お嬢様はゲームがお好き⑵
「はぁっ…中々の難易度です~」
既に始まって何時間経ったのだろうか。
姫華が目隠しを取ると教室には昴と彼女の二人だけで誰もいる気配は無く、おまけに外はすっかり真っ暗だった。
「あれれ?もうみんな帰っちゃったです~?」
「みんな少し前に帰ってったよ」
教室をキョロキョロと見渡す姫華に昴は言った。
姫華は「そうですか」と言うと帰り支度を始める。
「じゃあ、ワタクシもそろそろ帰ります」
バッグを肩に掛け、帰宅の準備を済ませる姫華に昴は「ちょっと待て」と声をかける。
「時間も遅いし最近は何かと物騒なご時世だ、瑠狼のご令嬢の身に万が一のことがあったらアタシは斎雅先生に顔向けできないし、姫華が良ければ送ってくよ?」
昴はポケットから車のキーを取り出すと姫華に向かってニコッと笑いかける。
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます先生」
そして、昴の申し出に微笑み返しながら姫華は答えた。
「ところで今更だとは思いますが、先生は父の事をご存知で?」
昴の運転する車の助手席に乗り込んだ姫華が尋ねる。
「知ってるも何も、斎雅先生はアタシが来星の生徒だった頃の恩師の一人だよ」
昴は運転しながら答え、その告白に姫華は目を丸くした。
「そうだったんですか、お父様が来星で教鞭を振るっていたなんて…初耳です~」
自分の父が勉学を教える様を想像して笑ってしまう姫華、そんな事には彼は無縁だろうと思っていたからだ。
すると、昴が思い出と共に特訓の誕生秘話を教えてくれた。
「アタシが卒業する時、斎雅先生が言ったんだ、"私が教えた事を今度は私の娘にやらせる時には私からのゲームだと教えてやってくれ"ってね」
「という事は…あの特訓もお父様が先生に教えたものなんです〜?あ、そこを左に曲がってください」
「あいよ。そうだよ、学生時代、アタシが斎雅先生から教わった特訓方法だ」
「先生がクリアしたゲーム…ならワタクシにもできますわね。あそこがワタクシの家です〜」
そんな話をしていると、姫華の家の前に到着した。
正確には家の巨大な門の前に辿り着いたというだけである。
昴も門から敷地を少し覗いたが、夜の闇に包まれていることと想像以上の敷地の広さに家を見つけることができなかった。
「これ…本当に一個人の家の敷地…?動物園とかそういう公共施設とかのレベルだよね、これ?」
姫華の家の敷地に度肝を抜かれた昴はブツブツと呟きながら自分の生活と比較するが、どんどん惨めになってくるような気がしたので途中で思考を辞めることにしたのであった。
「先生、送って頂いてありがとうございました。よろしかったらお礼がしたいので上がっていってください。久しぶりにお父様も帰ってきてるんです〜」
そんな昴の様子には気付く様子の無い姫華が是非にと言うのも、彼女の父…瑠狼 斎雅は大手企業"ルロウグループ"の社長で世界を飛び回っている為、家に帰ってくるのは稀な事なのだ。
そして、彼が帰ってきたのは約1年ぶりだった為、姫華もウキウキしていたのだ。
「お、それはありがたい。姫華の顔を見ていたら、斎雅先生に久しぶりに会いたいと思ったんだ。卒業した後は連絡は時々取ってたんだが、まったく会う機会が無かったからさ」
昴も断る理由もなければ折角の恩師との再会の機会だということで、喜んで姫華の誘いに乗るのであった。
「それは良かったです~。お父様もきっと喜びますわ」
そして、昴の返答に姫華は手を合わせながら微笑んだ。
「それにしても、門から入って暫く経つけど、家まで遠くないか⁉︎」
昴が不安になるのも無理はない。
数分前、姫華が門の前で何か小型のボタンのようなものを押し、昴と姫華の乗った車は瑠狼邸の敷地に入り、暫く車を走らせていた筈なのだが、一向に家の明かりが見えてこないのである。
「えーっと…そうですか?いつも家から門の往復はメイド長が車を出してくれているので気にしたことはないです〜。でも、だいたい車で10分くらいかと」
またも、常識はずれな話を聞かされ、昴は目眩を覚えると共に、自分との格差に涙を浮かべ、遠くを眺めるのだった。
「何じゃそりゃ…アタシなんて、家賃3万円のボロアパートなのに…」
缶ビールの空き缶の散らかったあの四畳半を思い出しながらボソッと呟く昴だった。
瑠狼邸~とある一室。
コンコン
「失礼いたします。旦那様、お嬢様がお帰りになられました。お食事の準備も済んでおります」
整った顔のメイドがこの屋敷の主である瑠狼 斎雅の書斎に入り、彼の愛娘が帰宅したことを告げる。
「そうか、最後に会ってから1年か…時が経つのは早いな…。分かった、すぐ行く」
そう言って、斎雅は腰を上げた。
「ほへー…デカイのは予想してたけど、まさかこれ程とは…」
姫華の隣で昴が辺りをキョロキョロと見渡す。
二人がいるのは玄関ホールで、その敷地だけで、立派な一軒家が建ってしまいそうな程の広さだった。
先程、屋敷に入った時にはこの玄関ホールに、おそらくこの屋敷で働いているメイドだろう、30人程のメイド服に身を包んだ女性が"お帰りなさいませ、お嬢様。"と恭しく頭を下げる場面があった。
「あーゆーの見ると、本当に姫華は別世界の人間なんだなーって思うよ」
玄関に飾られた装飾品の一つ一つを眺めながら苦笑する。
「そんな事…「ヒメー!」
姫華の言葉を遮り、彼女に飛びついたのは、二十歳ほどの容姿の青年だった。
青年は姫華に頬擦りしながら問い詰める。
「ヒメ、こんな時間までどこ行ってたのさ!はっ…まさか男!?そんなの許しませ……」
青年が怒涛の勢いで、まくし立てるが、姫華の隣に立つ昴に気付くと、途端にフリーズする。
それと同時に青年と目を合わせた昴もどうしていいのか分からず、固まっていた。
「お久しぶりです。斎雅先生」
やっとの事で、挨拶をするにまで硬直状態が解けるが、昴はイケないものを見たような表情を浮かべながら頭を下げる。
「くっ…くくっ…屑山くん…いつからそこに…?」
思わぬ来客の登場に、動揺の隠せない斎雅。
そんな彼の目の前には、視線が泳ぎまくっている昴。
そして、腹を抱えながら必死に笑いを堪える姫華とメイド服の女性のいる空間に微妙な空気が流れる。
「あー…えーと…最初から…」
そんな斎雅の質問に申し訳なさそうに、頬を掻きながら答える昴だった。