新たな旅立ち⑷
「1条、クラス分けに不満を持つべからず。それが現状の己の能力、それを改めて確認し、精進すべし。その努力の結果次第では様々な対応を検討する。2条、教諭の喋る際は、私語厳禁。教諭の話すことはいずれも重要事項の為、いざという時には命取りになる危険性がある為。3条、校内で銃火器を使用する場合は、指定の場所のみで許可する。尚、特務の際には此れに限らず。4条、えーと…自己防衛を除く、校外での暴力は非推奨…っと」
長々と規則について話していた昴だったが、後半は面倒臭くなったのか一部を省略した上に、早口で言っていた。
「こういうゴチャゴチャした規則てーのはアタシも嫌いなんだよ…と、まぁ重要な規則はこの位かな、他の規則は各自確認しておくように、はい、質問ターイム」
結局最後は早口のまま一息で言い切って、規則が書かれたプリント用紙をクシャクシャに丸めゴミ箱に投げ捨てると、手を打ち鳴らし質問を受け付け始めた。
「へーい、センセー」
すると、先頭の席に座っていた桔梗が真っ先に手を上げる。
「なんだ、桔梗」
昴も意外な人物の挙手に少し驚きながらも指名する。
そして、彼は立ち上がり発言する。
「第一条にある、クラス分け云々(うんぬん)のことなんすけど、要するに上位クラスになるチャンスがあるってことっすか?」
「桔梗、不良みたいな見た目の割に良く聞いてたじゃないか」
桔梗の至って普通の質問に更に驚きつつ彼のことを昴は褒め、そんな昴に桔梗は苦笑しながら首を振る
「人は見かけによらないってヤツっすよ」
「なるほどな、これは一本取られた。今、桔梗の言ったことは補足するまでもない。そう、君達にもAクラスになるチャンスがある」
「先生、もちろん上がるには条件があるんですよね?」
昴の言葉に彩葉が付け足すと、これまた昴は肯定して頷く。
「正解だ、彩葉。まぁ、条件というか、試験みたいなものだな。簡単に言うならば、上位クラスとの入替戦だな」
入替戦…その言葉にクラス内がざわついた。
そんな中でも輝は楽しそうに笑みをこぼして窓の外に目を向ける。
「因みに今シーズン最初の入れ替え戦は1ヶ月後、相手はCクラス最下位の人間だ」
そして、開催までの時間が無いことに更にざわつきが広がる。
「1ヶ月後…待ち切れないな」
輝が空を眺めながら呟くが、その口元には隠しきれない笑みを携えていた。
「とゆーわけで、残りの時間はクラスランクの判定に使う。全員、体育館に移動だ」
そう言うと昴は教室を出て行き、それに続いて生徒のほとんどはゾロゾロと教室を後にして体育館へ向かって行った。
「1ヶ月…か」
外を眺めたままの輝に、舞琴が嬉しそうに話しかけた。
「テル…絶対、俺たちは選抜メンバーになろうぜ」
舞琴の言葉を聞いて、「当然だ」と言いながら輝は立ち上がる。
「最初からそれしか考えてねぇよ。つか、こんなとこで蹴躓いてたら、俺の目標なんざ到底、実現不可能だしな」
2人はお互いに強い決意を胸に秘めて頷き合うとハイタッチをして体育館へ向かうのだった。
~体育館~
「よーし、全員揃ったな。選抜する方法はコレだっ!!」
そう高らかに宣言し、昴の抱え上げたものは…。
「サッカーボール?」
思わぬ判定方法の発表にクラス全員がキョトンとした表情を浮かべる。
「えーと…要するにサッカーしろってことっすか?」
一番最初に我に返った桔梗が昴の言いたかったであろうことを代弁した。
「その通りだっ!」
桔梗の代弁にビシッと親指を立てて楽しそうに頷く昴。
「チーム分けはこれだからな。因みに分け方は内緒だ」
Aチーム
綴 輝
我妻 桔梗
神楽 舞琴
彩葉 イーフェンベルク
狼堂 姫華
Bチーム
坂上 久斗
宇野川 鶫
田川 遼星
江上 優
久石 卓
「向こうは男子が三人に対して、こっちは女子が三人か。戦力的な不利は否めないな」
桔梗がチームを見渡しぼやく。
輝のチームは舞琴、彩葉、姫華という一見、不安要素だらけのチームである。
「俺っ娘に、ハーフ美人にお嬢様ときたもんだ。どーするよ綴」
「安心しろ我妻。舞琴がこっちのチームで良かった。頼むぞ舞琴」
輝が舞琴を見ると、彼女はリフティングをしていて、そのボール捌きは目を見張るものがあった。
「サッカーくらいなら俺に任せな。チャチャっと一発決めてきてやるよ」
準備万全なのか、舞琴は紅潮した顔で輝へと微笑んだ。
「始めるぞー」
昴が笛を吹くと、試合が開始される。
それと同時に輝は舞琴にパスを出した。
「舞琴行ってこい」
「言われなくてもそのつもりだよ!」
最初は、女子相手だからと、手を抜いていた男子たちだったが、舞琴の動きを見て、危険と判断したのか次々にボールを奪いに来る。
「おい、大丈夫なのか?」
「まぁ、見てなって」
「遅え、遅え、遅えぞ!そんなんじゃ俺は止められねえよ!」
しかし、舞琴は華麗なボール捌きでディフェンスを余裕で突破して、熟練したキーパーでも分かっていなければなかなか届かない角のコースにボールを蹴り込んだ。
「Aチーム、1点目」
ピッと昴が笛を吹き、スコアボードに1点が刻まれた。
「スゲ…」
「だろ?」
「さすが舞琴」と言って戻ってきた彼女とハイタッチした輝は笑いながら桔梗に自慢気な顔を向ける。
しかし、そこからは一進一退の攻防が続き…。
「我妻!」
「バッ…どこに出して…」
輝の桔梗へのパスは桔梗の少し前へと跳ねていき、待ち構えていたディフェンスに取られてしまう。
「バカテル!何パスミスしてんだよ!」
慌てて自陣に戻る、輝、舞琴、桔梗の3人だったが、彩葉もすぐに抜かれ、相手はゴールに向かって、ボールを蹴り出す。
「瑠狼さん!」
そしてキーパーとしてゴール前に立っていた姫華の正面に向かってボールは飛んで行く。
「ふぇ…?ひゃうっ⁉︎」
なかなか出番が来なかったのが災いしたのか、眠そうにしていた姫華はボールが目前迫っていることに気付くと思わず条件反射で避けてしまっていた。
「あ…」
今の状況を理解した姫華がゴールに視線を戻すと、ネットを揺らしたボールがテンテンテンッとゴールエリア内で転がっているところだった。
「Bチーム、1点目」
「ごっ…ごめんなさい〜!」
更に事の重大さに気付いた姫華は泣き出してしまった。
それから、全員で何とか姫華を宥め、試合を再開したが、相手の勢いが1点を取ったことで更に増し、防戦一方になってしまっていた。
そして、試合終了間際という場面で…。
「しまっ…!」
桔梗がボールを奪われ、輝も上がっていた為、ディフェンスは女子陣だけになってしまっていた。
「早く戻るぞ桔梗!」
「輝、何そんな焦ってんだよ、神楽がいるじゃねぇか」
輝はボールを奪われてしまうと、表情を一変させて慌てて引き返し始める。
舞琴がいるにも関わらず、焦る輝を見て桔梗は首を傾げたがすぐに輝がその疑問に答えた。
「アイツ、ディフェンスは全くダメなんだよ!」
輝が真っ青な顔でそう言うと、桔梗もようやく事の重大さを認識したのか輝同様踵を返して自陣に戻る。
「何だそりゃ!」
「はわわわっ!?」
輝の言った通り、舞琴のディフェンスは容易く抜かれてしまい、後はディフェンダーの彩葉とキーパーの姫華を残すのみだった。
「任せて!」
そう宣言して勢いよく走り出した彩葉だったが、まるでギャグのお手本のように何もないところで躓き、マンガのように顔面スライディングしながら勢いよくコケた。
「ハーフ美人でドジっ子属性付きって…」
「神様アンタ、アホですか…」
そんな事を思わず口にして揃って額に手をやる桔梗と輝だった。
「もらった!」
坂上が容赦無く全力のシュートを放つと、ゴール前にはのほほーんと一歩も動こうとしない姫華が一人。
「負けた…」
「瑠狼さん避けて!」
万事休す、肩を落とす輝の横でボールのあまりの勢いに危険と判断して姫華に向かって叫ぶ舞琴。
「さっきはちょーっと油断しちゃっただけ…負けゲーは許せないんです」
そう言った姫華の姿が一瞬ノイズが走ったかのようにブレる。
それと共に彼女に向かって飛んでいたボールはバコッという音と立てて消えており、続いて聞こえたメギョッという音に気付けばBチームのゴールネットを突き破って奥に生えていたケヤキの木に煙を上げてめり込んでいた。
「Aチーム2点目、試合終了」
その光景に誰もが絶句したまま、試合は終わった。
試合終了後。
「一体どんな魔術使ったんだお嬢様」
桔梗が未だに信じられないという表情を浮かべながら、何もなかったかのように歩いてきた姫華に聞く。
「お嬢様だからって出来るのは座学だけではないんですよ?社長令嬢たるもの文武両道は当然の嗜みですわ」
ニコッと朗らかに笑うと姫華はそう言った。
そんな彼女を見ていた輝は姫華の些細な変化が目に留まった、試合前までの彼女の雰囲気に紛れて猛獣のような殺気が微かに感じられたのだ。
「じゃあどうやって?ってそれより、瑠狼さんすごーい!」
だが、輝以外のメンバーは全く気づいていない様子で、舞琴に至っては思わぬ決勝点に驚きながら姫華を抱き締めて尋ねている。
「なんて事無いです。向かって来たボールをオーバーヘッドキックで打ち返しただけですよ?」
遠回しに人間離れした技をやったと姫華がサラッと言い放つと、後ろから顔を出した昴が彼女の言葉を肯定する。
「姫華の言ってる事は本当だぞ。とにかく君達が今度の入替戦の選抜メンバーだ。個々のランクとしても文句無しのこのクラスのトップ5だ」
「最後は少しヒヤっとしましたけどね」
舞琴が苦笑しながら答えると、昴も肩を竦めながら姫華の脚を指でつっつく。
「まぁぶっちゃけた話、姫華があんな事まで出来るなんて思ってもなかったけどな」
「曰く、ワタクシ達も、時代に合わせて変わらなくてはいけないというお父様からの言葉です〜」
「…あの人らしいな…」
姫華と、昴は2人にしか分からない会話をしていた。
そんな2人の会話についていけない他の4人は首を傾げるしかできなかった。
「とにかくだ。残り1ヶ月、みっちりばっちり特訓してやるから覚悟しろよ?」
ニコッとしながらエゲツない事を言い放つ昴だった。
そんな彼女の笑顔に寒気を覚えつつ、これから待ち受ける特訓に胸を高鳴らせた。