新たな旅立ち(3)
「入学初日から血気盛んなのは大いに結構。しかしながらもうホームルームの時間だ。君は自分のクラスに帰るべきだと思うぞ、もうじき君のところの担任も来るだろうからな」
童の放った雷撃より輝を守ったと思われる少女の声が机の山の向こうから聞こえてくる、すると童はこれ以上騒ぎを大きくするべきではないと判断したのか、机の隙間から輝を一瞥すると踵を返して教室を出てゆく。
「もうそんな時間ですか…分かりました、一先ず戻るとしましょう。アキラ、命拾いしたな」
童はドアの前で振り向くと、冷たい微笑みを見せ、輝たちの教室を後にした。
「誰だか知らねーけどサンキュー、助かったよ」
輝は大きく息を吐いて机の山の向こう側にいるであろう声の主に礼を告げると、相手は特に輝を咎める様子もなく答える。
「アタシは自分の仕事を果たしたまでさ。ところで君、入学初日に上位クラスの人間にケンカ吹っ掛けるなんて無謀にも程があるぞ」
そう言って、机の山の影からピョコンと顔を出したのは、輝たちより何歳か下の幼い顔立ちをした少女だった。
「子供!?」
予想外の人物に教室がざわめくが、それを聞いた少女は憤慨した様子で教室中を見渡して指を軽く動かす。
すると、教室の前で山積みになっていた机たちが一斉に動き出して元の位置へ戻った。
「誰が子供じゃ。アタシは歴としたこの来星学園の教師、そして、今日から君達1年D組のクラス担任を担当することになった、屑山 昴だ。因みに23歳独身…って、何でそんな事まで言わなきゃなんないんだよ!」
昴と名乗った少女…の様な担任が憤慨する姿にクラスの全員が「いや、アンタが勝手に言ったんだろ…」と思ったが、それを言うとまた彼女を怒らせるだけなので、それを無理矢理飲み込んだ。
「ゴホンッ…まぁとりあえず、出席とるぞー。ちゃんと席につけー」
昴は気を取り直そうと軽く咳払いをすると、出席簿を開いて手を打ち鳴らしながらそう言った。
生徒たちの間でもようやく騒ぎは収まったのかゾロゾロと並べ直された席に着席してゆく。
「ほいじゃあ順番に呼んでくぞー、我妻 桔梗」
「ういっす」
昴の呼びかけに、いかにも不良ですと言わんばかりの整髪料で逆立てた金髪と、鋭い目つきの少年が返事をする。
しかし、見た目に反して真面目な性格なのか椅子に座っている姿勢は至って普通だった。
「彩葉 イーフェンベルク」
「はい」
彩葉と呼ばれたハーフと思わしき少女が返事をする。
輝たちと大差ない日本人の顔立ちだが、ツヤのある黒髪からチラリと見えた瞳は綺麗な碧眼でエメラルドを彷彿とさせる美しい瞳である。
「宇野川…江上…」
その後も淡々と名簿に載っている名前を読み上げていく昴に生徒たちも入学初日ということもあってかあまりザワつく事なく次々と返事をしている。
「神楽 舞琴」
そして、舞琴の名前を呼び、彼女の顔を見た途端にクスッと微笑んだ。
「はい」
舞琴は昴が微笑んだ理由が分からず、返事をしながら少し首を傾げる。
すると彼女の疑問を察しているのか、いないのか分からないが昴が言葉を続ける。
「君は舞琴って言うのか。少年の面倒、よろしく頼むぜ」
そう言った昴が教室の窓の外をボーッと眺めている輝を指差しながらクスクスと笑っているので、彼女の笑みの理由を理解した舞琴は吊られて苦笑しながら応えた。
「あぁ、はい」
「続きいくぞー。坂上…田川…綴…ん…綴…?」
そして、輝の番が回って来た時、昴は首を傾げて輝の顔と名簿を行ったり来たりする。
「はい」
そんな昴を不思議に思いつつも、名前を呼ばれた輝は返事をする。
そして彼の顔をまじまじと見た昴は何かに合点がいったのか1人でうんうんと頷く。
「そうか、君が綴 輝か。まさか、アタシのクラスにいるとはね。面白いじゃないか…よろしくな」
そう言って、昴は意味深に笑うとキョトンとしている輝に歓迎の言葉を投げかける。
「おっと、脱線してしまったな。えーと…どこまで呼んだんだっけか…あ、綴か。次は…瑠狼 姫華」
昴は輝に構ってしまったが為に脱線してしまった出席確認を再開すると、少しカールさせたブラウンカラーの髪に綺麗に整った服装をしている一目で分かるほどにゆるふわ系なお嬢様が手を上げて返事する。
「はーいなのです」
輝の後ろの席に座っていた姫華が立ち上がると、ふんわりとした優しい匂いがして、周囲の生徒たちの鼻腔をくすぐる。
輝は、これが女子の匂いって奴なのかな。などとスケベ心満載の考えを巡らせていた。
「瑠狼ってまさか、あのルロウグループの…ってことはやっぱり社長令嬢さん⁉︎」
すると突然、彩葉が驚きの声を上げる。
それもそのはず、この世界で生活する者ならば一度はルロウの食料品、衣料品、薬品、電化製品など、様々な製品を手にしている程の幅広い商品展開をしている大企業である。
「はいー。ワタクシのお父様はルロウグループのトップですよー」
ふわーっとなる様な雰囲気を携えて姫華が答える。
彼女の声に教室全体までゆるい雰囲気に呑まれ、例に漏れずリラックス状態になっていた輝が思わず口を滑らせる。
「舞琴もあれくらいお淑やかなら良かったのに…」
そんな事を無意識の内に呟いていた輝の爪先に、グシャッと音がしそうなほどの勢いで舞琴の踵がめり込み突然の激痛に飛び上がる。
「だおぉぉぉぉっ!!何しやがる舞琴!!」
「テルがフザけた事言ってるからだろ!」
あまりの痛みに涙目になりながら舞琴を睨む輝と、何故か妙にイラついている舞琴が大声でケンカし始める。
「ほら、舞琴、輝。痴話喧嘩なら休み時間にやってくれー」
「「先生、違いますから!!」」
そんな2人を見てニヤニヤと笑みを浮かべながら茶化す昴を、2人は顔を真っ赤にしながら声を揃えて反論する。
「はいはい。分かったから大人しく座ってなさい」
そして、2人を適当に宥めた昴はボソッとリア充爆散しろ…。などと不吉なことを呟きながら名簿に記入漏れや、点呼漏れがないことを確認してから教室を見渡し、クラスの注目を集めるために再度手を打ち鳴らす。
「よし、全員居るな。次は、学内の規則についてだ。質問は最後にまとめて受け付けるから黙って、キチンと黙って聞いているように。まぁ、誰とは言わないが」
そして、昴の念を押したその言葉にただ無言で赤面して俯くしか無い輝と舞琴だった。