヤーも利用する主要な動線となる。
例えばアキバの街から〈書庫塔の林〉へ移動する場合、街の北側に存在する森を縫う道を利用するという具合に。
そして短距離移動のときほど意識はされないが、長距離移動の場合にも動線は存在する。
それは現実世界の主要路をモデルとして各街を結ぶ、旧世界の遺跡街道となる。
「フェラク君にお願いしたいのは、〈大災害〉後の遺跡街道がどのようになっているかの調査です。ゾーン情報蓄積の一環と考えてくれて構いません」
「この世界での長距離移動となると、骨が折れる仕事になるのでしょうね」
「否定はできませんね」
勝手知ったる〈エルダー・テイル〉とはいえ、何もかもがゲームと同じということはない。
現実化したハーフガイアの長距離移動の負担はそれ相応に大きいものである。
それに、他にも受け持っている仕事はある。
フェラクはしばし逡巡した。
沈黙を破ったのはギルドマスターの言葉だった。
「悩ませてしまって申し訳ない。ですがこの調査は、この世界について知るための、帰還への糸口をつかむための、その一歩になるんです」
そう言って、彼はじっとフェラクを見つめた。
帰還の言葉を聞いて、フェラクは拳を握りしめる。
アキバの街は活気を取り戻し、発展の最中にある。
毎日新しい発見がある街、新しいものが生まれるアキバの街は決して居心地が悪いものではない。むしろその空気が好きだった。
しかし、ずっとそのままでいられるのかということも考えずにはいられなかった。
フェラクはアインスに目線を合わせる。
「わかりました、引き受けます。」
その答えに満足したのかアインスは笑みを浮かべ、目を細めた。