お嬢様はゲームがお好き⑶
「アッハッハッハッ!お父様があんなに狼狽えてる表情なんて初めて見たです~!」
姫華はお嬢様とは思えないほどの大きな笑い声を上げ、先程の斎雅と昴の気まずい雰囲気を思い返し腹を抱えながら、食卓に突っ伏す。
「まったく姫華…お前って子は本当にいくつになってもイタズラか…あんな恥ずかしい姿を教え子に見られるなんて…しかもよりによって屑山くんとは…」
斎雅はバツが悪そうに、真っ赤な顔を手で覆いながら文句を言う。
そんな空気の中、姫華が笑い過ぎてヒィヒィ言っている声だけが広間に響く。
「アタシもあんな先生、出会ってから初めて見ました…」
さほどフォローになっていない一言を斎雅に伝え、苦笑しながら頬を掻く昴。
「見事なまでにドッキリ大成功ですねお嬢様」
そう言いながらテーブルへとサラダを運んできたのは短くも煌めくような銀色の髪をヘアピンで留め、四角い黒縁メガネを掛けた年齢的には恐らく姫華の少し上といった比較的、この屋敷のメイドとしては若いメイドだった。
「こんなに上手くいくとは思わなかったです~。それも海奈さんが協力してくれたお陰ですね」
笑い過ぎて零れた涙を拭いながら姫華は銀髪のメイド長の権限を持つ女性、春帯 海奈に話しかける。
その姫華の言葉に最初はキョトンとしていた斎雅もやっとドッキリのカラクリを理解すると、やれやれと首を振る。
「まさか海奈も仕掛け人だったとは…迂闊だったな」
そして斎雅は、ようやく顔の赤みが引いたところで苦笑しながら海奈を見て軽く文句を言う。
すると、海奈が苦笑しながら彼に頭を下げる。
「申し訳ありませんでした旦那様。お嬢様がどうしても、と仰られたので」
昴はそんな3人の仲睦まじいやり取りを眺めていたが、話が一段落ついたところで斎雅に畏まって頭を下げる。
「改めてお久しぶりです、斎雅先生。卒業以来ようやくお目にかかれたこと嬉しく思います」
「私はもう先生じゃない。今じゃ、ただの社長だよ」
「いつまでも先生はアタシの先生ですよ。それにただの社長だなんて…相変わらずの謙遜しすぎで腹立ってきました」
斎雅の相変わらずの謙遜ぶりに半眼で文句を垂れる昴。
そんな彼女の言葉に斎雅は苦笑して答える。
「すまない、コイツはもう癖になっててな…でも屑山くんも本当に変わらないな」
と言い、昴も苦笑しながら彼の言葉をそのまま返す。
「先生がそれを言いますか」
そして、姫華はそんな2人の様子をニコニコしながら眺める。
「変わってないのは、みんなお互い様です~」
「そうだな…ところで、学校でのこの子はどうなんだ?」
斎雅は姫華の言葉に苦笑して頷くと、思い出したように昴に姫華の学校での様子を訊く。
すると昴はニコッと笑って、その質問に答えて教え子である姫華を褒めた。
「さすが、先生の娘さんですよ。しっかり瑠狼の血を受け継いでます。身体能力だけで見たら、選抜メンバーの中でズバ抜けているかと」
そのことを聞いて斎雅は姫華に関心の眼差しを向け、微笑む。
「そうか、選抜メンバーになったか。という事は無論あのゲームを始めたんだな?」
「もちろんです~。でもさすがに今回のは中々の難易度で面白いですよ」
姫華は今日の特訓を思い出しながら、ウズウズしたように身体を震わせる。
「そうか。まぁ、屑山くんでさえマスターするまで半年はかかったからな。無理せずゆっくりやっていけばいいさ」
そんな姫華の様子を見た斎雅は彼女に提案するが、姫華はそんなのは生温いと言わんばかりに唇を吊り上げ、人間にしては鋭く尖った犬歯を覗かせて宣言する。
「いいえ。このゲーム、半月もあればワタクシにはクリアできますわ」
「大きく出たな…その自信がいつまで続くのかもこれからの楽しみの一つだな」
その言葉にやれるものならやってみろと言わんばかりの表情を浮かべた斎雅はそのあとの昴の言葉にその表情を僅かに崩すことになる。
「先生、ちなみに彼女は半日で第一段階は殆どマスターしています」
「なんと…それは驚きだ。どうやらこの子の事を、過小評価し過ぎていたのかもしれないな…だが…」
本当に彼女の習得スピードが想定外だったのか、驚きを見せる斎雅だったが、それでもすぐに姫華の宣言を破る自信に満ちた表情へと戻る。
「見くびってもらったら困りますわお父様」
「ですが…」
「あぁ…その通りだよ屑山くん。これからが本番、いくらお前といえど、半月でクリアは中々難しいぞ。」
斎雅の自信に満ちた言葉に更に嬉しそうな顔を見せる姫華は最早、普段の淑やかさは微塵も無く、獰猛な野生の獣の様に目を光らせていた。
「そう来なくっちゃ、面白くもないですわね」
その姫華の表情と言葉に、期待を覚える昴だった。
「先生、明日からもご指導の程、よろしくお願いいたします」
楽しい一時はあっという間に過ぎ去り、昴は「今日はもう遅いので」とお暇することにし、見送りに来た姫華が玄関ホールでニコッと微笑む。
「任せておきな。君たちが必ず勝てるようにアタシも全力を尽くす」
姫華からの願いに、昴も自信に満ちた表情で姫華へと微笑み返す。
「屑山くん。また来なさい、今度は酒でも飲みながらゆっくり話がしたいからね」
斎雅は久しぶりに教え子に会ったことで話したいことが山ほどあるのか、昴の肩を叩きながら言う。
「はい、是非とも…ではまたいずれお会いできることを楽しみにしてます斎雅先生」
昴は斎雅と姫華へ軽く会釈をしながら外へ出て行った。
「屑山様。少し歩いて行ったところで車を待たせてあります。そこまでお付き合いいたします。こちらも旦那様と同じように積もる話がありますから」
屋敷の扉の外には恭しく頭を下げるメイド長、海奈が待っていた。
彼女は顔をあげるとメガネとヘッドドレスを外して短く息を吐きながら微笑む。
「お、良かった。アタシは君とも久しぶりに話したかったんだ」
そう言って、昴は海奈を見てクスッと笑うと、二人は並んで歩き出した。
「最近は夜も暖かくて過ごし易くなりましたね」
「春だからな、学校前の桜並木なんて今の時期は満開でちょうど見頃だぞ」
「懐かしいです、あそこの公園で皆さん揃って花見をしたりもしましたね…」
昴の話を聞いて、昔を思い出す海奈、その記憶には懐かしい顔ぶれ…そんな事を考えている彼女に昴は少し複雑そうな表情を浮かべた後、別の話題へ変えるために話し出す。
「ところで君らしくもないな、君ともあろう者が大企業の社長邸宅のメイドだなんて。まぁ、そのメイド服は似合ってるけどな…可愛いと思うぞ?」
「茶化さないでください昴先輩。私はこれでも今に満足しているのですから」
昴の冗談の皮肉に海奈は先程の斎雅と姫華の前では見せなかった様なムスッと膨れた表情を見せ、昴のことを慣れ親しんだ呼び名で呼んだ。
「初代R4(アールフォー)、闇夜之静寂、ミーナ・ハルベルトが今ではメイド長か。この屋敷、少し見たが只者じゃない奴らの巣窟と言えるレベルだな。まったく、相変わらず斎雅先生の人望は素晴らしいと思うよ」
昴の言う奴らというのは、海奈ことミーナを含めたメイド達のことだ。
彼女たちは明らかに普通の一般人ではない雰囲気を纏っていた、それ故に昴は只者ではないと言ったのだ。
「R4ですか。久しく聞かなかった響きですね…。まぁ、二年前の惨劇、"惨血の人形劇"…あれ以来私達がR4を名乗る事を辞めましたから」
R4と聞いた瞬間にミーナの表情は曇り、苦笑しながら記憶を辿る。
「あれはアタシも驚いたよ。君たち初代R4が、入学したばかりの一年生に半殺しにされたんだ。そのニュースはすぐにアタシの耳にも入ってきた」
「あれから暫くは毎晩あの日の悪夢を見て魘されていましたよ。"たった一人の入学したての女子生徒にR4全員でかかっても完全に倒せなかったんですから"」
「それ以来か、彼女に"紅色の傀儡姫"なんて二つ名が付いたのは」
その二つ名を聞いてミーナは身震いする。
時が経って記憶は薄れても、細胞レベルで刻み込まれた恐怖はいつまでも消えないのだろう。
「今、彼女は三年ですよね…?という事は彼女の独裁体制なのでしょうか?」
「いんや。そんな事は無いよ、彼女はシーズンが始まればルールに則って毎日のようにやって来る挑戦者の相手をしてる。まぁ、未だに黒星はゼロだがな」
「よく挑戦者が絶たないものですね。私は一回戦っただけで二度と相手にしたくないと思いましたのに」
「そんなバカがアタシのクラスにも一人いるよ。ましてや、そいつの成績とテスト中の様子を見たけど、それでアタシは確信した、彼は自らDクラスに"ワザと"入ったんだ」
「!?」
ワケの分からない事を言う昴だったが、ミーナは瞬時に意味を理解して絶句する。
「そのまさかだよ。彼はやろうとしてんのさ、誰もなし得た事の無い、そもそも不可能に等しい、DクラスからのR4入り…それどころか、彼は全員倒して奴らに辛酸を舐めさせるつもりなのかもな…ま、本当の動機がなんなのかアタシにも分からないけどな」
そんな話をしていると、いつの間にか二人は車の待つ場所に着いていた。
「んじゃ、見送りごくろーさん。久しぶりに君と話せて楽しかったよ、ミーナ」
「こちらこそ興味深いお話をありがとうございましたす先輩…明日からもお嬢様をどうか、よろしくお願いします。ちなみに、今の私は春帯 海奈ですので、この事はお嬢様には私の正体については、くれぐれも内密に…」
そう言って、ミーナはヘッドドレスとメガネを再び身に付け、メイド長の海奈の仮面を被る。
「そっか、んじゃ、また来るよ海奈」
そう言って、昴は車に乗り込み海奈に見送られながら屋敷を後にした。